男装王女と天然王子の恋愛全面戦争、開幕
やあやあ皆さまごきげんよう。グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
数か月前学園の人気者、男爵令嬢ヘレン・アドリア嬢と階段でエンカウントし、爆弾と言っても過言ではない日記帳を拾った。その日記帳にはなんとこの世界の未来が! この国重鎮の息子たちが悉く、ヒロイン、ヘレン・アドリア嬢に誑かされ、悪役令嬢のパトラ・ミオス嬢は国外追放されるそうな。
彼女に凄まじい妄想癖があるのか否かは置いておいて、兎にも角にも、この日記帳にあるようなことになってたまるか。絶対に私が阻止してやる。
とか思ってたけど、思ったよりヒロインが脅威になりそうにない。手練手管などかけらも持たない夢見がち少女だった。
そして手に汗握る大冒険の末、他国からやってきた不届き者を追い詰め、ヒロインを助け出すウルトラ王子様ムーブをやってのけ、地雷ヒロインヘレン・アドリア嬢の秘密を聞き出し、無事持っていた日記を彼女に返却した。
この地雷を踏むヒロイン問題を華麗に解決、そのうえ愛しの護衛部隊長であるヒューイさんから結婚の言質をとった。結婚じゃない? 大体結婚。広義でとらえれば結婚。きっちり外堀を埋めつつ押して押して押し倒せばゴールインは目に見えている。むろん逃がすつもりはない。
閑話休題。
とまあそんなこんなで「地雷を踏むヒロイン事変」は華麗に可憐に解決してみせた順風満帆男装系王女シャングリア・グナエウスです。思い出していただけたでしょうか。
誰に説明してるって? 誰だろうね! 現実逃避だよ!
私は眼前で腰を曲げ手を取る月のような白い肌の青年を死んだ魚の目で見下ろした。
「こんなにお美しい王女様と机を並べることができるとは、光栄の極みです」
そう言って手の甲にキスをしたニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイは完璧な笑みを浮かべた。
死んだ魚の目の第二王子。
絶対零度の微笑みの第一王子。
顔色一つ変えない王子のお供Aと「やりやがったなこいつ」といいう顔のお供B。
そしてとんでもない奴が来た……という顔のグナエウス王国の面々。
信じられるか……? グナエウス王国謁見の間、留学生としての挨拶でとんでもないことやらかしたんだぜ……?
いまだかつてこの謁見の間でここまでカオスな事態が引き起こされたことがあっただろうか、いやない。
涼しい顔はボンベイ王国第三王子、ニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイのみ。
隣国ボンベイの第三王子がなぜ、グナエウス王国へ留学することになったのか。それは先日の水の祭りの際の誘拐が原因だ。
水の祭りで誘拐事件が起きた。そのときターゲットとなったのは貴族の令嬢であるヘレン・アドリア嬢。未来予知に等しい日記帳のおかげで救出は叶ったが、結果グナエウス王国の第二王子が盛大に出張ることとなり、秘密裏に処理できるレベルの話には収まらなくなった。
何とかグナエウス王国内で犯人グループを捕縛し調査したところ、犯人グループは隣国、ボンベイ王国の国民だと判明した。
彼らはボンベイ王国内でも同様の犯行を繰り返しており、問題視されていたそうだ。そして偶然グナエウス王国がそれを捕縛してしまった。ボンベイ王国からすれば面目丸つぶれ。下手したら外交問題にもかかわってくる。その結果、グナエウス王国はボンベイ王国に貸しを作る形で犯人グループを引き渡した。その後彼らがどのように裁かれたか、それはグナエウス王国のあずかり知れぬところだ。
そんなボンベイ王国はグナエウス王国との友好を深めるため、というお題目で第三王子を留学生として寄越したのだ。
むろんそれは建前で、本質は第三王子であるニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイを人質としてグナエウス王国に預けたのだ。
王位継承権は低いものの、要人であることには変わりはない。そんな彼を預けることでボンベイはできる限りの誠意を見せつつ、グナエウス王国の要人にパイプを作りたいという下心を混ぜつつ、こうして第三王子を送り込んできたのだ。
そう、つまりこの第三王子の役割は重要だ。ただの留学や物見遊山ではなく、今後の外交の要となる可能性も決して低くはない。
大切なことなので二回言おう。この第三王子の役割は重要だ。
さーてこの第三王子のやらかしポイントー! ドンドンパフパフー!
