#7「3人」
「スキル」
俺は、感じていた。
無数の赤熱した鉄骨がマチに降る夜、上層部にその一つが直撃した時。
そこにいた俺の元上司であるパトリスが、『ヒュー』と共に旅立ったことを。
最後の瞬間、俺の停止していた筈の生体端末「ファントム」はパトリスと繋がっ
た。
それはいつものただの通信ではなく、より深いーーーそう、『ヒュー』を目の前
にした時の様に、俺たちは奥底まで繋がった。
だから俺は、パトリスがマチを出て行く感覚を、そしてその後にパトリスが見た
景色を感じ取れた。
死んだんじゃない。
トランスから百年経って、彼はようやくマチを出られたのだ。
「スキル!」
ファイの声に俺はハッと我に返った。
まだ鉄骨群があちこちに落ちてくる中、旧オリエンタル系のその女性は俺の方に
走ってきていた。
俺は叫んだ。
「来るな!」
それでも彼女は俺の方に走ってきた。必死な表情だった。
「スキル!」
「ファイ!」
叫んだその時、俺は直撃コースに入った鉄骨の一つをセンサーの入った左目で感
知した。
「!!」
俺一人なら何とか体術で避けられるがーーその鉄骨は俺よりもファイ目がけて落
ちてきていた。
「く!」
俺は必死に走った。ファイを抱きとめるが早いか出来るだけ遠くへ飛んだ。
「えっ!?」
驚くファイを抱いたまま飛びつつ振り向きざま俺の左手に内蔵された生体レーザ
ーを最大出力を超えて撃った。
キュイーーーン!
「う!」
俺の左手が焼け焦げていくのが分かった。
レーザーは巨大な鉄骨を斜めに裁断しーーーーその一つは着地した俺たちの数メ
ートル横に突き刺さった。
辺りが揺れる。ファイをかばって転がった俺は、左手の痛みに悶えた。
「ぐぁ……!」
「スキル……スキル!」
歪む視界の中で、ファイが俺を抱きしめた。
「ごめん……ごめんなさい……」
「ファイ……無事か……」
俺は意識を失う前に、左目のセンサーでファイに怪我が無いことを確かめた。
次々に降ってくる鉄骨は、ようやく収まりつつあった。
マチはーーーこれからどうなるのだろうか。
そんなことを思いながら、俺は気を失った。
✴︎ ✴︎ ✴︎
次に目を覚ました時、そこは俺の部屋のベッドルームだった。
だが何かがおかしかった。
まるで無重力の様にフワフワと体や衣服や髪が揺れている。
「………?」
左手の違和感に気がついて、俺は目の前に手を持ってきた。
左手は医療用の透明シートで覆われていて感覚は無かったがーーー動かした時の
その妙な抵抗感が気になった。
「………!」
即座に左目のセンサーを起動した。
「!?……これはーー!」
発した声もくぐもっていて、それはセンサーからの情報を裏付けていた。
ーーー水の中だ。
「!?」
ハッとして喉に手をやった。特に苦しくはない。
ちゃんと呼吸が出来ている。
「ーー!!!!!」
思わず声にならない悲鳴を上げたが、同じ様にこもった音声が耳に響いただけだ
った。
「スキル……起きた?」
「あ」
顔を上げると、ファイが長い黒髪をなびかせながら漂ってきた。
「ファイ……これは」
「驚いたでしょ。気がついたらこうなってた」
「……マチ全体がか」
「うん」
「……それは……」
俺はあっけにとられた。
トランスーーこの場所に宇宙船「ディスカバリー」が次元転位してきた事象ーー
以来百年、環境が変わることは日常茶飯事のこのマチでも、流石に水の中に変化し
たことは無い。
ファイに聞いたところによると、あの後にマチのヒトたちは全員気絶したらしい。
そうして次に目を覚ますと、既にマチは水の底だった、というのだ。不思議なこと
に皆水で肺呼吸をしている。
かつてヒトが水圧のかかる深海へ潜る時に特殊な水で潜水服を満たしてそれで呼
吸した、という技術があることは例の塔の中に現れた書物で知ってはいたがーーー
マチの全体が、それも見たところ何の装置も付けずに呼吸が出来る様に変化してい
るとは……。
更に言えば、普段と同じに景色が見えているということは眼球も水中用に変化し
ているということだ。
俺は自分の体の変化を驚きを持って見つめた。
