61.
建物は、13階建のマンションであった。空き家同然で、住んでいるのはホームレスやら、悪い連中やらばかりだ。このあたりは、すでにリサーチ済みである。だが、岩屋が狙うと言うことは、それだけここがいいポジションであるということを意味している。この建物より高いのは、物見やぐらと奉葎将軍の王宮ぐらいなものだ。それゆえに、奉葎将軍も、この建物に刺客を放っていた。
「まちな、兄ちゃん」
明らかにガラが悪い服装をしている男3人が、階段を上り続けている岩屋を呼びとめる。それはちぎり取られており、ズボンは半ズボン。それもかなりすりきれている。服は四方から血の飛び散った様子がうかがえる。一切洗濯をしていないどころか、それを勲章のごとく見せつけているようだ。これを見たら、すぐに引き返しなと、無言で圧力をかけ続ける。だが、岩屋にそれは効果がなかった。
「…どきな、仕事のじゃまだよ」
「はぁ?お前、この人を誰だと思ってんだよ」
最初に声をかけた男の後ろから、別の男が岩屋に詰め寄る。似たような服装をしているが、一つ違うのは、まだ血はさほど浴びていないということだ。それでも臭いはかなりきつく、思わず顔をそむけたくなる。だが、それをしたら弱いところを見せることになると、岩屋はすでに理解していた。そのため、彼らにガンを飛ばす。
「邪魔だよ、どきな」
「聞いて驚くなよ、この人こそ、省都一の大悪党。リョウジ・シュルグン様だ」
一切聞いたことがない。おそらく、適当におだてあげているのだろう。岩屋は考えると、本当にその実力通りなのか、確かめてみることにした。カバンを背中側に回し、攻撃に邪魔にならないようにする。それと同時に、ナイフを取り出す。今回は、銃器は持ってきていない。煙幕はあるが、この相手なら、それを使うことすらためらわれた。弱すぎるのだ。
「あ、やる気か」
「いや、兄貴。俺たちに任して下さい。一瞬で蹴散らしますから」
と、言った刹那、二人は倒れた。見事にひざの裏の腱を切られている。痛みはないようだ。それほど素早く、正確に切り取ったと言えるだろう。なにやらうめき声を出しているが、岩屋は無視する。腰を抜かしているのは襲いかかってこようとしている男だ。どうやら岩屋のことを舐めていたらしい。
「…誰からの差し金だ。といっても、おおよそ一人か」
「あ…あ?」
虚栄心はまだあるようで、岩屋に精一杯に威嚇をしている。だが、それも、はた目から見るとむなしくなるばかりだ。ピッと音を鳴らし、ナイフを相手の眉間につきつける。
「これで、お前は死んだ。せいぜい、第2の人生を楽しく生きることだな」
恐怖からか、壁際でへたり込み、その場で漏らしてしまっている男の足をまたぎ、さらに上へ。岩屋は建物の屋上へ向かった。おそらく、もう一人は構えているだろうと予想しながら。