王配ルートイベント2-1
やあやあ皆さまごきげんよう。グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
先日中庭で拾った黒い革の日記帳。なんとそこにはこの国の未来が! その日記帳の持ち主は隣国ボンベイからの留学生の物だった! なんと第三王子ことニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイはこの国のご令嬢たちと恋愛して婚約したり、男装王女の私と結婚して果ては王配になるらしい! なんということでしょう!
有罪。
そんなこと絶対させない! 私は愛しの護衛隊長と結婚して幸せな未来を築くんだ! 第三王子にはおとなしくお家へ帰ってもらおう!
そう決意して数週間。
「シャングリア殿下、このあと時間は」
「殿下、よければこの国の文化について教えてもらえないか」
「シャングリア殿下、先日街の方に殿下が好きそうなお店が」
「ふふふ、殿下は相変わらず美しくいらっしゃる」
「うっざ……!」
え、なにこれ、なにこの猛攻。鬱陶しさがカンストしてる。ストレスが留まるところを知らない。隙あらば話しかけてきて無礼にも私の手を取ろうとして来る。鬱陶しい。最近私の反射神経が研ぎ澄まされてる気がする。
確かに第三王子の動向を観察するつもりではいた。野放しにしておいてご令嬢たちをつまみ食いされては困るからだ。
この第三王子、盛大にやらかしたが顔が良い。うちの国にはいないような真っ白い肌に雪のような銀髪。新緑の輝きを閉じ込めたような緑の瞳。学園内では”月の君”とまで呼ばれる人気具合。
さらに言えばやらかし具合が日常生活では目立たないのだ。そこが奇行系令嬢アドリア嬢との1番の違い。彼女は美しく愛らしく天真爛漫で人気があったが、奇行が過ぎて多少引かれていた。一方の”月の君”と言えば派手な奇行には走っていない。要するに常識が基本的にあるのだ。やることなすこと立ち振る舞い、どこに出して恥ずかしくない王子殿下。人気が出るのも当然だ。
一番の要因はそのゲームのストーリーの進め方だろう。
迷走していたアドリア嬢はすべてのイベントをこなそうとしてあっぷあっぷになっていたが、王子殿下は少なくともハーレムエンドを目指していない。そのため多少常識から外れた強引な行いをする機会が少なく、良い面ばかり周りからは見えている。
「シャングリア、完璧な王子を演じるからにはそんな低い声で悪態をつくな。地鳴りのような声色だぞ」
「なんだかもう地鳴りを起こしてやろうかという心持なんですもん、兄上」
「もんてなんだもんて。何かあったのか?」
シュトラウスの部屋のソファにダイブしながらもだもだしていると端に寄せられる。
寝転がりながらちらりとシュトラウスを見上げると私のことなど見ていなく、片手に手帳を持っていた。どうせ婚約者のパトラさんとのデートプランでも考えているのだろう。
王配ルートになった時、いったいシュトラウスに何があったのだろう。
何があって、シュトラウスを押しのけて私が王位に即位することになるのだろう。
「……兄上、体調悪かったりしませんか?」
「僕はすこぶる元気だが? 珍しいな、人の体調の心配だなんて」
「ちょっとは兄上のことを労わろうと思っただけですよ」
一番平和的な方面で可能性があるのは、シュトラウスに何らかの病気が見つかり、公務の遂行が困難となっている場合である。その顔を覗き込んでみるが、特に嘘をついている風にも無理をしている風にも見えなかった。
であれば他の可能性だ。
シュトラウスと父上が賊に襲われたり、毒を盛られて死亡する。消去法的に私が王位に即位するパターンだ。
二人は一番安全なところにいるといっても過言ではない。けれどもしすでにスパイが入り込んでいたとしたら、本当に安全なところなどありはしない。いくら私が傍にいたって防ぎようがないのだ。