「これ……お腹すいたでしょ」
ファイがパックの水とビスケット系の食べ物を持ってきてくれた。勿論、水にふ
やけてはいるのだが。
「…………」
水の中での食事は奇妙な感覚だった。胃の中も勿論空気ではなく水で満たされて
いるのだ。
それらを口にしながら、やがて俺は窓の方に目をやった。
「ファイ……外に出たい」
「うん……」
ファイは水に髪をなびかせながら頷いた。
食事を済ませると、俺たちは外に出た。
俺の左手はまだ利かなかったが、片手で泳ぐ分には問題なかった。
ただ、いつものアーミージャケットとブーツは流石に邪魔なので脱いだ。ファイ
もいつもとは違う軽装で少々色っぽかった。
「へぇ……」
俺たちはマチを泳いでいった。
本当にマチの廊下も部屋も、全て水で覆われていた。
マチの唯一のバー「ベルリン」近くに差し掛かった。
側の船体の亀裂から上を見上げると、そこは空ではなく何処までも水があり、俺
の目でもその先の水面は見えなかった。一体どれ程の距離があるのだろう。本来な
らば相当な水圧がある筈だがーーー俺の体感では十メートル程の深さの水圧しか感
じられない。このマチは、やはり物理法則など関係無い場所にあるのかもしれない。
無限の水の向こうは、光源はハッキリしないが全体がボウっと白んでいた。昼夜
は一応あると、ファイが教えてくれた。
「………」
そして船体にはまだ無数の鉄骨が刺さったままだった。死傷者もそれなりに出た
ことだろう。
「ファイ……俺は、どの位寝ていた?」
「三日位」
「そうか……」
「みんな、もう慣れたみたいだよ」
振り返ると、窓から見える「ベルリン」内にはいつもの常連たちが席に座ってー
ーはいなくて、皆思い思いに浮かんでいた。
「そうか……」
「先に言っておく」
「ん?」
ファイが俺の視線の前に回り込んできた。
「あの時、助けてくれてありがとう。左手に無理をさせてゴメン」
「………あ、あぁ」
ファイはそれだけ言うと、「ベルリン」の方へ向かって泳ぎだした。
少し、ぎこちなさがあった。俺もファイも。
✴︎ ✴︎ ✴︎
「ようスキル」
「起きたのか」
「最初は戸惑ったが、浮いてる方が腰には良いわい」
常連たちは若干数は減ったとはいえ、いつもの様子だった。
「どうも」
「左手、大丈夫?」
マスターの黒人青年キャメロンと、見た目は少年風だが実は百歳を超えているラ
ンプが出迎えてくれた。
俺はゆっくりとカウンター近くに流れていった。
「まぁな……ビール、と言いたいところだが、どうしてる?」
水中でグラスに注いでも意味が無い。
「それは、これ」
ランプが見せたのは、先ほど部屋で見たのと同じ宇宙用のストロー付きパックだ
った。
「……なるほど」
「これに注いで出してるよ」
見れば周りの老人たちも手にしているのはジョッキではなく似たような大小のパ
ックだった。
サーバーの注ぎ口もパックに注げるよう器用に細工されていた。こういうことに
は皆機転を利かせる。マチらしいな、と俺は思った。
「どうぞ」
「ほう……」
受け取って口に含んでみた。ストローで飲むビールもそれなりにいけた。
「あたしも」
「はいよ」
ファイも隣に来てビールを飲み始めた。
「……どの位のヒトが、犠牲になった?」
「百人弱」
「そうか……」
「環境が落ち着いたら、そのうち合同葬をやるみたい」
「落ち着くことがあればな……上層部はどうなってる?パトリスはもういないんだ
ろ」
「うん……ハークたちが立て直そうとはしてるけど……まだ「ファントム」も使え
ないままだしね」
「そうか……」
「ハークからは、動けるようになったら顔を出して欲しいって」
「あぁ……」
「医者からは、まだ左手はそっとしておいた方がいいって言われてるけど……どう
する?」
「そうだな……」
俺は少し考えた。
「…………」
考えていたのは、上層部のことではなくファイのことだった。
ファイは、努めて屈託無い風に話をしている。
鉄骨が降る前、いやそれ以前の金網がマチを襲う前に、確か俺たちは何かでぶつ
かっていた筈だ。
多分それは俺が何か言ったからだったが……何だったか?
