57.
「あなたは英雄になりたいの?」
彼女は岩屋に尋ねる。岩屋の答えは決まっていた。Noだ。なるつもりはない。そもそも、英雄なんて呼ばれたくて、こんなことをしているわけではない。
では、なんのために。それは、岩屋が掲げている大義だ。岩屋は、奉王将軍の部下たちに復讐をしている。サザキを結果的にだが追い出し、そのために殺されたと確信しているからだ。そのために、後々英雄と呼ばれるのならば、それもまたいいと、岩屋は考えていた。だが、それは結果的に英雄と呼ばれているにすぎない。なろうとしてなったわけでは、全くない。そこが大きく違うところだ。
「なりたくはない。だが、もしもやり終わった時に、みんなが僕をそう呼ぶのなら、止めるつもりはない」
岩屋は、女性にそう答えた。別に岩屋が何と呼ばれようが、岩屋は困ることはない。個人を特定できれば、問題ないと考えているからだ。もっとも、罵詈雑言ともとれるような言葉に対しては、厳しくするつもりではあるが。
女性は、岩屋の答えを分かっていたかのように、笑っていた。そして、おそらく素の声調で、岩屋へと告げる。普通の、可憐な女性の声だ。
「貴方が何と思おうとも、世間はあなたを単なる復讐者だとしか見ないわ。あなたがいかに正義を振りかざそうと、世間の正義ではないもの」
そう言うと、どうやら言いたいことを言い終わったらしく、ベッドに横になろうとする。
「僕を殺さないのかい」
「今、貴方を殺してどうするのよ。楽しみは、後に取っておかないとね」
彼女は、笑って岩屋に告げた。まだ殺す気は多いに在るようだ。岩屋は、それでも眠る気にはなれなかった。殺されるかもしれないという恐怖が、岩屋を寝かしてくれなかった。彼女をじっと見ては、外を眺める。そして、再び彼女を見る。
どこから見ても、普通の女性にしか見えない。だが、その中は暗殺者としての力が込められている。命を狙われているとはいえ、この状況では、どうやっても攻撃はしてこないだろう。岩屋はそう思いつつ、ベッドに横になった。