王女だけど、嘘つきなヒロインも悪役令嬢な義姉も素敵。
「あらシャングリア様、ごきげんよう」
「ええ、パトラさんもおかわりなく」
やあやあ皆さまごきげんよう。グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
数か月前学園の人気者、男爵令嬢ヘレン・アドリア嬢と階段でエンカウントし、爆弾と言っても過言ではない日記帳を拾った。その日記帳にはなんとこの世界の未来が!何とも馬鹿馬鹿しことに下手したら一人の傾国によって滅亡しかねない未来が書かれていた。この国重鎮の息子たちが悉く、ヒロイン、ヘレン・アドリア嬢に誑かされ、悪役令嬢のパトラ・ミオス嬢は国外追放されるそうな。
彼女に凄まじい妄想癖があるのか否かは置いておいて、兎にも角にも、この日記帳にあるようなことになってたまるか。絶対に私が阻止してやる。
とか思ってたけど、思ったよりヒロインが脅威になりそうにない。手練手管などかけらも持たない夢見がち少女だった。
そしてとうとう先日、拾得物横領、もとい拾ったまま返すタイミングを失っていた彼女の日記を返却した。
その際にヘレン・アドリア嬢の身の上話を聞き、この日記に書かれていたこともまた彼女から聞き出した。
ヘレン・アドリア嬢はウリコ・スズメという名前の会社員でこの世界は前世でやったゲームの世界で自分はすでに死んでいて、今そのゲームの世界のヒロインに成り代わっている。けれど自分ではヒロインらしい動きや情動ができず、結果的にあのような地雷女子生徒となり果てていた。
待て待て待て情報量~~!
ものの数十分でとんでもない情報量が私に注ぎ込まれた。いくらパーフェクト王子の私でも処理能力を超えている!いやゲームって何の話? 日記読んだ時点でもよくわからなかったけど改めて話してみてもよくわからなかったよ? ヒロインて何? いくらヒロインとよく似たポジションでもあなたは別の人間なんだからヒロインそのものになれるわけなくない? 誰かと恋しないと、とかちょっと意味わからないよ。政略結婚とかならともかく特に意味はないけど恋しなくちゃいけないとかなんの縛り?
とりあえず彼女は前世とか生まれ変わりとかを信仰するタイプの文化圏ってことと、その前世の名前がウリコ・スズメって名前なのは理解した。むしろそれ以上理解しようとしたらどうにかなってしまいそうだ。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。必要以上に知ろうとすればこちらの自我同一性を保てない気がする。
「先日は本当に大事なくて安心いたしました」
「それについては、大変なご心配をおかけいたしまして申し訳ありませんでした。つい自分一人先走ってしまって」
「今後は周囲を頼って、ご自愛いただきたいですわ。……もちろんあなたも、アドリアさん」
パトラさんの視線はまっすぐと私の隣にいたアドリア嬢に向けられていた。
「……はい、ご迷惑おかけいたしまして、本当に申し訳ございませんでした」
おずおずと、けれどはっきりと心配するパトラさんに謝った。
それを聞いたパトラさんはフ、と口元を緩め、
「どういうことですの?」
と心底混乱した目を私に向けてきた。
「それについては簡単に説明させていただきます」
今にも襟元を掴んでガクガクと私のことを問い詰めそうなパトラさんをなだめ、学園内のある部屋に案内する。
正直このパトラさんによる「どういうこと!?」という視線はここに来るまでさんざん浴びせられてきた。私と気軽に話すことのできる生徒との誰とも会わなかったからこそ問い詰められることがなかっただけだ。道行く生徒たちの誰が私たちを振り返り大量の疑問符を浮かべてた。私は別にアドリア嬢のことを邪険にしているわけではなかったが、それでも二人で行動するような仲ではなかった。というよりアドリア嬢自身が基本的に一人で動き回っていたためおとなしく誰かと歩く姿自体が珍しい。
「……あのアドリアさん? どこか身体のお加減悪いのかしら?」
「い、いえ私は至って健康体です」
