8.
影は、岩屋達がいなくなってから、水車の様子を見ていた。そして、ガラガラと回り続けている水車と、そこから伸びるケーブルを確認している。かなり近寄って、その様子を観察する。そして、胸元から何かを取り出し、どうやらメモのようだが、そこに鉛筆を使って書きつづる。水車の様子、里の現状、そして、影から見て謎の男についてを。
一通り書き終わり、そのまま陽炎のようにいなくなった。後に残されたのは、ガタガタと安定して回り続けている水車が残された。
「待っていたぞ」
影は、そのまま森へと移動し、里からしばらく歩き続けたところにある空き地で、別の男と合流した。影はいたってどこにでもいるような農民の服装であった。だがこの男は、椅子に座った状態で、鎧を着ており、さらに腰には慎重の半分ほどの青龍偃月刀があった。まるでなぎなたのような形の刀で、柄には青緑色の龍の模様が描かれている。
「お待たせいたしました、奉執将軍閣下」
奉執将軍と呼ばれたその男は、うんうんとうなづいている。奉執将軍は、奉王将軍配下の6将軍のうち第5席にいる。この里は、奉執将軍の支配地域であり、影はスパイとして奉執将軍に定期的に報告する役目を負っている。奉執将軍当人がこの地に訪れたのは、このスパイが知らせたことで、興味がわいたからである。
スパイは、岩屋の到着当日に鳩を飛ばし、直接奉執将軍に連絡をした。簡単に言えばその内容は、不思議な人がやってきて、その人の科学技術水準は、今の範囲を超えているということだ。もしかしたら、今以上に優位にこの戦国時代を乗り切ることができるかもしれない。そのことを奉執将軍は考えた。そのため、ここにやってきたということである。
「それで、どうだった」
「彼は有能です。おそらくは、我が軍勢にひきいれたら、さまざまな物を作ってくれましょう。この世界にないものも」
「……古人に曰く、『天より人が降り来る時、地は徳を持つ者を欲する。河の先より来る者は、徳を持ち人が欲する者』。まさにその者がその徳を持った人なのかもしれないな」
奉執将軍は、独り言をつぶやいていた。それについて、スパイは何も聞かなかったことにして、黙っている。だが、心の中では、その通りかもしれないと思っていた。
「よし、ではお前はこのまま内情の偵察を続けてくれ。何かあれば鳩を」
「分かりました、閣下」
スパイはしっかりと礼をして、それから駆け足で空き地を後にした。
ただ一人となった奉執将軍は、少し考え込んでいた。
「…岩屋京士朗、いったい彼は何処から来て、どこへと向かうのだろうか」
だが、その考えは、一切まとまることはなかった。まとまらないことを悟ると奉執将軍も、この空き地を後にした。後に残されたのは、光輝く太陽と、降り注いでいる誰もいない空間だった。