67.
「……岩屋はまだか」
奉執将軍の執務室で、2人が待っている。奉葎将軍が死んだという情報を受け取ってからというもの、ライタントは岩屋の到着を心待ちにしていた。奉執将軍の代理をしているライタントは、岩屋が帰ってくるとすぐにでも、その権限を返そうと考えていた。この重圧は、ライタントが前していた里長の職よりもはるかに重く、これ以上は耐えられないとも考えていたからだ。
一方の執務室で待ち構えているもう一人は、ラグだ。ラグはライタントの逆である。すなわち、ラグはこの食を辞するというつもりは毛頭なかった。それどころか、いざとなれば岩屋から奉執将軍の職を奪おうとも考えているほどである。それであっても、今は雌伏の時である、そう考えて岩屋へ表向きは恭順の意思を見せていた。だが、岩屋が帰ってくると、いずれは殺さなければならない。そうしなければならないのだと、ラグは考えていた。
「もうしばらくでしょう」
ラグは心の内を一切見せず、ライタントに答える。ライタントは何かいらついているように見える。しきりに足を揺らし、貧乏ゆすりのように見える行動を繰り返していた。タムタムタムと速いリズムでライタントの足は床とリズムを刻んでいた。その時、執務室のドアが開き、誰かが入ってくる。
「ただいま、どうだった」
「お帰りなさい、岩屋」
「お帰りなさいませ、閣下」
二人はほぼ同時に岩屋へ挨拶をする。ライタントは座っていた執務机の椅子から立ち上がり、本当の主へと返す。一方のラグは、すでに準備していた決裁書を岩屋に見せる。
「予算をこのように執行いたしました。いかがでありましょうか」
「ふむ、どれどれ」
岩屋はいいつつ、ラグが見せてくる決算書やその他の書類を順次確認する。そして、一枚見るごとに、印を押す。この印は公印であり、「奉執将軍之印」と2文字ずつ3行で篆刻されたものだ。前の将軍が使っていた純金製のものを、そのまま使い続けている。ラグの話によれば、さらにその前の人から渡されたものらしく、少なくても岩屋で3代連続で使っていることとなる。
印を全ての書類に押し終わると、さてと岩屋は二人に言う。書類は一旦机の上の左手に平積みにされた。
「知っての通り、奉葎将軍はこの手によって倒した。首を検めてもらいたいほしいのだが、いかんせん真っ黒焦げでな。代わりの品物として、宝飾品をいくつかもらってきている。それで王将軍へは足りるだろうか」
ラグは検めさせていただきますと断ってから、岩屋から品物を受け取る。それを上下左右、内側外側あちこちの角度から確認をしたうえで、岩屋へと返した。
「間違いなく、奉葎将軍のものであると確認出来ましょう。それゆえに、奉王将軍も閣下が奉葎将軍を襲ることをお認めになられることでしょう」
「そうか、それを聞いて安心した。だが、一つ考えていることがある」
「考えとは」
ラグが聞く。岩屋は簡単に答えた。
「奉葎将軍は奉執将軍の下につく役職として、別の誰かにやってもらいたいのだ」