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放蕩息子の憂鬱事変 2

 実はこの放蕩息子と騎士のコンビは4組いる。

 数日間かけて王都の中を悪目立ちしながらうろついているのだ。

 放蕩息子は小柄で年若く、化粧をし、声も態度も大きい。田舎者らしさと下級貴族崩れだというのがわかるみっともない身なりと言葉。一方の騎士は放蕩息子に振り回されつつも付き従う大柄で寡黙な男。しかし腰には剣を帯びており、どこか傭兵染みた粗野さが漂う。

 二人組は街の中をうろつきながら武器屋、酒場、宝飾店、食堂を訪れる。どこに行くにも印象が残るように。品がなく、金はあるが知恵もない、そんな柄の悪い青年と寡黙な傭兵。さらに言えば青年はどこか外国人らしい装飾品や化粧をしており、傭兵は腕に自信はあるが金がなく、何でもしそうな雰囲気がある。


 これは釣りだ。

 魚たちが食いつきそうな男たちになりすまし、私たちは撒き餌をしながらひたすら待つ。撒き餌をすれば魚が集まる。少しずつ少しずつ、様子を伺いながら、街の噂はめぐっていく。



 「ちょっとそこの歌舞いた旦那さん」



 そんなチンピラまがいの知恵の足りない青年を食い物にしようとする悪党を、私たちが釣り上げる。



 「王都へ出てきて、いい武器を探しているらしいね」



 私とヒューイさんをカモだと判断して声をかけた男は、武器商人でもなんでもないはずの宝石商だった。


 放蕩息子は護衛の傭兵に目配せすることもなく店主の元へと近づく。



 「ああ、そうだなあ。でもいまいちぴんとくるモンがない。なんかいい店知ってんのか?」

 「そうだねえ、ただまあこれだけ王都は広い。ピンからキリまであるし、きっと探してれば旦那さんに似合うものも……」

 「回りくどいのは好みじゃねえ。欲しいモンがあるならはっきり言っていいんじゃねえのか?」



 我慢ならんと癇癪を起す子供のように、金貨の入った小さな革袋を放る。



 「何も俺は金もない冷やかしじゃないんだ。俺は俺の欲しいモンがあって来てる。安かろう悪かろうってぇモンはいらねえ。俺が見合うってなら金に糸目はつけやしない。……それとも、店の情報一つ教えるにゃこの金貨じゃ足りねえって程強欲なのかあ?」

 「そ、そんな滅相もございません!」

 「ああん? どうだかな。なあアルブレヒト、お前はどう思うよ」



 一歩後ろで待機する男は可もなく不可もなくとでも言うように無言で頷いた。

 途端に態度が一変し言葉は敬語に、侮蔑するような目線は畏怖に変わった。

 今はこれでいい。



 「貧乏人じゃねえんだ。こんなはした金でガタガタいうつもりはねえ。……だが鬱陶しいのは嫌いだ。俺のことを馬鹿にするやつも、大人のくせに敬語の使い方も知らない奴も嫌いだなあ。なあ店主、お前はどうだ? 俺たちに快くお前の知ってる情報を教える気になったか?」

 「え、ええもちろん、もちろんにございます! 少々お待ちください!」



 怯えた色をまるで隠せない男が店の奥へ行っている間アルブレヒト基ヒューイさんは店先の営業中という看板をひっくり返した。うっかり本物の客や邪魔者が入ってこないように。



 「まさか……よりによって私たちの組が当たりとは」

 「ラッキーですね。大当たりですよ」

 「私にとっては外れです、殿下」



 店の奥へ届かないように小声で言葉を交わす。なんか秘密の関係っぽくてテンションが上がる。いつもに増してため息が深いヒューイさん。イケメン。っていうより粗野って言葉が似合わなすぎるのに今回それなりにその役柄になり切ってるヒューイさんはいつもより心なしかワイルドで危険な香りがして、私はもう、瀕死。これはもう帰ったら兄上を捕まえて私のこのパトスを一通り吐き出すしかない。

 え、もう両想いなのがわかってるなら本人に言ってもいいんじゃないかって? いや限度があるから。



 「お待たせいたしました。こちらが当店で扱っている一番の業物なのですが」

 「ふうん?」



 店主が大きな包みを持って店先へと戻ってくる。はがれかけた放蕩息子の皮を被りなおしながら、店主の荷物の布を取り払う。

 布の下には少し古めかしい大剣。柄には派手な原色の石がはめられ、鞘にも鮮やかな紐や革が使われている。

 やはり、当たりだ。


 「へえ、随分センスがあるな」



 ちょうど今放蕩息子シギーが身に着けているものとよく似た。



 「ええ、ええ、以前とある場所から仕入れたものでして。あなた様の雰囲気ととてもよくあっているのではと」

 「ああ、好みだ。俺の好み。それで?」



 男の前にもう一枚、にっこり笑って金貨を置く。



 「ええ、この店にはこの一振りしかないのですが、仕入れた場所ではもっと数多くの商品を取り扱っているんです。剣や仕込み杖、宝飾品に衣類など、様々なものが出品されてまして」

