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国境から4日ほど歩いて、岩屋はとある宿屋に泊ることとした。これまでは野宿か、場末の安い宿に泊っていた。野宿については言うに及ばず、場末の宿は、おおよそ盗人宿のようなものが多く、金さえ払えば文句を言わないと言う人らが多かった。そのため、ここまで連絡が直接行くということは無かった。
例外は、岩屋を順番に交代しながら見張っている一行だった。彼らは奉葎将軍の手先で、5人か6人ほどで、代わり代わり見張り続けていた。そのことに、岩屋はうっすらと気付いていた。と、いうよりかは、必ずそう言うことがあるだろうという察しをしていた。だから、ここで一つ引っかけてやろうと考えたのだ。
宿というよりホテルということがふさわしい場所に、久しぶりに岩屋は立ち寄った。おおよそ国境から省都まで3分の2ほど来たところだ。旅をはじめてから初めてかもしれない、と岩屋は考えつつも、扉をくぐる。ここに来る前に身だしなみを整えているから、誰も何も注意をすることは無い。岩屋は、フロントへ近づきつつ、用心深く、周囲を見回す。1人、あやしい人がいる。
「いらっしゃいませ、お客様」
フロントの男性が、にこやかな笑顔で、岩屋に話しかけてくる。
「泊りたいんだが、部屋は空いているかな」
「少々お待ち下さい」
台帳を確認しているようだ。まだ、コンピュータという便利な物は、ほとんど普及してはいない。省都の王宮内部で、どうにか使われているかどうかといった感じだ。なので、パラパラと紙をめくる音と、周りの楽しげな談笑と、こちらをジッと気付かれないように見つめている視線の合唱を、部屋が見つかるまでの間、岩屋はしっかりと楽しんでいた。
「お待たせいたしました。お部屋は1部屋開いています」
「そうかい。鍵をもらえるかな」
「何泊される予定でしょうか」
「1泊、ああ、朝ごはんと晩御飯も食べたいなぁ」
「でしたら、1泊2食付のコースがお得かと。いかがいたしますか」
「んじゃ、それで」
岩屋は、持っていた路銭を幾らか渡し、金額を清算した。そして、鍵を受け取り、部屋へと歩き出す。それを見届けるように、ロビーに居たあやしげな人が動きだした。ほう、と岩屋は思った。すでに目を付けていたからこそ、その行動に意味があると思うのだが、そうでなければ全く自然に思っていたことだろう。
もっとも、気付かなかったとしても、岩屋には敵わないだろうが。そう岩屋自身は自信を持っていた。奉執将軍をこの手で殺したからこそ、その自信を得ることができたと言っても過言ではないだろう。そして、その自信ゆえに、奉葎将軍を手に掛けようとしているということも。




