53.
「ごちそうさま」
「また、いらっしゃい」
コップを白い布でふきつつ、カフェを出る岩屋を店員は見送った。外はすっきりとした青空だ。雲は、ポカリポカリと浮いている。だが、それだけで日差しを遮ることは到底できない。それでも、岩屋は歩く事にした。歩かなければ、先に進めないからだ。
だが、歩き出してしばらくすると、誰かがやはり付いてきているようだ。後ろを振り返ってみようと考えたが、ばれたと思われて襲われても面倒なので、放置することとした。今、岩屋があるいている道は夜になっても人通りが絶えることはない、とても大きな通りだ。そのため、岩屋はここではさすがに襲ってはこないだろうと考えた。必ず誰かが岩屋を見て、襲われているところを助けてくれるに違いないと、そんな確信を持っていた。
ほとんど休まずに、岩屋は夜を迎えた。考えたらカフェで飲んだのと、途中の店で立ち寄って買い食いしたぐらいしか、休んだりご飯を食べていない。だが、追いかけている人も、似たような状況だ。ほとんど飲まず食わず、休憩もせずで、ここまでやってきていた。
今日は岩屋は繁華街を通りぬけ、安っぽい宿へと入る。トイレは共同、風呂はない。部屋は3人部屋。そんな宿だ。代わりに、荷物は宿の主人が預かることになっているらしい。番号札と名前をかいて、持ってきている荷物を預ける。当然、貴重品は身につけておくわけだが。
部屋は自由に選べるとのことなので、適当に2階に上がって、廊下突き当たりの、誰も部屋の中にはいない部屋へと入る。ベッドはがっしりと作られた木製だ。スプリングなんてものは、そもそも存在していない。その上に布が置かれているが、この前洗ったのがいつになるのか気になるほどの色や臭いがしている。岩屋は、布を床へと蹴落としてから、壁際に在るろうそくに灯をともす。電気が来ていないため、電燈は無いのだ。マッチは、ろうそくがある机の上に、適当におかれていた。
ろうそくをともすと、何匹か虫を見つけることができた。つまんでは、窓から外へ捨てるを繰り返しているうちに、女性が部屋へと入ってくる。
「いいかしら」
「ええ、どうぞ」
岩屋は、その声を知っていた。というよりも、すでに一度話をしている相手だ。
「今日の朝は、楽しかったですね」
「あら、あのカフェでのこと?」
クスリと、女性は笑った。覚えているとは、面白い。そんな雰囲気を、女性は出していた。




