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眠り姫事変 2

 扉を開けた先には美しい昼下がりがあった。 

 開け放たれた窓からは風が吹き込み、太陽の色のカーテンがはためく。暖かな日差しに照らされた机は暖かに色を持ち、整然と並んでいる。

 けれどそのうちの一つだけ不自然に傾いていて、景観を崩していた。そしてその机の傍にはここ最近ですっかり見慣れた美しい男子生徒が倒れていた。



 「フ、フラグ回収ですね」

 「喜ばしくない。全く以て喜ばしくない」



 ねえこういうフラグってどうやって立てるの? めっちゃお膳立てしてるじゃん。うまい立て方があるなら教えてほしい。私もヒューイさんとフラグ立てたい。フラグ立てつつ外堀埋め埋めしつつ結婚というゴール向かってダッシュしたい。



 「殿下、殿下大丈夫ですかっ」

 「う、うう……」



 軽く頬を叩けば微かな呻き声をあげる。良かった死んでない! ひとまず不詳の内因死は回避できそうだ。呼吸と脈も問題がない。



 「意識は朦朧としてますね。まだ私だとは認識されてないでしょう。アドリアさん。ちょっと殿下を見ていてもらえますか? 私は人を呼んでくるので」

 「流れるように押し付けようとしないでください!」

 「私とフラグが立つよりあなたとフラグが立った方が被害が小さいでしょう!?」

 「勘弁してください!」



 ほら、彼は今までの君の奇行は知らないし、君にとっても優良物件だろう? だからこいつが起きてしまう前にこの抱き起すポジションを交代してくれ!

 アドリア嬢はすぐに廊下へ駆けていく、と思ったがどうしてか開いたままの窓に駆け寄った。



 「アークタルスー!」

 「ヘ、ヘレン!?」



 突如として昔馴染みの友人の名を絶叫するアドリア嬢に目を疑う。それは偶然にも外にいたアークタルス・ハボットもきっと同じだろう。ここ1か月ほどすっかり落ち着いて手のかからなくなった彼女に安心していただろうに、ここにきて突然淑女にあるまじき絶叫を上げるのだ。耳を疑うか、それとも元の彼女に戻ったと安堵するのか。



 「今すぐこっちに来て! 殿下が大変なの! 今すぐ来て!」

 「わ、わかった、今すぐ行く! 君はそこを動くな! 絶対に!」



 釘を刺す声がするとともにアドリア嬢が私の傍に戻ってくる。



 「まあ2分もすれば来ると思いますよ」



 さっきの演技は何だったのか、スンとしながら無遠慮にニコラシカの顔を覗き込む。


 うまいやり方だな、と内心苦笑する。

 アドリア嬢の奇行対応担当と化していたハボットなら間違いなく駆けつけるだろう。それに”殿下”が大変、という言葉もどの殿下とは言ってない。私かもしれないし、シュトラウスかもしれないし、ニコラシカかもしれない。けれど彼女が言うならきっとハボットは私のことだと思い込むだろう。



 「私の持論ですが、こういうイベントの時、乱入させるならモブとかじゃなくて名前のあるキャラクターの方がいいと思います。画面の情報量が増えるのでフラグがだいぶ有耶無耶になります!」

 「なるほど、フラグをハボット子息に擦り付ければいいんですね」

 「擦り付けるのは無理がありますが、ムードがなくなるのでそれはそれでいいと思います」



 貧乏くじばかり引かせて悪いがわかってくれ。今度はいい意味で君の名前を覚えておくから。

 あとアドリア嬢、人のことを名前のないモブとか言うの、やめよう。彼らも名前あるから。思ってるだけならいいって言っても、思ってたらいつかボロがでるから。

 すっかり貴族令嬢の常識は覚えたがいまだ身についているとはいいがたいアドリア嬢。そして何よりいまだこの世界自体に馴染んでいないように感じる。少なくとも人のことをモブだなんて言っちゃいけません。



