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#1B「スキル:2」



「大丈夫か」

 俺はビーバーのワウと入院中のファイを訪ねていた。

 マチの病院は勿論建物ではなく、不時着した宇宙船「ディスカバリー」の1ブロ

ックを診察室と病室にしてあるだけのものだ。

「はい、もう大丈夫です。後は薬が抜けるのを待つだけで」

 ファイはそう言ったが顔色は酷く悪かった。たった一度だがかなりの量の新型ド

ラッグを吸い込んだのだ。副作用は当然あるだろう。ここは大事を取るべきだった。

「あれから、あの少年はーー『ヒュー』は?」

 俺は首を振った。

 あの緑色の光に包まれた少年……生命反応も重量も感じ取れないあの謎の少年の

話は、病院でも持ちきりだった。

 俺はあいつを、その時聞こえた言葉から『ヒュー』と呼ぶことにした。その話は

ファイにも既にしていた。

 『ヒュー』が何者なのかは、未だに分からない。

 だがそれが、停滞していたマチの何かを変えることになるかもしれない。俺は何

処かでそう思っていた。

 キィ、とワウが鳴いてファイの上に飛び降りて可愛く首を傾げた。

「あ……ワウ……」

 ファイは弱弱しくだが笑った。それだけでも、ワウを連れてきた甲斐があったと

思った。

 俺はスキル。元軍人で今はマチの探偵らしきことをやっている。

 トランスーー「ディスカバリー」がここに現れた事象ーーから百周年を一週間後

に迎えるマチは、まだ静かに雨に煙っている。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 『ヒュー』の噂は、あっという間に広まっていた。俺以外にも、あの時草原に消

える『ヒュー』の姿を見ていた者がいるのかもしれない。外に出られない閉鎖空間

では、皆そういう話に飢えているのだった。

 「あの少年なら、マチの外に出られる」「あの少年に付いていけば」「いや、あ

れは死神だ」「マチに災いをなすものだ」とその話はマチマチだった。当然だ。直

接見た俺自身も何も分からないのだから。

「皆浮き足立ってるね」

 俺はマチのほぼ唯一のバー「ベルリン」に来ていた。マスターの老人、ヴェンダ

ーはヤレヤレと首を振りながら言った。

「あぁ」

「お前さんは傷の方はもういいのかい」

 俺は苦笑した。俺の体は生体手術で割と頑強に出来ている。あの新型ドラッグも

一晩うなされただけで大方抜けた。ありがたい話ではあるが、時々自分がもうヒト

ではないのかという思いに捉われることもある。

「まぁ、大丈夫だ……」

 俺がグラスを開けながら曖昧な返事を返した時だった。

「スキル」

 パトリスの声がした。向くと屈強な身体にラフなチノパンとシャツを着込んだパ

トリスが隣に座るところだった。

「そんな格好もするんですね」

「外ではなるべくな……ヴェンダー、スコッチを二つ」

「はいよ」

 ヴェンダーが気のいい返事をして後ろの棚に手を伸ばす。

「百周年は雨かねぇ」

「まぁ特に式典はないし、暴れる若者も減るだろうしいいんじゃないか」

「また号砲と「ファントム」でグリーティングカード程度でおしまいですか」

 俺は口を挟んだ。

 パトリスは苦笑した。

「お前たちはここで飲むから大丈夫だろう」

「まぁ百年と言ってもそうメデタい訳でもないですしね」

 目の前にショットグラスが二つ、置かれた。

「ところで、大変だったな」

「まぁ、そうでもないです」

 俺はショットグラスを上げてパトリスとチンと合わせ、ぐいと飲み干した。いい

スコッチだった。時々、マチには掘り出し物が現れる。

「で、ファイの様子はどうだ」

「しばらくかかるでしょうが、もう大丈夫です」

「なら良かった」

「時に彼女……パトリスの何なんです」

「ん?」

 パトリスは「もう二つ」とヴェンダーにサインを出しながらおどけたような顔を

見せた。

「別に隠し子じゃないぞ」

「へぇ……」

 パトリスは今は独り身だった。トランス後に二度結婚はしたが子供には恵まれな

かった。

 何故か、このマチでトランス時に家族と一緒にいた人間は少ない。今子供がいる

のはほぼマチが出来て以降に結婚した家庭だ。それでも、トランス後五十年は何故

かマチに子供は出来なかった。ようやく子供が生まれる様になっても、伸びすぎた

寿命のせいで性欲も少ないときてはマチの人口が減るのは致し方なかった。俺たち

の名前にファミリーネームが無いのはそういった家族的なモノに対する執着が薄れ

ているからなのかもしれない。

 パトリスも俺も実はこのマチに来る前は家庭があったのかもしれないが、勿論そ

れを知る術はない。そう言えばパトリスの記憶の欠片は、まだ聞いたことがなかっ

た気がした。

「まぁ、娘みたいなものだ。知り合いの娘でな」

「そうですか……」

「色々苦労している子だ。……幼い頃、弟を亡くしてな」

「それは聞きました」

「ほぉ」

 俺は出された二杯目のスコッチもぐいと開けた。

「それは、珍しいな。自分のことはあまり話さない子だったが」

「結婚する気はありませんよ」

「……まぁ、それもいいさ」

 パトリスは笑んでスコッチを空けた。

 そして真剣な顔になってこちらを向いた。

「で、例の少年の話だが」

「はい」

「……どう思う?」

「………」

 俺は、一瞬謎の光る少年『ヒュー』のことかと思ったが、恐らくRPGを放ったゴ

ーグル少年の方だろうと思い直した。『ヒュー』の噂は聞いているだろうし上層部

もその存在を把握はしている筈だが、俺がそれを直接調べているということ、そし

て間近で目撃したと言うことはソダーもまだパトリスには報告していない筈だった。

「………」

 なぜ俺がパトリスにそのことを話していないのか。別に何かを疑っている訳では

ない。一応信頼はしているし今までずっと世話にはなっている間柄だ。だが『ヒュ

ー』の姿を見たときーー正確に言えばソダーのところで『ヒュー』の存在が確信出

来た時、何故か俺はまだ周りには話すべきではない、と感じたのだった。もっとそ

の存在に近づくまでは待ってみよう、と。

「探してますが、まだ……」

「そうか……RPGやドラッグなど、何処から入手したのかな」

「マチの何処かで現れたものを、流すルートでもあるんでしょうか」

「まさか、塔の中に物資を横流しする奴が紛れ込んでいるというのか」

 塔の中で現れるものを採取する人たちは割と厳重に調査され、回収後も身体検査

等を受けている筈だ。

「それは無いと思いますが……塔以外でもモノが現れることはありますし」

「ふむ……何とかテロまでいかないうちに芽を摘みたいものだ」

「善処します」

 俺はそれだけ言うと立ち上がった。

 ゴーグル少年の方も、まだ何も手がかりは掴めていない。

「もう行くのか」

「えぇ、ごちそうさまでした」

 俺は雨の中先に「ベルリン」を出た。

 話している間にソダーから連絡があったからだ。連絡用のトランシーバーは改造

して俺の内耳に装着してもらった。先程の様なシチュエーションで大仰に通話しな

くて済む様に。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「パトリスと少し話をしていた」

 雨の中歩きながら俺はソダーと内耳のトランシーバーで会話していた。口内で小

声で話せば問題無い。

「本当にまだ言わなくていいのか」

「……すまない。もう少しだけ調べさせてくれ。……で?」

「例のフィルターをマチ中のカメラに接続出来る様にしてみた」

「ほう……』

「あれから全時間をフル検索してみたが、姿は無い」

 勿論、あの光る少年ーー『ヒュー』のことだ。

「そうか……」

「ところが……だ」

 ソダーが声を潜めて言った。

「何か見つけたか?」

「過去に遡ると、前にも何度かは来てる様じゃな」

「その時に、誰か連れ去ったってことは無いのか?」

「まだざっと検索しただけだから、詳しくはこれからじゃ」

「頼む」

 俺は今までのマチの失踪者の中に『ヒュー』に触れた者がいないか、気になって

いた。ひょっとしてマチの境界ではなく、『ヒュー』に関係して消えた者がいるか

もしれない。

「RPGのガキの方はどうだ?」

「今の所あのドラッグの反応は無いな……地下に潜ったか」

「地下といっても、ここじゃ限りがあるがな……」

 俺は何か引っかかるものがあったが、それが何なのか分からなかった。

 その後娼館のキャスリンや配達屋のキャメロンや預言者の婆さんなど手当たり次

第に確認して回ったが、新たな情報は無かった。

 そうなると、今の所動きようがなかった。


 俺は一度部屋に戻った。

 ワウはいなかった。今日も何処かをほっつき歩いているのだろう。いつものこと

だ。

「………」

 俺は申し訳程度のデスク前に座った。筆記用具すらないスチール製。俺の部屋は

酷く簡素だ。

 ぼうっと座っているのも何なので、シャワーを浴びることにした。ずっと雨の今

なら水量を気にすることもないだろう。

 シャーーッ。

 マチのシャワーは水資源を無駄にしない為に大抵ミスト状だ。慣れていないとむ

せる。俺は壁に手を付いたまま頭からしばらくシャワーを浴び続けた。

 たまには水に浸かりたい、と思わないでもないが、それはいずれマチの周りが変

化して水に囲まれる時までの我慢、だった。

 湿った俺の金髪から溜まった雫がぽたぽたと落ちていく。

「…………」 

 一瞬、脳裏にインスピレーションが走った。

「!!」

 俺の体の中の膨大なデータが、時々何かの拍子に繋がることがある。ただの勘や

思いつきの様な気もするが、少し違うような気もする、何か。それは俺がまだちゃ

んとヒトである証だと思っている。

「…そうか…」

 おそらく、そうだ。

 俺はシャワーブースを出て急いで体を拭いた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 俺は例のマチの最下部の隔壁前に来ていた。

 気づいたのだ。あの時ファイが声をかけた少年の微かな気配。あれは、あの時俺

にRPGを向けたゴーグル少年のものとよく似てはいなかったか?

