51.
翌日、岩屋はホテルから出た。ロビーにはイグノートの姿は全く見えない。怪しそうな人も、どこにも見当たらなかった。鍵を返し、必要なお金を支払ってから、ホテルから出発した。ちなみに、夜食と朝ご飯の代金だ。
出発して早々、岩屋は近くに合った店に寄り、紙とペンを買った。紙と言っても、羊皮紙のようなもので、ペンは万年筆に近い。インクはカートリッジ式ではあるが、別売りのカートリッジ供給用のインクを買えばいくらでも使うことができる。奉執将軍領では、ライタントやラグたちがしっかりとしているだろうから、ここでは岩屋は奉葎将軍に真剣に立ち向かうことができる。そのための下準備を、機能ホテルで夜じゅう使って考えていた。
岩屋は買い終えると再び奉葎将軍の省都へ向かって歩き出す。その歩調に合わせるように、1人の女が付いてきていた。岩屋はしばらく歩き、立ち止る。すると、女も若干遅れて立ち止まる。岩屋が歩き出すと、その女も歩き出した。何度か繰り返してから、そうか、と岩屋は気づいた。どうやらイグノートの仲間の人が着ているようなんだと。
だが、岩屋はその人を無視することにした。今のところ、特に害があるようには思えなかったからだ。そもそも、岩屋自身がここに居て、奉葎将軍を付け狙って移動をしているということは、イグノートから連絡が行っているはずだ。無論、密通していたとしてイグノートが殺されていなければの話ではあるが。そのあたりは、岩屋の知ったところではない。イグノートは岩屋の提案を切った。それが全てだ。だから、イグノートについて、岩屋は深く考えるのを止めた。
それからしばらく歩き続け、女は同じスピードで付いてくる。どこまでも付いてきている。時間はお昼ごろ。もうそろそろ昼食を取ってもよさそうだと考えた岩屋は、とある軽食屋に入ることにした。レンガ造りで頑丈そうな店。だが、店先には岩屋の太ももの半分ぐらいの高さの看板がある。軽食屋というよりかは、カフェといったほうが経営的には近いのかもしれない。ちょうど岩屋はのどが渇いていた。岩屋はその店に入って、付いてきている人の出方を見るのもいいだろうと考えた。
木製のドアをあけると、カウベルのようなカランカランと小気味いい音が響く。
「いらっしゃい」
コップを白い布でふいている人が、岩屋が入ってきたことを察して声をかける。見回すと、店内にはその人しかいない。岩屋はカウンター席になっているところに腰を落ち着ける。机が4つ、それぞれ椅子が4つずつあり、そこで16脚。さらにカウンターには6脚。合計22人が店の定員だ。岩屋が入ってからちょっとして、女の人が入ってきた。
「いらっしゃい」
岩屋の注文を聞こうとしたお店の人が、その人にも声をかける。その女性は、迷うことなく岩屋から一つ開けた席に座った。そして、それぞれの顔をお店の人は見て、聞いた。
「ご注文は?」