「………」
俺はそっとファイの方を見た。水にたなびく黒髪が、とても美しかった。
「……何?」
ファイが笑いかけてきた。
「いや……ありがとう」
「何が?」
ファイは「?」という顔をした。
俺は少し言い淀んだ。
「その……看病」
「いえいえ」
ファイは素知らぬ顔でパックのストローを咥えた。
「………」
俺もそうした。
パトリスやソダーがいたら、さぞかしため息をついたことだろう。
✴︎ ✴︎ ✴︎
その日の午後に、俺はファイを連れて「ディスカバリー」船体下部の新しい上層
部ブロックに顔を出した。
俺がそこに行くのは初めてだった。前の上層部と違って船内奥深くにある為、い
つものマチよりも更に閉塞感が漂った。そして今は水中なので作業しているヒトた
ちも皆浮いていて奇妙な光景だった。
会議室のような場所に入っていくと、十人程が作業を分担していてハークはその
中心にいた。
「スキル…」
俺に気がついたハークは少し背筋を伸ばした。
ハークはパトリスより少し歳下の、小さな旧ロシア系の男だ。融通が利かない為
かつて何度かぶつかり合い、実際に銃撃戦を行ったこともある。
「俺を呼んでいたそうで」
「………」
俺たちを伴って別室に移ったハークは椅子を促したが、今のこの状況ではキチン
と座るのは至難の技だった。
「……パトリスは、残念でした」
「…あぁ」
パトリスが『ヒュー』ーーあの不思議な光る少年に連れ去られるのを感じた、と
いうことは話さずにおくことにした。
目の前のハークは少し目を伏せた後、気分を振り払う様に顔を上げた。
「時に、この状況ですが」
「俺もさっき起きて驚いた」
「ここ数日はマチ中大騒ぎでした。見せたかったですよ」
「あぁ……」
俺はファイと顔を見合わせた。
予想よりもハークの物腰が柔らかい、と二人とも思っていた。
ハークは少し姿勢を正した。
「スキル」
「何だ」
「今までのことは、すみませんでした」
ハークは小さく頭を下げた。
「………!」
「マチの為、パトリスの時の様に協力してもらえますか」
俺はもう一度ファイを目線を合わせた。
その瞳は俺と同じ意思を携えていた。
「……勿論だ。まだ左手は利かないが」
俺は医療シートで巻かれた左手を上げて見せた。
ハークは頷いた。
「えぇ。力仕事はしばらく無いでしょう」
「あの鉄骨群は、どうする?」
「今のところ、数が多すぎるので放置です。部屋を失ったヒトたちやインフラ関係
を何とかするので精一杯だし、あれだけの大きさのものを動かす重機はマチにはな
いので」
「そうだな……」
「ところで天頂方向の水、どれ程の高さがあるのか分かりますか?」
「……いや。無限、に見える」
「そうですよね……また何かが落ちてこないといいのですが」
「気をつけては見ておくよ」
「お願いします」
ハークは再び頭を下げた。
「パトリスから、何かあった時はあなたたち二人をよろしく、と言われています」
「……!」
それは、どういう意味で言ったのだろうか。それは恐らく……。
「そ、そうなの?」
ファイもフッと顔を上げた。勢いで少し体が流れたのを俺が止めた。
ハークは笑みながら言った。
「はい。ではまた、よろしく」
「……何か、様子変わったね」
「あぁ」
新上層部からの帰り道、俺とファイは流れながら話していた。
「ランプは前にやつれた姿を見たって言ってたけど」
「あぁ、塔の作業の後だったか」
「そっか、スキルもやってたんだよね」
「まぁ、ヒトは変わるからな……」
……それは俺もか、と俺は何となく胸の内で思っていた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
俺たちは船体上に出ていた。
最大出力で生体レーザーを放った場所だ。
斜めに切断された鉄骨の片方がまだ突き立っている。
片方は離れた場所に転がっていた。
ここで、俺はファイを救った。
咄嗟に体が動いたのだ。
それは、普段の冷静な判断力とは少し違っていたのだと思う。
「………」
俺は天頂方向を見つめた。
ボウっと白んだ無限の水塊が、俺たちの上にある。
このマチは、俺たちに何をさせようと言うのだろう。
そして、『ヒュー』はーー。
「………!」
気がつくと、ワウが側にいた。
カワウソだけに、体をくねらせながら器用に泳いでいる。こんな姿を見るのは久
しぶりだと思った。
ワウはヒトの言葉を話せるが、それは今の所俺にだけだ。
今はファイがいるからか、軽く頷いただけだった。
「………」
俺は再び水の空を見上げた。
俺はーーーどうしてここにいるのだろう。
何となく、感傷的な気分だった。
終わりゆくマチ。
変わりゆくマチ。
俺たちも、変わった。
もう、ヒトですら無いのかもしれない。
この閉塞感を、俺はどうすれば良いのか。
そして外の世界を、俺はあの時パトリスを通して垣間見てしまったのだ。
『ヒュー』と何度か見た風景とはいえーーー
この感情を、どうすればいい?
誰と分かち合えばいい?
それはーーー。
「ファイ……」
俺はファイの名を呼んだ。
「……何、スキル」
ファイは大きな黒い瞳をパチクリとさせていた。
俺はーーーまだ動く右手を彼女の腰に手を回して、そっと抱き寄せた。
「スキル……?」
ファイは、抵抗しなかった。
「……悪かった」
何故か俺はそう言った。
何が、なのか自分でもよく分からなかった。
いやーーー本当は分かっている。
「………」
俺たちの顔は、とても近かった。
