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#1A:「スキル」

謎の光『ヒュー』を巡るシリーズ第3弾です。

よろしくお願い致します。


 マチはもう一週間、長雨が続いていた。

 階層の下にもぐれば少しは凌げるのだが、今日は穴倉に篭る気分ではなかった。

 此処は人口数千人のマチ。

 とあるホシに何処からか訪れた宇宙船が不時着して、その周りに出来たマチだ。

「………よく降るねぇ」

 このマチでほぼ唯一のバー「ベルリン」のマスターであるヴェンダーがグラスを

磨きながら言った。ヴェンダーは小柄な白髪の老人で、このバーを取り仕切っても

う七十年以上になる。

 その白脱した瞳からは、このマチ特有の年月が滲み出ていた。

「あぁ、これでしばらく水源は大丈夫かもな」

「まだ油断は出来ないがね」

「……そうだな」

 俺はそう独り言ちてグラスのビールを空けた。

 このマチのインフラはまだまだ自然現象に頼らざるを得ない。特に水は貴重だ。

定期的に雨が降るかどこかに井戸やポリタンク入りの水でも出現しない限り、すぐ

に市民生活に響いてしまう。

 俺の名はスキル。他の多くと同じ様に、マチが始まる以前ーー不時着した宇宙船

に何故乗っていたのか、それまで何処にいたのかといった記憶は一切持ち合わせて

いない。このマチでは皆がそうだった。

 ある時気付いたら、壊れた宇宙船にいた。船体に描かれている表記からして船の

名前は「ディスカバリー」で、元は軍の輸送船だったらしい。その巨大な船体の半

分はその時から地中に埋まっていた。と言うかまるで次元転移でもしてきたかの様

に周辺部は大地と同化していた。人々はその現象を「移住」「転移」の意味で「ト

ランスファー」と呼んだ。やがてそれは略してトランス、と称される様になった。

「この分じゃ百周年も雨かね」

「まぁ特に式典も無いし、いいさ」

 トランスから一世紀の記念日はちょうど二週間後だった。

 此処が何とかマチの形を成す様になってから随分経つ。外部との通信手段も脱出

方法も無いまま、皆不思議と死が訪れること無く歳を重ねていく。眼球の色が白脱

していく以外は緩やかに、まるで死とは縁を切ったかの様に。成長の度合いは人そ

れぞれだが、皆ある程度時を経るとその進みが緩やかになる。ヴェンダーなどは百

五十歳を優に越えているだろう。

 やがて皆、自分の歳を数えるのを諦めていく。此処はそういうマチだ。

 ヴェンダーが自分もグラスに地ビールを注いで一口飲んだ。

「そういや、こないだリドリーんとこのセガレがマチを出たそうだ」

「……出られたのか?」

 ヴェンダーは白眉を寄せて首を振った。

「そうか……」

 俺は特にそれ以上は言葉を発せずグラスを傾けて次の一杯を促した。

「全く、長く生きてるとヒトの死ばかり見る」

 ビールを注ぎながら呟くヴェンダーを俺は黙って見ていた。ヴェンダー位の歳だ

と、今までに看取った死の数は四桁近くになっているだろう。

 老衰死が無い以上、このマチでの死は主に事故死、病死、そしてーーーマチの境

界での行方不明、ということになる。

 このマチの周りにはある種のフィールドがあるらしく、外には出られない様にな

っている。ひょっとして何処かにその発生装置があるのかもしれないが今の所見つ

かってはいない。その境目に触れた者は原子分解されたり、一瞬で蒸発したりする。

境界は目に見えはせず、いつも同じ場所にあるとも限らない。大体マチの外れから

百メートル程度で、そこに立った者は存在が消えてしまう。地下も空中もそうなの

で、エアジェットの使用も禁止になった位だ。

 だが若い者にとってはーー勿論マチにはトランス後に生まれた世代もいるーー自

分たちの世界がマチのみに限られるのはかなりのストレスだろう。荒れていく者も

当然いる。

 リドリーの息子は確かまだ十代だった筈だがーーただの度胸試しだったのかもし

れない。だがそれだけのことで、此処ではヒトがいなくなる。俺はヒトの親ではな

いが、その切なさは容易に想像できる。

 リドリーは電気系のエンジニアだった。このマチにとっては有用な人材だ。しば

らく仕事は頼みにくいかもしれない。一度様子を見に行った方が良いだろうか。

「………」

 いや、と俺は首を振った。湿っぽいのはあまり性に合わない。ましてヴェンダー

の様に年月を経たヒトとしての大きさ、みたいなものとはまだ無縁だった。

 俺、スキルはこのマチで探偵業をやっている。と言っても離婚用の浮気調査など

ではなく、漠然としたマチの調査、といった具合だ。上の方から無期限で依頼され

ている。

 俺の体は元々軍用に改造されたものであるらしく、元々の体は右目だけ、他は再

生技術で作られたもので割と頑強に出来ている。左目のセンサーは生体反応や動体

反応に空気濃度や毒物反応なども読み取れるし、左手には生体レーザー、右手掌に

は震動波を起こせるメタルパーツと、危険な場所に潜るのにはうってつけなのだっ

た。実際船体周辺で事故でも起こった場合にはよく駆り出される。上からすれば有

事の時の為にずっと遊ばせておくのも何なので、代わりに普段はちょっとした調査

を任せている、といった感じなのだろう。

 なぜ自分がそんな体になったのかは勿論分からない。トランス時に気がつけばこ

うだった。手術の記憶もない。だが今のところ三十代後半の外見で金髪のロング、

痩せ型の長身でこげ茶の瞳も何故かまだ白脱は進んでいない。まだ暫くは無茶が出

来る筈だ。

「ちわーっす」

 「ベルリン」という名には似つかわしくない西部劇風に上下の空いたスイングド

アを開けて配達員のキャメロンがやってきた。

「今週分でーす」

「あぁ、ご苦労」

 キャメロンは気のいい黒人青年だ。「トランス」後に生まれた新世代だが、今の

所変に捻れもせずヒョウヒョウと仕事をこなしている。勿論瞳の白脱も無い。

 キャメロンは酒瓶の入った木箱をカウンターに置いた。

「少なくて申し訳ないっす」

「ま、無いよりはいいさ」

 俺はそのやり取りを見ながらグラスを空けた。

 このマチには酒の醸造所はそう無い。醸造所だけではなく、あらゆる物資が慢性

的に不足している。だがマチのあちこち、とりわけ宇宙船の地上に突き出た塔の様

になっている部分にある無数の部屋では、不思議なことに時々モノが現れることが

ある。たまに役に立たないものも現れるが、時に食料だったり水だったり衣服やパ

ーツだったりとマチの生活を維持するのに必要なものが来る。一時期はゴールドラ

ッシュの様にヒトが集中したこともあったが、そこでもある程度の高さになるとヒ

トが消えてしまう為、今は管理地区になってそれ専用の人しか入れないことになっ

ている。そこで取れたモノは基本的には配給に回る訳だが、酒のような嗜好品の場

合はこうして酒場にも回して貰える。データ上だけではあるが、僅かながら貨幣経

済も生きてはいる。

「じゃこれで」

 とキャメロンは左手甲を差し出した。そこにはタトゥーの様な紋章がある。

「あぁ」

 ヴェンダーも同じように左手を出してその紋章同士を合わせた。お互いの掌に小

さなモニターが出てキュッとレジスター処理が成された。「ファントム」と呼ばれ

る生体的な携帯端末だ。ちょっとした通話も出来るし、マチの上層部からの情報も

それで来る。住民登録や管理も「ファントム」経由で行われている。ハードのモニ

ターや携帯端末は数が限られるし修理用のパーツも心許ないので普段はあまり見な

くなった。代わりに「ファントム」が日常的にその代わりを担っている。トランス

直後から全てのヒトに付いていたし、誰もそれを不思議には思わなかった。俺たち

は元々そういう世界の住人だったのかもしれない。

 もし誰かが意図的にこれを行っているのならーー此処が何かの実験場で、特定環

境に集団を置いて、百年もの間ジッと成り行きを観察していたのならーーなどと考

えたこともある。いや、このマチで暮らすヒトは皆一度は考えたことがあるだろう。

だが幾ら考えてみても何も変わらない。このマチでこの不条理な状況のまま、ヒト

は生き続ける。事故やよほどの病気にでもならない限り、今の所無限に近い寿命を

抱えたまま。

 そんなことをボーッと考えていた時だった。

 荒っぽい足音がした。

「あっ…と、スイマセン」

 出て行こうとしたキャメロンの肩が入れ違いに入ってきた男にぶつかって、持っ

ていた空の酒瓶が入った木箱が落ちて大きな音を立てた。

「ん…?」

 不審そうな顔を上げたヴェンダーよりも早く俺は振り向いた。明らかに何か起こ

ろうとしている。辺りに漂い始めたアドレナリンの匂いがそう告げている。俺はこ

ういう時の対処は早い。

 見たところ男はカーキ色のアウトドアジャケットを纏っているがフードに隠れた

その少し白脱した瞳の奥には薬物中毒の気が垣間見えた。数千人とはいえ、人が集

まれば暗部は確実に存在する。隠れてドラッグを製造するやつも時々いるのだ。そ

のうち出先はたどるとしてーー今は!

 俺はザッと身を翻すと男へと向かった。ジャケットに突っ込まれた手の先にナイ

フがあるのは左目のセンサーで見えていた。

「スキル、殺すなよ」

 ヴェンダーが面倒くさそうに声をかけたが構わなかった。

 その男がナイフを取り出した瞬間その手首を抑え、捻り上げつつ後ろに回って右

手のみでスリーパーを決めた。男は数秒で気を失なった。

「ひえー」

 尻餅をついていたキャメロンが埃を払いながら立ち上がった。

「相変わらずタッパの割に身のこなしが軽いっすね」

「無事か」

「えぇ……」

 俺は男を寝かせ、軽く身体検査をした。ナイフの他にはポケットに空のビニール

袋がある程度で他に持ち物は無かった。ビニール袋の中に微かに残っていた粉は左

目でスキャンすると最近マチに出回っている新型ドラッグと成分が一致していた。

「……」

 男の左手甲に俺の「ファントム」を当てて見た。軽いノイズが脳内に走る。

「……?」

 『ファントム』は身分証も兼ねている。意識がある時なら着信拒否の様に一応ブ

ロックも出来るが、こういう緊急時は外からの干渉で見ることが出来る。その辺り

はハードの身分証明証を携帯しているのと変わらない。

「……無い?」

 だがそこにはあるべき身分証の様なものは無かった。「ファントム」自体が停止

している様だった。ということは病気か何かで「ファントム」が効かなくなったの

か、元々動かず出生の届け出もない人間か、それともーーー可能性としては少ない

が、マチの外から来た、と言うことだろうか?

「どうかしたんすか?」

 キャメロンが不思議そうに聞いてきた。

 無為に悪い噂を流すのも何なので答えるのは止めておいた。

「いや…とりあえず連れて行く」

「じゃおやっさん、俺もこれで」

 出て行くキャメロンを見送りながら俺は男を担ぎ上げた。八十キロと言ったとこ

ろか。俺の体には大した重さではない。

 ヴェンダーは憂鬱そうに溜息をついた。俺は気づかないふりをして声を掛ける。

「またな、ヴェンダー」

「あぁ、また」

 俺は降りしきる雨の中「ベルリン」を後にした。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「災難だったな」