さすが我らがパトラさん! 普段なら即刻アドリア嬢に対して戦闘モードに突入するが、今日のアドリア嬢の様子がいつもと違うことを察し声をかける。なんだかんだ彼女は別にアドリア嬢のことを憎んでいるわけではない。非常識な言動振る舞いに対して怒ると同時に心配していたのだ。もっとも今の今までその優しさは微塵もアドリア嬢に伝わっていなかったことがよくわかったのだが。
「アドリア嬢にはパトラさんに言いたいことがあるんです。……ほら、自分で言えますね?」
「あ、あのミオス様……今まで本当に無礼の限りを尽くしてしまっていて申し訳ありませんでしたっ!」
私の時と同じように勢いよく深々と頭を下げた。
「な、な、何事ですの!? アドリアさんあなたやはりどこか……! あなたといえば何を言っても響かない、傍若無人な方でしょう!?」
「パトラさん、本音がモロりしてますよ」
「だって!」
大混乱といった様子でワタワタするパトラさんに思わず口元を押さえる。事情を知っているとはいえ、ニヤつく口元を見られたらいろいろと終わる気がする。ていうか上品な口調が崩れてるのが可愛い。ここに兄上がいたら即死していることだろう。
一方パトラさんの正直な感想にアドリア嬢はすっかり沈み込んでいた。
「本当、本当に申し訳ありません……傍若無人な恥知らずでした……」
「あなた恥を知ってらしたのね……!」
パトラさんの追撃が止まらない。ただ悪意はないのだ、本当に驚いているだけで。
「パトラさんもご存じのとおり、先日アドリア嬢は隣国の不届き者に誘拐されました」
話し出せば真面目な顔で話を促すパトラさん。そういう切り替えのできるところがカッコいい。
「その件につきましてはアドリア嬢に非はありませんでした。しかし一人で攫われ、恐ろしい思いをすることで今までの自分の行いを客観的に見ることができ、所業を省みすっかり心を入れ替えたのです」
「ちょっと説明が適当ではありませんこと?」
正直なところアドリア嬢の言っていたことを彼女に話して混乱する仲間を増やしたいところだが、私自身説明しきれる気がしないので適当に話を誤魔化す。
パトラさんの疑うような視線はアドリア嬢が引き受けた。
「さんざんご迷惑をおかけして、今更謝るのは遅すぎるとは思います。けれど皆様にせめて謝罪するのが筋だと思います。許してほしいといえる立場ではありませんが」
「と、とにかく頭を上げてください。お顔も見ずにお話なんてできませんわ」
助けを求める視線を向けられるがそこは気づかないふりをさせていただく。今は私が何かする時ではなく、パトラさんとお話をしてほしいのだ。
狼狽えながらも私からの助け舟はないと分かると咳ばらいをしてアドリア嬢の顔を見た。
「許す許さない、といった話はわたくしには当てはまらない話ですわ。わたくしはあなたのしたことで迷惑を被った覚えはありません」
「え……?」
「わたくしはいつもあなたがシュトラウス様やシャングリア様にしていた行為、また学園生活において風紀を乱す行為や言動に怒っていたのです。わたくしが具体的にあなたに何かされたことはありませんわ」
アドリア嬢は目を丸くした。
恐らくアドリア嬢にとってパトラさんは自分の敵である悪役令嬢であり、常に自分に対し苛立ち怒っているのだと思っていたのだろう。けれど蓋を開けてみれば悪役令嬢である彼女が怒っていたのは”アドリア嬢自身”ではなく彼女のする非常識な行為や言動だ。それはヒロインムーブをしていた彼女にとって青天の霹靂だった。
「あなたが心を入れ替えたというならそれは喜ばしいこと。これからはどうか男爵家の婦女子として相応しい立ち振る舞いを期待いたしますわ」
そう優雅に微笑むパトラさんにアドリア嬢は瞳を潤ませた。今ならわかるだろう。パトラさんはちょっと厳しいだけでかっこよくてく可愛い人なんだぞ。
「で、パトラさんに私からお願いしたいことが」
「シャングリア様から?」
「アドリア嬢の淑女計画に手を貸していただきたいんです」
「淑女計画、ですか?」
次から次へと情報をぶつけて申し訳ないがサクサクと話を進めていきたい。というより混乱しているうちに話を進めさせたい。
ポンコツヒロインの再教育である。