彼女の黒い瞳は何処までも深く、俺たちを取り巻く水などよりももっと無限を感
じさせた。
ーー大丈夫。ここにも確かなものはある。
しばしあって、俺は彼女の唇に俺のそれを押し付けた。
「ファイ」
あの時わたしは降り注ぐ鉄骨の中、「ディスカバリー」の船体上を走っていた。
もしもマチが終わりを迎えるのなら、最後の瞬間だけはスキルと一緒にいたくて。
だがそれが、あんなことになるとは。
赤く燃え上がった鉄骨が落ちてきて、私への直撃コースに入った。
彼はわたしの命を守るためにその左手を限界を超えて使用した。
そのお陰でわたしは助かったが、彼の左手はひどく焼け焦げた状態になっていた。
倒れこんだスキルにわたしは叫んだ。
何度も「ごめんなさい」と。
彼はわたしの腕の中で気を失った。
そして罪悪感が残った。
✴︎ ✴︎ ✴︎
今、スキルは自分の部屋のベッドに横たわっている。
再生技術で作られた強靭な体とはいえ、左手はわたしが見た限りかなり酷い状態
だった。応急処置はして一度はドクターに来てもらったもののーーー元に戻ること
はあるのだろうか。
「………」
そしてーーー今わたしはベッドルームの隣の部屋にいる。
立っているのではない。座っているのでもない。浮いている。
あの後、気がついたらこうなっていた。
いつの間にかマチは水没し、わたしたちは水中生物のように水で呼吸出来る様に
なっていた。
わたしは水の中をスキルを連れて移動し、何とかこの部屋まで連れてきた。
以来スキルはずっと眠ったままだ。
もしかして一生目覚めない、なんてこともあるのだろうか。
それはーーー嫌だ。
「…………」
コンコン。
くぐもった音でノック音がした。
「………!」
わたしは入り口の方へ泳いで行って、水圧で重たくなっている扉を押し開いた。
「よ。元気?」
ランプだった。その声も勿論くぐもっていた。
ランプは少年の時に成長が止まったヒトだ。トランス時からマチにいるので年齢
は百歳オーバー。まだ五十歳のわたしなど足元にも及ばない。
わたしがスキルとここにいることは伝えてあって、仕事の合間に食料や水を持っ
てきてくれたのだった。何分水中なので水はストロー付きのパック、食べ物もソー
セージやビスケットなど散らばらない様配慮されたものだった。
「ありがとう」
「スキルはまだ起きない?」
「うん…」
わたしはパックの水を口にした。サプリ入りのもので、これでしばらくは持つだ
ろう。
……スキルにもあげられると良いのだが。
「ランプ……外はどう?」
「うん、みんな不思議がってる」
「そりゃあそうだよね……」
「「ベルリン」じゃあうまく酒が飲めないって皆言ってるよ」
「ふふ、あのヒト達らしいね」
「上層部へは、行かなくていいの?」
「いい……今は」
一応呼び出しはあったのだが、無視している。それで少々罰を受けたとしても仕
方ない。
今は、スキルの側にいたかった。
「了解。何かあったらまた言って」
ランプは自分の耳を指し示してそう言い、また泳いで帰って行った。
情報センターにいた老人、ソダーがわたしたちに付けてくれた内耳の通信機はソ
ダー本人は何処かに消えてしまったもののまだ生きている。「ファントム」がほぼ
使えなくなった今となってはとても重宝している。
「………」
私は何となく窓際に泳いでいって船体の細い窓から外を眺めた。
外も全て水に覆われたままだった。
水面は見えない。上の方は全体がボウっと光った感じになっている。本来ならば
ものすごい水圧がかかっている筈だが、わたしたちは普通に過ごしていられる。
その不条理さこそが、マチのマチたる所以なのだろう。
✴︎ ✴︎ ✴︎
次の日になっても、スキルは目を覚まさなかった。
わたしは不安になった。わたしの目はスキルの様にセンサーではない。今どうい
う状態になっているのか、分かる筈もなかった。
マチでは降ってきた鉄骨のせいで死傷者が大勢いて医療ブロックはごったがえし
ていた。一度連絡してドクターには来てもらったが、軽い診断と後は火傷用の医療
シートを渡されただけだった。
「………」
わたしはベッドルームで浮き上がっていたスキルの方に泳いで行って、彼の長身
の体を捕まえてベッドに戻した。自然にわたしが上から抱きついている様な格好に
なった。
「スキル……」
少し考えてから、わたしはスキルの唇にわたしの唇を押し付けた。
少し冷たくてどきりとしたが、死んでいるわけではない。水中では皆低めの体温
で落ち着いているのだった。知らないうちに、わたしたちは既に別の生物になって
しまったのかもしれない。
「………」
スキルのことは、気がつけばそういう存在になっていた。
だからと言ってそれを口にしてしまうのは早計だとわたしは思っていた。
わたしたちはこのマチ故、百歳近くの年齢差がある。それでも外見は二人とも若
い。寿命が無くヒト達が皆老人近くになって成長が止まるこのマチでは、特殊な方
だ。
そしてスキルはトランス以来特別の体を持ち、わたしはこのマチで生まれた最初
の新生児だ。
同じ様で何かが違う。違い過ぎる。
だが、わたしは自分の気持ちをこの間口にした。それ故、スキルの方からやんわ
りと断られたのだった。わたしは反発し、責め、以降ギクシャクした関係になって
いた。
その後に金網がマチを襲い、鉄骨が降った。
そして今ーーーわたしたちはこの先、どうなるのだろう。
「……!」