「そうでもないです」

 俺は庁舎に来ていた。

 庁舎と言っても形ばかりの、「ディスカバリー」の船体の一部の少し奥まった場

所にある数部屋の部署だ。

 俺が話しているのは元上司のパトリス。外見は旧ゲルマン系で四十代の屈強な体

つきをした生粋の軍人だった。

 パトリスとはトランス以来の付き合いになる。あの時目を覚ますと、目の前にこ

の人がいて俺を見つめていた。直感的に自分の上司なのだと思った。あれは宇宙船

の一部が天に向かって伸び、バベルの塔の様になっている部分にある部屋の中での

ことだった。書籍に埋れていた俺を、パトリスは力強く助け出してくれた。あれか

ら一世紀。今では一応指導者的な立場の一人になったパトリスから今の探偵業を頼

まれた時も、俺は二つ返事で引き受けた。

「届け出をせずに子供が生まれるのは防ぎようが無いとしてーー」

 俺は先程の報告をしていた。

 パトリスは簡素なスチールのデスクに片肘をついて眉根を寄せた。

「外から、というのはどうなんだ」

「可能性はあると、前々から俺は思っています」

 俺はまっすぐパトリスを見て言った。本心だった。

 あちこちで話を聞いている限り、そういう噂は人々の中に一定数存在する。

「問題は、それが何処からどうやって、です」

「まあ待て」

 パトリスは苦笑いをしながら言った。

「百周年も近いのだ。その辺は慎重にな……」

「心得ています」

 俺も勿論、確かな証拠がない限り大っぴらに発表などすべきではないと思ってい

た。

 だが…そういう噂が既に一部で広がりつつあるのも事実だ。

「なら良いんだが…」

 パトリスは椅子にもたれて一息ついてから顔を上げた。

「時に、助手は欲しくないか。女性とか」

「カワウソがいます」

「ペットではなく、実務的なのは」

「どうでしょう」

 パトリスが考えていることは分かる。俺に見合いよろしく相手を押し付けようと

言うのだろう。

 単にお節介というだけではなく、パトリスは上層部の一人としてマチの人口を気

にしているのだ。実はトランス後五十年の間はマチに子供は生まれなかった。この

まま自分たちは滅ぶのではないか、と皆が危惧していた。だが自身がそう死ぬもの

でもないことが分かり始め、マチも妙な倦怠感に包まれつつあった五十年後、よう

やく子供が生まれる様になった。そこから新世代は徐々に生まれてきつつあるもの

の、それでもマチでは緩やかに人口が減っている。理由は明白だ。本来子孫を残そ

うという欲求は自身が死んでしまうから発生するものだ。死がやってこないことが

日常であるこの場所では、そういう欲求は少なくなっていくものらしい。一応歓楽

街もあるにはあるが、そう流行ってはいない。娼婦とて、外見が魅力的であっても

その人格は老人であることも多いのだ。

 かく言う俺も随分ご無沙汰だが、俺の場合性欲の減退は再生手術によるものでは

ないかと思っている。出来るには出来るが、それは快感とは微妙に違うものだった。

「……まぁ、考えておいてくれ」

 パトリスは意味ありげにニヤリと笑いながら言った。

「はぁ…」

 俺はそう答えるしかなかった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「ふう……」

 雨の中俺は歩いていた。

 「ディスカバリー」の船体中央には巨大な亀裂が走っている。その両側には階層

状になったマチが形作られている。百年の間に、マチは改造を繰り返しここまでき

た。

 俺の部屋は亀裂の向こう側の外れなので濡れていくしか無い。止む気配のない長

雨は、やはり気分を憂鬱にさせる。

 このマチでは天気だけではなく、よく環境も変わる。普段はマチを取り巻いてい

るのはクルブシの高さ位の草地だが、ある時はゴツゴツとした岩場だったり、海だ

ったり、雪原だったりになる。そしてその変化の瞬間を見たものはいない。一晩寝

ると、もしくは瞬きする間に、周りの風景が変わっている。マチにモノが突然現れ

たりするのと同じ様に、その変化をコントロールは出来ない。死なないことも、マ

チを出られないことも全てーー此処はそういうマチなのだ。

 俺は雨の中階段を降りていた。節電のためエレベータが止まってから既に数十年

になる。若者たちが作った滑り降りる用の棒やロープも所々にはあるが、今はそん

な気分ではなかった。

 それでも俺のジャケットは防水なので、雨の中歩くのも特に気にはならなかった。

「………」

 見上げると、巨大な亀裂の向こうで白んだ雲が霧のように漂っていた。

 何となく俺は立ち止まった。

「………」

 こんな時、俺は左目を閉じてみる。

 唯一自身の体で残った右目だけで、世界を見る。

 だがこの目も、角膜は他の誰かのものだ。

 それを、俺は知っている。

 そうーーートランス以前の記憶の欠片。

 このマチの人々は、それを持っている。

 皆が心の中にそれぞれ、静かにそっと持ち続けている。 



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 長雨の中自分の部屋に戻ると、カワウソのワウが窓際で腹を上にして寝そべって

