82.
宴が無事に終わり、ホッとした岩屋は、自身の執務室に夜遅くにも関わらずにいた。どうやら、かなり疲れていながらも、仕事を終わらせるつもりのようだ。
「おや、閣下。まだいらしたのですか」
「ああラグか。どうしたんだ」
岩屋が確認をしていた数枚の紙ががファイリングされているファイルを、机上の隅に置く。そして、ラグをじっと見る。ライタントは別用があると言うことと、もう夜遅いという理由から、執務室にはいない。そのため、ラグと岩屋の二人だけが、部屋にいることになる。
「実は、お話があるのです」
「なんのことだ」
お茶でも飲むかと聞いたが、ラグは首を左右に振る。それほどではないということであろう。だが、話はながくなってもおかしくなかった。
「奉王将軍を襲るとおっしゃっておられましたよね」
「そうだな」
岩屋はきぃと椅子の音を鳴らす。後ろに深くもたれたせいだ。そこで、机にバンと両手でついたラグ。だが、一切驚くようなそぶりを、岩屋は見せなかった。
「それなのに、奉王将軍をたたえるような言葉をよく言えましたね」
「今の地位を守らなければならない。それは、君も多いに分かっていることだろ」
「ええ、よく存じております、閣下」
皮肉めいた口調で、岩屋へとラグは言い放つ。そばにあるソファに座り、両足を45度に広げ、膝の上にひじが来るように手を組んだ。
「……偽善では」
「それを言うならば、単なる虚偽であろうな。ここに善は存在しない。あるのは、極大の悪と、より大きな悪だ。人を殺したというのことはどう謝ろうが、申し開きができないことだ。それがたとえ戦争であろうとな。だが」
何かを言おうとするラグより先に、岩屋は言葉を続ける。
「…だが、大義という名のもとに、それは遂行される。我々の大義は、悪を討つこと。特に私の大義として掲げているのは、とある少女の話であることは、既に知っているだろ」
「ええ、放送でおっしゃっておられましたから」
「戦争で殺していくのは、どこかの両親だ。そう考えると、私は相当恨まれているだろうなと、考えるようになったわけだ」
「……それについては、どうにも言えませんね。殺し殺され、自分が死なないように相手を殺す。これが全てなのでは」
「それも一理あろう。どうせ、戦争なんてものは、国と言う生命体が本能で生き延びようとしてもがいているにすぎん。我々が望もうと、望まずともな」
「……それで、最初の質問は」
「奉王将軍に、今はついているのがいい。だが、いずれは私がその地位をもらう。ただそれだけのことだ。これまでの同じことの繰り返しだな」
岩屋は、とても残念そうに話している。その心の内は、ラグは察することができなかった。