クローゼットの君
ハローハローこんにちは、グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
先日何とか自称ヒロインであるヘレン・アドリア嬢という巨大な爆弾を処理したばかりの今をときめく私が今どこにいるかといえば。
「失礼いたします、殿下」
そう兄上のクローゼットの中である。そしてたった今入室してきたのが何を隠そう護衛部隊隊長ヒューイさんである! ああクローゼットの扉越しでも低い声は麗しい……! こみ上げそうになる動悸息切れを根性で抑えこみ、ぴたりと耳を扉に押し付けた。
盗み聞き? いいえ先に私がいたのに勝手に話し始めるから聞こえてしまっただけだもん!
いや正直、正直なところ今私のメンタルは死亡寸前である。声を聴くだけで心臓がはちきれそうになる。
あの私の誘拐事件(仮)の後は結局お互い後始末に追われバタバタとし、お、お姫様抱っこで城まで連行されてからヒューイさんとは話していないのだ。むしろ私が避けている。あれほどヒューイさんのことを追い回し続けてきた私だが、ここに来てヒューイさんにどんな顔して会えばいいのかわからなくなってしまったのだ。
今までは「これだけアピールしても全然気づいてくれない! でもそんなところも好き!」といったようなお花畑テンションで過ごしてきたが、その実全部本人に伝わっていて本当は何度も私は幼稚な告白をあの人に繰り返してきたと思うとやっていられない。自分で穴を掘って飛び込みたくなるような羞恥だ。恥! 圧倒的恥! そうだよいつだってキレッキレなヒューイさんが私の好意に気づかないはずがないじゃん!
しかしながら数日ぶりのヒューイさん成分に私の身体は崩壊寸前。死ぬ。イケメン過ぎて死ぬ。
ていうか何話すの?
「忙しいところ呼び出して悪いな」
「いえ、他でない殿下からのお声がけですので。なによりあなた様から呼ばれることなどそうありません」
「そうかそうか。まあ本題に入るがこの前はシャングリアが世話になった」
いきなり! いきなり私の話題になった!
思わず扉に額を叩きつけたくなるのを必死に抑える。もうちょっと心の準備をする時間をください。
「……ええ、本当に誰かに手綱を握っていてもらいたいところです。あれではいくら心臓があっても足りない。あれだけされればもうお見事としか言いようがないのも事実ですが」
「僕や父上はもはやあれの手綱を握る気はないぞ。自由にさせていた方があいつはよく働く。お前が握ってやればいい」
「私には過ぎた役目でしょう」
「なんだったか、『私のかわいいずるい人は自分の身を削るばかりで、私に大切にされてはくれないでしょう』、だったか?」
「ごふっ……!」
盛大に咳き込む声。もちろんその主はヒューイさんだ。
ヒューイさんがむせるほど取り乱す姿なんて一度足りとも見たことがない……! 見たい、今すぐここを飛び出してテンパるあなたの姿を網膜に焼き付けたい……!
「な、なぜあなたがそれを……!」
「うちのかわいい妹は嬉しいことがあるとすぐ僕の所へ報告に来るからな」
「あの子は本当にっ……!」
死にそうなヒューイさんの声が聞こえたが私もクローゼットの中で死にかけています。
て、照れるのかヒューイさん……! 今どんな顔してるの見たい。
でも今私もめっちゃ顔赤い自覚がある。「あの子」ってワードが強すぎる。
え、いつも「仕方のない子だ」って言われてるじゃないかって?
