放蕩息子の憂鬱事変 1
やあやあ皆さまごきげんよう。グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
先日中庭で拾った黒い革の日記帳。なんとそこにはこの国の未来が! その日記帳の持ち主は隣国ボンベイからの留学生、第三王子のニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイの物だった! なんと彼はこの国のご令嬢たちと恋愛して婚約したり、男装王女の私と結婚して果ては王配になるらしい! なんということでしょう! 今こそ私が闇の掃除屋となりこの国の未来とご令嬢たちを守るしかない!
まあそれはそれとしてこの私には最大にして私の人生をかけたミッションがあるのだ。
いやもちろん? この国の未来を守るのも大事だよ? でも私個人の未来の目標達成だって大事だよね?
先日保養地にて「このままグナエウス王国に……」と言ったような妄言を第三王子の口から聞いた気がしないわけでもないけど今日に関してはこちらのことはごみ箱に放り込ませていただく。あとでちゃんと拾いに行くからさ!
そんなことより大事なことがこの世にはあるんだから。
「殿下、どうされましたか?」
そう麗しのヒューイさんである!
今日は! ヒューイさん! デート!
しかも今回は以前のような強制デートイベントを自分から仕掛けたわけではなく、公務の一環。つまり正々堂々行ってきますからただいままで一日過ごせるのだ。こんなご褒美他にない。
幸せを無言で噛み締める私にヒューイさんから心配そうな視線が刺さるが放置する。心配そうなお顔も好きだからですごめんなさい。
「ヒューイさん、今日は殿下ではなくシギーと呼んでください。今日の私は地方男爵の放蕩息子、シギーですよ。そしてあなたは放蕩息子に付き合わされる一騎士です」
「……ええ失礼しました、シギーさま。街は人が多い。物珍しいからと言ってあまり目移りしてはいけませんよ」
「うっぐぅ……!!」
「シギーさま!!?」
あまりの尊さで変な声出た。
ヒューイさんの保護者ムーブがエモ過ぎた。最高。イケメンが過ぎる。いつものきっちりした敬語ではなく少し崩れたような敬語。基本的に部下にも敬語を使う彼だが、きっと部下たちにはこんな感じなのだろう。新しい一面を知れて今日はもう十分な収穫だ。むしろまだ王宮を出たばかりだというのにすでにオーバーキル。このままでは今日一日収穫祭になってしまう。萌の過剰供給となってしまう……!
地方男爵家の放蕩息子シギー。グナエウス王国の南東部に位置する小さな領地を持つ男爵家に生まれ、何不自由することなく好き勝手できた三男坊。しかしながら所詮は三男。家を継ぐこともできず、これと言った才能もなければ努力もしなかったシギーの未来は五里霧中。未来のことを考えようとしないシギーを諫めた現当主。しかし堅実さとは無縁のシギーはとりあえず王都へ行って金を稼ごうと無計画に一人の生真面目な騎士、アルブレヒトを連れて旅に出た。という設定。
ちなみにシギーの設定はもっと細かいのだが割愛する。なお監修は今回もパトラさんである。流石クリエイティビティお義姉様。
「い、いえ大丈夫です。ちょっと咽ただけです。お気になさらず」
「それならそれでいいですが……もし気分が悪くなればすぐに言うように」
「っ……、」
「やはりお加減が悪いのでは」
何とか耐えて珍妙な悲鳴は飲み込された魅力を目の当たりにして正気を保てなかったんです、とか口が裂けても言えない―! そしてさすがに申し訳なさすぎる。
「無理しないでください。今日が難しければまた日を改めることもできますから」
「いえ、ヒューイさんもお忙しいのにまた日程調整をさせるのはさすがに申し訳ありません。それに本当に何でもありませんよ。ヒューイさんにご心配いただけるのはとても嬉しいのですが」
「……失礼、思ったよりお元気そうですね」
ついつい締まりのない声になってしまいヒューイさんからあきれたような視線をいただく。ありがとうございます。この界隈ではご褒美です。
「元気ですよ。せっかくヒューイさんとのデートですから」
「っデートではありません仕事です。そして二人きりという訳でもありませんので」
一瞬言葉に詰まったのをシャングリア・アイは見逃さない!