「……」

 近辺をスキャンしてみたが勿論気配は無かった。

 だが俺は確信していた。間違いなく、あの時の少年がRPGを撃ったやつだ。

「………」

 瓦礫を登ってあの時の換気口を覗いてみた。恐らく、この先の何処かを開けると

隔壁の向こう側へと通じているのではないだろうか。入ってみようかとも思ったが

生憎俺の体には小さ過ぎた。

 俺は少し考え込んだ。この向こうの区画は入ればすぐにマチの境界と言う訳では

ない。だが時によってはすぐにでもヒトが消えることもあるので、こうして隔壁が

作られている。人が近づくことはまれだ。つまりああいう人種が隠れ住むには最適

な場所だと言える。

「………」

 さて、どうするか。

 俺は隔壁に近づいて、その巨大金庫の様なキーロックを見つめた。電力が消えた

時の為にここは電子ロックではなくハードのパスロックになっている。大抵の人間

は知らないロックナンバーを、俺は知らされている。向こう側に行くことは可能だ。

だが死を賭して行くべきか?

 ……今は行くべきだろう。何の迷いも無く、俺はそう思った。

 キーロックに向かって一歩踏み出そうとしたその時、脳に軽い信号が鳴った。

『スキル!』

 「ファントム」での通信だ。ファイからだった。その声からはまだ体が本調子で

はないことが想像できた。

『何だ』

『嫌な予感がして』

『…俺は大丈夫だ』

『……本当に?』

『…………』

 俺は答えなかった。

『あの……今いいですか』

『忙しいんだが』

 ファイは構わず続けた。少し呼吸が荒かった。

『『ヒュー』……って』

『何だ』

『わたしの……いなくなった弟ではないでしょうか』

『……だから違うと言った』

 その話は前にした筈だった。

『外に出たヒトは、何らかの変化があってそれで……とか』

 俺は溜息をついた。

『確かにこのマチでは何でも起こる……が』

『…………』

『幾ら何でもな……』

『分かってますけど……ゴホッ』

『おい?!』

『まだ言ってないことが……ガフッ』

 激しく咳き込んだ気配がして「ファントム」の通信は絶たれた。

「おい?………クッ」

 覚悟を決めた筈だったが気分が削がれた。

 それよりも、俺はファイが言いかけたことが気になっていた。

 俺はその場に隠しカメラだけ仕掛けてその場を後にした。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 病院に向かったが、既にファイの姿は無かった。

「……ちっ」

 まだ体が辛いだろうに、何処に行ったのだろう。

 「ファントム」でも何度か呼びかけたが返事はない。ブロックしているのか、そ

れとも返せない状況にあるのか。

 俺はソダーに連絡を取った。

「ファイがいなくなった。追えるか?」

「やってみる。少し時間をくれ」

 その気になれば「ファントム」で登録してある住民を皆追える技術自体はある筈

なのだが、電力の節約の為に今はやっていない。だが今は緊急事態だった。

「頼む」

 俺は少し考えた。行くとしたらーーー何処だ?パッと思いつくところは無かった。

そもそも、まだそこまで深くは付き合っていない。

「とにかく、何か分かったら、教えてくれ」

「分かった」

 俺はファイの部屋に向かった。もしもの時の為にパスは聞いている。

 部屋を開くと、俺のそれと同じ様に物の少ない殺風景な部屋だった。

 だがファイの姿は無い。

「ダメか………」

 悪いと思ったが寝室も覗いてみた。

 綺麗に畳まれた寝具があった。割と几帳面な性格らしい。

「……!」

 ベッド脇に小さな写真立てがあった。

 近づいて手に取ると、それは幼いファイとあの弟の写真だった。海辺の写真だ。

マチの周りがここまで海になった日はそう多くはない筈だ。弟がいなくなった当日

の写真かもしれない。

「………」

 こういうレトロな写真立てを持っているヒトは今は少ない。画像データならいつ

でも自身の「ファントム」で掌に出すなり脳内で再生するなり出来るからだ。

「………!」

 眺めていると、俺はふと気付いた。奥に見えている海辺の脇の岩は……!

 東の草原の脇にある岩だった。そう言えばソダーのところで観た映像の中にも映

っていた。

「ここか……!」

 俺は確信した。

「スキル?」

 振り向くと後ろにワウがいた。

「女子部屋を漁るのは良くないな」

「少々まずいんだ」

 俺は答えると部屋を走り出た。

「そうなのか?」

 ワウは戸口でちょこんと座って見送っていた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 「ディスカバリー」の巨大な船体を横切って俺は東の草原に出た。まだ細かな雨

が降り続いていた。

 船体を出るところから俺の左目は既にファイの気配を捉えていた。

 ファイは、病院着のまま草原の真ん中に座っている。そこはもうマチの外れで、

いつ消えてもおかしくない場所だった。

「…………」

 俺はゆっくりと近づいていった。

 ファイは膝を抱えたまま草原の奥を見つめていた。黒髪が濡れて雫が滴っている。

「………ファイ?」

 俺は持ってきていた傘をファイの上に掲げながら隣に座った。

「寒くないか」

「………」

 ファイは草原の向こうを見つめたままだった。

「……黙ってたことがあります」

「………?」

 何を、言おうとしているのだろう。俺には見当も付かなかった。

「あの時ーーーわたしは見ました」

「あの時?」

「少年のRPGがスキルに向かった時」

「!!」

 俺は目を見張った。あの、どうして自分が助かったのか分からなかった時?!

「……何があった」

「あの光る少年が突然現れて、爆発からあなたを守った」

「ーー!見えたのか!?」

 ファイは震えながら呟いた。

「…………」

 ファイがフラっと俺の方に倒れかかってきた。

 俺はファイの肩を抱いた。

「まるでスローモーションの様に……スキルの前で光っていました」

「………!」

 俺には緑色の光しか見えなかった。あの時、そんなことがあったというのか。

「そしてその一瞬、あの少年はわたしを見た……」

「………」

「わたしにも聞こえました。『ヒュー』って……」

「そうか……」

 俺はファイの様子から気付いてやれなかったことを少し後悔した。もっと前にこ

れを聞いておけば何か違っていたかもしれない。

「あの時、その瞳の中に……弟を見たような気がするんです」

「………」

「……それしか、覚えていません……後は気がついたらもう、病院でした」

「…そうか……」

 俺はファイの頭に手を乗せた。

 普段はあまりしない仕草だった。

 ファイの目から涙が溢れた。

「もう一度、会いたい………」

 ファイはそう呟いた。

 それは弟のことなのか『ヒュー』のことなのか、俺には分からなかった。

 ただファイと一緒に草原の向こうを見つめていることしか出来なかった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 俺はファイを部屋に連れて帰って寝かせた。病院よりも近かったからだ。

 ファイは風邪を引いたらしく熱があった。寝る前にガム型の薬を噛ませ、髪を乾

かしてやった。

 子供の様にベッドに寝かされたファイはかすれた声で言った。

「………『ヒュー』を、探しましょう」

「あぁ。だがその前に体を治すんだ」

「……はい。……スキル」

 ファイは俺の手を掴んで言った。

「ん?」

「一人で、行かないで下さい」

 真剣な表情だった。

 俺は頷いた。

「……了解」

 やがてファイは大人しく眠りについた。

「………」

 俺はまだ、しばらく考えていた。

 俺の左目は見たものを記録出来る。あの時の映像を繰り返し見てみても、緑色の

光以外は何も見えない。光に照らされて映像が緑色に飛んで、次の瞬間には既に爆

発が収まった後だった。勿論その光もあの少年と同じく、熱や波動など全く感じな

い全くの無だった。

 『ヒュー』が、俺を守ったということだろうか?何の為に?何故俺には見えなか

った?そしてファイの弟との関係は何かあるのだろうか?