いるところだった。

 一瞬死んでいるのかと思ったがよく見ると小さな胸が微かに上下していた。

「……野生は無くしたか」

「む?」

 ワウはつぶらな瞳をこちらに向けた。

「大丈夫、危険があれば真っ先に逃げるから」

 そう言うとワウはまた目を閉じて人間っぽい仰向けの寝姿に戻った。

 ワウはカワウソだが、言葉が話せる。と言ってもどうやら話すのは俺に対しての

みらしい。もしかすると俺が動物の意思を感じ取れる特殊能力があるのか、などと

思ったこともあるが彼に言わせると「僕の方がスキルに意思を伝える超能力がある

のかもよ」だそうだ。

 出会ったのはトランス直後、何故か覚えていたこの部屋に戻った時だった。ドア

を開けるとワウはベッドに座って俺を待っていた。「やあ」と、さも居るのが当然

かの様にそこにいた。最初はカワウソ、と呼んでいたがやがて短くなってワウにな

った。

 あれから一世紀近く。ワウもカワウソにしては長すぎる寿命を生きている。

 既に腐れ縁というか、長年連れ添った相棒の様になっている。いつかはどちらか

が死ぬこともあるのかもしれないが、このマチではそれはいつになるのか分からな

い。

 時々は部屋を出てアチコチ歩き回っている様だが何をしているのか俺は知らない。

「ところで……」

 ワウが目を閉じたまま口を開いた。

「あん?」

 見ると、ワウの尻尾がピコピコと寝室のドア方向を指し示している。

 俺の部屋は元は殺風景な十平米程度の兵士用の部屋だったのを二つ繋いで使って

いる。マチの部屋は元輸送船だった宇宙船らしく、人員が泊まる部屋は狭く簡素だ。

窓も細く小さなものしか無い。この部屋にもう百年近く住んでいる訳だが、今の所

特に問題はない。

「女が訪ねてきたよ」

「……誰だ」

「さぁ」

 俺はドアの方を見た。

「……まさか入れたのか?」

「いや、勝手に入ってきた」

「………」

 そう言えばワウは普段よりも小声で話していた。

 俺は素早く左目でそちらをスキャンした。

 壁の向こうに生命反応が一つ。一七〇センチ、五五キロの均整のとれた肉体の女

性だ。腰には拳銃が一つ。今では珍しいリボルバーだ。まだ抜かれてはいない。向

こうもこちらの様子を伺っている。

「……誰だ?」

 片手は腰の銃にかけたまま声をかけた。

「あの……撃たないでもらえます?」

 壁向こうのシルエットが立ち上がり、ドアがゆっくりと開いた。

「…………」

 俺は警戒したまま彼女を迎えた。

 手を挙げた彼女は旧東洋系の顔立ちでまっすぐな黒髪を伸ばした、凛とした意思

的な黒い瞳の持ち主だった。外見は二十代後半、服装からするに軍人……というか

今ではこのマチの上層部とそれに属した警察的な立場の人間らしかった。おそらく

新世代だろう。

 そう言えば……先程パトリスが意味ありげな笑いを浮かべていたっけ。多分俺の

部屋のパスを与えたのだろう。

 彼女は割と大人びた声で言った。

「上から言われて来たのですが」

「らしいな」

「はい」

「……助手の件ならまだ承知はしていないが」

 彼女はクッキリとした瞳をパチパチとさせた。

「それは聞いてなくて」

「それに勝手に入るな」

「入って待ってろと言われたので、すみません」

 彼女は全く悪びれなかった。

「あの……」

「何だ」

「手、下ろしていいですか」

「……あぁ」

 彼女は下ろした右手を差し出した。

「ファイと言います」

「スキルだ。あいつはワウ」

 俺は彼女の手を握って窓際の方を指し示した。

「あなたの名前は聞いています。ペットがいるとは聞いていませんでしたが」

 ワウがキシッと歯を鳴らしたが放っておいた。「ペットですと!?」と言ったの

だろう。

 彼女は気にしない風で言った。

「差し当たって……」

「ん」

 ファイはようやく笑顔を見せた。

「何から、始めましょうか?」



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 雨の中、少し出歩くことにした。

 助手など面倒だが一応パトリスを立てておく方が良いと思った。

 それにパトリスは俺の性格を知っている。そこまでバカな人間を押し付けること

はしないし、現に先程から見ているが変におせっかいを焼く風でもない。無駄口に

夢中になることもない。今のところ特に邪魔にはならなかった。

「ここは見たことがないですね…」

 マチの階層の下に入るとファイは持っていた傘を閉じながら言った。

「時々自分の行きやすい様に改装する奴もいるしーーー」

「マチ自体が変化することもある?」

 ファイは納得したように呟いた。

「……そうだ」

 俺たちはマチの割れ目の向こう側に入っていった。

 このマチではよく変化が起こる。天気や周りの環境だけではなく、マチと地面の

境目なども知らないうちに変わっていることがある。なので船体の下部が地面と同

化している場所にはあまり人が立ち寄らない。神隠しでもあった様にヒトが消えて

しまうからだ。

 しばらく階層を下がった後、俺はマチの外れのD地区の隔壁の向こうを軽くスキ

ャンした。特に生命反応は無い。隔壁より先の空間は立ち入り禁止区域になってい

る。マチのあちこちにはこういった区画がある。あまりヒトが来ないので不要なも

のを廃棄していく者もいる為、瓦礫の山になっている場所もある。

「いつもこうしてチェックしているのですか」

「来た時はな」

 その時、背後の瓦礫でヒトの気配がした。

「……!」

 振り向くと、誰かが瓦礫の上から開いていた換気口に潜り込んでいくのが見えた。

 すぐにサーモスキャンしたがこの存在感は子供だ。この辺りに来てはいけないと

いくら言ったところで子供は何処にでも入り込む。俺が舌打ちをして注意しようと

した時だった。

「ダメでしょう!」

「!」

 俺より早く、ファイが穴の下に走って行って叫んだ。

「ここに来ては絶対にダメ!」

「あなたが消えたら、悲しむ人がいるのよ!」

