54.
女性は、岩屋の隣のベッドに腰を落ち着ける。ちなみに岩屋は窓際のベッドだ。廊下側のベッドは、誰も使っていない。誰かが来るという気配も、今のところはない。他の部屋もかなり空いているためだ。誰か来るとしても、岩屋たちがいる部屋よりも前の部屋へと入ることだろう。だとすれば、この部屋は朝まで二人きりとなる。
「覚えてらしたとは、光栄ですわね」
「忘れないさ。君はずっと僕を付けてきていたしね」
「あら、分かっていらしたの?」
「あれはわざとかい。それとも、僕がそう疑ってしまうように、わざと仕向けたのかい」
ばればれの尾行のことを、岩屋は指摘している。だが、女性はウフフと笑い、どうかしらと岩屋に言った。
「それよりも、岩屋さん」
声のトーンを変えず、女性が岩屋へと話す。岩屋は窓を開け、外の空気を中に入れ始めた。部屋はカビ臭くてたまらないからだ。だが、思ったように風は入って来ない。外の喧騒が部屋の中へと乱入をはじめているが、彼女との会話に困るほどの大きさではない。
岩屋は、自らの名前を言われたが、震えるようなことはしない。すでに分かった上で話している。
「どうしたんだい」
「あなた、奉葎将軍を狙っているとか」
どうやら回り道が嫌いなタイプの様だ。彼女がズバリ聞いてくる。岩屋はそのことかと、冷静になって話す。
「僕を岩屋だと知っているのであれば、答えは一つだろ?」
「それもそうね」
彼女は冷たい笑いをした。それは、岩屋への攻撃の合図となった。




