まめまめしい廊下
廊下を走っていると、
急に欠落がおそってきた。この廊下は、
そういう廊下なのだ。
火で責められているような、急激な欠落。ぼくのなかの水分がじゅ、と
なくなってノイローゼをぼくのなかの細胞的ななにかが、
すぐに食べているような、いわゆる防衛反応みたいなのを、
きっとこの廊下は感じているにちがいないのだ。人から、
ぬめぬめと生気をうばいとる、いやしいねじ曲がった廊下にちがいない。
どうせ、ポンプ、いや、ぞうきん、かなにかで、洗われに洗われているのである。
ざまあみろ、とぼくは想像によって、どうでもいいような想像によって、
この難局を乗り切るのである。
ぼくのなかの水分は、急速に赤みを増していく。
ぼくは地面に、ゆるやかに磨かれたうっとしいような地面に、
水分がポタリポタリと落ちていくような、そんな感覚ではあったのだ。
水分のかたまりは、廊下をひびいていた。
つまり、ぼくは倒れるような感じ。
なぜか、その廊下には、「向こう側からくる人」(よく、くる)
に対抗するために、手すりなんかが置いてあるので、
急激に水分がなくなってきたときなんかは、逆説的にその手すりなんかを
ぎゅっと、つかんでやるのだった。
DNAが、まるでずっとぎゅーと、その廊下の手すりに累積でもしているように、
つまり、らせん構造のようなその手すりは、手のひらのような。
そして、ぼくは倒れる。
けっきょく、ぼくはあまり人が来ないので、このように倒れてしまうのである。
影は、ぼっーとしていた。居所を飲んでいるような影は、
手すりをほうをじっとみるような形で、ぼくのうしろに立っていた。
ぼくの影。
保健室はあたたかった。じゅわじゅわとしているような、
あたたかみのあるその毛布は、勢いをそこに圧縮しているように、
ミ、としていた。
止まっているような、時計。
くらくらと、時計を飲んでいるような、そんな雰囲気。
ぼくは、目を覚ます。
目を、ゆっくりと開けていく。カーテンのそばに、
女の人がいるのだった。
「大丈夫? 廊下で倒れていたから、
ここに連れてきてあげたけど・・・」
そういうのは、その女の人だった。自信なさげにメガネをくいと
上にあげ、はさみでぼくを切っていくので、ぼくは止める。
手が、無意識のうちに止める。しかし、ハサミは切り込む。
ぼくは、シャドーだと思う。例の影なのだ。
しかし、鉄分が足りないゆえの妄想なのだろうか。
あの廊下は、やはり危険な廊下だったのだ。彼女は受話器でもめくるかのように、
ハサミごしにぼくはさくりと切っていくので、ぼくは痛みが走る。
表面をぞくりと走るような妙なその痛みは、圧縮でもしているかのように、
明白に表面を走り、ぼくの肌とか、つまり、ハサミは血を少しずつまとわり続けている
ようだった。
ぼくは彼女の首を折る。変に素直に、やはり首を折っただけあって、
アスファルトが押されでもしているように、つまり、振動的に、あっさりぽきりと
折れてしまうのだ。
廊下の印象。ぼくはぽつぽつとする。
つまり、水のようなものが胸を満たしていくような、へんな感じ。
つまり、ぼくは密室殺人を行ったわけだ。
それは、密室殺人なのだった。
そして、彼女は首をかしげ死んだ。
死んだ。
死んだ。 ぼくはよかった、と思った。
水たまりの反響は、ぼくの脳に刺さる。やはりそこは廊下なのだった。
ぼくが貧血のあいだみた謎の治療じみた幻覚は、時計のように正確な
ぼくの貧血を治す時計、というか、ぼくにしかないそんな時計、
のような、つまり、しっかりとしていた。
水たまりは本当にその廊下になぜかあるのだ。ぼくはのぞく。
ぼくが映る。
そのうしろに女の人がいる。
耳が、少し髪の後ろにかくれている女の人だ。
ぼくは後ろを振り向く。すると、その女の人は、
笑いながら、ぼくを見る。ちょっとヒステリーっぽい人なのかもしれないな、
と、ぼくは思い、なぜか立ち去らない。
その人は、ぽかぽかとそこに立ったまま、こちらを点、とみている。
やがて、急に手をあげる。何の意味ももたないで、ふいと手をあげる。
彼女の目のまわりの赤い部分が、さらに赤く、血管じみていくようだ。
つまり、細かいその血管じみた部分だけが、青く光って、どちらかというと
赤くなっていくような、その充血をあらわす皮膚のなよやかな感じ。
ぼくは特に何も思わない。
そして、その女の人は、 ゆらゆらと後ろに下がる。
ぼくを見る。