 「あとアークタルスは優秀ですから、慌ててもきっと先生や校医にも伝えて呼んで来てくれるでしょう」

 「よく買ってるんですね」

 「なんだかんだ一番一緒にいますからね。彼の意志は置いておいて」



 不本意だろうけど、と自嘲する彼女は意外と人のことがよく見えている。改めて思うがそんな彼女があの天真爛漫、愉快で奇怪な地雷ヒロインをやっていたと思うと胃痛が凄まじかったんだろうな、と嘆息する。キャラクターに全く合ってないのに、よくもまあ演じきったものだ。




 アドリア嬢の言った通り、間もなく息を切らしたアークタルス・ハボットが教室に飛び込んできた。



 「ヘレンッ、殿下は!」

 「こんにちは、ハボットさん。すぐに来てくれて助かりました」

 「え、シャングリアさま? え、ボンベイの……!? 殿下ってそっちか!」

 「こちらへどうぞ。……ええ、そこで膝をついて、ニコラシカ殿下の身体をこう、安定させて、ね」

 「しゃ、シャングリアさま……?」

 「これで待機でお願いします」



 ハボットが目を白黒とさせているうちにどさくさ紛れてニコラシカを支える役を交代させる。晴れて私は自由の身だ! フラグは完全にハボットと立っている。



 「これで起きたニコラシカ殿下は体調不良のところをハボットさんに助けられた、と思ってくれることでしょう」

 「そ、それはどういう。ニコラシカ殿下を助けたのはシャングリア様では」

 「ボンベイの王家とのコネクションは不要でしたか?」

 「ありがたく頂戴しますっ!」



 君のそういうところ結構嫌いじゃないよ。

 食い気味に良い子の返事をするハボットにうんうん、と頷く。

 ニコラシカは大事になる前に発見された。私は回収しかけたフラグを手放せた。ハボットは他国との要人とのコネを作る機会を手に入れた。これ最高の三方良しじゃない? 完璧じゃん。みんな幸せ。



 「それじゃ、私はこれで」

 「え、シャングリアさまは、」

 「私はミオス嬢と約束があるので。すでに約束の時間も過ぎていてお待たせしてしまっているんです。すぐに彼女に説明に行かなくては。殿下が目を覚ますのもまだ時間がかかるでしょう。先にミオス嬢に謝罪に伺うのが筋というものでしょう」

 「すごい早口」



 呆れた顔をするなアドリア嬢。こちとら必死なんだ。一刻も早くこの場を離れたいんだ。分かれ。ここまで来たら恥も外聞もあったものではない。すべてをハボットに押し付けて私は今すぐ逃げ出したい。



 「ん、うう……」



 今すぐクラウチングスタートで駆けだしていきそうな私の耳に、鈴が転がるような声が飛び込んできた。もちろんそれは鈴などではなく、私にとっては終末のラッパに等しい。

 長い銀色のまつげが微かに震え、新緑の瞳がけだるげに現れる。



 「ニコラシカ殿下、気が付かれましたか」

 「ああ、君は……」

 「僕はアークタルス・ハボットと申します。偶然殿下が気を失われているところに居合わせまして」

 「そうか、うん……それは迷惑をかけたね」



 無事恩を売りつつ自分の名前をフルネームで名乗る機会を得たハボットはすでにやり切った顔だ。だがしかしハボットよ、君はそうだからダメなんだ。詰めが甘い。もっと畳みかけろ。恩を売って売りまくれ。次につなげ。そしてニコラシカの意識が私の方へ向くまで時間を稼いでくれ。その間に私は逃げるから。


 幸い寝ぼけ眼のニコラシカはいまだ自分を支えるハボットのことしか瞳に映っていないらしく、少し離れたところで棒立ちとなる私のことには気が付いていない様子だ。このチャンスを逃してなるものか、と私はじりじりと後ずさる。物音ひとつ、衣擦れの音一つ立てず私は扉へとにじり寄る。



 「いえ、迷惑なんてとんでもない」

 「けれど僕を見つけてくれたのが君でよかった。君じゃなければ」

 「申し訳ありませんが、殿下。あなたさまを見つけたのは僕ではなく、シャングリア殿下で」



 ハ、ハボット貴様ーーーー! 謀ったなーー!