 悲痛な叫びだった。

「まずそれを、考えて!」

 壁の向こうの生命反応は一瞬止まり、そしてまた奥の方へと進んでいった。特に

怪しい気配では無かった。

「………」

 俺はファイの方を見た。少し思いつめたような、そんな表情だった。もしかした

ら前に家族でも亡くしたのかもしれない。マチにはそういうヒトが大勢いる。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「先程はすみません」

 俺たちはその日は調査を切り上げて晩飯がてら船体の外にある歓楽街に出ていた。

 地面と同化した「ディスカバリー」の周囲にはそういった店や商店が立ち並ぶ地

区がある。俺たちはその一角の小さな屋台でチャイニーズとビールで時を過ごして

いた。

 相変わらず雨は粗末なテントの屋根を弱く叩いている。

 既にファイは冷静さを取り戻していた。

「無駄に命を落とすの、許せなくて」

「………」

 俺は口角を少し上げただけだった。湿っぽい話はどうも上手く対処出来ている気

がしない。

 ファイは少し哀しげな笑顔を見せた。

「詳しくは、聞かないんですね」

「ん……」

 俺はビールを飲み干しながら彼女にそっと目をやった。目線を落とすと、均整の

取れた肢体とそれに似つかわしくない腰の裏のリボルバーが目に入った。実は最初

にスキャンした時から気になっていた。かなり昔のものだ。今はリボルバーなど使

う人間はいない。

「あ……これ?」

 ファイは俺の視線に気がついて腰からそのリボルバーを抜いて見せてくれた。

「ほう……」

 俺は彼女の手の上のリボルバーを見つめた。

「……触っていいか?」

「どうぞ」

 俺はリボルバーを握ってみた。しっくりと馴染む感じだが三八口径なので俺の手

には少し小さい。見た所普通のリボルバーだった。少し古びてはいるがよく手入れ

されている。スキャンしたが火薬も問題なさそうだ。

「母親の形見、だそうです」

「形見……」

「えぇ。幼い頃に亡くなったのであまり記憶はありませんが」

「そうか……」

 彼女はおそらく新世代なのだろうが、今何歳なのだろう。このマチでは、それは

聞くなり「ファントム」を付き合わせるなりしないと分からない。外見とは違うの

だ。

「……どうも」

 俺はリボルバーを返した。

 彼女は大事そうに受け取って腰の裏に戻した。

「………」

 俺はその動作を何となく見つめていた。割と魅力的な肢体と顔だとは思う。だが

今の俺にはそういう欲求は少ないーーと言うかパトリスには悪いが彼女とどうこう

なろうと言うつもりは毛頭無かった。

 そもそもトランス後の新世代ということは、親と子どころか二世代以上歳が離れ

ている場合が殆どなのだ。

「じゃ、俺はこれで」

「え……」

 立ち上がった俺にファイは不思議そうな顔を向けた。

「え、とは」

「これからどうするのですか」

「帰って寝るよ」

「わたしは」

「帰りな」

「既に部屋を引き払っているので……」

「………」

 俺はしばし止まった。まだ彼女の性格が良く分からない。天然なのだろうか。こ

れもパトリスの差し金なのか?

 その時、俺の左目は彼女の背後の暗がりでヒョイと通り過ぎた影を捉えていた。

「………!」

 あれはーーワウ?



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 その日はファイを寝室で寝かせて俺は外に出た。

 まだ小雨は続いている。

 傘も刺さずに俺は「ディスカバリー」の巨大な船体の上に出た。

 数キロに及ぶ巨体は雨に煙り、静かな山のようにその身を横たえていた。至る所

に雨水を取り入れる為の穴も見える。

 目の前に広がる大きな亀裂の両サイドにはヒトが暮らしている微かな明かりが点

在していた。

 そしてその向こうには船体の周りのマチ、更にその向こうは普段の草原が広がっ

ている。

 普通に何処までも行けそうだが、少し離れるともうそこは死の世界だ。だからこ

のホシの向こう側がどうなっているのかは、誰も知らない。船内に僅かに残る機器

も俺の左目も、このホシがどうなっているのか、そして宇宙の何処にあるのか教え

てくれることは無い。

 静かに、雨が降っていた。

 俺はこの場所に時々来る。

 まるでこのマチでの、自分の立ち位置を確かめるかの様に。

 俺はまた左目を閉じて右目だけでマチを眺めた。

「………」

 俺は振り向いて後ろに立っている船体の一部ーー塔の様に細長く天空へと伸びて

いる箇所を見つめた。特にライトアップもされていないゴツゴツとしたその塔の先

は、今は厚い雲に隠れている。晴れた時には何処までも続いている様に見えるが、

その先を見通す術は無い。外壁を登っていたとしても、途中の見えないマチの境界

にいずれブチ当たってしまうからだ。

 中の無数の部屋では、昼夜交代でそこに現れる物資を調達する任務の人達が今も

作業をしている筈だ。何かで消えてしまっても良い覚悟を決めた人たち。彼らはど

んな気分で日々仕事を続けているのだろうかーーー。

 そして俺も、トランス時にはあそこにいたのだーーー。

「スキル」

 ワウの声がした。

「おぉ、どうした」

 ワウが濡れた船体の上をペタペタと歩いてきた。いつの間にか雨は小雨になって

いた。もっとも、カワウソなので濡れたからといって騒ぐことはない。

「あの女、ずっといるの?」

「あぁ、会ったのか」

 何処か出歩いていた後、部屋に戻ったのだろう。俺の部屋には犬が通れるような

小さな出入り口が隠してある。不用心だが盗られて困るようなものも特に無い。

「意外とイビキがうるさかったよ」

「そうか……」

 俺は苦笑しながら雨に濡れたマチを眺めた。

 静かに、夜が更けていった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 次の日も、結局雨が続いていた。