我が国、グナエウス王国の王族は成人するまで性別を明らかにせず、みな王子として扱うこととなっている。にも拘わらずこの第三王子は私のことを王女と断定して扱った。これはこの国の文化の勉強不足、それにとどまらず王族の手を無許可で取ってキスをするなど、いくら他国の王子とはいえ無礼の極みだ。そのうえ今の私は完全に男装をしている。どこをどう見ても無敵で素敵な王子様だ。それを見なかったことにして”顔が美しいから”などというふざけた理由で女扱いするなど、そのような軽挙なことあるだろうか。
相変わらず絶対零度の笑みを浮かべるシュトラウスが口を開く。
「ニコラシカ殿下、我が弟を褒めていただくのは大変光栄です。ですがこの国に男性が男性にキスしてあいさつする文化はありません。そして男性を褒めるときに女性的であることはあまり口にしないほうが良い。トラブルの元となります」
「これは、失礼いたしました。あまりにもシャングリア殿下が美しくあらせられたので」
悩まし気に眉を下げ殊勝に謝る態度は王子らしからぬ物腰柔らかなものだ。きっとその流し目を送られたらその辺のお嬢さんたちはあっさりとこころ奪われてしまうだろう。もっとも、この場においてこの青年がとんでもない爆弾だということはすでに割れている。もはやこの場にいる者からすれば印象のリカバリーは美しい顔面をもってしても不可能だろう。
「お褒めに与り光栄です。ニコラシカ殿下にはこれから我が国の文化についても馴染んでいただければと思います。あまりそのようなに仰っては皆戸惑いを覚えることでしょう。殿下だけではなく、ストラースチさんも、ソーヴィシチさんも。学内では私が皆さまのお近くにいることが多くなると思います。わからないことがあればいつでも聞いてください」
「い、痛み入ります、シャングリア殿下……」
腐った魚を眺める目をやめて素敵で無敵な王子様スマイルを浮かべれば、ニコラシカとお供Aことストラースチは人懐こく返事をして、唯一ソーヴィシチだけが引き攣った顔でかしこまった。
にっこり笑顔を崩さず「あ、こいつら意味わかってないな」と悟る。
ここで敢えて第三王子ではなくお供ABに声をかけたのは「この馬鹿止めるのはお前たちだぞ」という意味だ。優しさではなくくぎ刺しだ。意味を分かってるのはどうも一人だけ。ため息すらも出ない。
どうやらこの留学生三人組の中でまともなのはお供Bことソーヴィシチだけらしい。
3分の2がぽんこつって、彼の胃が死ぬのではないだろうか?
かつてアドリア嬢のストッパーを担っていたアークタルス・ハボットを思い出す。……あれが倍だとしたらもはや手に負えないだろう。
キスされた手をそっと片手で拭いながら下がる。第2王子でしかない私はひとまずあとはおとなしくしていればいい。ただ学年が同じなため、今後も私は彼らのお世話をしなければならないのだろう。
やーだなー! めんどくさいなー!
なんて気持ちはそっとポケットの中に押し込んで涼しい顔をしておく。面の皮の厚さは折り紙付きだ。
ふと余裕が出てきて思い立つ。
いまこの場にはヒューイさんもいる。
……いや、手の甲にキスだなんて確かにあいさつの範囲内だし、相手が私でなければこれと言って珍しいものでもない。でも? でもでも? ちょっとヒューイさんの反応も気になる。
今や私たちは両想い、なのだ。私の勘違いと早とちりでなければ。
であれば愛しのヒューイさんのリアクションが大変気になるわけですよ。
もっとも、ヒューイさんなら顔色一つ変えずただ前を向いていることだろう。いくら衝撃的なことがこの場であったとしても、真面目で優秀な護衛隊長が他所事に気を向けるわけがない。
……ただまあ顔色をうかがってみてもばちは当たらないんじゃないかな。
ちらっと壁沿いに立つヒューイさんの顔を見てみる。
が、予想通りヒューイさんはただ前を向いている。
ああ無表情なヒューイさんのお顔も美しい! 精悍な顔立ち、少し年上に見える落ち着いた目元、鋼のような冷たい色の銀髪、まっすぐと視線を動かさないアイスブルーの瞳!何をとってもどこをとっても百点満点。この世の芸術の粋を集めてもあの造形を表現することは叶わないだろう。他の追随を許さない世界の至宝!