いやあれ私の脳内副音声だから。そんな風に言われてる気がしてるだけだから。そういう風に思われてるだろうなとは思っていたが腐っても第二王子。身分差的にそんな言葉は言えない。
のに、これだ。よもやクローゼットの中でこんな素敵ワードを聞くことになるとは無理死ぬ好き。
正直子ども扱いされるのはあまり好きではない。けれどあの声や表情は別なのだ。子供だからと適当にあしらってるんじゃなくて、慈しみや親愛があるような「あの子」扱い。子ども扱いされているというより庇護対象とされているような感じがキュンキュン来るんです。複雑な乙女心。
「でもお前がああまでしてシャングリアのところへ行くとは思わなかったがな。こちらとしても僕が直接行くか、適当に部隊を見繕うかくらいにしか考えていなかった。少なくとも、護衛部隊隊長であるお前が行くに値する奴らではなかっただろう」
シュトラウスの言うことは正論だ。
犯人は男4人。それも学生である私に昏倒させられてしまうようなレベル。きっと兵士数名いれば事足りたことだろう。なんならたぶん頑張れば私一人でも行けた。怒られるのは確定だけど。
「男爵令嬢、アドリア嬢が頼んだからか?」
「まさか。……私が行きたかったからですよ。あの子は陛下や殿下が言っても聞かない。きっと誰の言うことも聞いてはくれないでしょう。それならば私が行って少しでもあの子を縛れたら、と思って」
「兄の前で妹を縛るだなんて随分といい度胸をしているな?」
「会話の文脈を読んでいただけますか? なぜ突然あなたはとぼけだすんです?」
「冗談だ。いやはや、生真面目な騎士が一所懸命想いを吐露するのを茶化してはいかんな」
「このっ……」
兄上に翻弄されてるヒューイさんかわいいいいいい!! あと心配かけたのは普通にすみませんでした。これからはいい子にしてますよ、多分。
あとやっぱり私と話すときとシュトラウスと話すときでヒューイさんの話し方とか感情表出に差がある気がする。私と話す時はいつも澄ましたようにしているのに、シュトラウスに対してはフランクだし、感情も出てる。羨ましい……! 羨ましいが私はシュトラウスのようにヒューイさんを揶揄ったり翻弄できる気がしない。ヒエラルキーはシュトラウス>ヒューイさん>私のようだ。
「まあそれはそうと、ヒューイ。シャングリアのことはどうするつもりだ?」
「どうする、とは?」
「すっとぼけるな、打ち首にするぞ。シャングリアはもう舞い上がりきっている。自分の行動と言動には責任をとれよ」
「……私は『守りたい』『大切にしたい』と言っただけですよ」
そこでハッとする。
今の今まで勝手にヒューイさんと両想いになったつもりだったけど全然そんなことなくない!?
『どうか私に、シャングリア様を大切にさせてください』
『私の守りたいものが、シャングリア様なのです』
『あなたの喜ぶことも、嫌がることも、存じ上げているつもりですよ』
あ、あ、あ、無理。思い出しただけで口元がにやけてしまう。いやこれ舞い上がらないでいられるか。何このキュンキュンセリフラインナップ。死ぬよ。シャングリア特攻入ってるよ。かっこよすぎる素敵すぎる。私の持っている語彙だけじゃこの素晴らしさを伝えきれない。
いやでもやっぱ思い返しても好きだとか言われてないわ。
なんならこのラインナップなら親戚のお兄ちゃんとか近所のお兄ちゃんとか部下に言われてもおかしくないセリフじゃない? 相手がヒューイさんだからこんな情緒が嵐みたいになってるけど特に決定的なこと言われてないよね。
ここに来て私の早とちり勘違いコンボのフラグが来ました。
あ、無理無理無理これ、え、全部自分だけ先走ってた感じ? でも実際ヒューイさん何にも言ってないよね!? 無理、さっきとは違う恥で死んでしまう!
「……殿下、無言でレイピアを手に取るのはやめていただきたい」
「人の妹の恋心を弄んでおいてよく自分の希望を口にできるものだなヒューイ」
わ、私は弄ばれていたのだろうか!?
しかしよく考えてみればあの夜のヒューイさんの発言を鑑みると「私のことが好きなら危ないところに行かずにおとなしくしてろ」って言っているようにも聞こえる。も、モラハラ……!? いやこれはこれでばちくそカッコいいから全然あり寄りのありというか最の高です。俺様強引なヒューイさんも素敵です。
「弄んでなどいませんよ」
弄ばれてはいなかった!