 普段も急に天候や景色が変わることはよくあるが、こんなに雨が降り続くのは恐

らく初めてだった。

「こりゃあ何かの前触れだよ」

 聞き込み中にマチの船体外で出会った老婆は言った。老婆と言っても実際は同じ

歳の場合もあるので一概には言えないのだが。

 老婆はエスニック風の格好で自分を預言者だと言った。

「さて、何が起こるのかな」

 不審そうなファイを横目で見ながら俺は言った。

 今朝部屋に戻ったら俺の手製の簡易シャワーの使い方が分からず半裸で悩んでい

たところに俺が入っていったのをどうやら根に持っている様だ。

「キィ」

 ワウが側で何か言った。「僕は裸見たよ」とでも言ったのだろうか。特に羨まし

くもない。

 今日は何故かついてきてはアチコチキョロキョロしている。

 老婆は意味ありげに目を細めて言う。

「終わりの、始まりさ」

「ほう」

 大体予言というのは悪いことしか言わないと相場は決まっている。こんなマチだ

し毎年今年こそ何かが起こる、といった噂は常にある。

 因みにこのホシは季節はその時の環境ごとに変わるので存在しないが、一応昼夜

はある。二十三時間強でサイクルしているのでそれを一日として、後はある程度の

区切りで一年として時を刻むことにしている。

「あの……行きませんか」

 腕を組んだままのファイがこちらをジロリと見ながら言った。

「まぁまぁ……でこれは俺の趣味なんだけど」

 俺は老婆に顔を近づけてコソッと聞いた。

「あなたの記憶の欠片は?」

 老婆が目を丸くした。


「何ですか、あれ」

 老婆にお礼を言って別れた後、ファイが聞いてきた。

「あぁ……俺の趣味だよ」

「それは聞きました」

「……」

 肩のワウが俺の顔をちょいちょいとやった。

 俺は歩きながら横目でファイの方を見た。相変わらず俺を睨んでいる。俺はその

ままそっと視線を下ろした。確かに魅力的な肢体ではあるのだろうが……

「何だか目つきがーー」

「あ、いや……」

 俺は苦笑した。いくら魅力的な肢体だからといって、今の俺にはそうそう反応す

る程の性欲は無い。

「記憶の欠片、っていうのはな……」

 ワウが目をパチクリとさせた。「あ、言うんだ」位の感じだろうか。

 俺は話し出した。

 マチの調査、と漠然と言われて日々漠然と過ごしていた俺ではあるが、そのうち

にマチの人々の中にそれぞれトランス以前の記憶の欠片が微かに残っていることを

知った。俺の場合は、残った右目の角膜を誰かに貰った、というもの。俺は人々の

記憶の欠片を集め、本人の許可を得られたものはネットに上げている。ネットと言

っても外の世界とは全く繋がっていない、「ファントム」を通したこのマチの中だ

けのものではあるがーーー上げたものは専用のページで整理されていて「ファント

ム」を持っていれば誰でもそれに触れることが出来る。

 因みにごくたまに、事故や病気で「ファントム」を失ったり機能を無くしたヒト

もマチにはいる。新たにその機能を付加する再生手術も無いではないが、このマチ

では高価な部類の作業になる。なのでそういうヒトは残念ながら情報に触れること

は出来ないのだがーー

 とにかく、上げた情報は多くのヒトの目に触れ、また新たなそれぞれの書き込み

をも呼び込んでいる。今の所その情報同士が繋がって新しい何かが判明する、とい

う事象は発生していないのだが。

「聞いたことはあります」

「新世代のファイにはそういうのは無いだろうがーーーアドレス、教えようか」

 俺は手を差し出したが、ファイは自分の左手甲に触れてその掌に小さなモニタを

出し自分で検索している様だった。

「………」

 俺はそっと手を下ろす。必要ない…か。

「なるほど……」

「読んでみると、結構面白い」

「……そうですね」

 ファイはその黒い意志的な瞳をじっと手元にやっていた。

「……ところで」

「ん?」

 ファイは俺の方に左手を差し出した。

「連絡先、聞いておかないと」

「………」

 俺は少し考えてから左手を差し出した。

 お互いの「ファントム」が触れるとそこに少し光が灯った。

 ワウがキィと声を上げた。

「ん……」

 「ファントム」での情報交換は、基本的にハードの携帯端末の情報共有と同じだ。

相手に番号の様なパスを渡す。なんでもスルーではなく、渡してOKなものだけ。

頭の中で指示すればすぐに済む。

「……ありがとうございます」

「緊急時以外はあまりかけるな」

 ファイは不思議そうな顔をした。

「何故?」

「そりゃあ……」

 俺はまた雨の中、歩き始めた。

「面倒だからさ」

 ファイの片眉が上がったのが分かったが気にしなかった。

「……!」

 その時、「ファントム」を通して連絡が入った。頭の中にピピッとベルが鳴る感

覚だ。

「行くぞ」

 何か言いたげなファイを置いて俺は踵を返した。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「ごぶさたね」

 娼館「カサブランカ」に着くと、娼婦のキャスリンが待っていた。

 「カサブランカ」はマチのほぼ唯一の娼館だ。船体外の歓楽街とは別で、船首の

方の奥まった場所にある。勿論俺も世話になったことはあるし、多種多様な人間が

来るので情報源としてはうってつけなのだった。もっとも、全体の肉体も精神も年

齢が高いこのマチでは、流行っているとは言い難い。客は日に数人程度だろう。娼

婦も経営込みで仕事をしているキャスリンとあともう一人位しかいなかった筈だ。

「こういうところ、来るんですね」

 ファイがジロリとこちらを睨んで呟いたが気づかないフリをした。

「今日はどうする?」

「まぁそっちはまた……何か情報か?」

 キャスリンは外見は俺と同じくらいの三十代後半、少し肉がついた体が良い色気

を出している。もっともかなり白脱した瞳から察するに年齢はかなりいっているし

そもそも姉御肌の性格なので、俺も頭が上がらない。

「さっきの客が言ってたんだけどさ……」

 キャスリンは俺の肩にしなだれかかりながら言った。後ろでファイがまた片眉を

上げた。

「こないだの午後、西の外れの草原でヒトを見たんだとさ」

「ヒト……」

「全身がボウっと光った少年だったって言うけど」

「ほう……で?」

 キャスリンは目を閉じて唇を突き出した。

 いつものことなので俺は軽くキスをしてやった。先程まで何を咥えていたのか分

かりはしないが、まぁいい。

 だがその時、後ろのファイが息を飲んでいるのが俺は少し引っかかっていた。

「ん……それで?」

「そいつ……」

 キャスリンは俺に半身を預けたまま言った。

「明らかにマチの外にいたんだってさ」

「へぇ……」

「それ、前にあんたが言ってたヤツだろ」

「そうだな……」

「それ……」

 ファイが割って入ってきた。

「どういう少年ですか?顔は?肌は?髪の色は?」

「え、何……ってあんた誰よ」

 キャスリンは俺の手をガシと掴んで言い返した。フクヨカな胸が二の腕に当たる。

こういう時の女性の妙な対立感は、一体何なのだろうかと俺は時々思う。負けずに

ファイもズイと顔を近づけて言った。

「わたしは、この人の助手です!」

「え、まだ見習い……」

「はぁ?」

「じゃあ、偉そうなこと言いなさんな」

「誰が偉そうですか」  

「あんたがだよ、小娘」

「ま、まぁまぁ……」

 俺はそっと間で壁になった。両側でキイキイ言う声が聞こえた。

 いつの間にかカウンターに移動していたワウが同じくキィイと鳴いた。恐らく呆

れていたのだろう。


 