好き! 大好き! 愛してる! たとえキスされた私に対して微塵の反応を示してないとしても、それでこそヒューイさん! 冷静沈着泰然自若! 動揺するのはごくごくたまにだからこそ良いのだ!
こちらはこちらで無表情に愛の言葉を無言で投げつけていると突然アイスブルーの瞳とかち合った。
あ、死んだ。顔が良い。しかも公務中にがっつり顔見てるの見られた。
しれっと目を逸らそうとしたとき、ヒューイさんがクイっと片眉を上げた。
「…………」
あああああ! かっわ、かっわいいな!? 国宝級の表情!
話せないから眉で返事した、といった様子! あ、好き、無理。顔が良い。かっこいい。
いや正直片眉動かすだけじゃどんな意図があったかわかんないけど私的に「公務中に何見てるんですか」「集中しなさい」という意味だと思う。ちなみに大穴は「なにキスされてるんですか、あとでお話があります」だ。あ、ないですね、妄想ですね! 知ってた! 黙ります!
その後はこれと言ったトラブルなく、粛々と挨拶が終わり、ボンベイ王国一行が謁見の間を後にする。決して長い時間ではなかったが私たちに大いなる不安を抱かせるのに十分な時間だった。
「シャングリア、何があるかわからないが、つつがなく殿下を帰らせるように。……何か問題があれば報告を。対応が必要であれば検討する。お前の出来る範囲でもフォローしていくように」
「承知いたしました、父上」
終始表情筋をピクリとも動かさなかったグナエウス国王こと父。敵対しているわけでもないボンベイから人質を取るだけの理由は特にないが、友好の証として留学生を送るというのを断るだけの理由もないため受け入れたのだろう。だが実際蓋を開けたら不安要素の塊のようなものが出てきた。顔に出すことはないが困惑しているのは間違いないだろう。
「それとシャングリア、公務の最中にヒューイの顔をじろじろ見るな」
「申し訳ありません。あまりにも顔が美しかったので」
「ぐっ……」
表情もテンションも全く変えることなく注意する父に私もしれっと返事をする。
ちなみに呻いているのはヒューイさんだ。動揺するヒューイさんはこういうときしか見ることができない。おいしい! でも正直自分の上司までもが自分の恋愛ごとに首突っ込んでくるのは胃が痛いよね。わかるよ。知らんけど。
さてさてボンベイ王国留学生3人組の登場。
せっかくヒューイさんと両想い(おそらく)になれてあとは逃がさないように外堀という外堀を埋めていって卒業後めでたくゴールイン☆ の予定だったのに、留学生たちにはなんだかすごく問題がありそう! これから私どうなっちゃうのー!?
とか思うところですよね、はい。
でもこれ私、知ってたんですよ。こうなることも、第三王子がやばい奴だってことも。
未来予知? 超推理? いいえ答えは
「テレレテッテレー! 留学生の日記ー!!」
「マ、マジですか……!?」
「この日記、なんと不思議なことに彼らがグナエウス王国に来てからの日記なんですよ。彼らはまだ来たばかりだというのに」
「み、見覚えがありすぎます……!」
うぎぎ……などと貴族令嬢にあるまじき声を上げるのはかつての地雷系ヒロインこと、ヘレン・アドリア嬢。ここに彼女の指導係こと義姉パトラ・ミオス嬢がいたら間違いなく教育的指導が行われていたことだろう。
何やら悶えだすアドリア嬢を横目に黒い革の日記帳をめくる。一通り読んだのだが、流れとしては以前のアドリア嬢と似たようなものだ。
まあ例のごとく、うっかりこの日記帳を拾ってしまったのだ。もちろん偶然だ。王宮の中庭のテラスのテーブルに置きっぱなしにされていた黒い日記帳。私は完全な善意でそれを拾い上げたのだ。ここは王宮。部外者は早々入ってこない。それも中庭のテラスに置き去りということはよっぽど内部の人間だ。何が書かれているか知らないが、このままにしておいて良いものじゃない。そして少し中を見ることで持ち主がわかるだろうと思ったのだ。
そして開けた1ページ目。
「どうやら俺はギャルゲの世界に転生したらしい……」
はいアウトー! 見覚えあるよねー!