扉越しでまで聞こえる大きなため息にその意図を探る。
「……王女殿下に対し、軽々しく想いに応えるようなことは言えないでしょう」
「なら重々しく応えろ」
「圧がひどいです殿下。……そうでなくともあの子はまだ幼い。憧れと恋慕を勘違いしている可能性だってあります。それを大人である私が感情のままに応えて良いものではありません。きちんと分別が付くようになってからの話でしょう」
「あれはもう子供ではない。いったいいつの話をしている。確かにお前にとっては足元に纏わりつく幼子だったかもしれんがもう大人とそう変わらん。あと数年で成人もする。場合によっては他国との見合いの話だってある」
「それでもです。一時の気の迷いということもあります。であれば私はまだ口にするべきではありません」
「その一時の気の迷いが既に10年以上になりそうな気分はどうだ」
改めて年数を言われると思わず乾いた笑いが出そうになる。10年もまあよく頑張ったな自分。
ヒューイさんに乗せられ訓練に混ざり一般婦女子からは大きくかけ離れているが諦めずに追い続けてよかったと今なら思える。
「もはやどうとでもなれという気分になってますよ。……最初こそ子供に手を出すわけもないと思ってきましたが、いつの間にかいろんな意味で立派になられた。今回の件で痛感しましたよ。私があの子のストッパーになれるなら喜んでなりましょう。いくらでもお付き合いします。しかしやはり、あの子が『やっぱ違った』などとなる可能性もあります。少なくとも学生の内はその道を残しておくべきです」
「その間お前はいい年して婚約もできないのにか」
「あんな”かわいい子”が後を追ってきてくれるなら、余所にうつつを抜かしている暇などないでしょう。卒業するまでは喜んで待ちますよ。そのあとは覚悟していただきますが」
声色だけで、ヒューイさんが笑っているのが分かった。
「だそうだシャングリア!! しっかり聞いていたな!?」
「もちろんです兄上!」
バアンッと勢いよくクローゼットの扉を開け放つとにやにやしたシュトラウスと呆然とこちらを見るヒューイさんがいた。あらやだレア顔。少し驚いた顔をすることはあるけれど唖然呆然といった顔は初めて見た。そんなお顔も素敵です。
「シャングリア様なぜクローゼットから、いやどこから聞いてらっしゃったのですか!?」
「最初から最後まで余すことなく! そしてクローゼットに招待したのは兄上です」
ヒューイさんの顔が! 赤い! 激レアヒューイさんも網膜に焼き付けながら口を開く。
「ヒューイさんがご心配なさらずとも、卒業しても私は死ぬまであなた一筋です。決してあなた以外のところへ行くこともなければ目移りすることもありません」
私の本能が言う。ヒューイさんに喋らせてはいけない。口を開けば私が勝てるわけないのだ。動揺しているこの隙に思いの丈をぶつけなければならない。
「確かにあなたは私の憧れです。でも同時に私の恋した人です。それは間違いなんかじゃありません。あなた以外の有象無象に興味はありません。これが一時の気の迷いだというなら私は何度だってあなたに恋をします。正気に戻る暇なんてないくらいに」
「シャ、シャングリア様、」
「疑ってくれて構いません。子供の戯言だと信じなくて構いません。ヒューイさんがわかってくれるまで私はあなたのことを愛し続けます」
ばくばくと心臓はなっているのに不思議と全く恥ずかしさなどなくて、ひたすらにヒューイさんに想いを伝えたかった。今を逃したらはぐらかされてしまう気がして。
「覚悟するのはあなたの方です、ヒューイさん」
私よりずっと大きな手を握り見上げれば今まで一度も見たことがないほどに顔は赤く、アイスブルーの目は私だけを見ていた。
――あ、この顔すごい好きだ。
「……ま、参りました……」
「勝った……!」
手で顔を覆い隠そうとするヒューイさんの両手を渾身の力で阻止しながら勝利を確信した。
生真面目な人は愛の言葉で殴った方がいい。なんとなく、シュトラウスもこんな感じでパトラさんを落としたような気がする。想像がつく。
「で、ですがあなたが卒業するまで時間を、」
「よかったなシャングリア。卒業するまでに外堀という外堀を埋めていけ」
すでに外堀を埋め終わっているシュトラウスの言葉はやはり違う!
卒業までに逃げ道などないようにすべての選択肢を塞いでしまわなくては。一時の気の迷いを心配してくれるヒューイさんのような優しさは生憎と一欠けらも持ち合わせていない。逃がす気など毛頭ないし、下手に手を抜けるほどの余裕も慢心もない。
「10年に比べたら1,2年などないも同然! あと少し待っていてください、私が必ずあなたを幸せにしてみせますヒューイさん!」
そう息巻けば困ったようにけれど頬に赤みを残しながら彼は笑った。
卒業までのあと少し。ヒューイさんを幸せにするために必要なすべてを集めて、ありとあらゆる憂いを潰して最高のゴールインを迎えてみせようじゃないか。
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「どうしてあの子はあんな風に育ったんでしょう……」
「お前を見ながらカッコいい騎士になりたいと思ってたのと、愛で殴るスタイルはうちの血筋だろうな」
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
一応全体のあとがきや裏話、あったかもしれない第2部の話について活動報告にて載せています。よろしければ覗いて行ってください。
 