   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 娼館の空いている一部屋を借りて手当することになった。

 俺の両頬には二人に引っ掻かれた傷が付いている。

「なんだあの女たちは」

 側のテーブルにちょこんと座ったワウが一言語った。一応ワウはオスだ。だが俺

と同じくそう性欲は強くはないし、あったとしてもマチに他にメスがいるとは思え

ない。その辺はどう処理しているのだろう。

「まぁ、元気なのはいいさ」

 俺はそう答えた。本心だった。

 このマチでは外見が年齢並みの新世代を除いて殆どのヒトが精神的には老人と言

っていい。その歳まで無駄に血の気が多くトラブルを起こし続ける気力があるヒト

は少ない。

 ドアが開いてファイが救急キットを持って入ってきた。

「…誰かと話してました?」

「いや……独り言、かな」

「大丈夫ですか」

「……精神的に、ってことか?」

「…いや、頬」

「あぁ…」

 見るとテーブルのワウはそ知らぬ顔をしている。俺以外の前では大抵そうだ。「

色々と面倒でしょ」ということらしいが、その真意は分からない。

 ファイは俺の横に座って作業を始めた。

 俺は一息吐いた。

「で…」

「何ですか」

「俺のところに来たのは、本当はファイも誰か探してるからか」

 俺の頬にパッチを貼っていたファイの手が止まった。

「…はい」

「子供か?」

 ファイは悲しそうに笑んで首を降った。

「弟です。子供の頃いなくなって…」

「そうか…」

 俺はそれ以上突っ込んで聞こうとは思わなかった。

「キャスリンが言ってたやつは、恐らく違う」

「…そうですよね。もうかなり前の話だし」

 ファイは少し俯いた。

 ワウがクーンと鳴いた。慰めるかのような仕草だが、その目が俺に「さぁ、スキ

ルも」と言っている。俺は心の中で少し舌打ちしてからしばし考えた。

「でもまぁ…」

「え?」

 俺は自分でもどうかと思ったが夢みたいなことを語った。

「このマチじゃ、何でも起こる。諦める必要なんてないさ」

「……」

 ワウが小さくため息を吐いた。

 ファイはそれ以上、何も言わずに俺のもう片方の頬にパッチを貼っていった。

 俺はこっそりと苦笑しながら、先程キャスリンが最後に言った言葉を思い返して

いた。

 「その光る少年は、既に何人もが見ているーーー」。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 それから数日、俺たちはマチを彷徨っては人々の話を聞いた。