 分からないことだらけだった。

「無事みたいだな」

 後ろからワウの声がした。

 そういえばファイを連れて帰った時部屋の前で待っていたので入れてやったのだ

った。

「……なぁ」

「どしたの」 

 俺はワウのつぶらな瞳を見て言った。

「俺やファイは、何か特別か?」

 ワウは首を傾げた。

「……さぁ」

「………」

 ひょっとしてワウが俺にしか話さないのもそれと何か関係があるのかと一瞬思っ

てしまった。

 どうやら違うらしい。

「結局ファイとは、ずっと一緒にいるの?」

「……不満か?」

「いや、別に」

 ワウはひょいとテーブルから下りて言った。

「開けてもらえる?」

 ファイの部屋にはワウが通り抜ける用の通路は無かった。

 俺は頷いて立ち上がりファイの部屋のドアを開けた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 その夜、俺ははまた「ディスカバリー」の船体の上に来ていた。

 どうも最近、此処に来る回数が増えている様な気がする。

 相変わらず冷たい雨が降りしきっていた。防水ジャケットのフードを被ったまま、

俺はそっと腰を下ろした。目の前の亀裂と船体周りにはまだチラホラと小さな明か

りが見えていた。

 例の隔壁前に仕掛けておいたカメラには今のところ新しい反応はない。まるで何

もかも、幻であったかの様に。

「……」

 だが、俺だけではない。ファイも見ている。ソダーのモニターでも反応があった。

間違いなく、マチに何かが起きているのだ。

 だが、それが何なのかはまだ分からない。全ては、『ヒュー』にまた会ってみな

いことには。

「………」

 俺は背後にそびえる塔を眺めた。

 天空に黒く伸びた塔は静かに佇んでいた。

 俺は左目を閉じて右目だけで見つめた。

 このマチは、まだ全てが解明された訳ではない。だが、その状態で既に百年近く

が経つ。様々なことが軋み、崩れかけている。俺はそんな気分に囚われた。

「………フッ」

 俺は首を振った。こんなことばかり考えていても仕方がない。

 いつか、変化は確実にやってくる。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 次の日、俺は娼館「カサブランカ」に来ていた。

 そろそろ来いと、キャスリンが煩かったからだ。

「なーに、もう枯れちゃったの?」

 キャスリンは相変わらず色っぽい格好でしなだれかかってきて俺の股間に手をや

っている。

 枯れているのは精神であって肉体ではない、とは思う。

「そうでもあるし、そうでもない……新しい情報は?」

 キャスリンは顔を膨らませた。

「な~に、無いと抱いてもくれない訳」

 わざとやるその仕草も決して嫌味ではない。その辺は熟練の女、と言った感じだ

った。

「そうだな……久しぶりに」

 本当にセックスは久しぶりだった。前回もキャスリンと、もう数年前になるだろ

うか。

 俺たちは「カサブランカ」の一室で一緒にシャワーを浴びた。キャスリンのいつ

までも魅力的な肢体は忘れかけていた男心をくすぐるには十分だった。

 ……が、その日俺は勃たなかった。

 意外とショックを受けた。

「ま。あの子のせい?」

 キャスリンは笑った。断じてそんな仲ではない。意外と歳がいっているのはこの

間判明したが、やはり俺から見ると五十歳以上離れていることに変わりは無い。

「………」

 黙って俺は左手を差し出した。

「お代はいらないわよ、またね」

 キャスリンは笑ってその手を押し返した。

「……すまん」

 俺は決まりの悪い気分のままベッドの脇に腰掛けていた。

 キャスリンは後ろから俺を抱きしめてくれた。背中に胸が当たっていたが、やは

り勃たなかった。いつの間にか、俺はヒトではなくなっていたのだろうか?

 それとも、『ヒュー』に出会ったから?

 ふとそんな思いが頭を掠めた。

 しばらく、その思いは頭から離れなかった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 『ヒュー』の噂が一回りして、マチはまたいつもの停滞を見せつつあった。特に

新しい情報もないし、あの少年がまた姿を現すことは無かったからだ。これがマチ

の常だった。精神的に老化しているというか、情熱を保つのが難しいのだ。

 結局、上層部が「ファントム」で『ヒュー』の噂について触れることは無かった。

普段でも特別に緊急なことでもない限りマチの人々に連絡は寄越さない。放任主義

というか、手厚く市民に対して奉仕するといった感じでは無いのだ。二日後に迫っ

た百周年の記念日も、盛大な式典など行われはしない。それに対して市民側が抗議

のデモなど起こすことも無い。良くも悪くもそこはマチ、なのだった。

 俺も方々手を尽くしてはいるが、特に新しい情報は掴んでいない。

 一度だけ、あのシャッター前のカメラに人影がよぎったがあのRPG少年とは断定

出来なかった。

 雨はずっと降り続いていた。人々の気持ちも何となく滅入っているのが感じ取れ

ていた。

 俺はファイの部屋を訪ねた。もう大分調子は戻ってきていた。

「すみません、いつも」

 ベッドから起きようとしたファイを俺は止めた。

「俺がやる。コーヒーが手に入った」

「へぇ…」

 このマチでは嗜好品は珍しい。最低限の野菜・果物や合成肉はプラントが生きて

いるので何とかなるが、コーヒーなどの嗜好品は後回しであることが多い。個人で

栽培している場合もあるが、味は保証出来ない。となるとやはり塔やマチのあちこ

ちに現れる物資に期待するしかない。今日は船体外の商店の裏手でそういった掘り

出し物が出ているのを見つけたのだ。本物のブルーマウンテンだった。

 一人暮らしは長いのでこの程度は朝飯前だ。俺は持って来たミルで丁寧に豆を引

いた。同じく携帯用のフィルターでじっくりと煎れた。

「美味しい……」

 少し痩せたファイは俺の差し出したカップに一口つけて呟いた。

「…………」

 俺は少し笑んだ。

 出会ってからまだ二週間も経っていないのに、こんないい表情を観られるとは。

最初に会った時はまだまだ若い新生児だと思っていた。実は五十年近い人生を送っ

てきてはいるのだ。

 俺は真剣な表情になってファイに話し始めた。

「明日、隔壁の向こう側へ行ってみようと思っている」

「……はい」

 ファイは分かっていた様に言った。

「わたしも行きます」

「……危険だ」

「分かっています」

「…………」

 弟の件があってから、ファイは変わった。かつて姿を消した弟に通ずる存在、『

ヒュー』。あの光る少年に繋がる為なら、今は何でもする気だろう。俺はその決心

に少し危うさも感じていた。

 俺はゆっくりとファイの頭を撫でた。

「もしも俺に何かがあった時に、パトリスやソダーに報告出来るヒトが必要だ」

「でも……」

 ファイは唇を噛んだ。

「隔壁の前までは……来るか?」

「……はい!」

 ファイは顔を上げて笑顔を見せた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 次の日、俺たちは装備を整えマチの階層の下の方へと降りて行った。

 気をつけて見ていたが、ファイの体調は問題なさそうだった。

 少し遠回りして例の隔壁へと向かう道をあちこちチェックしてみたが、特に異常

は無かった。

「ファイ……何度も言うが」

「分かってます。私は待機、でしょう」

「……」

 分かってるならいい、と心の中でだけ言った。勿論「ファントム」は通さずに。

 念の為ソダーにはあらかじめ話を通しておいた。今日はファイの反応だけは最後

まで追ってくれ、と。「お前の分もな」とソダーは返してくれた。ありがたいこと

だが、俺は実のところ死んでも構わないと何処かで思っていた。RPGが迫った時、

俺は一度死んでいるのだ。『ヒュー』のお陰で俺は生きている。もし今死んだとし

てもーーーその時はその時だ。その代わり、今マチに何が起きているのかだけは理

解して死にたい。それがいずれヒトでなくなっていく俺の現時点での目標だった。

 隔壁の前まで来た。薄暗い微灯があるだけの静かな空間だ。

 俺は警戒しながらロックナンバーを入れていった。

「スキル……」

 ファイが後ろから声をかけてきた。

「どうか、無事で」

 俺は笑った。

「大袈裟にするな」

 俺は向き直って、隔壁のハンドルに手をかけた。

 ゴン……!

 重たい鉄扉が開いていく。向こう側のカビ臭い匂いが鼻腔をくすぐった。

「………」

 こちら側よりは幾分明るいが殺風景な鉄の壁に囲まれた空間が見えた。

「スキル…」

「ファイ」

「はい」

「言った通りに」

 そう言って俺はファイと目を合わせた。

 真剣な顔をした旧東洋系の顔立ちが、綺麗に見えた。

 俺は中に入り、巨大な隔壁を閉めた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「………」

 まず俺は辺りをスキャンした。予想通り、明らかにヒトが過ごしていた痕跡があ

った。恐らくあいつだ。俺にRPGを撃ったゴーグルの少年。どうやってここに入っ

たのだろう?

 それはすぐに分かった。巧妙に隠してはあったが、奥の一角の壁に換気口からの

出入り口が作られていた。子供しか通れない小さなものだった。

「やはりか…」

 自由に出入りしていたということだろう。だが生命の危険を冒して、何故ここに

入るのだ?

