36.
ごろんと、音を立てて首は床を転がる。もはや、岩屋は何の感情も湧いていなかった。それは、元奉執将軍を単なる物として見ているからか、それとも感情を失ったか、何も感じることが無くなってしまったのか。それらは定かではない。現時点で分かっているのは、肩ほどまで伸びていた髪の毛を無造作に握り、第一部下へと生首を見せた。
「証拠は、これでいいのか」
「ええ、いいでしょう。後は……」
第一部下が何かを言いかけた。だが、それよりも速く岩屋は第一部下へと尋ねる。
「他の将軍も、いるな」
「え?」
「首はまだ足りぬ。お前、名前は何と言う」
「バイ・ラグです」
そうか、とあまり興味なさげな口調で、岩屋はラグへ言った。だが、何か考えがあって聞いたに違いない。それを思ったからか、ラグは次の言葉を待った。
「奉執将軍…名前を何と言う」
「さて、私は聞いておりません。ただ、閣下と呼べとだけでして」
「そうか、ならば名を付けよう」
生首を、近くにあった袱紗のような紫色の布に、それを包む。しながらも、岩屋は名前を考えた。そして、何かひらめいたようだ。
「彼の名は、ムエルーテ・ディオスだ」
その名の意味は、この場に居る誰も知らない。だが、死と神という意味が与えられた。無意識下で岩屋は、彼を死神と考えていたのだろう。それが、このような名前として現れた。それが真相だ。一方で岩屋は、本当の名前が分かるまでの仮称だと言う気持ちもあった。本当の名前は、誰にでもある。それによって祀ることが大事だと、岩屋は考えていたからだ。
「ムエルーテ・ディオスですか。よろしいかと思います」
「ふむ、そう言うだろうな」
全ての考えは読めている。岩屋は言外に匂わせながらラグに言った。
袱紗を結び終えると、今まで呆然として立ちすくんでいるライタントへ、岩屋は向いた。
「ライタントさん、どうでしょうか。一緒に来てくれますか」
「………あ、えっと」
突然声をかけられ、何を言っていいのか分からないようだ。ラグは、そこに助け船を出す。
「私は行きましょう。第一部下として」
「ライタントさん」
袱紗を持っていない手は、刀を腰に結えるのに忙しいようだ。と言っても、結えるための紐は、ラグがほとんど結んでくれた。岩屋は結び目を確認し、さらにライタントへ言う。
「これから長い旅になると思います。あちこちの省城を巡り、奉王将軍に全ての生首をさし出すことになります。それでも、着いて来てくれますか」
「…分かりました、行きましょう」
ライタントは、腹を決めた。もしかしたら殺されていたかもしれない命。助けてくれた岩屋に預けるのもいいだろう。そう考えたのだ。
彼らに、もう悩みは無かった。
 




