5.
発電機が出来上がり、岩屋はすぐに水車の設計へと移る。だが、水車の方が発電機よりも格段に楽だ。十分な回転速度を得るため、強度を高くする。それと同時に、水を受け入れ、そして排出することも考える。しかし、それらの事柄を考える前に岩屋の頭の中には、すでに詳細な設計図が出来上がっていた。問題は、その通りに作ることができるかということである。
とりあえず岩屋がノコギリを使って木を加工していると、誰かが物置に近づいてくる。シャキシャキと、地面の砂を踏みしめる音が、だんだんと近づいてきていることから、もはや疑いようが無い。そして、その人は物置の前で止まった。それからドアも開けず、物置の中にいるであろう二人に話しかける。
「調子はどうだ」
その人は、工具箱の男であった。どうやら岩屋が逃げずにいるかどうかの確認に来たらしい。だが、岩屋は彼に答えず、部品を作っていた。代わりに返事をしたのは、岩屋の助手をしているサザキだ。サザキは、声を聞いた途端に、ドアを開けて彼を見つけた。
「ほら、見て」
サザキは、先ほど岩屋が作った手回し発電機を見せる。そして、実際に岩屋がしていたのと同じようにハンドルを握り、力いっぱい回す。すると先ほどと同じように、すぐに光を出し始めた。
「これはすごいな……」
彼はその光を見ていた。サザキはすぐに疲れたようで、息を荒くして動きを止めた。だが、ワイヤーの熱はそうそう下がらず、ぼんやりとした光を放ち続けていた。そのことを見て、確かに電気ができていることを見届けると、彼は物置の中へと入った。そして、ノコギリ片手に見た目の設計図もないまま部品を切り出している岩屋を見て、告げる。
「先生、もうすぐ夜がやってくる。今日はこれぐらいにしたらどうだ」
自然と彼は、岩屋のことを先生と呼んでいた。だが、岩屋は返事をしながらも、手を止めようとしない。
「今、頭の中に描いている設計図が、消えないうちに作らないと」
その答えを聞いて、彼は岩屋に言った。サザキは、これらの会話を聞きながら、新しいおもちゃをもらった子供のようにはしゃいでいる。
「……なら、疲れないようにしてほしい。特にその子は早めに寝かせるように」
「はいはい」
岩屋は彼に対して生返事をする。それだけ真剣に、水車をつくっているという証拠であろう。岩屋はそこから返事もすることなく作業に没頭し始める。その様子を見て、ここにいても無駄だということを彼は悟った。そして、ゆっくりと、作業を邪魔することなく物置から出て行く。サザキは、物置のすこし外まで彼を見送ることにした。手には、手回し発電機が握られたままだ。その時、彼は空を見上げ、すぐ横にいるサザキに言った。
「彼は、素晴らしい人だ。たまたまとは言え、この土地にやってきたことを神に感謝したいほどだ」
空は満天の星が散りばめられている。だが、そこには北斗七星やカシオペア座といった、おなじみの星々は見当たらず、ここが岩屋がいままでいたところとは全く違うということを強く印象付ける。しかし、それを思うはずである当の本人は、物置から一歩も出ようとしない。
「神さまって、いるの?」
サザキが、彼の真似をして空を見る。その二つの目は、とても透き通っていて、星の向こうを見ているかのような印象もある。だが、サザキはすぐに飽きたようで、再び下を向いて、さきほどの機械を触り続けていた。
「ああ、いるとも。そして、この戦乱の時代を終わらせるために、彼はここに来たのだろう」
だが、ここは、戦乱とは到底思えないほど平和なところに見える。そんなところであっても、やはり戦争は峻厳たる事実として、重く存在しているのだった。しかし、国の中枢からも遠く離れたところのせいか、岩屋がやってきたという話は、今もって、この国では、この村の人しか知らない。