「ええ、パトラさんもご存じのとおり、アドリア嬢はとんでもお嬢様です」
「うっ……、」
「決して性根が悪い方ではありませんが、周知のとおり常識というものが大いに欠落しており、評判の落ちようはもはや顔面偏差値でカバーしきれません。そこである程度良家の御令嬢らしい立ち振る舞いというものを彼女に教えてほしいのです。常識程度なら私から教えられますが、私の真似をしても理想的にはならないでしょう」
ほらそこは紳士系イケメン王子の皮を被っていますし? 私に教えられることといえば外面の使い方と馬術と剣術ですしおすし? といえば微妙な顔をされる。何の感情ですかそれは。
「シャングリア様のお願いとあらばご協力させていただきますが、評判というともはや手遅れでは……?」
不安げなパトラさんの顔を見てアドリア嬢がまたダメージを受ける。
「そこはもう私たちが彼女を指導しているという形を固めます。公爵家の令嬢と第二王子が指導しているとあればイメージの払拭くらい半年もあればできるでしょう。こんな豪華な指導員他にないですよ」
「確かに、そこまですれば別人のようになっていてもおかしくありませんし、逆にアドリアさんが期待されているようにも見えますわ」
聞き手に回っているアドリア嬢は今まで知らなかった周りからの評価の低さ、同級生、彼女にとっては精神的に年下になる学生たちに本気で今後の身を心配されるという不甲斐なさに挫けそうになっているが、現実なので真摯に受け止めてほしい。
「ですがシャングリア様がそこまですればアドリアさんがあなたの手付きだと思われてしまうのではありませんか? そうなれば婚約者は作りにくくなりますわ」
「こ、婚約者の心配まで……!」
「私はどうせ学園を卒業したら本当の性別を公開する予定です。そうなれば彼女は王女から目を掛けられていたという箔が付きます。学生の間は難しいかもしれませんがそれでもおつりがくるくらいですよ」
同じことを私も考えたが婚約者だのなんだのというのはとりあえず棚上げしていいだろう。アドリア嬢自身、十代のうちに結婚したり婚約者を作る文化圏ではなかったようなので、本人はそんなにそこを気にしてはいなかった。ただまあ学生の間私と一緒にいればおそらく彼女の実家の方から何らかの探りやら売り込みがあるかもしれないが、黙殺することはたやすいことだ。
「ではこれからは遠慮なくアドリアさんの淑女計画を進めていきましょう! 前々から思っていたのです! 見た目は完璧なのにどうして彼女はこうなのか!」
「ひぃえ……」
「男爵令嬢がそんな情けない悲鳴を上げてはなりません!」
逃げ出しそうになる彼女の肩をがっちりつかんで逃がさないパトラさんはどこか楽しそうだ。根本的にかわいらしいものが好きな彼女のことだ、アドリア嬢のことも本当は気にいっていることだろう。それこそ性格が改善されるとあれば可愛くてしょうがないだろう。あと私とのやり取りから見ても年下も人から頼られるのも大好きだ。これからはこれまで以上に微笑ましい二人が学園内に見られ、生徒たちに癒しが提供されることだろう。
「はりきっているところ申し訳ありませんが、本日はここまで。明日からどうぞよろしくお願いしますパトラさん」
「よ、よろしくお願いします! 明日から!」
明日から、を強調するアドリア嬢は縋るようにパトラさんも見る。パトラさんが見た目の良さに被弾したのがわかった。わかるよ、アドリア嬢の見た目すごい可愛いよね。
「では明日からびしばし行かせてもらいます。少なくともシャングリア様の隣にいて評判を落とさないくらいの淑女に仕立て上げてみせますわ!」
「さすがですパトラさん。……こら、アドリア嬢は帰ろうとしない」
早々に席を立ち出ていこうとするアドリア嬢を捕まえる。油断も隙もないなこの子。
「あなたはまだやることあります。パトラさんには謝ったので次の方ですよ。行ってらっしゃい」
「はぁい……」
「アドリアさん返事を伸ばさない!」
「はいっ失礼いたします! ごきげんよう!」
手を離せばぱっと部屋から飛び出していく彼女に一抹の不安を覚える。
一応あの子の中身大人なんだよね? 大丈夫? 計画頓挫しない?