 俺は緩やかな下り坂になっている区画を、更に奥へと進んでいった。

 まだここはギリギリ、マチの境界が始まった辺りだ。運が悪ければ消えるが……

問題はこの下だ。次の扉は床にあって更に下へと繋がっている。その下は地面と同

化している筈だ。

『……スキル?』

 ファイが「ファントム」で話しかけてきた。

『まだいる』

『まだ、って…』

『『ヒュー』はいないがーーRPGのやつはいたらしい』

『ーーそこで何をしてたんでしょう』

『まだ分からない』

 恐らく孤独に生活していたのだろう。この痕跡は複数の人間の生活跡とは思えな

かった。

『……!』

『何です?』

 俺はしゃがみ込んでフラッシュライトを当てた。

 RPGの木箱や空き缶で作られた、粗末な祭壇の様なものがあった。

『これは……』

『どうしたのですか?』

 それは、恐らく墓標の様なものなのだろう。それぞれの遺品らしきバッジやバン

ダナといったものが、写真の前に置いてあった。その写真はーーー浮浪者の様な汚

い格好をした少年たちだった。

『………』

 俺は見た映像を「ファントム」を通してファイへと送った。

『彼らは………』

『あぁ。「ファントム」を持たざる者たちだ』

 生まれつき無かった者、または事故や病気などで「ファントム」が停止した者た

ち。写真の中の彼らは左手に何もないか変色しているか、左手自体を失っていた。

そういう者の多くは社会から疎外感を感じ、マチの外れで生きる様になる。マチに

対して敵意を抱くのも分からなくは無かった。

『どの子です?』

『……さあな』

 面影があるのは「ベルリン」で倒したドラッグ中毒の男位だった。

 あのRPG少年は体格からはその中の二人位だろうと思われたが、かなり前の写真

なので詳細は分からなかった。そもそもあの少年はゴーグルをしていたので正確な

目つきまでは見えなかった。

 ただ、周りの痕跡から察するに皆死んだかーーもしくはここで生活していて境界

に触れてしまい消えたのかーーで、彼は最後の一人だったのだろう。たった一人で

自らもいつ消えるか分からない状況で、どんどん捻じれていったのではないだろう

か。

 俺はRPG少年の孤独を思った。

『他に仲間は、いないのですか?』

『多分な………』

 そう言えばあの時ファイが倒した四人は、皆「ファントム」があった。恐らく利

用していただけで仲間ではないのだろう。唯一考えられるのは「ベルリン」の男だ

が、あいつはあの出入り口を通れない。それでもRPG少年が外ではなくここで暮ら

していたということは、何らかの理由で離別してしまったということだろうか。

『……もう少し奥へ行ってみる』

『気をつけて』

 俺は警戒しながら先へと進んだ。

 やがて俺は下へと続く扉の前に立った。

『これから、下に降りる』

『スキル……』

『まぁ、賭けてみるさ』

 この先は、未知の領域だ。俺もまだ入ったことはない。いつ消えてもおかしくは

ないのだ。

『スキ……』

 脳内で雑音と共に「ファントム」の会話が途切れた。

『……ファイ?』

 既に接続が切れている様だった。いよいよまずいのかもしれない。

「………よし」

 俺は心を決めて潜水艦のハッチの様なハンドルを握った。


 ギィイイイッ。


 開けた先はーーーー稲穂の海だった。

「!?!」

 俺はハッと顔を上げた。間違いなく周りは鉄の壁だった。

 だがーーー眼下に広がるのは自然の秋の稲穂。昔の映像ディスクでしか見たこと

のない光景だった。

「………何だ………?」

 一体、何が起こっているのだ?全く分からなかった。俺の左目には、稲穂も地面

も、現実のものと同じ反応があった。

「…………?」

 下へと続くハシゴを、震える手で握った。ハシゴの一段目に足をかける。

 稲穂は黄金色に輝き、誰かを誘う様に風になびいている。いや、風が吹いている

こと自体がそもそもおかしいのだがーー頭では分かっているのだが、俺はそのあり

えない程見事な自然から目を離すことが出来なかった。

「……………」

 俺はハシゴをゆっくりと降りていった。

 そっと稲穂の地面に立つ。土と風の感触が心地良かった。

 ーーー天国なのだろうか?

 それとも地獄がこういう風景なのか?

「………!」

 気がつくと、降りてきたハシゴが消えていた。

「えっ?!」

 俺はハッと上を見た。

「……これは……!」

 あるはずの鉄の天井はそこには無かった。

 黄金色に輝く秋の夕暮れ。何処までも続く様な綺麗な風景がそこにあった。

「………」

 俺は、もう死んだのだろうか。

 この景色は、今までマチから消えたヒトたちがその時に目にする光景なのだろう

か。

 旧東洋で言う、死者が渡るというサンズの川と同じものだろうか。

『 』

 誰かが俺を呼んだ様な気がした。

『?』

 辺りを見回したが三六十度、水平線まで全て稲穂だった。他には誰もいない。

 俺は、しばらく立ち尽くしていた。

 ーーもし死んだのだとしても、こんな風景を見られたのならいい。

 そう思った。

 誰かが呼んでいる様な感覚はずっとしている。

『…………』

 俺は稲穂のその先へと、一歩を踏み出した。


「スキル!!」

 強く左手を掴まれた。

「!!」

 ファイの声だった。

 俺はハッとして振り向いた。

「え?!」

 そこには泣きそうな顔をしたファイがいた。

 そして驚いたことに周りの稲穂の海はいつの間にか消えーーー俺は先程祭壇があ

った一つ階上の空間にいた。眼下に開いた丸い出入り口の向こうは同じ様な閉鎖空

間があった。

 あまりのことに、俺は動揺を隠せなかった。

「あ……?」

 ファイは涙を浮かべた。

「良かった……また消えてしまったかと……」

「………」

 言葉が出なかった。脳内で映像を巻き戻して見ても、確かに稲穂の海は存在して

いた様だがそこからこの場所へは瞬時に移動していた。何のタイムラグもそこには

無い。

 一体、何が起こったのだ?!

「ファイ……俺は……」

「え……」

 俺は震える声で言った。

「ずっと、此処にいたのか……?」

 ファイは涙に濡れた瞳で俺を見た。

「どういうことですか……?」

「いや……」

 なんと説明すれば良いのか分からなかった。

 俺はしばし自分の動悸を感じているしかなかった。

 脳内にザザッと音が鳴った。

「スキル!」

 ソダーから切羽詰まった声で通信があった。

「ソダー……」

「無事か?無事なら「ベルリン」へ急げ」

 俺はようやく我に返った。

「どうした?」

 俺の脳内にソダーの声が響いた。

「例の子供が、立てこもった!」



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 俺は「ディスカバリー」の船体内を走っていた。

 ファイも続こうとしていたがまだ病み上がりだ。全力の俺には追いつけなかった。

「………」

 「ベルリン」は船体中央の亀裂の向こう側だ。

「くっ!」

 亀裂にいくつか渡してあるロープに俺は迷うことなく捕まった。ジャケットの袖

を手とロープの間に挟んで、ロープ上を滑った。少々破れたところでどうというこ

とはない。

 まだ降り続く雨が顔を叩いた。既に日は暮れ、夜になっていた。

「ソダー、状況は?」

「ヴェンダーが人質になってる。周りは部隊が取り囲んで大騒ぎだ」

「そうか……」

 ヴェンダーのことだ。客よりも自分が進んで人質になったのだろう。

「くっ」

 俺はロープから飛んで亀裂の向こう側へ着地しまた走り出した。

『ヴェンダー、無事か?』

 階段を駆け上がりながら「ファントム」でヴェンダーに呼びかけてみる。

『………』

 答えられる状況ではないらしい。

 「ファントム」は機能上黙っていても脳内だけで会話は出来るのだが、ヴェンダ

ーのことだ。外に兆候が漏れて犯人を刺激するのを嫌ったのだろう。特に今回は「

ファントム」を持たない、それに対して憎しみすら感じている相手だ。

『スキル』

 パトリスから「ファントム」で通信が来た。

『状況は聞きました。向かってます』

『相手は、お前を要求している』

『俺を?!』

『理由は分かるか』

『いえ』

『そうか……急いでくれ』

『二分で着きます!』

 俺は先を急いだ。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 「ベルリン」に着くと、辺りには部隊や上層部のスーツ組が溢れていた。

