初めの記録:雪と炎
私は旅する魔法使い。特に目的もなく旅をして暮らしている。長い間旅をしてきたが、記録というものを付けていなかった。今日訪れた場所から記録を付けて行こうと思う。今はその場所を出て野宿している。
記念すべき“記録”第1村は雪の村だった。村の人々は自分たちの村を《閉ざされた村》だと言っていた。ほとんど雪が溶けないから他の地域との交流がないらしい。1年のうち真夏の3日間程度しか外へつながる道が使えないほどだと言っていた。今は冬が近づく秋だから雪で道がふさがっていた。ちなみに私は魔法使いだから道がなくても進むことができた。
私が訪れたとき村の人々はひどく驚いていた。村に来るのは商人だけで旅人が訪れたことがないらしい。魔法使いだと言ったらなんとなく納得してくれた様子だったが。
その村唯一の宿屋に入って少し休んでいると、部屋の外から宿屋を経営している夫婦らしき人たちの会話が聞こえてきた。(この記録は後で書いているので正確ではないかもしれない)
「村の外の人ならわかるかもしれない」
「しかも、魔法使い様らしいじゃないか」
「長老に話をしてくる」
何のことかと考えを巡らせながら椅子に座ってくつろいでいると、
「ちょっとよろしいですか?」
宿の主人が部屋を訪ねてきた。私はさっき部屋の外で話していたことかと聞いた。主人はちょっとバツが悪そうな顔をして、
「聞こえてらっしゃいましたか」
頬を掻いていた。
「実は今年の“交易の3日間”で、灰色のフードの行商人が不思議な品物を置いて行ったんです。それはこの村の人間は見たことのないものでして、みんな不思議がっているんです。それで、あなたに見ていただこうかと思いまして」
私は好奇心は旺盛な方なので喜んで見に行くことにし、宿屋の主人と一緒に町の倉庫に向かった。そこには、長老らしき老人と2人の村人がいた。
「よく来てくれました」
椅子に座っていた老人が口を開いた。
「早速ですが、これを見ていただきたい」
老人の隣に立っていた若者(あくまで老人と比べて)が、木製の箱を取り出して机の上に置いた。
「開けてみてくだされ」
私はその言葉に従い箱を開けた。中には手のひらほどの大きさのとがった石と金属片、それと赤い紋章の書かれたカードがあった。石と金属は火打石とうちがねだった。こんなどこにでもあるようなものをこの町の人たちは知らないのか、と私は率直な感想を持ったのを覚えている。しかも、こんな雪国で。
「これが何かご存知ですかな?」
と、長老に問われたのを覚えている。この道具の使い方を実践して見せると提案すると、長老たちは喜んだ。その代りに一緒に入っていたカードをくれないかと頼んだ。長老は価値のある物には見えないからと要求をのんでくれた。
私は火打石とうちがねの使い方をやって見せた。火花を散らし、用意した乾燥した藁に火をつけた。
「なんだ!これは!?」
「炎!炎だ!」
私は村人たちがやたらと騒いでいたのを、ぽかんと見ていたことを覚えている。まさか、火をつけただけでこんなに興奮するとは。
「この道具を使えばそんなに簡単に火をつけることができるのですか!?」
「すごい!」
興奮する村人たちに恐る恐るカードを要求すると、そんなものはどうでもいいと言われた。ありがたくそのカードをいただくことにした。ちなみにその夜、私の泊まっていた宿の部屋が最高の部屋に変えられた。
次の日(今日の朝になる)、私はカードを持ってその村を出た。あんな小さな村になぜこんなものが。このカードは妖精が宿っているカードだった(裏の紋章がその証拠)。妖精はカードの持ち主の命令に基本的に従うものだ。私は裏の紋章を私を主人とするように書き換え、この妖精をカードから出した。予想通りこのカードに宿っていたのは炎の妖精だった。見た目は赤髪の人間の少女に羽が生えているといったところか。元の主人から何を頼まれていたのか聞き出そうとしたが、何も覚えておらず目的はわからなかった。妖精を宿せるということは強い力を持っていることになるが。
それはいいとして、この妖精は普通とは違っていてちっとも私の言うことを聞かない。しかも、私の旅について来たいと言い出した(魔法使いではない普通の人間は妖精は会話できない)。離れる気配がないので仕方なく連れて行くことにした。名前は炎からファイムと名づけることにする。今そいつは私の隣でニコニコとおいしそうにパンを食べている。
次の記録は次の町、村に着いたら書くことにしよう。今回はここまで。