「……不安ですわ」
「頑張れる子だと信じています」
逃げ回る小動物のような元ヒロインのいなくなった部屋で一息つく。
「ところで彼女はどこへ行ったんですの?」
「アークタルス・ハボットのところへ。今彼女が迷惑をかけてきた人たちに謝罪して回ってるんです」
ちなみにパトラさんの前がシュトラウスだった。むろんシュトラウスは全く怒っていなかったが。パトラさんが迷惑を被らなければアドリア嬢そのものに興味がない。
「ここまでは私が同行しましたがハボットは彼女の昔馴染み。それに誘拐されたときも私を振り切って彼女を助けに行きそうな勢いでした。さんざん迷惑を掛けられていますが、あなたと同じくアドリア嬢を心配するタイプです。喜びこそすれ、許されないわけもない」
アークタルス・ハボットは私の先日の脅し、もとい注意によりアドリア嬢の世話係、ストッパーとなっていた。けれどそれはきっとそれだけじゃない。友人として純粋に彼女を慕っている。上へいこうとする向上心はあるが、それだけの人間じゃない。
私の傍にいて箔の上がったアドリア嬢を引き取ってくれそうだなって勝手に思ってる。
「なぜシャングリア様は彼女のためにそこまで?」
「今回の誘拐の件はこちら、いわばこの国の責任です。怪我を負っていないとは言え彼女の心に大きな傷をつけたのは事実でしょう。それが彼女の身の振り方に影響を与え、心の在り方を変えるというなら手を貸してあげたいと思うんです」
「本音は?」
「面白そうじゃないですか。パトラさんは頑張る女の子はお嫌いですか?」
囮にしたことの詫びを差し引いても、正直面白そう、というのが一番の理由だ。生きづらく不器用で、余計なものに縛られすぎる彼女がどうやってこれから生きていくのか見てみたい。ヒロインでなくとも、人とは違うものを見てきた者として特別な人間になるのか、それとも持ち前の自信のなさでなんとか普通に溶け込もうとしていくのか。
「シャングリア様たちは時々恐ろしいものに感じられますわ」
「兄上と同じにされては業腹です。私はあなた以外どうでもいい彼とは違いますから」
「そ、そこまでは言ってません!」
ぼっと顔を赤らめるパトラさんプライスレス。
早く慣れればいいものを、いまだにシュトラウスの話をするだけで赤面するパトラさんはいつまでたっても愛らしい。恐ろしいと言いながらもそこも含めてべた惚れだろうに。
「ふふっ……わたくしを揶揄える立場だとお思いですの……?」
「ナンノコトデショウ」
「わたくしがシャングリア様を助けたのが護衛部隊隊長のヒューイ様だとシュトラウス様から聞いていないとでも?」
▼シャングリア に 100 のダメージ!!
「ことの顛末は伺っていますがぜひともシャングリア様からのお話も聞きたいですわ。攫われた馬車の中、颯爽とけれど全力で助けに来たヒューイ様のご様子はいかがでしたか? 話によるとヒューイ様に抱えられたまま馬に乗り帰還されたと。その姿はさながらお伽噺のお姫様と騎士様のようだったと伺っています」
追撃が、追撃がひどい!
私が揶揄った倍以上の仕返しが来ている!その時の羞恥やらなんやらが蘇ってきて顔はこの上なく熱いし動悸は激しいし口元が緩みそうになる。感情が大暴れだ。
「そ、それは……、」
「どうでしたの? お伽噺のような恋だなんて”おもしろくて”仕方がありませんわ」
さすが”悪役令嬢”嫌味のキレが段違いだね! でもそれ今求めてません。
とっ散らかった感情を整理するように深く深く息を吸った。
「……めちゃくちゃ長くなる自信がありますし、狂気に片足を突っ込んだみたいになりますけど、大丈夫ですか?」
「そんなの当然、……やっぱり今のなしでお願いします」
「なんでですか!」
先ほどまで揶揄い倒してやろうという笑顔だったというのに突然真顔で目を逸らされた。いやもうこっちは吐き出す準備は万全なんですけど? 湧き上がる感情や有象無象を聞いてもらう気だったんですけど?
「いえ、シャングリア様もたぶん、アレなのでしょう……?シュトラウス様のように気が触れたかの如く感情をぶちまけるのでは……?」
「兄上はもうパトラさんの前でもそんな感じなんですねー!」
てっきり本人の前ではもうちょっと自重して紳士の皮を被っていると思っていたのにすでに変態染みた人間性が完全に露呈している現実! 婚約者に気が触れたようと形容されるって相当だろう。
「これまでのあなたであればにこにこと話を聞くことができますがシュトラウス様のような怒涛の勢いでヒューイ様のお話をされたら、わたくしその感情を受け止めるだけの自信がありませんわ」
「受け止めなくていいですから! 聞き流してくれるだけでいいですから!」
「わたくしちょっと用事を思い出しましたわ! シャングリア様ごきげんよう! お幸せに!」
先に逃げ出したアドリア嬢にも負けず劣らずな勢いでパトラさんは部屋を優雅に飛び出していった。ああ勢いがあってもそれでも優雅さを失わないパトラさん最高の義姉さま! でもお話は聞いてほしかった!