 野次馬も相当集まってきている。

「来たか」

 パトリスは軍服を着込んでその中心にいた。やはり現場の方が似合っている、と

俺は思った。

「ヴェンダーは」

「今の所大丈夫だ」

 急ごしらえのテント内でパトリスはハードの空間モニターをこちらに見せて言っ

た。

 ウィンドウ上のサーモスキャン映像には、ヴェンダーに銃を突きつけている小さ

な反応と他に二人、窓側を警戒している人影が見えた。

「手前の二人は「ファントム」が通じる様だ」

「呼びかけには」

 パトリスは首を振った。

「……やはり今回も人命優先で?」

 俺は周りには聞こえない様に聞いた。

 マチの警察機構は基本的に人命優先だ。何しろ数千人しかいない人類なのだから。

だが時としてそれは救出作業を困難にする。スナイプすれば済むシチュエーション

もあるからだ。

「勿論だ。市民なのだから」

 パトリスも元軍人なのでそれは分かっている。だが一応上層部の一人としてはそ

ちらを優先せざるを得ないのだろう。難しいところだった。

「で、要求は俺だけですか?」

「あぁ。他に要求は無い」

「恨みでも買いましたかね」

「まぁ、心当たりはいくらでもあるだろう」

 パトリスは珍しく軽口を叩いたがその目は笑っていない。

「そうですね……」

 パトリスは俺ならそう死ぬことはない、と思っている。それは確かだが、今の俺

は少し危うかった。何しろ先程この世のものとは思えない景色を見たのだ。それが

『ヒュー』と何の関係があるのか分からないが……恐らくあのRPG少年も、あれを

何処かで見たのではないだろうか。

「………!」

 そこまで考えて俺は気付いた。

 ひょっとしてあいつはあの時、ファイと同じ様に俺の前に現れたというあの光る

少年ーー『ヒュー』を見たのだろうか?それなら俺を指名するのも頷ける。

「では、行きます」

「健闘を祈る。殺さない様に頼む」

 パトリスは俺に向かって敬礼を見せた。周りのスーツ組もそれに習う。

「後数時間で百周年だがーー勿論こちらの方が優先だ。よろしく」

「……了解」

 敬礼を返し、俺は「ベルリン」の方を向いた。

「スキル!」

 ようやくファイが追いついてきた。

 息も絶え絶えの中、ファイは言った。

「……ご無事で」

 俺は黙って頷いた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「入るぞ」

 「ベルリン」の入り口で俺が声をかけると、手下と思われる若い二人がスイング

ドアの脇から狙っているのが分かった。確認したが二人とも「ファントム」は健在

の様だ。ゴーグル少年の様な絶望的な疎外感と言うよりは十代のフラストレーショ

ンが弾けた感じだろうか。

 俺は両手を挙げて「ベルリン」の中に入って行った。手下二人が軽く身体検査を

した。

 俺はカウンターの中に目をやった。こいつだけはそう単純ではない。例のゴーグ

ル少年はイスか何かに乗ってヴェンダーの後ろから首に手を回し、コメカミに銃を

突きつけている。ヴェンダーはいつもよりも幾分やつれて見えた。

「ヴェンダー、大丈夫か」

「まぁ、腰が少し痛むだけだ」

 ヴェンダーは苦しそうだが気骨ある返答だった。

「うるさい」

 少年が首を絞める手に力を入れ、ソダーは呻いた。

「年寄りに乱暴するな」

「このマチじゃ、皆がそうだ」

 少年のゴーグル越しの冷たい目線が刺す様に俺を見る。

 かなり捻じれてはいるようだが、決して頭に血が登っている風ではない。油断し

た隙をついて、というのはあまり期待出来そうになかった。それよりも左目でスキ

ャンしたところ、ヴェンダーの背中には指向性爆薬が取り付けてあった。二人の体

が離れると起爆するようにセットされている。迂闊に少年を狙い撃つ訳にはいかな

い。そのことは「ファントム」を通してパトリスには伝えた。これで暫くは外から

の手出しは無い。

「座るぞ」

 俺がカウンターに腰掛けようとすると少年が制した。

「ダメだ。全身が見えるところにいろ」

「……了解」

 俺はテーブル席のイスを持ってきてカウンターから離れて座った。

「さて……どうする」

 長期戦になるかもしれない、と俺は覚悟を決めた。

「まず、名前を聞こうか」

「ヒトの名前を聞くならまず自分から名乗れ」

 少年は油断なくこちらを睨みつけている。

「知っているんじゃないのかーーースキルだ」

「俺は……ランプ」

 その名に聞き覚えは無かった。

「……俺を指名したのは何故だ」

「あいつにーーー会いたい」

「………」

 あいつ、とは『ヒュー』のことだろうか。

「お前が生きているのは、あいつのおかげだ」

 やはり、と俺は思った。RPGが爆発する瞬間、俺の前に『ヒュー』が現れたのを

この少年も見ているのだ。

「あいつは、一体何なんだ」

「俺の方が聞きたい」 

「どういうことだ」

 少し考えたが、俺は本当のことを言うことにした。

「俺もまだ知らない。あの後草原で消えるところまで追ったがーーーランプ、お前

も見ていたか?あいつは体温も体重も生命反応も何も無い。目に見えてはいるが全

くの無だ」

「………」

 俺は意図的に少年の名を口にした。ランプは少し眉を上げた様だがそれ以上の反

応は見せなかった。

 俺は先程気になったことを聞いてみることにした。

「ランプ」

「気安く呼ぶな」

「D地区の隔壁の向こう側で、どの位過ごしていた?」

「………!」

 ランプはゴーグルの向こうで目を細めた様だった。

「やはり、あそこに行ったのか……」

「仲間たちはーーー皆消えたのか?」

「……あぁ。疎遠になったのが一人残っていたが、お前に捕らえられた」

 後ろで聞いていた二人が戸惑っているのが分かった。こいつらはただの雇われ兵

だ。ランプの背景などは知るまい。ひょっとしたら「ファントム」が使えないこと

すら知らされていないのかもしれない。

「望んだ者も、望まない者も全てーー消えた」

「辛かったな」

 キッとランプの目がつり上がった。

「知りもせずに」

「このマチのことは、お前が生まれる前から知っている」

「………それはない」

 ランプは激昂することもなく、俺の言葉を否定した。

「………?」

 若干の違和感があった。何だーーー?

「………!」

 そして俺は気付いた。ランプのゴーグルの向こうの目の色はーー!

 俺の左目は何でも自動的に解析するわけでは無い。意識して初めて作動する。改

めてスキャンするとーーランプのゴーグルの下の黒目部は、完全に白脱していた。

 ランプはーーーこの少年は、トランス後生まれの新世代では無い。トランス時に

既に子供だったのだ。

 そしてーーー子供のまま成長が止まったのだ。

「おまえは……」

「ようやく理解したか」

 ランプは銃を持った右手でゴーグルを取り、白い瞳で俺を見つめた。

「あの時、気がついたらこのマチにいた。「ファントム」らしきものはあるが俺の

は動かなかった」

「………」

 そうか。あの写真の中にランプはいない。恐らく、ランプがシャッターを切った

のだ。

 あの子供たちは同じ様な境遇の者もいればトランス後生まれもいたのだろう。皆

「ファントム」が使えないことで社会からこぼれ落ち、身を寄せ合って暮らしてい

た。時が経つに連れてある者は消え、ある者はーーちゃんと成長出来た者は何人い

たのだろう。「ベルリン」で捕まえたあいつ以外にいるのだろうか。

 だが、ランプだけはずっと子供のままだ。

 たった一人社会からも時間からも取り残され、一世紀もの間、地下で生き続けて

いたのだ。

「ランプと言ったな」

 ヴェンダーが、口を開いた。

「わしはトランス時に既に老人だった」

「……何だ」

「あの頃は自分たちが今日生き残れるかどうかも分からない混乱期だった」

「………」

 ヴェンダーはいつの間にか涙を浮かべていた。

「だが、お前のような子供もいることに、気づいてやるべきだった」

「何なんだ………」

「いや、本当は気付いていたのかもしれん。だが日々生き抜いていくのに精一杯で、

見て見ぬ振りをした」

 ヴェンダーは俯いた。涙が膝に滴り落ちていた。

「すまん。あの頃のわしらが悪かった」

「今更……」

 ランプは顔を歪めた。

「「ファントム」を使うようになってから、わしらの生活は幾分かマシになった。

じゃがこぼれ落ちた者も当然いる。わしらはずっとそれに目をつぶってきた」

「く……」

「すまなかった」

 ヴェンダーはそれきり肩を震わせて声を殺した。

「遅いんだよ……」

 ランプは体を震わせていた。自分の中の感情を御し切れていない様だった。危険

な状態だ。ヴェンダーを突き飛ばして自分もろとも爆死させることもありうる。

「ランプ」

 俺は話し出した。

「あの隔壁の向こうの、その下には行ったのか」

 ランプは俯いたまま呟くように言った。

「……あぁ」

「俺もさっき行った」

「………!」

 ランプは顔を上げた。

「夕陽に輝く、稲穂に包まれた地面を見た」

「稲穂……?」

「こんな風景を見ながら死ぬのなら、それもいいと思った」

 ランプの白脱した目が見開かれた。

「………!」

「たまたま呼び止められたから、俺はここにいるが……」

 俺はファイのことを思い出しながらゆっくりと立ち上がった。

 そう、あの時ファイが呼び止めてくれなかったら、間違いなく俺は先に逝ってい

た。

「ひょっとしたらあの先に、『ヒュー』は……あの光る少年は、いたのかもしれな

い」

 ランプはギッと眉根を寄せてまた俺に銃を向けた。

「いい加減なことを言うな」

「あぁ、確かに俺の想像でしかない」

 それでも俺は言った。

「だがそう思わせるだけの、風景だった」

「くっ……」

 ランプは歯噛みした。

「俺は……俺は見ていない」

 俺は、とランプは言った。ということはーー

「あいつらは……見たというのか」

 絞り出すように声を上げたランプは、 俺に狙いを定めた。

「………」

「何故、俺だけーーーー」

 俺は黙って見ていた。何処かで覚悟は決まっていた。ここで何が起ころうとも、

受け入れる。

 俺は左目を閉じようとした。最後は俺の体で唯一残ったこの右目で、見届けるの

だ。

 その時、後ろの二人が声をかけてきた。

「お…おい、さっきから聞いてりゃーー何だよそれ」

「聞いてねーぞ」

 ランプは面倒そうに返した。

「そりゃそうだ、言ってない」

 二人は怒りはじめた。それは単純で若すぎる反応だった。

「俺たちは何か起こせるって聞いたから…」

「全然違うじゃねーかよ」

「そもそも、お前も俺たちを見下すジジイたちと同じなのかよ」

「うるさい!」

 ガウッ!

