56.
「あなたは、あなたが思っている以上に、人を殺してるわよ」
その話を聞きながら、岩屋は考えていた。兵士や、将軍や、向かって来た人たちは、岩屋自身の考えで仕方が無いと考えている時に限って、殺している。十人、二十人の台は超しているだろう。百人弱ぐらいか。それぐらいだ。
だが、それぐらいがどうしたというのだろうか。岩屋ははっきりと考える。一つの大義のために、何百万という人が死んでいくと言うのは、おそらくこの世界でもあったに違いない。だが、目の前の、奉葎将軍から向けられた刺客は、それをどうやら指摘しているようだ。
「戦争だから、人が死ぬのは当たり前だ。そう考えるがね」
「それも事実。でもね、死んだ人にも家族がいる。その家族について思いを馳せたことは?」
一度もない。当然だ。そこまで考えないようにしていたのだから。そこを指摘されると、さらに彼女は話しかける。先ほどよりも、猫なで声に聞こえた。
「ね、そこも考えなくちゃ。戦争はあなた一人でしているんじゃない。敵も、味方も、それらの家族、親戚、友人、親友。いろんな人が関わってるの。そんなこと考えると、こんな争い、ダメだってわかるでしょ?」
そこまで言われて、やっと彼女の狙いがわかった。ここで岩屋の罪悪感につけ込み、奉葎将軍への攻撃をやめさせようとしているのだ。ナイフを使ってダメだったから、今度は心理戦にでもするつもりなのだろう。だが、一度分かってしまうと、岩屋には強固な意志がある。それを明らかにしつつ、彼女へと答えを返す。
「なるほど。確かにその通りだ」
「でしょ?」
「でも、僕は止めることはない。将軍全てを滅ぼすまでは」
「どうして。人を殺すのはいけないんでしょ」
「1人、2人なら犯罪者。10人、20人なら殺人者。100人、200人なら殺戮者。なら、何万人も殺すような戦争で、敵を殺せば」
彼女は首を傾げている。この世界には、どうやらこの格言はないようだ。
「英雄なんだよ。たとえ相手が誰であろうとね」
彼女は、岩屋の話をずっと、耳を澄まして聴いている。だが、何かを言うかという話ではない。ただ、漫然と座って、岩屋の話を聞き続けているだけだ。だが、ゆっくりと口を開いて岩屋へと話しかける。