916.
「すまないね、岩屋さん」
それが誰かと誰もが理解するよりも先に、ボンと何かの破裂音がする。途端に部屋中を覆う煙。
「しまっ……」
強力な睡眠薬だと気付くよりも先に、岩屋は倒れていた。筋肉が麻痺し、動くことができない。ただ、呼吸はできるし、何か物事を考えるということもできる。
「全身麻酔というのは、4つから成り立っているわ。意識消失、鎮痛、筋弛緩、反射抑制ね。岩屋さんなら、すでに知っているはずよね」
声を出そうにも声が出ない。
「あなたがどこから来たのか、それはずいぶん昔に聞いたから、ここでは聞かない。ただ、おそらくではあるけど、私もそこから来た。向こうでは医者をしていたわ」
シトルンが、いつの間につけたのか、マスクでくぐもった声をしながら岩屋へと話しかける。サザキを抱きかかえているように見えるが、意識が消えていく。
「だから、ここで似たような作用の麻酔を作ることは簡単だった。ただ、吸入麻酔をこんなふうに使えるようにするのに時間がかかっただけよ。すぐにこれなかったのは、これが原因」
真っ先に現れた効果は筋弛緩。続いて反射抑制ときて、意識消失がさらに追いかけてくる。痛みがあるかどうかわからないことから考えても、すでに鎮痛作用は働いているようだ。
「両親がいることには同意するわ」
サザキを近くにあったバスタオルの2倍も3倍もあるような布で覆っていく。すでにサザキにはマスクがかぶせられているが、麻酔の効果もあったらしく眠ってしまっていた。
「この子は昔からよく眠る子だった。誰かといて安心しているからかもね。だから、私が一緒にいてあげる」
すでに眠ってしまっている岩屋へと、最後に一言付け加えた。
「おやすみなさい、岩屋さん」