誰かが見ている様な気配に振り向くと、太い海蛇の様なシルエットが見えて一瞬
驚いた。
それはワウ……スキルが飼っているカワウソだった。流石にカワウソだけあって
体をくねらせる様なその泳ぎは達者なものだった。
「……見た?」
思わず聞いたが、ワウは特に答えずまた体をくねらせてベッドルームの外へ出て
行った。
「……」
そっと顔を出して覗いてみると、ワウは泳ぎながら器用にキャットドアを抜けて
外に出て行った。
相変わらずワウはわたしにはそっけない。
おそらくスキルとは言葉で話している筈だが、わたしには知らぬ振りだ。
「…………」
「う……」
その時、スキルの呻きが聞こえた。というより水を通して感じられた。
わたしは急いでスキルの元へ向かった。
✴︎ ✴︎ ✴︎
左手は使えなかったが、スキルは割と元気だった。
わたしは心底安心した。
そして、わたしたちはそれまでのぎこちなさを覆い隠すように努めて普通に会話
をした。
ランプが持って来てくれた水食糧を少し腹に入れてから、わたしたちは外に出た。
スキルは、今の水に浸かったマチを興味深げに眺めていた。
それからわたしたちはこのマチの唯一のバー「ベルリン」へと向かった。
「ベルリン」に入る前に、わたしはずっと言いそびれていた「ごめんなさい」と
「ありがとう」を言った。
スキルは「あ、あぁ……」といういつも通りの返事を返した。
何だか意図がいまいち伝わっていない様で、少し哀しかった。
「ベルリン」の常連たちはランプから聞いていた通り、酒を飲むのに少々不便は
しているものの概ね元気だった。ただ、何人かは鉄骨の犠牲になっており悼む声も
あった。
スキルは常連たちと言葉を交わした後、わたしに介抱してくれたことへの「あり
がとう」を言ってくれた。わたしはそれでも左手をダメにさせてしまったことへの
後悔がまだ残っていたし、自分の奥底の思いへの歯がゆさもあってうまく対処出来
なかった様な気がする。
その後、わたしとスキルはパトリスと共に壊滅した場所から移った新しい上層部
ブロックに顔を出した。
わたしの親代わりだったパトリスは鉄骨と共に消えてしまったが、わたしの中に
はそこまでの悲痛さは驚くほど無かった。何処か自分の冷たさに慄然とする程だっ
た。それでも今のわたしには、スキルの方が大事だった。
新しい上層部は、あの旧ロシア系の小男ハークを始め残った人員が協力してマチ
の復興と水の世界への対処に当たっていた。
わたしたちはハークと別室で話をした。
ハークは昔の捻れた感じは無く、普通に礼儀正しくわたしたちに接した。わたし
はスキルと目を合わせて驚きを伝えあった。
そこでパトリスが最後までわたしたちのことを心配していたことを伝えられ、わ
たしは彼の愛情の深さをありがたいと思った。
そして冷たい自分を、少し責めた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
ハークたちと別れてから、わたしたちは「ディスカバリー」船体上に上がった。
わたしを助けるために生体レーザーで切断した鉄骨が、まだ突き立っていた。
「………」
あの時、わたしを守ってくれた瞬間のスキルの顔を、わたしは思い出した。
抱きかかえられて飛び、彼が生体レーザーを放った後ーーー痛みを堪えながらわ
たしに「大丈夫か」と言ってくれた時の彼の表情。
あれはわたしだったからなのだ、と思いたい。
「………!」
いつの間にか、ワウが側に来ていた。
大事な場所には、大抵このカワウソがいる様な気がする。
「ファイ……」
スキルが、わたしの名を呼んだ。
「……何、スキル」
わたしはそう答えた。
スキルは上方を見たままだった。
でも、わたしはーーー予感がした。
スキルはわたしの方を向いて、わたしの腰に右手をかけて自分の方へ引き寄せた。
水中なのでわたしはふわりとスキルの方へと近づいていった。
「スキル……?」
抱きかかえられる格好になった。お腹同士が触れている。
嬉しい、と思った。
わたしの黒髪が広がってなびいていた。
「……悪かった」
スキルはそう言った。
何をーーーいや、何となく分かっていた。
わたしたちの顔は触れるほど近かった。
あぁ、このヒトが欲しい。
わたしは心底そう思った。
「………」
わたしがそっと目を閉じるか閉じないかの瞬間、スキルの唇がわたしのそれに触
れた。
「ワウ」
僕は、その時「ディスカバリー」船体の端にいた。
マチに降り注ぐ赤熱した鉄骨群を避けようと、船体の中に入ろうとしていた時だ
った。
上層部に一際巨大な鉄骨が落ちた時、『ヒュー』の気配を僕は感じた。
そこにいた筈のパトリスーー上層部の一人でスキルが信頼していたヒトーーが『
ヒュー』に連れられて、何処かへ向かったことも。
それは、少し前にマチを金網が襲い情報センターのソダーが消えた時と同じ感覚
だった。
僕は『ヒュー』ーーー存在がヒトには感知出来ない、白い髪に白い服のボウっと
光ったあの謎の少年がマチに現れる時、その気配を感じ取ることが出来るのだ。
そして今、『ヒュー』はパトリスを連れて無限の彼方へと姿を消したーー。
「!?」
気がつくと、僕の視界の中で鉄骨たちの軌道を見ているスキルに、ファイが駆け
寄っていた。
「………」
僕は、その様子を見つめた。
マチが終わろうとしている時に、ファイは恐らくスキルと一緒にいることを選ん
だのだ。
だが彼らの上には直撃コースの鉄骨が落ちてきていた。
危ないーーー!
