47.
怪しげな男は、少しの隙間を開けて、岩屋の後を付けてきた。わずかに後ろを振り向き、岩屋は確かにそのことを確認した。その男は、岩屋が気づいたということには気づいていないようだ。なぜならば、階段を半階分ほど開けて、岩屋とペースを同じくして、ついてきているからである。
岩屋は少し、歩きながら考えた。別にここで始末してしまっても、別に問題があるわけではない。一方で、ホテルに何か問題を起こして追い出されるということは、避けたい。ならば、と岩屋は彼を部屋へ招き入れることとした。それならば、周りに被害が出るということは、おそらく避けられるだろうと考えたからだ。部屋に被害が出ることは、できるかぎり最小限にするつもりではあるが、それは彼の出方次第だ。
岩屋は、階段を上がり終わると、少し廊下を歩き、壁際に張り付いた。彼は岩屋の影を、その一瞬で見失ったようで、慌てて廊下を3歩ほど歩く。
「誰をお探しで」
岩屋がその男に声をかける。男は、声をかけられたということと、気付かれたという2つの意味で震えつつも、威厳を持ちつつ岩屋へと振り返る。
「あなたを」
「そうか、少し話そうじゃないか」
「………」
殺される、と男は思う。そう思うのも無理は無いだろう。奉執将軍という将軍クラスの人を、たやすく殺してしまうような人物だ。スパイなんて、ある意味使い捨てのような人材、いともたやすく殺されてしまうだろう。だが、ここで男は考える。この人は、本当に殺そうとしているのかを。そして、これはチャンスなのかもしれないと。ここで、良い情報を得ることができたら、それだけ自身の待遇が良くなるのではないか。ならば、ここで相手の懐に飛び込んでいくのも、一つの手であろう。
そこまで考えたうえで、男は岩屋へ答えた。
「いいだろう。少しばかし、話そう」
「そうこなきゃな」
笑いながら、岩屋は男を部屋へと案内する。部屋へ入る直前、岩屋は男に聞いた。
「ところで、どこからのスパイだ」
男は答えることをしなかった。岩屋は、それ以上聞く事もしなかった。きくまでもない、それは奉葎将軍だと知っているからだ。二人は黙々と、部屋へと入っていった。