すう、と鳩尾が冷える。
私は即位したいとは微塵も思わない。あくまでも私は二人を補佐するような立場にいたいのだ。一番上に立つのも、自分が腰を据えたまま人を動かすのも苦手だ。もし二人がいなくなって、私がその地位に押し上げられたとしたら。
「本当にどうした、顔色が悪いぞ」
「……いいえ、兄上のことが大好きだなぁって思っただけですよ」
「なんだ、今気づいたのか」
僕はもうそんなことずっと前から知ってるぞ、と言いながら薄い手で私の頭を撫でた。低い体温が額を掠めるのが心地いい。
「ねえ、いなくなってしまわないでくださいね」
「ますますらしくない。いなくなりそうになるのはいつだってお前の方だろうシャングリア。水の祭りのときはどれだけ肝を冷やしたか」
くしゃくしゃと髪を掻きまわす手は雑だが、シュトラウスは目元を和らげて笑っていた。
「いなくなったりはしない。お前はまだまだ寂しん坊だからな。……何より僕にはパトラがいる! パトラがこの国にいる限り僕はこの国に居続けるぞ! 僕がいなくなってみろ、パトラがどれだけ悲しむことか……! 彼女の涙は人魚の涙と比べられないほど美しく貴重であるのだろうが、僕はこの世で一番大切な女性には泣いてほしくないと思うんだ。彼女の泣き顔は美しい、けれど彼女の悲しみはこの世にとって一番不要なものさ!」
「私に対する言葉よりはるかにパトラさんに対する愛の言葉の方が多いのに思うところがないわけではありませんが、兄上がグナエウス王国に居続けることはよくわかりました。ありがとうございます」
感傷的な言葉の直後、壊れたように狂気の片鱗を見せだしたシュトラウスの様子に不安など霧散してソファから起き上がる。狂気を見せつける兄に頭を撫でられ続けるだけの胆力を私は持ってなかった。
「んん、まあお前の不安やら怒りやらの根源はボンベイの王子だろう」
「ええ、まあ。……どこに行くにも引っ付いてきて鬱陶しいことこの上ない。確かに私は面倒を見るとは言いましたが、距離感というものがあるでしょう。私は保護者ではないんですよ」
「ははは、ボンベイの第三王子殿は我が国の第二王子にお熱らしいな。こちらまで噂は届いている。案外ボンベイの王子とシャングリアはお似合いじゃあないかって……おい、言いたいことはわかるからその顔をやめろ。変顔も過ぎれば恐ろしい」
「なーにがお似合いですか。あんなもやし殿下お断りですよ。私が爪楊枝で突いても死んでしまいそうじゃないですか」
お似合いでは、そんな噂は私の耳にも届いている。全くもって耳障りなことこの上ない。
大体何を思ってお似合いなどというのか。私の性別など基本的に外部の人間は知らないだろうに、好き勝手噂する。
「大体お似合いって言うなら私とヒューイさんについて言いません!? 自分で蒸し返すのもあれなんですけど、私! 水の祭りの時ヒューイさんにお姫様抱っこされて王宮まで帰ってきたんですよ!? これをお似合いと噂せず、もやし殿下と噂するその心はいかに!」
「単純にお前とヒューイの姿を見た奴が王宮内部の人間しかいないからだろう。わざわざお前の耳に届くところで噂するような不用意な奴はいない。それにやはり学園内の噂であれば、必然的に学内で関りのある人間になりやすい。普段なら王子という身分で釣り合う相手なんかいないから噂にもならんが、今回は隣国の第三王子。噂するにはお誂え向きじゃないか。しかもお前の性別は非公開だ。”もし女だったら”という妄想で楽しめる人種は多いさ」
「笑えませんね。私はこれでもかとイケメンの最強無敵な王子様を演じているというのに」
「ははっ、お前は”顔が美しすぎる”からなあ」
「他人事だと思って楽しそうですねえ!」
「まあ他人事だからなあ。たかが噂だ。その程度鼻で笑ってやればいい」
人の気も知らないで笑うシュトラウスを埋めてやりたくなる。