スキルはそれを察知し、ファイを抱いて飛ぶと彼の左手の生体レーザーを限界を
超えて放った。そのほとばしる光線は鉄骨を斜めに切断し、片方は二人の側に突き
立ち、片方は離れたところに落ちた。
二人は間一髪無事だった。
だがスキルの左手は黒く変色して焼け焦げている様だった。
倒れこんだスキルをファイが叫びながら抱きしめていた。
まだマチにはポツポツと鉄骨群が落ち、船体は無残な姿を晒していた。
僕は思った。
このマチは、どうやら終焉を迎える様だーーー
「!?」
その時僕はまた、不思議な気配を感じた。例の『ヒュー』のものだ。
どこだーーー僕は探したーーーそして見つけた。
船体に立っている無限に高い塔の少し上がったところ、少し展望台っぽくなって
いる場所に『ヒュー』は浮かんでいた。
彼は、無表情でマチを眺めていた。
「…………」
赤熱した鉄骨が通過して時折照らされるその表情は、少し哀しげにも見えた。
「…………!」
その時、僕は分かったんだ。
先程パトリスを連れて行った彼はーー彼は同時に多次元に存在出来るのかもしれ
ないがーー今此処にいる彼は、この事態を恐らくは哀しんでいる。
僕は『ヒュー』から目が離せなかった。
やがて『ヒュー』は浮いた姿勢からゆっくりと立ち上がって、両手を広げた。
「…………」
僕が見ている中、彼はひゅるりと身を翻し、例の緑色の光を放った。
キィーーーーン!
それは今までとは違う同心円状に広がる光でーーーその光によって、辺りの景色
の色が微妙に変わっていった。
「………?」
何だろうーーーだがその変化を見届ける前に、通過したその光のせいか僕の意識
は突然途切れた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
次に目を覚ました時、僕はまだ外にいた。
まだ頭がぼうっとしていた。
だけど妙な違和感があった。
僕の体は、浮いていた。
「ん!?」
体をくねらせると、僕の体はスムーズに回転した。
それで分かった。
ここは水中だ。
僕はカワウソだ。当然泳ぎには自信がある。
でもーーー此処は何だ?
辺りを見回すと、確かにそこは船体の上だった。無数の金網や鉄骨が散乱し、そ
して突き立っていた。
だけど辺りは全て水で満たされている。
海水の様でもあるが味はしない。
上を見上げると、水面は見えず何処までも水が続いていた。
「………!?」
僕はハッと気がついた。呼吸は!?カワウソとはいえ、時々は水面に出ての呼吸
は必要だ。
……だが、意識してみると全く苦しくなかった。
僕は空気ではなく水を吸っては吐いての呼吸をしている自分に気がついた。
驚いたことに、今回マチは、そしてヒトはそういう環境に変化を遂げた様だった。
「…………」
僕はあの時『ヒュー』が放った光を思い出した。
あの光が、マチや僕らをこう変えたのだろうか?
やはり、これまでの環境の変化もそうだったのだろうか?
「………よし」
僕はゆらりと泳いで、マチの中に入って行った。
マチの中は大混乱だった。
どうやら『ヒュー』が光を放った時、僕と同じ様にマチの全員が気を失ったらし
い。そして目が覚めると皆体が浮いていて水呼吸をしていたのだ。気が動転して当
然だと思う。
だが僕は同時に思っていた。
パトリスやソダーが『ヒュー』に連れ去られた時に感じたあの感覚。金網はマチ
を襲ったのではなく、鉄骨からマチを守るために取り付いていたのではないか?確
かに金網群は鉄骨が多く刺さった地域に多めにあった。多少なりともクッションに
なったろう。そして、マチを水の世界にしたのも、あの赤熱した鉄骨群を冷やす為
だったのではないか?
全ては『ヒュー』が行ったことで、つまり『ヒュー』はずっとこのマチを守って
いる?
あの触れたら消えてしまう境界ですら、実はマチを何かから守っていたのではな
いか?
いやトランスでさえーーこのマチの元になった宇宙船「ディスカバリー」を何か
から保護する為に、この場所へと導いた事象だったのではないか?