 相変わらず雲はどんよりと立ち込め、雨は激しく降る時もあれば小雨の時もあっ

た。

 ファイはずっと俺の後を付いてきている。当初はすぐに飽きるだろうと思ってい

たが、あの光る少年の情報が彼女を駆り立てている様だった。

 俺はそうそうすぐに何か始まる訳ではないと思っていた。この先何十年かかって

も何も起こらないかも知れない。それでも、何か打ち込めるものがあるというのは

このマチでは幸せなことだ。

 ファイ用の部屋は、俺の部屋の近くを借りた。運良く船体外に商店を開くという

人間がいたからだ。ワウはようやく落ち着いて俺と話せるなどと言っていたが、二

人でいたとしてもそうそう話し込む関係ではない。

 そう言えば今朝はワウの姿を見なかった。

「久しぶりじゃな」

 今日は船体上部の塔の基部にある情報センターに来ていた。出迎えたのはここの

室長ーーと言ってもたった一人の部署なのだがーーのソダー。真面目なラテン系の

老人で、このマチの「ファントム」を介したネット環境はほぼこの人が作った。

 出会いは「トランス」後の混乱期、「ファントム」をネットに繋ぐ為に此処の装

置を組み上げようとして失敗し内部で感電しそうになっていたソダーを俺が助けた

時になる。あれ以来、何かと情報をくれるので助かっている。

「何か見つかったか?」

「そうだな……そちらが例のお嬢さんか?」

 ソダーはこのマチには数少ないハードの空間モニターが10台ほど並んだ専用の

デスク前でイスを少し回して肩越しに言った。その後頭部にはボウっと光る紋章が

あり、無線で装置と繋がっている。

「あ……助手のファイです」

「まだ見習いだけどな」

「ほぉ」

 ファイが後ろで不満げな顔をするのが分かったが無視した。

「最近、あちこちが調子悪くてな」

「それはここ数十年同じだが」

「まぁな……でも」

 ソダーは並んだ中の一つのモニターを指し示した。見ると何かの表示が黄色から

赤へと変わろうとしていた。映っている表示群が何なのか俺には相変わらず全く分

からないが。

「…これは?」

「マチのシステムの結構重要な箇所だ。ここが効かなくなると「ファントム」でマ

チの皆にこちらから緊急のデータは送れなくなる」

「そうか……対策は?」

「これと言って無い。せめて動力が安定すれば各パーツへの負担は減るんだが」

 ソダーは「お手上げ」とでも言うように掌を上に上げて見せた。

 このマチの動力源は「ディスカバリー」の外壁をなす素材部で作られる。ソダー

が言うには何らかの外燃機関で、どういう原理か分からないが取り敢えずの電力は

そこから得られる。だがそれは時に不安定なので日常的に膨大な電力を必要とする

ものはマチではどんどん衰退していった。照明などは早いうちに太陽光発電に切り

替えられていた。原理が分からない以上いつ止まってもおかしく無いし、止まれば

修理できる人間はいない。このマチはそういう危ういバランスの上で成り立ってい

るのだ。

 その点、「ファントム」は生体的なものなので生きている限り切れることはない。

ただの通信器に毛が生えたもの程度だった「ファントム」をより有効に活用するた

めにソダーがこのマチの中のみのネット環境を作り上げた。外の世界には繋がらな

いが、このマチでの生活には何かと役立っている。

 と言ってもソダーに言わせればそれすらも偶然の産物だったらしい。「ファント

ム」を研究していたごく初期に偶然何かで繋がったのだという。

「原因は、何なんだろうな……」

 呟いた俺にソダーは言った。

「神様の気まぐれ、かな」

「ほう」

 ソダーは笑った。

「我々がどこまで生かされるのかは、神のみぞ知る」

 俺も釣られて少し笑った。

「……ところで」

「例の話か」

「あぁ」

「お嬢ちゃん、ちょっとおいで」

 ソダーがファイを呼び寄せた。

「お嬢ちゃんという歳でもないのですが……」

 ソダーが指を動かして大きめの空間モニターを移動させてデータを呼び出す。

「これがここ最近の生命反応データ」

「見れるんですね」

「ネコや鳥も含めたざっくりしたやつだがな」

「……で?」

 ソダーはモニター前で指をパパッと動かした。連動してモニタ内が切り替わる。

「スキルの言う時間帯、西の草原には生命反応は無い」

「そうか……」

「今までと同じだな」

「ふむ……」

「あの……」

 ファイが口を挟んできた。

「もしかして、ずっと前から、光る少年の話はあったってことですか」

 俺とソダーは顔を見合わせた。ソダーもファイが割と勘が良いのに好感を持った

様だった。

「スキル、言っていいのか?」

「そりゃあ……」

「何ですか?」

 ファイはまっすぐ俺を見ている。

 俺は呟くように言った。

「実はトランス直後から時々ある」

「えっ」

「実は俺もここ数十年位で聞いたんだが」

「それは……」

 ファイは目を丸くしてしばらく考えているようだった。

「……上は、隠しているんですか」

「まぁ……そうでもあるし、そうでもない」

 俺は曖昧に言った。パトリスたちもその噂位は知っているだろうが、あえてコメ

ントを出したりはしていない。一見放任主義だがそれなりにマチの治世に苦労して

いるのは俺も分かっている。トランス後の混乱期から今に至るまで、ただでさえ訳

の分からない状況下で存在の分からないものに対して発言することは俺でも敬遠す

る。

 ファイは不満げだった。

「それはどういう……」

「で、本題はここからだ」

 ソダーは遮る様に指を動かしてデータを次々に出していく。

「知っての通りマチの境界は普段何の反応も無い。だから誰かが近づいてもこっち

は警告出来ない訳だが……」

「ふんふん」

「だがその時間帯、新しいフィルターを通してみると……」

 今までの西の草原あたりの俯瞰図に新しいレイヤーが加わった。

「一瞬だが反応が見えた」

「……!」

 俺とファイは覗き込んだ。確かにその時刻、その場所に一瞬、波のゆらぎのよう

な壁が出現している。

「本当だ……」

「今はただこれだけだが……」

「例の少年は、やはりただの幻覚とは言い切れない」

「そういうことだ」

 ソダーは頷いた。

「了解だ。なら話は変わってくる」

「だな」

「このことはパトリスには?」

「さぁ、どうしようかと思っていたところだ」

「少しの間、黙っておいてもらえるか?まだ色々ありそうだ」

 何故か俺はそう言った。何の確信も無かったが、俺の微かな勘の様なものだった。

「あの……」

 ファイが俺の方を向いた。

「わたしがそれを、報告するとは思わないんですか」

「………」

 ファイは俺の方をまっすぐ見ていた。

 ソダーと俺は顔を見合わせた。

「……思わないさ」

「何故」

 俺はソダーの方を向いて言った。

「ソダー、出してもらえるか」



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



「これは……」

 出されたのは、昔の映像データだった。

 日付は四十年前。膨大なログの中から、ソダーが探り出したものだった。

 その日、マチの周りは海だった。子供達が波打ち際ではしゃいでいた。その中に

子供のファイがいた。子供のファイは必死で誰かを探していた。弟がいなくなった

のだろう。

「………」

 ファイは辛そうにしてモニターを見つめていた。

「その十分前だ」

 ソダーが再び空間で手を動かした。

「あ……」

 別角度の斜めになった映像の一部にズームすると、黒髪で前髪をまっすぐに切ら

れた男の子が映っていた。彼はどこから見つけてきたのか浮き輪に乗ってはしゃい

でいた。そして少し沖に流され、瞬間で消えた。それに気づいた者はいなかった。

「どうして、今……?」

 ソダーは哀しそうに言った。

「当時はサーバーも不安定だったしな……ヒトが消えるのは当たり前で誰もこうい

うものを探そうとはしなかったんだろう」

 このマチでは死後にはそのヒトの残したものは数点の形見を除いて回収される。

この映像は砂浜で偶然回っていた誰かのカメラに残っていたものだった。

「余計なことだったかもしれないが……」

 俺は極力感情を抑えていった。こんなことで取引めいたことをしようとする自分

に少し嫌悪感もあった。だが、今回ファイの歳が実は五十近いことも分かった。た

だの若造ではなく、それなりの大人として見るべきだった。

「いえ……見られて良かった。これ、もらえますか?」

「あぁ」

 ソダーが片目で瞬きするとそのデータは「ファントム」経由でファイに送られた。

「………」

 ファイは目を閉じて脳内でそれを確認している様だった。

「……了解。少しの間は黙っています」

「すまないが、よろしく」

 俺はそう言った。小さな罪悪感がまだゆらりと纏わり付いていた。

 モニターがピピッと音を立てた。

「スキル」

「ん?」

「第三倉庫で例のドラッグの反応だ」

「!」

 この間の中毒者が持っていた成分データは既に上層部やこちらに上げていた。

「じゃ、行ってくる」

 俺は情報センターを飛び出した。

「あ……スキル!」

 ファイが後ろから声をかけたが構わなかった。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 第三倉庫は船体後部の寂れた地区にある。側には商店も少なく、犯罪の温床にも

なっていた。既に上層部所属の部隊が集結していて取引していたチンピラたちは逮

捕されていた。

「………」

 俺は倉庫の裏口を調べていた。

 俺の左目は、雨の中微かに残っている複数の足跡を捉えていた。まだ残党がいる。

もしかしたらそちらが本命なのかもしれない。先程逮捕されていたのは下っ端だ。

恐らく首謀者はまだ若い新世代だろう。この閉鎖された環境下ではヒトが捻じれず

に生きていくのはそれなりの資質を必要とする。

「………!」

 なるべく音を立てずに警戒しつつ歩いていると「ファントム」で通信があった。

左手にモニターは出さず、脳内だけで答える。相手はファイだった。危険なので来

るなと言って別れた筈だ。

『何故私を置いていくのですか』

 脳内だけで返した。

『まだ死ぬには早い』

『訓練は受けています』

『ヤク中を舐めるな』

『弟をダシにしたからって、何でも言うことを聞くとは思わないで下さい』

『……!』

 左目で感じるファイの反応は割と近くだった。

『来るなと言ったろう』

『協力します』

 チッ、と俺は歯噛みした。ファイの方に生命反応が五つ、近づいていたからだ。

あのヤク中達ならマズい。

 微かに銃声がした。ファイが発砲したのだ。位置は二つ壁を越えた向こうだった。

「!!」

 俺は右手を構えた。掌がヴーンと音を立てた。振動波を起こせるメタルパーツだ。

 ガッ!

 壁を抜いた。普段はなるべく船体は傷つけない様にしているが今は緊急事態だ。

壁の向こうでは銃撃戦の反応が続いている。ファイはまだ健在で撃ち返している。

ヤケになっていると言うよりは正確に狙い撃っている感じだった。持っていたリボ

ルバーではなく、最近新しく持ち始めたオートの反応だった。

 ガガッ!

「ファイ!」

 二枚目の壁を抜くと、そこには倒れた四人のチンピラ風の若者とファイがいた。

一人は壁と一緒に吹っ飛んで気絶していた。驚くことに、先に倒れた三人は全員生

きていた。ファイは太腿や肩など、生命に関わらない場所を正確に撃ち抜いていた

のだ。

「ほう……」

「舐めないで下さい」

「了解……う!」

 ピピッと電子音がした。

 ガンッッ!

