73.
そして1週間後、全ての準備が整ってから、いよいよ岩屋は奉王将軍へ使者を出すことにした。使者は、奉執将軍代理のライタントがその任務に当たることになった。同時に、奉葎将軍の使者も兼ねることとする。
「では、よろしく頼むぞ」
「はい、岩屋さん」
岩屋は豪華な装丁を施した親書を2通、奉葎将軍と奉執将軍の2つをライタントに託す。この装丁は、将軍の親書専用であり、そのための専門の職人が1か月かけて慎重に作業を行って作られる。作るのに時間がかかるため、3つほど常に在庫を保存することになっていて、今回使用したのも、その在庫からである。なお、将軍ごとに装丁の色彩が異なっているため、今回はわざわざ奉葎将軍用の装丁された親書用の台紙を奉執将軍のところに取り寄せていた。
奉執将軍の台紙は、執という字を図形化したものが大きく描かれている。また、名産物が金銀をふんだんに使われ描かれ、これ一つで数千万という価値があるといわれているようだ。一方の奉葎将軍の台紙も、葎という字を図形化したものが描かれていて、こちらも同様に名産物が金銀を使われ描かれている。この名産物は、奉王将軍への手土産として、ライタントが持って行くということになっている。すでに奉葎将軍領内の名産物品は持ち込まれており、荷造りが完了していた。奉執将軍領内の名産物は、果物であり、腐る可能性があるため、現在集めているところである。だが、それも明日には完了し、同時に荷造りも終わる手はずになっている。ちなみに、奉葎将軍領内の名産物は、特別な地域にのみ生える木から作られた布である。
「出発は明日だったな」
岩屋はライタントに確認をする。すでに行程を暗記しているようで、ライタントはすぐに岩屋へと答えた。
「そうです。ここから約1週間で奉城へ到着することになっています。奉王将軍と謁見を行うのは到着の翌日の予定です」
「そうか、大変だと思うが、頑張ってくれ」
「はい、では準備がありますので」
ライタントは先に執務室から出る。岩屋はライタントが扉を閉めてから、ラグへと相談をする。
「なにか栄典を授けるべきではないのだろうか。奉王将軍と無位無官が謁見すると言うことはさすがにまずいだろう」
ライタントは、正式にはもう代理ではない。それは岩屋がこの地にいるためである。そのため、現在公式には官職に就いておらず、また、叙勲叙位などを受けたこともない。そのことを岩屋は危惧しているようだ。
「確かに、それはありますね。肩書きだけで行くということも考えましたが、奉王将軍と単なる代理ということよりも、何らかの位階などを授けることがいいでしょう」
ラグも岩屋の意見にもっともだと賛成してくれた。それが後押しとなり、翌日、岩屋はライタントを出発前に伝えることがあると言って執務室へと呼んだ。その席にはラグも同席することになった。