何かと付きまとってくる第三王子そのものにもイラついているのに、それによってお似合いだなんて思われるのは業腹だ。
「はは……、そうだ、一つ良いことを教えてやろう。今日ヒューイは午後から王都の端の屋敷のあるパスコロ子爵の元へ遣いに出ている。その後特にこれと言った仕事もないからのんびり帰って来るんじゃないかな」
「つまり市街でヒューイさんを見つけ出せば半強制的にデートイベントを発生させることができるってことですね! ありがとうございます兄上愛してますそして行ってきます!」
帰る場所が同じのため必然的に彼を見つけることができれば一緒に帰ってくることとなる。普段一緒に出歩く機会などそうそうないのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
ティーカップ一杯分くらいの悲壮感なんてひっくり返し、私はシュトラウスの部屋を飛び出した。
半強制的デートイベント。そのためならこの王都の中からヒューイさんを探し出すなんて朝飯前だ。私のヒューイさんレーダーにかかれば物の数十分で見つけ出せる。
そうすればヒューイさんと二人きりで並んで歩けるし、お喋りできる。何ならどこかへ寄り道もできるかもしれない。私が我儘を言えば聞いてくれる可能性は高いし、聞いてくれなくても諫められればそれはそれでご褒美だ。外部に対してもアピールになって第二王子と護衛隊長はお似合いだ、なんて噂も耳にできるかもしれない……!
さてさて煩悩に塗れているのが悪かったのか、なんなのか、ヒューイさんより先に余計なものを見つけてしまった。
「ははは、兄ちゃんちょっとお金貸してくれねえかな? 財布落としちまってよお、困ってんだ」
「なんと、そうか、それは災難でしたね。だが僕も今手持ちがなくて……連れが持っていたかと思うのだが」
「いやいやなに、何も現金じゃあなくともいいんだ。そらたとえば兄ちゃんのつけてるそのタイピンでもカフスでもいい。それだけでも十分助かるんだよ」
なんかもやし殿下が裏道で絡まれてるー!
え、なんで王子殿下が一人で街の裏道にいるんだ!?
お供のストラースチとソーヴィシチはどうした!?
そしてなぜ一人きりで街に出た! 危ないだろそれでも王子殿下か!
慌ててお供二人の姿を探すが近くにはいないらしい。それどころかチンピラが増えた。
「お、どうした?」
「ああ、この兄ちゃんが金貸してくれるんだってよ」
「ほお、そいつは豪気なことだなあ、ありがてえ」
まずい。あのもやしでは小突かれただけでも死にかねない。
月の光とともに消えてしまいそうな儚さ、なんてどこぞの令嬢が言っていたが、この世界にそんなもの求めてない。ていうか儚いなら消えてしまわないように護衛をきっちりつけていろよ!
私が出ていけば解決することはできる。チンピラ二人蹴散らすくらい余裕だ。けれどここで出ていきたくない理由がある。
このシーン黒い日記で読んだ……!
これで私が助けに入ってしまうとイベントを回収することになってしまう。詳しいことは書かれていなかったが、これが主人公と男装王女の距離を縮めるようなイベントだってことくらいは私にもわかる。邂逅時の手の甲にキスの次に距離を縮めるイベントだろう。
「いえ、申し訳ないが手持ちがなくて」
こんな時にもこの王子殿下のほほんとしてやがる……!
そっか残念、で済むような雰囲気じゃないだろうどう見ても。ここからはもう身包み剥がされるルートかオプションで売り飛ばされるルートだぞ……! 顔が良いから売れそうじゃないかお前は……!
完全に鴨としてロックオンされたもやしに焦りながら周囲の警吏やお供を探すがいない。
「あーもうちくしょう……!」
万が一のことがあれば国際問題になるだろうがっ!
顔が見えないようにローブのフードを深くかぶって私は路地へと飛び込んだ。




