59.
岩屋は、夜から朝にかけて歩き続けていた。ただひたすら、一歩一歩、歩を進めるばかりだ。そして、いくつかの町を通り、道を歩き続け、たくさんの人を追い越し、追い抜いた。その中で岩屋に気付いた人は皆無だった。
「ふぅ」
気付けば、奉葎将軍の省城まで、あと半日というところまで来ていた。だが、このまま歩き続けると、どうやら着くのは真夜中になりそうだ。岩屋は近くの店に入り、これまで書きためたものを一通り確認することとした。誰にもばれないように、紙を広げた。
「ご注文は?」
メイド服を少し改変したような店の制服を着ながら、店員が注文を取りに来る。大慌てで紙をまとめて店員に見えないようにしてから岩屋は、適当に目に入ったものを注文した。
「ナポリターノですね」
分かりましたー、と間延びした声で注文を取り終わった。岩屋はすぐに、計画を確認し始めた。計画では、昼間、堂々と省城へと入り、作っておいた煙幕をあちこちに仕掛けつつ、進撃するという案。これが第1案だ。
では、第2案はというと、昼間、午後1時過ぎぐらいに省城へと入り、すでに調査済みの建物へと昇る。そこの屋上に鏡を取り付けて、太陽光を集める。そして、一点に集中させ、融かす。または燃やす。という第2案。
第1案は、いつでも行うことができるという利点があり、一方で仕掛けが分かりやすいという欠点がある。また第2案は、昼間で、なおかつ十分に光がなければならないという欠点がある一方で、仕掛け自体は単純であり、相手の位置が分かっていれば、十分に使うことができるという利点がある。
岩屋は、どちらがいいか悩んでいた。どちらも一長一短であるためだ。そんなことを考えていると、頼んだ品物がやってきた。
「ナポリターノです。ごゆっくりー」
やはり間延びした声の店員だ。岩屋が広げている紙の上に、ためらいもなく置いていく。ナポリターノという料理は、この世界ではあまりポピュラーではない。中身としては、鶏肉のトマトソース煮込みといった感じだ。どのあたりがナポリターノと言われる所以なのか。岩屋は、全く知らない。だが、知る必要もないと考え、ナイフとフォークで鶏肉を切り取った。
数分、だいたい10分弱で食べ終わると、敷かれていた紙も回収し、店を出た。きっと二度と来ないと思いながら。そして、近くの宿に入ることとした。