 ランプの銃が唸り、片方の男が銃を取り落とした。肩を撃たれた様だった。

「ぐ……!」

「な…てめえ…」

「お前も逝くか…!」

 ランプの白脱した目が狂気を帯びた。

「……!」

 俺は数歩横に歩いてその射線上に立った。

「……何の真似だ」

「お前らは出ろ」

「う……」

 俺は後ろに向かって怒鳴った。

「関係無い奴は出ろ!」

 俺はもう一人もかばおうと俺は手を広げた。

「あ……」

「死にたくなければ、銃は置いていけ。出た瞬間撃たれるぞ」

 俺は前を見たまま言った。脅しだったが彼らには有効だった。

「く……くそ……」

 背後で撃たれた奴を銃を置いたもう一人がかばって出ていった。俺は出て行くま

で盾になっていた。

 出ていった二人はパトリス達が保護していた。数日強制労働にはなるだろうが死

にはすまい。

「ヒーローごっこか」

 ランプは俺に銃を突きつけたままだ。

「あいつらはタダのガキだ。必要ないだろ」

「まあな……」

 ランプは自嘲気味に笑った。

「で、どうする」

 俺は挙げていた手を下ろしながら言った。

「もう……どうでもいい」

 ランプは、虚ろな目をこちらに向けてきた。

 俺はまっすぐランプを見つめた。

「『ヒュー』に……合わせてやりたいが、今の所方法が分からない」

「……もう、仲間のところに行きたい」

「ダメじゃ」

 その時、俯いていたヴェンダーが顔を上げて言った。

「……!」

「おまえはまだ、生きろ」

 ヴェンダーは真剣な顔で続けた。

「 代わりに、わしが逝く」

「……何!?」

 俺は一瞬驚いたが、ヴェンダーならばそれもあることだと思えた。

 このマチは、多くの人々がそんな気分に陥る。トランス時からずっと生きていれ

ば尚更だ。今まで「ベルリン」でヒトの死を見続けてきたヴェンダーの哀しみ。も

うかなり前から、自らの死に場所を探していたのだろう。

 ランプはヴェンダーのコメカミに銃口を押し当てた。

「……生きて何になる」

「わしもそう思う。だが生きろ」

「……何故?」

「稲穂を、いつか地上で見ろ」

「……稲穂?!」

 俺はヴェンダーが何を言わんとしているのか分かった様な気がした。

「さっきスキルが見たという稲穂…… ワシもかつて見たことがある。それだけは微

かに覚えておる」

「……!」

 そうか。今まで聞いたことが無かったが……ヴェンダーの記憶の欠片は、あれと

同じ様な稲穂の海だったのだ。マチに来る前は、土と共に生きていたのだろうか。

それをいつか見ることが、ヴェンダーの望みだった。

「お前の仲間は見た。お前はまだだ。それは、まだ逝ってはならんということじゃ」

「う………!」

「わしの代わりに、いつか見てくれ」

 そう言うが早いか、ヴェンダーはサッとランプの手を取り、前傾しつつランプを

投げ飛ばした。イッポンゼオイーー俺はヴェンダーが昔ジュードーの使い手だった

ことを思い出した。

 ランプはカウンターを超えて俺の方に飛ばされてきた。ヴェンダーはカウンター

の中でしゃがんだ。恐らく自分一人で死ぬつもりだ。

「ヴェンダー!!」

 間に合わない。

 俺はランプを受け取りざましゃがみ、右手の振動波を最大にして前に出し対ショ

ック姿勢を取った。


 キィーーーン!


 その時、見覚えのある緑色の柔らかな光が突如現れ、辺りを明るく照らし出した。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 俺たちの体はそのほとばしる様な緑色の光に包まれた。