 突如爆発が起きて辺り一面に粉が舞い散った。マズい、罠かと思う間もなく気管

に粉状の例の新型ドラッグが入り込んできた。

「ファイ!」

「だ…大丈夫……」

 そういうファイも既にドラッグが効いているのだろう。倒れ込んで荒い息をして

いた。毒には強い俺の視界も、かなり歪んでいる。救助要請は「ファントム」を通

して行った……筈だがこの状態ではいささか不安だった。

「クッ……」

 俺はフラつく足でファイに近づこうとした。残る一人は……?反応があった。上

だ!

 咄嗟に左手のレーザーを構えたが照準は合わない。グラグラとした視界の中でゴ

ーグルをした少年の姿が歪んで見えた。殺さずに倒すのは困難だ。恐らく十代であ

ろうその肩には、何処から手に入れたのかRPG対戦車砲があり、まっすぐこちらを

向いていた。殺すしかないーー!

「スキル!」

 ファイが倒れたまま叫んだ。

「ダメ!」

 ファイは腹ばいになって痙攣していた。俺がこれだけキツイならノーマルの彼女

はかなりだったろう。

 だが殺さなければ俺たちが死ぬ。考えるまでもなかった。

「お願い!」

「……!」

 そう、考えるまでもない。

 殺して生きる。例え相手が僅か数千人しかいない人類の一人であっても。

 だがーーー。

「…………」

 その時何故か俺は、自分が死んでもいい、と思ってしまった。

 もうーーーいいか?

 そう思ったのは恐らく初めてだった。

 いや、実は奥底でずっと思ってはいたが自覚していなかった、と言った方が正し

いのかもしれない。もう随分長く、生きたではないか。

 このマチでは、ある意味それが普通だ。

 長く住めば住む程に。

 だが何故今、なのだろうか。

 ファイの声のせいだろうか。

 それとも長年生きてヒトの色んな面を見てきたせいだろうか。

 もしくは別の何かーーーーー

「………」

 俺は左手を少し下げた。歪む視界が煩わしいので目を閉じようとしたがうまく行

かなかった。

 ゴーグルの少年の肩からRPGが発射された。

 あぁーー逝くのだなーーーー。

 俺はスローモーションの様な視界の中で弾頭が近づいてくるのを見ていた。

 俺の右目は、まっすぐにそれを見つめていた。



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 キィーーーーン!


 光が見えた。

 それはまばゆい緑色の暖かな光で、俺はそれが天国からのお迎えかと思った。

 だが考えてみれば俺はそんな人間では無かった。

 任務上殺してしまったヒトもいる。

 助けられなかったヒトも。

 地獄の方がお似合いだろう。

 だがーーー俺の体は柔らかな光に包まれていた。

 これは、一体何なのだ?

 俺はこの光を、何処かで見たことがある様な気がした。

 それはいつだったかーーーそうだ、俺の記憶の欠片の中でーーー俺の右目に誰か

から角膜を貰ったあの日に見たのではないか?



   ✴︎   ✴︎   ✴︎



 気がつくと、俺は瓦礫の中にいた。

 先程RPGを受けた場所だ。

「………?」

 辺りはRPGの直撃を受けて凹み、焼け焦げていた。だが不思議なことに俺の体は

全くの無傷だった。一体何が起こったのだ?

「……ファイ!」

 俺はハッと辺りを見回した。急いで左目でスキャンする。まだ少しフラつきは残

っていたが体の機能は生きていた。

 ファイは瓦礫の向こうにいた。どうやら無事で、気を失っているだけらしかった。

それ以外に辺りに生命反応は無かった。RPGを撃った少年もいなくなっていた。

「……クッ」

 俺は瓦礫の向こうへと走って行った。ファイは倒れた瓦礫と瓦礫の間の空間にう

まく挟まっていた。脇の下に手を入れて体を引きずり出した。抱き起こした顔は運

良く傷もなく旧東洋系の綺麗な顔立ちはそのままだった。別にそんな気は無い筈だ

が、俺は少しだけ見とれた。

「…………」

 だが俺は自分に何が起こったのかまだ測りかねていた。

 どうして、助かったのだーーー?

 ザザッ。

 腰で雑音が鳴った。先程ソダーに貰った旧式のトランシーバーだ。万一「ファン

トム」の通信が途絶えた時に備えてソダーが渡してくれたものだ。

「大丈夫か!?」

 ソダーは少し慌てた声だった。

「あぁ、何とかーー」

 その声を遮って、ソダーの声が響いた。

「そこに、例の反応がある!」

「!!」

 俺は振り返った。


 そこに、そいつはいた。


 ふわりと淡く緑色に光った少年が、俺の背後の瓦礫に立っていた。

「…………!」

 白い髪に薄い肌、白い服を着ていた。

 その目は無表情で、じっとこちらを見下ろしていた。

 よく見ると、その右目だけは少し白脱しているように見えた。

 予想通り、俺の左目のセンサーにはそいつの生命反応も動体反応も感じ取れない。

 全くの無、だった。

「お前は……」

 俺はようやく口を開いた。

「何なんだ……?」

 そいつは答えなかった。

 そのうち、フッと目線を俺から下ろした。

「!?」

 そいつの目線は俺が抱きかかえているファイだ。

「………?」

 そいつはまた目を挙げて俺を見た。

 長い時間が経った様な気がした。

『………』

「?!」

 「ファントム」で通信があった。いやーーーいつものそれとは様子が少し違って

いた。通信ではない。誰かが直接脳内に呼びかけている様な、不思議な感覚だった。

『………ヒュー』

 それだけ聞き取れた。

 驚いたことにーーーそれは目の前の光る少年がしゃべったものだと理解できた。

何故なのかは分からない。より深く繋がった「ファントム」でお互いの感覚が共有

した様な、初めての感触だった。

「何だ!それは、お前の名前なのか?!」

 俺は叫んだ。

 返事は無かった。

『お前は何だ!何の為に現れた?!』

 今度は「ファントム」で呼びかけてみた。

 そいつは薄く笑んだ。

 そんな気がした。

 光る少年は突然身を翻した。

『?!』

 俺はファイを寝かせてそいつを追った。

 瓦礫の向こうは船体の外だった。雨の中、草原に向かってそいつは走っている。

「く……!」

 力の入っていない軽やかな走りなのに、やけに早かった。何より、走っているの

に振動も重量も全く感じない。こいつはーーー一体何なのだ!

 腰のトランシーバーがザザッと音を立てソダーの怒鳴り声が響いた。

「スキル!それ以上行くんじゃない!」

「う!?」

 俺は足を踏ん張って全速の走りを止めた。

 気がつけば街の外れ、もう少し行けば俺も消えて無くなるところだった。

「………!」

 そいつはぼうっと光を放ったまま、草原の向こうへと走り続けていた。

「何だーーー」

 やがて光る少年は雨煙の中に消えた。

 少なくとも明らかにヒトが消える距離の向こうに行くまでは視認できた。だがそ

の存在の反応は、最後まで無のままだった。

 俺は雨の中立ち尽くし、草原の向こう側をいつまでも見つめていた。

 ザザッとソダーのトランシーバーが鳴った。

「スキル……大丈夫か」

 俺はトランシーバーを口元に持ってきて言った。

「ソダー……」

「何だ」

「会ったよーーー『ヒュー』に」



                             (  続  )



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