以前は綺麗にあしらわれていたが、水の祭り後以降私がイケイケドンドンするようになってから、度々動揺するヒューイさんを拝むことができている。神に感謝!
私の本気度が十分に伝わっているらしく、取り繕うものの動揺を隠し切れないことが多い。ありがたい限りです。どんどん攻めていく方に舵を切った過去の自分を褒め称えたい。
「ええもちろん。見える範囲にみんながいるのはわかってます。でも今だけでも恋人のようにあなたの隣を歩けるのが嬉しいんです」
「地方騎士と放蕩息子、です……! 今は悪ふざけできる時間ではありませんよ」
焦りながらも調子に乗り出した私を諫める厳格なヒューイさんモードに声色が変わったため「今じゃないならいいですか」という言葉は胸の奥へそっとしまっておく。
「わかってるって。せっかく王都に来たんだ。楽しんだってばち当たらねえって」
「っあなたは」
「あんまり堅いこと言うなよ。とりあえず武器屋行こうぜ、アルブレヒト。ここなら俺にふさわしい剣もあるだろ」
一瞬引き攣った顔をしたヒューイさんに一抹の申し訳なさを感じながら放蕩息子になり切ってみる。わかります。わかりますとも。普段から素敵で無敵な王子様ムーブをする私がこのような荒っぽい言葉を話すなんてドン引きもいいところだろう。
この設定を作ったパトラさんは意外とこういう男が好きなのだろうか。普段からリアル王子様を見てるとたまにはこういう荒っぽい、危ない男、適なキャラクターに憧れたりするのだろうか。シュトラウスが知ったら発狂からの監禁洗脳コース一直線な気がするので、キャラクター設定等については彼に伝えていない。
それから視界の端で噴き出したブロンクスはあとで引っぱたく。
「どうか、家名にふさわしい行いを期待しています」
「今日こそ家名なんて忘れるべきだろ! 誰も俺が誰なのかを知らない。王都でこそ羽目を外すべきじゃないのか?」
ぞんざいな言葉遣いにふざけた思考回路。まさに家の恥を体現したようなシギーにヒューイさんは軽蔑するような眼差しを向けた。いや、これお互い演技だけど意外と心に来るものがある。でもなんか珍しいヒューイさんを見れて私は……、あれこれ変な扉開いてないか? 新しい性癖に目覚めるには愛が渋滞してるから性癖の扉は閉めておく。
二人並んで人混みをかき分け進む。押しのけられた人に睨まれようと眉を顰められようと今日は構わない。
派手な髪紐で雑に結ばれた金髪。鮮やかな顔料で施されたこの国ではあまり見ない化粧。品のなさと無頼さを匂わせる二流の服装。そしてそれに付き従う目深にフードを被った帯剣する長身の男。
目立つが何者かはわからず、避けたくなるような雰囲気の男二人組。歩くトラブルメーカーのような二人は悪目立ちする。
けれど今日はそれが目的だ。この国にふさわしくない、無秩序で品がなく、はした金はある。そのマークだけわかればいい。
「シギーさま、あくまでもほどほどに」
「聞こえないなあ、アルブレヒト。派手なのが、目立つのが良いんだよ。わかってるだろ?」
「……ほどほどに。あなたがいなくとも、我々でもうまくやれますので」
「傷つくぜぇ? 俺だって期待されてんだよ」
いつも以上にヒューイさんのため息が重い。普段の自分とは真逆のキャラクターをエンジョイしつつある私に対してヒューイさんはじわじわと心労を溜めていきそうだ。
「よお店主! ここで一番派手で高い剣を見せてくれ!」
さて放蕩息子と不穏な騎士の二人組、実は四組いる。