「なんですか、なんなんですか? あなたたち転生者は記憶している内容を日記に書いて、挙句人に拾わせる習性でもあるんですか? 転生をする上でのルールですか?」
「なんなんでしょうね……! でも本当、書かないと忘れちゃうのはわかってほしいです……! 普通にこの世界で生きてると前世の記憶なんてよっぽどインパクトのあること以外忘れちゃうんですよ!」
死んだときのこととかは覚えてますけど、当時読んだ本の内容なんてうろ覚えです……! 呻くアドリア嬢。知らんよ。
「それはそうと私、なんどもこんな爆弾拾いたくないんですけど」
「シャングリアさまはもうそういう運命なんじゃないですか?」
ソファに倒れこむアドリア嬢を、今回は咎めないでおく。この部屋には私とアドリア嬢しかいないのだ。他人払いは済ませてある。一生懸命立派な男爵令嬢になろうと努力する彼女にも、休憩があってもいいだろう。何より面倒ごとを持ち込んでいるのは今回に限り私なのだ。
「それでギャルゲ、とはなんですか?」
「男の子が主人公で、女の子たちと恋愛していくゲームですよ」
「へえ、あなたがやってたゲームとは逆なんですね」
「うっ……」
「あなたのやってたゲームはこの世界で、彼のやってたゲームもこの世界。この世界ゲームの舞台にされすぎではありませんか」
なるほどなるほど。
ボンベイ王国第三王子、ニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイ。この世界は「花びらの舞う頃」というギャルゲの世界で、ニコラシカはその主人公。第三王子ニコラシカはある事情で隣国のグナエウス王国に留学することになる。そこで出会う令嬢たちと恋愛をしたり友情を築いたりしながら学園生活を送る、というストーリーだ。ゴールは留学期間満期でボンベイ王国へ帰国ルート。各貴族令嬢たちとの恋愛の末婚約ルート。すべての令嬢たちと恋愛するハーレムルート。そしてグナエウス王国女王の王配となる隠しルート。
情ー報ー量ー!!
「とりあえずどうあがいてもグナエウス王国にとって大惨事なんですが。もう通ってもらうルートは帰国ルートのみなんですけど。これ以外だと国が乱れに乱れます」
おとなしく帰っていただきたい。他国まで来て恋愛しに来るな。国内で勉強していてくれ。
各貴族令嬢との恋愛ルート。
貴族令嬢と恋愛する、それ自体全否定はしない。没落しかけているようなところや収益の少ない領地では他国の王族と婚約した方がいっそ良いこともある。だが彼の日記に書かれたメンツは公爵令嬢、パトラ・ミオス嬢、伯爵令嬢、マーガレット・ランク嬢、このほか数人。だがどの子もすでに婚約者がいるような良家ばかりだ。
「アドリア嬢のときもそうですが、すでに婚約者がいる方との恋愛は盛大にもめることにしかならないのでやめていただきたい……」
「その節は大変申し訳ありませんでした……」
「特にこのハーレムルートというのが一番いただけませんね。良家のご令嬢たちがことごとく他国に嫁ごうとするなど……国内のバランスにも関わります」
「…………」
「…………」
明確に何か言いたげなアドリア嬢から目を逸らす。ついでに日記帳からも目を逸らす。
「……あの、シャングリアさま」
「なんでしょう、アドリア嬢」
「……王配ルートって、今国王様は男性で女王様ではないですよね」
「そうですね」
「で、今王位継承権を持ってるのって、第一王子のシュトラウスさまと第二王子のシャングリアさまですよね」
「そうですね」
「で、女性の方は男装王子をされている王女のシャングリアさまだけ。現状、ニコラシカ殿下がグナエウス王国の王配になる方法は、一つしかありませんよね?」
「そうなんですよね……!?」
ニコラシカが王配になるルートは、女王となった私と結婚するルートしかありえない。
いやもう血反吐吐く思いですよ。
なんでさ! こちとら十数年に及ぶ初恋がようやく叶う目途が立ったというのにこのタイミングでのぶち壊しフラグ! 第三王子とかお呼びじゃねー! おうちへ帰れー!