『ーーー!』

 瞬間で、俺たちの周りから「ベルリン」の壁と重力が消えた。

 代わりに現れたのはーーーまるで星々がきらめく宇宙の様な景色だった。

 俺も、ランプも、ヴェンダーも、それを目撃した。

 俺たちの体はいつの間にか無重力の様に浮いていた。

『ーーー何じゃーーー』

『これはーーー』

『「ファントム」が……!』

 俺は抱いたままのランプを見つめた。俺たちは緑色に光り、星空の空間に漂って

いた。

 そして「ファントム」で繋がった時の様に、声に出さなくてもお互いの声が感じ

取れていた。いや、声だけではない。もっと深く感覚まで繋がった様な、不思議な

感覚だった。それは最初に『ヒュー』に会った時と同じだった。

 ランプはその初めての感触に子供の様な表情を見せていた。

『これがーーそうなのか?』

『あぁ……そうじゃ』

 顔を上げると、ヴェンダーは優しい顔で側に浮いたままランプを見つめていた。

 俺はランプをそっと離した。

『綺麗だーー』

『ここはーーー天国かのう』

『いやーー』

 俺は辺りを見回した。

『!!』

 そして見つけた。

 俺たちの少し上方に、あの光る少年ーー『ヒュー』がふわりと浮いていた。

『『ヒュー』……』

『あいつが……』

 俺は声をかけた。

『おい!』

 『ヒュー』は優しく微笑んでいた。

『お前は一体、何なんだ!』

 『ヒュー』は答えなかった。

 ランプも叫んだ。

『仲間はーー元気でやっているのか!』

 黙ったままの『ヒュー』に、ランプは続けた。

『教えてくれ!そこに、俺も連れて行ってくれ!』

『ランプ……』

 ヴェンダーが寄って行って、ランプを抱きかかえた。

『言ったじゃろう。お前は、まだ早い』

『早く無い!俺はもう百歳を越えている!』

『何歳になろうと年下は年下、孫は孫じゃ』

 そしてヴェンダーはキッと顔を上げ『ヒュー』を見据えた。

『あんたが何者なのかは知らんが、連れてっていいのはわしだけじゃ』

『ヴェンダー……』

『もしこの二人に何かあったら、必ず化けて出るぞ』

 ヴェンダーは不屈の意志をその目に秘めていた。

 昔から、気骨ある老人だった。

 『ヒュー』は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに微笑んだ。


『………ヒュー』


『…………』

 あの時と同じく、光る少年はその言葉だけを発した。

 それが何を意味するのかは、分からなかった。

 そして『ヒュー』はひゅるりと体を回転させると一瞬の光とともに消えた。

『!!』

『あ……おい!』

 次の瞬間、俺たちの周りの景色は星空から無限に続く稲穂の海へと変わっていっ

た。

『うわぁーー!』

『これは……!』

『………!』

 俺たちは、いつの間にか稲穂の海の真ん中に立っていた。

 あの隔壁の向こうの下の空間で、俺が見たのと同じ景色だった。

『………!』

 先ほどの無重力から今の地面の上への移行があまりにスムーズで全く意識出来な

かったのに俺は驚いた。

『………』

 ヴェンダーはしゃがみこんで、その穂を指先で愛おしいように摘んだ。

『これじゃ……』

 その満足そうなヴェンダーの顔を、俺も、ランプも、じっと眺めていた。

 ヴェンダーは、稲穂以上の何かを思い出したのだろうか。俺はそれを既に知って

いると思った。

『………』

 長い時間が経ったような気がした。

『あれ……』

 ランプが、声を上げた。

『触れない……』

 見ると、ランプの手は先程触れた筈の稲穂をすり抜けていた。

『……!?』

 俺も同じように手を出した。稲穂の先は、もう触ることが出来なかった。

『おい……?』

 見ると、ヴェンダーは稲穂を握ったままこちらを見て頷いていた。

『わしは逝くよ』

『おい……ヴェンダー』

 俺は何が起こっているのか、頭では分かっていたがそれを認めたくなかった。

『待てよ……』

『「ベルリン」はキャメロンにでも頼んでくれ』

『爺さん……』

 ランプも、立ち上がって涙ぐんでいた。

『お前はもう少し、頑張るんじゃぞ』

 そしてヴェンダーの姿は、消えていった。

 俺は何故か理解した。ヴェンダーは稲穂の海の向こうで、かつて此処で過ごして

いた奥さんと一緒にいるのだ、と。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「スキル!」

 俺はハッと目を開けた。「ベルリン」の天井とファイの泣き顔が見えた。

 俺はファイの膝の上に頭を乗せて横たわっていた。俺の頬にファイの涙がポタポ

タと落ちてきていた。

「良かった、死んだのかと……」

「ここは……天国か?」

 ファイは泣き笑いの表情を見せた。

「……「ベルリン」です」

「それはーーーそうだな」

 俺は少し笑ったがすぐにヴェンダーのことを思い出した。

「……ヴェンダーは?」

「心肺停止だそうです。でも……」

「でも?」

「老衰じゃないか、ってさっきドクターが」

「老衰……」

 それはこのマチでは恐らく初めての死因だ。

「……そうか………」

 話しているうちにヴェンダーの遺体が運ばれていった。安らかな笑顔だった。

 辺りは部隊や救急隊でごった返していた。

「…ランプは?あの少年は?」

「俺なら、ここにいるよ」

「!?」

 体を起こすと、ランプは後方で点滴を打たれてベッドにいた。その手はプラスチ

ックカフで繋がれていた。

「無事だったのか」

「あぁ、あの爺さんのおかげで」

「そうか……」

 俺は先程の景色を思い出していた。

 一体何が起こっていたのだろう。とりあえず爆発は起きなかった様だが ……俺た

ちはあの瞬間、何処かへ飛んでまた戻って来たのだろうか。

「ファイ…俺たちはどうした」

「え?」

「何を見た?」

 ファイは辺りを窺う様にして言った。

「あの時一瞬辺りが緑に光って、またあの少年ーー『ヒュー』が現れました」

「……それで?」

「わたしにはスキル達が一緒に消えた様に見えましたが…… 光が消えたら、皆倒れ

ていました」

「……そうか……」

 俺は辺りを見回した。残りの部隊が「ベルリン」内を警戒して回っていた。

 パトリスがやってきた。

「無事の様だな」

「ええ、何とか」

「しかし……」

 パトリスは「ベルリン」内を見回して言った。

「一体、何が起こったんだ」

 俺はパトリスを見上げて言った。

「さぁ……何とも」

 俺は『ヒュー』と見た星空や稲穂のことをどう説明しようかと迷って、とりあえ

ず言わないことにした。

 まだ何も分かってはいないのだ。

 ただ、ヴェンダーは幸せに逝った。

 それだけだ。

「とにかく、トランス以降初めてヒトが寿命で死んだのだ」

 パトリスは溜息をついた。

「自分も、という者たちが増えては困るな」

「同感です」

 確かにそれは重要なことだった。

 『ヒュー』の姿はともかく、あの緑の光自体はマチの皆も見ただろう。それぞれ

何を思っただろうか。あの謎の少年が放ったのと同じ緑の光が、ヴェンダーを連れ

て行った。それに会いさえすれば、穏やかな死を迎えられる。そうマチのヒトが思

ったのならーー。

 だが、俺は思うのだ。

 『ヒュー』は、ヴェンダーの様に生きて生きて限界までマチで暮らした上で、ラ

ンプの様な少年を守ろうと覚悟したヒトだからこそ、ああしたのではないだろうか、

と。そして最後に、ヴェンダーの記憶の欠片の更にその先まで見せてくれたのだ。

 その目的も存在の理由も、今の俺たちには分かりはしない。それでも『ヒュー』

のやったことに、俺は感謝していた。それだけのものを、俺たちは目撃したのだ。

「報告書は明日でいい」

「はい……あの、ランプの処分はーー」

「そうだな。強制労働にはなるだろうが」

 パトリスは後ろのベッドをちらりと見た。

 ランプは覚悟している様で俯いて大人しくしていた。

「なるべく寛大な処置をお願いします」

「善処しよう」

 俺はベッドのランプに目をやった。

「もう、勝手に死ぬなよ」

「……あぁ」

 いささかぶっきらぼうだが、それでも真剣にランプは頷いた。

「ファイ……少年を頼む」

「はい」

 パトリスに促されランプを乗せたベッドと共に去っていくファイの背を見ながら、

俺は先程の風景を見返そうとして気づいた。

 やはりその映像記録は、残っていない。ファイの言う様に、一瞬緑の光が俺たち

を覆った後は映像が途切れていた。あの星空や稲穂の海は俺たちが気絶するまでの

一瞬の出来事だったのだろう。

 俺は溜息を吐いた。

 まだまだ、理解し切れ無いことが多そうだった。

「スキルさん!」

「大丈夫なのー?」

 遠くで俺を呼ぶ声に見ると、野次馬の中にキャメロンやキャスリンの姿があった。

規制線の向こうで手を振っている。皆、こんな時間まで心配してくれていたのだ。

俺は軽く手を上げて答えた。ありがたいことだった。

「さて……」

 パトリスはまだ側にいた。しゃがみこんでまだ座ったままの俺と目線を合わせて

きた。

「そろそろ、話してくれてもいいんじゃないか」

「……何です?」

「お前が『ヒュー』と呼んでいる少年のことだ」

「……!」

 やはりパトリスは気づいていたのだ。

 俺は素直に謝った。

「……すみません」

「既に何度か会っているな」

「はい。RPGの時と、さっきとーーあいつは、一体何なんです」

 パトリスは首を振った。

「分からん。だがトランス時から我々と共にいる様だ」

「会ったことはーー?」

 パトリスは少し言い淀んだ。

「ーーー見たという人間には何度も会っているが」

「そうですかーー」

 俺は考え込んだ。

「ファイもーーー『ヒュー』を見ています」

「そうだろうなーーー」

 パトリスは目を細めて黙った。さもありなんという言い方だった。

「……どういうことですか?」

「実はファイはーーー」

 パトリスは俺を見て真剣な表情になった。

「このマチの、初めての子だ」

「!?……ファイが?!」

 五十年前に、トランス後初めてマチで生まれた子。それがファイだというのか?

「その妊娠時にも、母親が『ヒュー』に会っている」

「!!ーーそれはーーー」

 身体がぞわっとした。

「このマチに新世代をもたらしたのも、『ヒュー』かもしれないということだ」

「ーーー!」

 俺は絶句した。

 パトリスは一呼吸置いて更に言った。

「そしてお前も……」

「……俺?!」

「トランスの時、先に気がついた私の目の前でーーーお前は、あの『ヒュー』と共

に現れた」

「えっ?!」

 俺は驚いた。先程パトリスが言い淀んだのはそれだったのだ。

「本当ですか?!」

 勿論、俺にそんな記憶は無い。

 パトリスは頷いた。

「『ヒュー』はお前が目を覚ました瞬間に消えたが」

「…………!」

 俺は言葉を発せなかった。

 トランス時、俺の最初の記憶は俺を見つめるパトリスの顔だった。あの直前、そ

んなことがあったというのか。

「あれ以来、ずっと私はお前を見てきた」

「………それはーーー」

 俺は動悸を隠せないままだったが、ようやく言葉を発せた。

 パトリスは俺から目を離さなかった。

「いつか、『ヒュー』がまた現れるのでは無いかと思っていた」

「………」

「ファイの母親が身ごもった時、『ヒュー』の話を聞いて私は更に確信した。あい

つは我々に関わっていると」

「じゃあ……ひょっとしてトランス自体も、『ヒュー』に関係してるってことです

かーー?」

「可能性はある」

「………!」

「トランス時、五十年後、百年後ーー節目節目で、『ヒュー』は我々に関わってい

る。他にも我々が気づいていないだけで、何度かマチに干渉していたのかもしれな

い」

「………」

 俺は再び沈黙した。

 パトリスは続けた。

「お前もファイも、『ヒュー』と何らかの繋がりがあるのだろう。こちらとしては、

出来れば『ヒュー』にもっと近づき、その真意を知りたい。もしくはマチの成り立

ちや過去や未来、そしてマチの外の世界が分かるのなら、更に良い。それが、私を

含めた上層部の意見だ」

「………」

「頼めるか」

「……はい」

 俺はまだ全てを理解出来ずにいたがとにかく頷いた。

「ではな……」

 パトリスは立ち上がって腕時計を見た。

「百周年、おめでとう」

 丁度零時を回ったところだった。

 マチに号砲が鳴り響いた。人々は一斉に空を見上げた。

 そして皆「ファントム」で送られてきたグリーティングカードを見始めた。その

表情はそれぞれだった。安堵する者、倦怠感のままな者、期待感を見せる者ーーマ

チは様々なモノを内包しつつ、新しい世紀を迎えようとしている。

 俺も、脳内で簡素なカードを一通り眺めた。

『皆様、また新たな百年を、良い形で迎えましょう』……そんな簡素な文面だった。

「手抜きですまないな」

 パトリスは自虐気味に言った。

「いえ……どうも」

 俺はゆっくりと立ち上がり、パトリスに軽く頭を下げた。

「うむ」

 パトリスは軍帽のツバに手をやって去って行った。

「…………」

 俺はその背中を見つめていた。

 確かに、新しい百年が始まる。トランスからの百年とはまた違った百年が。そん

な予感がした。

 その時、脳内に軽くベルが鳴った。

『スキル……』

 ファイが「ファントム」で声をかけてきた。

『どうした』

『後で、話があります』

『……何だ』

『ここでは……』

『……?』

 真剣なファイの声に俺は頷いた。

 聞きたいことは山程あった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 数時間後、ソダーの情報センターで俺はファイと向き合った。