 「出品、ねえ。まどろっこしいことは嫌いだというのは2度目だが」



 もう一枚金貨を重ねる。

 男は今にもそれに飛びつきたそうな顔をしながらも揉み手をする。



 「……実は秘密のオークションがあるんです」

 「秘密のオークション。それは随分と楽しそうな響きだ」

 「この王都ですら滅多に手に入らない至宝や珍品が出品されるんです。きっとそこなら旦那さまのお眼鏡にあうものもあると」

 「ふうん?」



 私が悩むような素振りをする間にも店主は何か言いたげに口をもごもごと動かす。卑しい目つきに浅ましい口、何かを言いたいのではない。金貨をさらに積んでほしいのだ。

 ブーツの踵でヒューイさんの爪先を軽く踏む。



 「秘密のオークションなどというからにはそう簡単に入れないのではないか」

 「え、ええその通りです。基本的には人から紹介でして……」



 今まで黙りこくっていた大男の発言に店主は明確に狼狽える。おそらく、大男は喋らないと思ったのだろう。金はあるが知恵はない馬鹿の相手をするだけで良かったが、力はあるが金はない暴力の気配も相手しなくてはならないことを自覚した男の目が泳ぐ。



 「それで、お前が紹介してくれるわけか、ありがたい」

 「ええ、ええ! 旦那さまがお望みというなら! 私はオークション会員になって長いですし、紹介としては申し分なく、」

 「で、いくらほしい?」



 にやりと笑って私はまた金貨を積んだ。







 「はあああ……」

 「お疲れ様ですヒューイさん」



 まるで文字がそのまま形をとって床を這いずりそうな重量感を持ってヒューイさんがため息をついた。ところ変わってとある高級宿屋。ヒューイさんと二人きりで宿屋なんて……! なんて馬鹿みたいなことを考えないでもないがこの部屋は今回の作戦のために借りた部屋である。泊まることも寝ることもない。日中の一時的な行動拠点として利用しているに過ぎない。普通に他の騎士たちも出入りするので甘い雰囲気も色気もへったくれもない。



 「シャングリアさまの、品位が……!」

 「そんなこと気にしてたんですか。演技だからいいじゃないですか」

 「あなた様があんな、口汚い言葉を話して、あまつさえ厭らしく金貨を積むなんて……」

 「演技ですし、他じゃあしませんよ?」

 「当たり前でしょう!」



 私は正直なところ結構楽しんでいるのだが根が真面目なヒューイさんには意外と耐えがたいのかもしれない。

 いやほら、たまには私の違う一面もみたいでしょ? え、これは嫌? 了解した。


 何も言わずに項垂れたヒューイさんにお茶を出すと恐縮しきりになって申し訳なくなる。ただうっかり「お茶飲みますか?」だなんてお伺い立てようものなら「殿下にそんな雑用をさせるわけには」などと言って代わりにしようとするのが目に見えているのだ。疲れ切ったヒューイさんにお茶を淹れさせるのはさすがの私も嫌だ。まあそんな真面目一辺倒なヒューイさんもストイックでとても素敵だと思うのだけれど。



 「意外と上手に演技できてると思うんですが」

 「上手にできてしまっているから、いろいろ疑いたくなってしまうんですよ」

 「ヒューイさんは私に無垢で真面目な王女でいてほしいんですね。ヒューイさんが望むなら、私はどんな私にだってなりますよ。ヒューイさんの理想の女性像を言ってみてください」

 「素直で無茶せず慎み深くなってほしいです」

 「急に真顔でガチレスするのやめません?」



 さっきまで疲れ切った顔で愚痴っぽく言ってたのにここにきて本気の要望出してくるの、どうかと思う。

 素直は頑張ります。慎み深さは善処します。無茶については明言を避けさせていただきます。



 「楽しそうなところ悪いんですが、報告させてもらってもいいです?」

 「悪いと思ってるなら後にしてもらえません?」

 「本気でそれ言ってるなら今すぐ王宮に強制連行しますよぉ?」



 音もなくいつの間に入室していたブロンクスが私たちの甘い会話に乱入してくる。甘くない? 私の認識だから甘かったってことにしてほしい。



 「それにしても、情報収集だけで金使いすぎじゃないですかぁ?」

 「妥当ですよ。むしろそれが最低限じゃないかと」



 ブロンクスが言っているのは私が宝石商を強請った時の額だ。最初に金を渡したのち、オークションの紹介に行くまでにそれなりの額を積んでいる。だがこれは最小の金額だと思う。

 強請るように1枚ずつ重ねた対価の他、実際のオークションの招待については店主自身に額を決めさせた。



 「強請ればいくらでも出しそうな頭の悪い貴族と、貴族の命令があれば一撃で自分を殺せるだろう大男。金と命を天秤にかけてますから、妥当な金額じゃないですか?」

 「だとしてもなあ……」

 「どうせ全部終わった後家宅捜索はします。その時に回収できれば上等ですよ」



 調査用の帳簿を見ながらブロンクスが顔を引きつらせる。経費なのだからいっそ景気よく使ってしまえばいいのに、変なところで真面目で庶民派だ。



 「それで、首尾はどうです?」

 「特に問題なく。宝石商には見張りを付けてますし、今動ける騎士たちも順調に持ち場についていますよぉ」

 「それは重畳。どれだけの規模になるかは不明ですが、人手は多いに越したことはありません」

 「どうして不確定な情報だけでここまでの兵力をつぎ込めることができるのかは分かっての発言ですよねえそれ?」



 もの言いたげなブロンクスを鼻であしらう。

 わかっていないはずがない。私が出張っているから、それ以上の理由など探しても出て来はしない。


 作戦はすでにフェイズ2に移行している。

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