持っていた手帳をソファに叩きつける。大丈夫、王家御用達最高級のふわふわソファだから手帳に傷はつかない。私の心が傷ついてる。
王配ルートが一番の問題なのだ。
現状、王位継承権第二位についているのは私だ。グナエウス王国では性別と王位は無関係。もし、王位継承権第一位の兄、シュトラウスに何かあった時だけ、私が女王となる可能性がある。けれど今のところシュトラウスが即位する予定であり、私は女王になるつもりは毛頭ない。ということは王配ルートはシュトラウスに何かがあったルートなのだ。
だがシュトラウスに何があったのか、その肝心な部分がこの日記には書かれていない。
「この王配ルート、シュトラウスについての言及がほとんどないのですが、どう思いますか?」
「そう、ですね……、これだけ他のことは書いてますから、あえてその部分だけ書かない、ということはないと思います。そこが書いてあってもなくても、大問題なことに変わりはありません。……私も全部書いてましたし。可能性としては、この日記を書いた時点ですでにその部分についての記憶があいまいで書けなかったか、そもそもルートがあることは知っていても、そこまでのプレイルートを知らなかったか、だと思います」
「プレイルート?」
「ええと、ほかにそのゲームをプレイした人がいれば、おおざっぱなあらすじは聞けますよね? このニコラシカさんももしかしたらきっちり王配ルートをクリアしてなくて、そういうルートがあることだけ知ってる、みたいな状態ではないでしょうか」
かみ砕いて私に説明するアドリア嬢が一通り目を通した日記帳を机の上に置いた。あっさりと机の上に置かれるが、爆弾であることに変わりはない。いやむしろ爆弾具合ならアドリア嬢の時とは比にならないレベルだ。国家存亡にかかわると言ってもおそらく過言ではない。
「ど、どうしましょう……これはさすがにどなたかに報告した方がいいのではないでしょうか」
「いえ、これを説明する方が困難です。私とあなたは”そういうケース”があることを理解していますが、他の人はそうじゃない。信憑性のある説明ができません。そもそも客人の物を勝手に覗き見ているのも問題です」
実際、やってることは窃盗とそう変わらない。けれどこの爆弾の塊を誰が見るともわからない元の場所に戻しておくことはできないし、ましてや本人に返却することはもってのほかだ。
「王配ルートの場合、彼の留学中の数か月の間に父上、現陛下が退位し、そのうえシュトラウスが即位できない事態となっている必要あります。その一方で、別ルートを選んだ場合国内がそれほど大きく変化しているように思えません。であればそれ以外のルートを選んでいれば、おそらくつつがなく進むのでしょう」
心臓が嫌な音を立ててきしむ。この緊張感は今までに味わったことがない類だ。
王配ルートのみ、この国が大きく変革する事態が起こる。
ならばおとなしくボンベイ王国に帰ってもらうしかない。
「第三王子で王位継承権の低いニコラシカにとって、王配になるルートが一番利が多いでしょう」
「そうですね……日記に書いてある王配ルートは王女との邂逅シーンといくつかのイベント、それからラストだけ」
「そう、つまりこれからニコラシカ殿下が恋愛をしようと私相手に立ててくるフラグをことごとくへし折って行けば、絶対に王配ルートは達成されません」
あらゆる恋愛フラグをへし折り、彼をボンベイ王国に返品できればグナエウス王国の平穏は保たれるのだ。爆弾だが前向きにとらえよう。少なくとも王配ルート以外ならこの国にが何か大きな戦争をすることなく、父上が亡くなられるようなこともないのだ。
日記帳に書かれた「第二王子のふりをする薄幸な男装の麗人」という言葉を憎々し気に見下ろす。
なーにが薄幸か。私はいつだって幸せマックスだ。ヒューイさんがいれば。むしろその幸福をぶち壊しにギャルゲ主人公殿が来てるんだが。
「転生するにあたり、様々な事情があるとは思いますが、それはそれ。これはこれ。私はあくまでもこの国の平和を求めます。個人利益に肩入れすることはありません。おとなしく国へ帰っていただきましょう」
「さすがです、シャングリアさま。心強い。ニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイの留学期間、彼からこの国を守ってください」
「何他人事みたいに言ってるんですか?」
「え?」
「はい?」
疑問符を頭の上にのせて首を傾げる彼女につられて首を傾げる。彼女は何を読んだのか。
