スカイフィッシュを虫かごに
丈高い雑草の中を走っていた。剥き出しの肌に切り込みが入り、薄らと赤い線を生む。葉っぱも凶器になるのだと、幼い元太は学んだのだが、だからといって駆けることを止めてしまうほど、身の内にため込んだ若さは弱気ではなかった。
元太はたすき掛けした虫かごを揺らしながら、ぐんぐんスピードを上げていく。切り傷なんて唾つけときゃ治る。祖父の元蔵の口癖は、確実に元太の常識となっていた。
とはいえ痛いのはやっぱり嫌なので、元太は虫取り網を刀に見立て、ちゃんばら振りで雑草をなぎ倒していく。すると―
「痛い!」
どこかで声がした。
元太は足を止め、回りを見渡すが、丈高い雑草は天然のカーテンとなって、元太をかどわかす。
「誰かいるのかい?」
元太が声を投げると、丈高い雑草が風に揺れ、さらさらさらと音を立てる。
「……」
元太は何だか怖くなって、再び駆け出す。
「待ちなよ。あやまりもなしかい?」
途端、元太のすぐ後ろから声が掛かる。おとなの、女の人の声だった。元太はいよいよ怖気に負けて、「うわぁぁぁん」と泣きべそをかきながら疾駆した。だが、どこまで駆けてみても、元太が雑草林を抜けることは終ぞ出来ずじまいだった。
警察:「どうして元太くんは一人であの雑草林に?」
母親:「夏の、昆虫採集に行くんだって……スカイフィッシュを捕まえるんだって……うわぁぁぁああ」
泣き崩れる母親を見て、警官は思った。
(お母さん。スカイフィッシュは、いないんですよ。あれは、ただのカメラに映り込んだ光の屈折なんですよ)
遺体が発見された時、元太の虫かごの中には折り鶴が一羽入っていたらしい。草で折られとは思えない、それは見事な鶴だったそうだ。




