34.
「ほう」
奉執将軍は、岩屋の話を聞くために、その場で立ち止まる。岩屋と奉執将軍の間は、1メートルを切っているだろう。あまり隙間がないが、二人だけが話すのであれば、これだけでも十分だ。もっとも、岩屋はこれ以上離れたら、完璧に当てると言うことが難しくなることを知っている。そのため、これ以上離れるつもりはない。奉執将軍も、後ろに居るライタントと第一部下のことを無視して、岩屋の心の中が知りたい。その二人の無言の意見が一致した結果の距離だった。
今やライタントと第一部下は、圧迫感の感覚をまひしつつあった。だが、この状況に至ってもなお、筋肉一つ動かすことができなかった。動いたら、死ぬしかないと分かっているからだ。
「その言葉から察するに、何か言いたいことがあるようだな」
奉執将軍は楽しそうに言う。この状況を楽しんでいるに違いない。そうでなければ、そんな声調できるはずがないからだ。だが、岩屋は気にも留めずに語りだす。
「ああ」
岩屋が一言だけ言った。奉執将軍は、さらに促すため、肩を使って合図を出す。手を使えば撃たれる可能性があるからだ。わずかかもしれないが、その可能性はできるだけ排除したい。それが奉執将軍の本音であった。
「恨みつらみは、数多くある。重ね重ねになるが、サザキはもう帰って来ない。それは知っている。人を殺すための理由なんて、あるようでないものだ。ただ、僕があなたを殺す理由ならある」
「ほう」
奉執将軍は岩屋に感嘆しているようだ。この状況であっても、理由があると言っているのだ。なにか深遠な理由があると思った。だから奉執将軍は聞いてみたいと思ったのだ。
「サザキは、あなたに、他の奉王将軍の部下の将軍たちに追われたと言っていた。その中でも、あなたがサザキを追い詰め、殺した。だから、あなたを僕は殺さなければならない。サザキの為に。僕自身の為に」
「そうか、なるほど」
それだけかと、残念がった奉執将軍ではあるが、これからどうしようかと考えた。その上で、岩屋に言う。
「その話だと、君は他の将軍たちも殺さなければならないだろう。どうするんだ」
「無論だ。サザキは、将軍たちに殺された。その責めを負ってもらう。まずは、あなたからだ」
「残念だよ」
「何がだ」
「君も、普通の人だったということさ」
奉執将軍は、そう言ってその場にしゃがむ。だが、一瞬差で岩屋が銃を撃った。髪にあたり、それから頭へと。頭蓋骨を貫通すると言うことはできなかったが、出血をはじめた。
「う…ぐっ」
極度の痛みのせいと、流れ出る血のせいで、奉執将軍は、目の前を見ることが難しくなった。体も斜めに傾いている。今にも床に倒れてしまいそうだ。
「僕は、お前を許さない。将軍を許さない。そして、助けなかった奉王将軍を許さない。この世界を許さない。僕は、世界を変える。僕の思うように」
そして、さよならとだけ奉執将軍に告げた。パン。乾いた音が、全ての音に上書きされる。この時初めて、ライタントと第一部下が動けるようになった。圧迫感は、銃声の音とともに、瞬時に消えたのだ。