「ちょ、ちょっと待ってください! え、なんの話ですか? 私この攻略メンバーの中に入ってないですよね?」
そう言って指さすのは日記に書かれた各令嬢のルート一覧。確かにそこに彼女の家名アドリアの文字はない。
「攻略メンバーじゃないですよ。あなたはこっち、サポーターキャクラターです」
「え、え、……主人公に学園内の情報をくれる”謎多き男爵令嬢”、え、これ私ですか!?」
メモ書きを指さし悲鳴を上げる彼女に慈悲もなく頷く。
「そうでしょう。少なくとも”謎多き”だなんて称される男爵令嬢はアドリアさんしかいらっしゃらないかと」
「私がニコラシカ殿下の恋愛のお手伝いをするんですか!? 恋愛の”れ”の字もつかめてない私が他人の恋路のサポートをするんですか!? 普通に余裕ないですよ! あることないこと話していいんでしょうか!?……あ、ちょっと用事を思い出しました。それではシャングリア殿下、わたくしはこれで失礼させていただきますわ」
綺麗な淑女の礼を決めて逃走を図る彼女の腕を絡み取り何とかソファに座らせる。
「まだ話の途中です」
「もう大体聞きましたから! シャングリアさまならこの国の危機もきっとなんとかすることができると思います! 頑張ってください! それじゃ!」
「逃がすわけないでしょう。……こら、淑女が歯を剥いて威嚇するものじゃありません」
どれだけ逃げ出したいんだこの子は。そして同時に去年の私の苦労も思い知ってほしい。
ここからが私の力の見せどころだ。まあ王子様ムーブでごり押しするだけなのだが。
「どうか話を聞いてください、アドリアさん。こんなこと、相談できるのはあなたしかいないんです」
「うっ……美しい顔が近い……! 面が良い……!」
「あなただけが頼りなんです。他の誰でもない、秘密をともに共有しているあなただけが」
「屈しない、屈しませんよ……! いくら殿下が麗しくても、そんな国家存亡の危機への介入だなんてあまりに荷が重すぎ……」
「アドリアさん、あなたの助けが必要なんです……!」
「そんな……そんな風に言わないでください……! なんでもない凡人の私が特別扱いに弱いのは殿下もご存知でしょう……!?」
「凡人だなんて、謙遜を。あなたには今まで培ってきた経験が、別の世界の知識があります。あなたじゃないとダメなんです、ヘレン」
「うおああああ……」
ヘレン・アドリア嬢はソファに力なく倒れこんだ。指先で突くと呻き声が返ってくる。
「お手伝い、いただけますね?」
「シャングリア殿下の仰せのままにぃ……」
▼動かしやすく、対象から警戒されにくい仲間を手に入れた!
ようやく奇行系男爵令嬢との和解が完了し、愛しのヒューイさんとの恋の見通しもついたのに、これである。
シャングリアは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の男主人公、基い隣国の第三王子を除かなければならぬと決意した。シャングリアにはギャルゲがわからぬ。シャングリアは、王国の第二王子である。剣を取り、ペンをとって暮らして来た。けれども自分の恋路を邪魔する者に対しては、人一倍に敏感であった。
ミッションは三つ
第三王子と私含む、国のご令嬢たちとの恋愛フラグをすべてへし折ること。
第三王子を何事もなくボンベイ王国に返却すること。
ヒューイさんの外堀という外堀を埋めていくこと。
え、ヒューイさんのことはいったん置いておくべきじゃないかって?
おいておいてる間にほかに目移りしたらどうしてくれる。一発ギルティ血涙待ったなしだぞ?ヒューイさんは私が卒業するのを待っていてくれると言っているが恋はいつでもハリケーンだ。いつ何時ヒューイさんにほれ込むご令嬢や他国の王女がいてもおかしくないし、他の貴族たちが婿にと囲い込む可能性だって0じゃない。だって優秀有能才色兼備、将来有望護衛隊長殿だ。こんな優良物件国中探したって他にいない。何よりあの美しいアイスブルーの瞳で見つめられたら全人類が恋に落ちる。故にこちらの手を止めることなく、外堀を埋め埋めしなければならないのだ。QED。
さて隣国天然第三王子と素敵で無敵な男装王女との全面恋愛戦争、受けて立とうじゃないか。
見ていろニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイ。貴様を誰と婚約させることなく、独り身のままボンベイ王国に返却してやる!