となれば私のこの湧き上がる思いを吐き出す相手は一人しかいない。
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「兄上兄上兄上!」
逸る気持ちのまま扉をあけ放てば本を片手にソファでくつろぐシュトラウスがいた。というよりなぜ私が話したいときはほとんど必ずと言っていいほど自室にいるのか
「いきなり部屋に飛び込んできてなんだ弟よ」
「弟じゃないです妹です」
「知ってる。最近憧れのヒューイを落としたお前は僕のかわいい妹だよ」
まさかの兄上によるカウンターをくらい半分空いたソファに崩れ落ちた。
なぜデレと揶揄いを併せて投げつけてくるのか。膝から崩れ落ちるほかないじゃないか。
「妹が幸せそうで何よりだ。万に一つもヒューイをその気にさせることはできないと踏んでいたんだが」
「ま、まあ? 私が本気になればこれくらい朝飯前というものですよ」
「アドリア嬢を前に悋気のまま般若を背負っていた奴とは思えない強気なセリフだな」
それはそれ、これはこれである。
もはやあの日のことが懐かしい。姉貴肌の色素の薄い、刀を扱うゴリラ? その話はちょっと知らないなあ。
「いろいろと想定外だったよ。ヒューイはうっかりお前に惚れ込むし、お前はお前で意外とあのポンコツ令嬢のことも気に入るし。あの令嬢も思った以上に祭りの時は根性見せていたが」
「アドリア嬢のこと存在は認識してたんですね」
「この世界のヒロインだからな」
「ですよね」
まあそんなことは置いておいてさあヒューイさんの話を聞いてくれ、と口を開きかけたところではたと我に返る。
今この男なんと言った?
「……ヒロイン?」
「ああ、お前も知ってるだろ。だからあれだけ阻止だのなんだの動き回って」
「いや私はともかくなんで兄上がご存じなんです?」
シュトラウスは数度瞬きして、にやっと嫌な笑い方をした。
「なんでだろうな」
「いや何でですか!?」
「いいかシャングリア、人は特別な何かを知っているとそれは自分しか知らないことだと思いこむ。つまりそう言うことだ」
「はい!? いやいやいや、」
「そしてそんなことよりもっと大事なことがお前にある」
読んでいた本を閉じ、再び情報に押し流されそうになる私をじっと見た。
「これからここにヒューイが来る。いろいろと聞きたいことがあったからな。あと数分もないが、早くここから出ていくか、クローゼットの中に隠れるかの二択が、」
「クローゼットの中に入ってるんで私のことは忘れてくださいね! さすが兄上愛してます!」
ヒューイさんが! 来る!
ヒューイさんは私に対しては誤魔化したり窘めたりすることが多いが、シュトラウスに対してはどちらといえばカジュアルに話す。まあそれはシュトラウスが彼に何かを教わる立場にあったことがないからだろう。口出しをすることがなく、またシュトラウスも相手が年上だからといっても微塵も委縮しない、次期王としていろんな意味で我が道を行く。
そうつまりシュトラウスが問いただせばヒューイさんは間違いなく本音で話してくれるのだ!
祭り以来あのかっこよさを反芻しつつヒューイさんの真意をいまいちつかみ切れていない恋愛初心者の私には千載一遇の機会! 間違いなく最優先事項である。
いそいそとクローゼットの中に入り込み気配を消して耳を聳てる。しばらくしてノックとシュトラウスの応える声がして、鼓動にかき消されることのないように心を落ちつけた。
ヒロインがどうだとかゲームだどうだとかどこまで知ってるだとか?
いやまあそんなことはヒューイさんのお話を前にしたら些事だよね!
奇々怪々理解しがたい、常識はずれな不思議な数か月を記憶の遥か彼方に追いやって、私はヒューイさんの声に耳を聳てていた。
王子様のすることじゃないって?
ほっといてくれ! こちとら慣れない恋する男装王女なんだから!
これにて「王子だけど、地雷を踏むヒロインより悪役令嬢な義姉の方が素敵。」完結です!
長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました!
あと一話一応後日譚があります。よろしくお願いします。