全ては感覚でしかないがーーー『ヒュー』と共に何処かへ消えたパトリスの感覚
を共有したことで、僕はそう思う様になっていた。
そしてーーーもう一つ。
確かな感覚が僕の中にはあった。
僕はスキルの部屋に行ってみた。僕が気づいた時にはスキルとファイの姿が無か
ったので、そこに向かったのかと思ったのだ。
予想通り、スキルは自分の部屋のベッドに寝かされてーーというか浮いていた。
ファイが寝ずに看病している様だったので、僕は早々に退散した。
この二人は少し前はギクシャクしていたが、心の中ではもうかなり近づいている
のだと思う。
わざわざ僕が邪魔するまでもないだろう。
✴︎ ✴︎ ✴︎
僕はマチを泳いだ。
娼館「カサブランカ」は無事だった。既に達観した様な店主兼娼婦のキャスリン
がタバコを吸おうとして水中では無理なことに気づいて「チッ」と苦笑していた。
マチの唯一のバー「ベルリン」も混乱中だった。それでも常連たちは酒を求め、
店主の黒人青年キャメロンが、水中での提供方法に頭を悩ませていた。
勿論鉄骨によって破壊された箇所では死傷者も出ている。家族や友人を失ったヒ
トたち、それぞれに哀しみがあった。ヒトたちはそれでもいつもの様に淡々と、そ
して気丈に変化に対応しようとしていた。
上層部はパトリスの死後、残った人たちで再建が始まっていた。あのいけすかな
い小男、ハークも元の根は真面目なのだろう、パトリスの分までと積極的に皆を鼓
舞していた。
僕は時々浮いている食料などを口に入れながら数日マチを泳いでいた。
時々はマチの老人たちに「あんたは泳ぎが達者でいいねぇ」などと声をかけられ
ることもあった。実は僕は言葉が話せるので会話しても良いのだが、ただでさえ混
乱している状況で騒ぎを起こしても仕方がない。それを見せるのは今の所スキルに
だけだった。
「…………」
あれ以来、『ヒュー』の姿は見ていない。気配も感じない。
だが、さてーーーー次の動きはどうなるのだろうか。
僕はヒトではない。カワウソだ。
トランス以来、ヒトと一緒に百年を過ごした。
スキルとはもう長い付き合いだが、恋人じゃない。
最期まで付き合う義理もない。
でも………。
僕は今の自分の中に浮かび上がっている一つの考えに、取りつかれていた。
鉄骨が降る中で『ヒュー』を感じた時に僕に舞い降りた、もう一つの仮説。
それはーーー
もしかしてスキルこそが、『ヒュー』ではないのか?
突拍子もない考えだが、僕はそれをあることだと思った。
前は、自分がそうなのではないかと思ったこともあるが、こちらの方がより可能
性がある気がした。
勿論、今の本人に自覚はあるまい。
でも、『ヒュー』が自分の分身か何かとして作り出した存在がスキルであるなら
ーーー。
そんなことを考えながら、僕はマチを見続けた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
マチとスキルの部屋を行き来していた僕は偶然、スキルが起きる瞬間に居合わせ
ることが出来た。
その日、マチをさまよった後に何となく僕はスキルの部屋に戻った。
ファイに気づかれない様に後ろからスキルの様子を伺った。
スキルの右手は医療シートが巻かれたままだったが、治るかどうかは分からない。
「…………?」
まだ気を失っている彼を見て、やっぱり僕の感覚は間違っていないのでは……と
思えた。
勿論確信は無い。
証拠も無い。
だが………。
「…………!」
側に居続けたファイは、目覚める前のスキルに迷いながらもキスをしていた。
僕は図らずもそれを見てしまったがーースキルが目覚めるのが分かったので、僕
はソソクサと部屋を出た。
スキルの驚いた声と安堵したファイの声が水を通して背後で聞こえた。
彼もやはり水に変化した環境にさぞかし驚いたことだろう。
だが、側にはファイがいる。
あの二人は、大丈夫だろう。
いずれ、お互いを必要だと認識するだろう。
だがその時ーーーマチは、どうなっているだろうか。
僕はまたマチに出た。
何か変化は、無いだろうか。
相変わらず金網の成れの果てや突き刺さった鉄骨などはそのままだ。
薄汚れたハリネズミの様だが、まだ船体は形を保っている。
人々も、いつもの倦怠感や哀しさはあるもののちゃんと生きている。
これは皆、恐らくは『ヒュー』のお陰であるのだ。
彼が作ったこの場所はーー本当にヒトの最後の生息地なのだろうか?
それとも何処か他に?
僕はそんなごちゃごちゃとしたモラトリアム的な思いに囚われていた。
水は緩やかにそこにあり、僕はカワウソの能力の全てを使って泳ぎ回っていた。
「………」
思い立って、境界に触れない辺りまで上がってみた。
普段は見られない高さから、マチの船体を眺める。
中央の亀裂から階層状になったマチが見えている。
泳いで移動しているヒトたちも小さく見える。
「ベルリン」からスキルとファイが下層部へと向かっているのも見えた。
あれは新しく上層部が移っていったブロックへ向かっているのだろうか。
それから僕は側にある塔の上を眺めた。
ボウっと明るい上方の水に、無限に高い黒い塔が突き刺さっている風景が見える。
あの塔の中にはモノが現れる無限の部屋があり、日々従事しているヒトたちもい
るという。
彼らはこんな状況でも、作業を続けているのだろうか。
「………」
僕は再び、マチを見下ろした。
マチは水の底で相変わらず堂々たる姿を横たえていた。
間違いなくーー守っている。
ヒトたちを。
僕はそう確信していた。
✴︎ ✴︎ ✴︎
どれ位そうしていただろう。
「………!」
船体から、スキルとファイが泳いで出てくるのが見えた。
僕は何となく、塔の側に寄ってゆっくりと塔沿いに降りていった。
二人は、ぎこちないながらも悪くない雰囲気に見えた。
スキルは、空をーー無限に水がある上方を見つめていた。
「………」
僕はゆっくりと水を掻いて側に寄って行った。
スキルと目が合った。
久しぶりにスキルと声を交わしたかったが、今はファイが側にいる。頷くだけに
しておいた。
スキルは、再び上方に目をやった。
僕はじっと目を離さずに彼らを見つめていた。
何かの予感がした。
やがてスキルは動く方の右手でファイの腰に回し、抱き寄せた。
彼らは顔を近づけ、何か言葉を交わしてーーー唇を合わせた。
「………」
良かったな、と僕は思った。
このままうまくいけば良いのだがーーーー
「!?」
その時、僕は微かな流れを感じた。
マチの周りから中心部へーーー不思議なことに船体中央の亀裂の中からも上に向
かってーーー緩やかに流れが出来つつあった。
「おっと……」
僕は下の方へと泳いで、スキルの足にしっかりと掴まった。
スキルも床面の出っ張りに手をかけ、浮き上がりそうになるファイを抱きとめて
いた。
何だーーーこれは、何だ?!