 お前のパイプ作りに協力したうえに第一発見者のような偽装工作に手を貸してやっというのにここまで来てこの裏切り……! 貴様この恨みは忘れないぞ。毎晩夜中の2時に両足のふくらはぎが攣る呪いをかけておく。

 そして緑色の目は扉までたどり着いてあとは廊下へ逃げ出すだけ、となっている私をロックオン。

 情緒が嵐の私だが分厚すぎる面の皮でおくびにも出さない。鉄壁の王子様スマイル。



 「シャングリア殿下……、またあなたにはみっともないところを見せてしまいましたね」

 「いいえ、体調不良は誰にでもあることですから、恥じることではありません。すぐに校医を呼んできますから、殿下はどうぞ安静に」

 「校医なら先ほどこの教室へ来るように伝えてあります。間もなく来るかと思います」



 優秀だな畜生が! 君ならそうすると思っていたよ! アドリア嬢の期待通りじゃないか。



 「いや、医師ならいらないよ……」

 「しかし、大事をとって」

 「少し、ほんの少し眠たかっただけなんだ」



 うん、それだけだよ……と物憂げにつぶやくニコラシカに口の端が引き攣る。

 めっちゃ掘り下げてほしそう。でも間違いなくそれするとイベント突入コースになる。ギャルゲをやったことない私でもわかる! これはよくない! 完全にフラグという奴だ!



 「殿下……いったい何があったのですか。僕では力不足だと思いますが、少しでもお話しすることで楽になることもあるかもしれません」



 お前がフラグを回収しようとするのかハボットよ!

 もうこれでよくないか? ハボットと仲良くしてろよニコラシカ。いい奴だぞ。そんなによく知らないけど。



 「ありがとうハボット。……気持ちだけもらっておくよ」

 「んぐっふ……!」



 そしてフラれるハボット。思わず吹き出しそうになるがそれを飲み下す。一方でアドリア嬢は飲み込み切れず妙な音をこぼしていた。

 それはそうだ。がっくりとハボットは肩を落としているが、下心がありそうにしか見えない彼の申し出はなんというか、とてもプレッシャーだ。積極的なのは大変結構だが引き際というものをわかっていない。



 「いろいろとご事情もあるでしょう。深くはお聞きしません。しかしグナエウス王国の者として、あくまでも大事と扱わせていただきます。一度医師に診せて、それからお休みください」

 「だが、」

 「慣れない土地でお疲れでしょう。数日屋敷の方で休まれてはいかがですか」

 「休んでいる暇は……僕はあくまでも留学生で、少しの時間も無駄には」

 「留学生である前にあなたは賓客です。あなたにもしものことがあれば、国同士の問題にまで波及する恐れがあるのです」

 「そんなことは、」

 「あなたのご意思に、拘わらず。……焦る気持ちは推察させていただきますが、あなたの健康を最優先していただきたい」



 デリケートな事情だと理解してくれたのか、それとも言い合いに疲れてしまったのか、ニコラシカはゆっくりと目を閉じた。


 ちょうどいいタイミングで校医が教室に来たことで私たちはお役御免となった。


 ニコラシカを置いて無事にこの”居眠り王子”とのエンカウントをスルー出来たのだ。ドンドンパフパフーミッションコンプリート!


 この調子でことごとくフラグをへし折りつつ、他人に擦り付けられるフラグは擦り付けていこう。そういうスタイルで行こう。

 と思っていた時期もありました。





 うららかな陽気、王国管理の保養地の森の中、精巧に作られた人形と見紛う青年が川辺に寝そべって昼寝をしていた。小鳥たちは遊ぶように彼の周りを飛び、風は優しく彼の髪を揺らす。

 絵にかいたようなお伽噺の王子、ニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイであった。



 「いや、めげないな!?」



 思わず素敵で無敵な王子の仮面をかなぐり捨ててしまった私は悪くない。

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