「わたしにも、ソダーとの通信機をつけて下さい」

 俺はソダーと顔を見合わせた。

「わたしも、仲間に入れてください」

「それはいいが……」

「あの場で『ヒュー』が見えたのは、やはりわたしだけだと思うんです」

「……ほう」

 ソダーが声を上げた。俺はパトリスから聞いた話もあるので反応は薄かったと思

う。

 因みに先にソダーに確認していたが、「ベルリン」での『ヒュー』の反応は俺が

RPG弾から生還した時と同じだった。確かにあれは夢ではなかったのだ。

「そしてほんの一瞬ですが、わたしも見た気がします」

「……何を?」

「無限の星空と、そして稲穂の海にいる、『ヒュー』とスキルたちを」

「……!」

 それは新情報だった。ファイは「ベルリン」に現れた『ヒュー』の姿だけではな

く、その後の一瞬の間に俺たちに起こったことをも感じていたのだ。

「あれは、まるで「ファントム」で繋がっているかのような感覚でした」

「確かに……あの時、俺はヴェンダーや「ファントム」の使えない筈のランプとも

繋がっていた………それも、もっと深いところまで」

「えぇ……」

「それは、興味深いな」

 ソダーが顎をさすりながら唸った。

「まだまだ、『ヒュー』と「ファントム」については我々の知らない何かがあるの

かもしれんな」

「お願いがあります」

 ファイが真剣な顔で言った。

「『ヒュー』を追う作業、わたしも加えて下さい」

「………」

 ソダーは二つ返事だった。

「わしはいいぞ。「ファントム」を預かる身としては知りたいことだらけだ」

 俺は少し考えた。先程パトリスと話したことも、鑑みて……。

 俺はファイの黒い瞳を見つめた。相変わらず吸い込まれそうな意志的な瞳だった。

「……さっき、パトリスから聞いた」

「もしかしてーーわたしの出生のことですか」

「あぁ。それに『ヒュー』が関わっているかもしれないことも」

「え……!」

「何じゃそれは」

 ファイはそのことは聞いていなかった様だった。

「身籠る時に、母親が『ヒュー』を見ているそうだ」

「!?そんなーー!」

「だからかも知れない。ファイに『ヒュー』が見えるのは」

 俺は今が話す時だと思った。

「ソダー、ファイ」

「はい」

「何じゃ」

 俺は、パトリスから聞いた話を二人に話して聞かせた。

 俺もまた、トランス時に『ヒュー』に関わっていたらしいこと。そしてトランス

自体に、マチの成り立ちに『ヒュー』が関わっているかもしれないこと。

「……何と……」

「スキルも……?」

 二人は一様に驚いていた。

 ソダーがそろりと手を挙げた。

「わ……わしも」

「ん?」

「黙っておったがーーー実はわしも会っておるかもしれん」

「え」

「ソダーも!?」

 俺は驚いた。

 ソダーは頭をかいた。

「いや、わしははっきりと見てはおらんが……「ファントム」が初めてネットに繋

がる様になる時に、確かにあの緑色の光が見えた」

「それはーーー」

「それがなければ、「ファントム」は今の様には使えなかった」

 俺は再び絶句した。

「じゃあ……」

 ファイが俺たちを見回しながら言った。

「私たちみんな、『ヒュー』と……?」

 俺たちはまだ戸惑いを隠せなかった。

 だが、これで全てが繋がった。

 やはり『ヒュー』は……あの少年は、マチの成り立ちに深く関わっている。

 俺は深く深呼吸をした。

「ってことでーーー」

 俺はファイとソダーを見つめた。

「これからは、パトリスも公認で『ヒュー』を追う」

「……そういうことか」

 ソダーは頷いた。

 ファイもまだ目を泳がせながらも頷いた。

「……だからファイ」

 ファイは少し我に返った表情で俺を見た。

「は……はい」

「もう、敬語はいい」

「あ……では、いいのですね」

 ファイはパッと笑顔になった。

 俺は笑った。

「ですね、じゃなく」

 ファイはあっと言う顔をした。

「はい……ええ、よろしく、スキル」

 ファイの頭の回転の早いところを俺は好ましく思った。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 その日の朝、眠れなかった俺はまた「ディスカバリー」の船体の上に出ていた。

 雨は、静かに降り続いている。

 まるでマチの何かを覆い隠すかの様に。

「…………」

 本当に今日は色々有りすぎた。

 俺は濡れるのも構わず顔を天空に向けて目を閉じた。

 俺はずっと考えていた。

 『ヒュー』のこと、マチのこと。

 そしてーーーあの時、星々が煌めく空間でのこと。

 俺たちが「ファントム」で会話をしていた時の不思議な感覚。

 今まで使ってきた通話やデータ通信の「ファントム」の感覚とは全く違うそれ。

ーーもっと奥底で繋がるイメージ、とでも言うのだろうか。

「…………」

 あの感覚を、もう一度味わいたいものだーーー。

 俺は船体の上に仰向けになった。

 夜明け過ぎの、白々とした雲の色だった。

 雨はゆっくりと止んできていた。

『風邪引くぞ、スキル』

「!?」

 突然誰かから「ファントム」で呼びかけられて俺は飛び起きた。

『そんなに驚くなよ』

『誰……ワウか!?』

 その声は、あのカワウソーーワウのものだった。

 ワウに「ファントム」が?

 だとしても番号交換などーーーいやそもそも、普段の呼びかけられてこちらが応

答して、というプロセスを全く経ずにいきなり脳内にワウの声がした。これは何だ

!?

 俺は辺りを見回したがワウの姿は無かった。

 周りをスキャンしてもワウの反応は感じ取れ無い。

『何処にいる?』

 ワウの声は俺の脳内に優しく響いた。

『今はスキルの部屋』

『お前ーーーどうして?』

『何だか、こうやって話せる様になったんだ』

『「ファントム」が現れたのか』

 脳内の感覚でワウが首を捻るのが分かった。確かに普段の「ファントム」とは違

っていた。

 むしろ『ヒュー』と繋がっていた時に近いかもしれない。

『う~ん、鏡で見る分には分からないんだけど……』

『ちょっと待て、すぐ帰る』

 立ち上がろうとした俺を「ファントム」でワウは制した。

『いいんだ、今はこうして話していたい』

『……そうか……?』

 俺は浮かしかけた腰を下ろした。

『多分、あの時からだよ』

『あの時?』

『スキルにRPGが当たる直前に『ヒュー』が現れた時』

『お前、あの時いたのか?』

 ワウは離れたところで頷いた。それは感覚で理解できた。

 ファイだけではなく、ワウもあの場にいて『ヒュー』の姿を見ていたということ

らしい。

『あれ以来、何となく頭がむず痒い感じがして……』

『……それで?』

『さっき、「ベルリン」でスキルたちが光って消えた時も』

『それも見ていたのか』

 実はワウは『ヒュー』関係の重要な場面にはずっといたらしい。あちこち出歩い

ていたのは、そういうことだったのだろうか。

『じゃあ、俺たちが光が舞う空間にいたのも?』

『うん、こうやって感じてたよ』

『そうか………』

 俺は考え込んだ。

 改めて、『ヒュー』と「ファントム」の間には何かがある。俺たちの知らない奥

底に。

 そしてそれはトランスやーーマチの形成にすら関わっている。

『ヴェンダーが、逝った時にさ』

 淡々と、ワウは話す。

『稲穂が、見えたよね』

『あぁ』

『あれって、ヴェンダーの記憶の欠片、だよね』

 俺は頷いた。

『俺が聞いて集めてるやつだ』

『実は、僕にもあるよ』

『!?』

 そう言えば、ワウのも訪ねたことは無かった。

『僕のは、自分が昔、ネコやビーバーだった、っていう記憶』

『……何だそりゃ』

『前世、みたいなもんかな』

『…………』

 俺はしばし黙った。まだ少し考えが追いつかなかった。全く、今日は新情報ばか

りの日だ。

 ワウが続けた。

『それがーー一瞬、見えたんだよね』

『……その時に?』

『うん』

『それはーーー』

『スキルも、じゃない?』

『…………!』

 図星だった。確かに最後にヴェンダーが消える瞬間、そのイメージがフッと脳裏

に浮かんだ。かつて俺の右目に角膜を移植する際、ドナーとなってくれた誰かがい

てーーそしてそれは知らない女性だった、というものだ。

『…………』

 俺は考え込んだ。

 すべてのイメージーー記憶の欠片は、『ヒュー』が見せているというのなら。

 だとしたらーー今回『ヒュー』は、トランス時と同じ様な作用を周りに及ぼした

ことになる。

 他の人は『ヒュー』の姿自体は見えなかった様だがーー記憶の欠片は、どうだっ

たのだろうか。俺のそれの様に少しでも変化はあったのだろうか。

『何かーーありそうだよね』

『あぁ…………』

 俺はフッと笑顔で息を吐いた。

 まだまだ、これからだ。

 だが、今日でようやく一世紀を経たこのマチに、何かが起ころうとしていること

だけは確かだった。

『あ…』

 ワウが声を上げた。

『どうした』

『空が……』

『?!』

 俺が空を見上げると、白々とした雲の中から日の光が数本、マチに落ちていた。

「天使のハシゴ」というやつだ。

『ほう……』

 俺の部屋の小さな窓からも見えるのだろう。

 俺たちはしばし黙って、久しぶりの晴れた朝を迎えていた。

 ひょっとしたら、このマチの天候などの変化すら、『ヒュー』が何か関係してい

るのか?という考えが少し脳裏を掠めた。だがこの壮麗な景色の前では些細なこと

だった。

 ザザッと耳の奥で呼び出し音がした。

「スキル!」

「お……」

 「ファントム」ではなく、内耳の通信機器での連絡だ。ファイからだった。

「もう入れたのか」

「ううん、とりあえずトランシーバーを借りたの」

 既に屈託のない喋り方をするファイを、俺は好ましく思った。確かに敬語は要ら

ないと言ったが、少々砕けすぎじゃないか?……俺は苦笑した。

「おはよう。今日は何処に行く?」

「……早い」

「え」

 俺はゆっくりと立ち上がった。

「結局寝なかった。……今から一眠りする。昼に来てくれ」

「えーー」

 ファイは可愛く拗ねた様な声を出した。ワザとだろうが、悪い感じはしなかった。

なので俺も猫なで声を出してみた。

「頼むよ、相棒」

「……スキル?」

「冗談だ。それより、空が綺麗だぞ」

 フッと笑いながら、俺は歩き出した。

「あ、ホントだ……」

 ファイの嬉しそうな声が脳内に響いた。

「………」

 俺は晴れ晴れとした気分で歩いていた。

 また、マチの皆に話を聞きに行こう。

 あの緑色の光と共に、何を見たか。

 それはトランス時のものと同じか。

 そこから、何かが判明するかもしれない。

 すぐにどうこうならなくてもいい。

 マチは既に一世紀待ったのだ。

 いつか、『ヒュー』にーーー届けばいい。

 天使のハシゴは、次第にその数を増やしつつあった。

「……いい景色だな」

 俺はそれを眺めながら、ゆっくりと左目を閉じた。右目だけで今の風景を目に焼

き付けようとでもするかの様に。

「えぇ……スキル」

 マチは一世紀前と同じく、静かにその身を横たえていた。



                             (  続  )


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