「あぁっ」
「!?」
マチの亀裂部から数人が浮き上がりつつあった。危ない、浮き上がった先は境界
がーーー?
ヒトが、流されていきーーーーー消えた。
「く……」
流れはどんどん強くなっていく。
あぁ、またヒトがーーーー消えた。
何だーーマチは、ヒトを守っていたのではないのか?
何なのだ、この流れは?!
次々に、ヒトが浮き上がっていく。
意思に反して上昇しては、境界に触れて消えていく。
「ーーーーー!」
スキルのくぐもった絶叫が響いた。
ヒトたちの恐怖が、マチを覆った。
「…………!」
この流れは、明らかにマチの外から来ている。
これは、何かの悪意なのだろうか?
だとしたらーーーー
その時、僕はあの気配を感じた。
「『ヒュー』ーー!」
そして、『ヒュー』の光が、現れた。
キィーーーン!
その緑色がかった光は、明るくマチを照らし出した。
「あぁ………」
その光の中心に、『ヒュー』が現れた。
スキルもファイも、それに気づいた。
いやーーーマチの全てが、気づいただろう。
周りからの流れは、少しその力を弱めた様な気がした。
僕は、これから何が起こるのか、じっと成り行きを見つめていた。
『ヒュー』は、そしてスキルはーーーどうするのだ?!
「………」
『ヒュー』は、薄く笑んだ様な気がした。
僕はスキルの方を見た。
スキルは、笑ってはいなかった。
『ヒュー』
まただ。
あの不思議な声。
『ヒュー』が言った様にも、別のモノが言った様にも聞こえた。
『ヒュー!』
『?!』
スキルが叫んだ。
その声は、水を通してというより脳内に響いていた。
驚いたことに、繋がる筈のない「ファントム」で僕らは繋がっていた。
これも『ヒュー』の力なのだろうか?
『お前は一体、何なんだ!』
スキルの魂の叫びはマチ全体に響いた。
『………』
『……』
『…………』
それは、マチ全体と『ヒュー』が「ファントム」でつながっている感覚だった。
マチのヒトたちの困惑や憤怒、ざわめきも、僕は感じた。
数千人のそれは、マチを震わせていた。
『どこまで、俺たちを振り回す?!』
スキルは叫び続けていた。
それは僕を含め、皆が感じていた。
『……』
『……………』
その時、『ヒュー』がひゅるりと身を翻した。
『!!』
キィーーーーーン!
『ヒュー』の体からあの同心円状の光が放たれた。
『!!』
それは僕を通過しーーースキルたちを通過しーーーマチを覆っていった。
『おぉ……』
『あれは……』
『………』
『あぁ………』
僕は薄れゆく意識の中で思った。
マチがーーーまた、姿を変えるのだーーー。
✴︎ ✴︎ ✴︎
「………!」
僕は、フッと目を覚ました。
まだ少し体全体が痺れていた。
床からゆっくりと体を起こしーーあぁ、ここはもう水中ではないーー辺りを見回
した。
そこは船体の上だった。マチの上には青空が広がり、いつもの草原が取り巻いて
いた。
「………!?」
僕は辺りを見回した。
驚いたことにーーマチに突き刺さっていた鉄骨や金網群は何処かへ消えていた。
それらが空けた穴はそのままだが、マチは元の姿を取り戻していた。
「…………」
スキルとファイは、少し離れたところで立ち尽くしていた。スキルの右手はファ
イの腰に回され、ファイの手はスキルをしっかりと掴んでいた。
スキルの左手はまだ医療シートが巻かれたままだ。
「…………?」
僕は、よく分からなくなった。
スキルはーーー本当に『ヒュー』なのだろうか。
今回のことは好意的に解釈すれば、先程のあの流れが来た時ーーまた何物かがマ
チに害を成そうとしていたのを、『ヒュー』がそれごと追いやってマチを元に戻し
たのだ、ということなのだろうがーーーそれは本当に、そうだろうか。
今は、分からない。
分かりようも無い。
「 」
僕はカワウソの様に少し鳴き声を上げた。
思う存分泳いだ体の感触が、まだ残っていて少し懐かしかった。
……それでも、僕らはまたこのマチで生きていく。
そう思いながら、僕は哀しげに澄み切った青空を見上げた。
( 続 )




