33.
「待て、立ち止れ!」
執務室のすぐ外で護衛が叫ぶが、その声は2発の銃声にかき消される。直後、ドサッと重い物が床に落ちる音が聞こえた。護衛2人が倒れた音だ。それから、一瞬の間があり、執務室のドアが蹴破られる。
「邪魔するぞ」
「待っていたよ、岩屋京士朗」
両手を広げて、椅子に座りながらも、威厳を保ったままで、奉執将軍が出迎える。その姿は、何も恐れる者は無いという王者の貫録を感じさせる。だが、岩屋は気にも留めない。その目は復讐を果たすことに満ち溢れている。貫禄をいかに見せつけようが、岩屋には関係のない話であった。
「奉執将軍、だな」
どこからか調達してきたようで、岩屋の右手には、微動だにしない銃が握られている。その射線は、ピタリと奉執将軍の眉間に狙いを付けていた。窓は閉め切っている。地震でも起こらない限りは、ここで外すことは無いだろう。
「ご名答。一度会っているから、当然分かるだろうな」
「当たり前だ。その顔、これまで忘れた事なぞ一度もない」
「それは嬉しいねぇ」
朗らかな顔つきを見せる奉執将軍。一方で、笑顔なんて一欠けらも見せない岩屋。その時、ライタントは何も話すことができなかった。最初は岩屋を止めるつもりでいたのだが、この状況、緊張感、圧迫感で、倒れるのをどうにか抑えるので、いっぱいいっぱいだ。第一部下も、これほどの状況は、未だかつて経験したことがなかった。
雰囲気にのみ込まれ、動く事ができなくなっているライタントと第一部下を置いて、岩屋と奉執将軍は話し続ける。
「自分一人殺したところで、サザキは帰って来ないぞ」
「知っている」
「なら、なぜ人を殺す。なぜ、テロを起こす」
「………」
岩屋は初めて答えなかった。応えられなかった。それは、恨み、復讐心、殺意、その他雑多な悪の感情が複雑に入り乱れていたからだ。これだからこうだ、という単純な言葉では割り切ることはできない。そのことは、岩屋が回答することができないという大きな理由になっていた。
奉執将軍は、岩屋が答えられないことを知ると、ゆっくりとした口調でさらに語りだす。あくまでも、諭すように。
「なあ、人を殺す理由がないのであれば、なぜ殺し続けるのだ。これ以上、殺さなくてもいいだろう?」
奉執将軍は、ゆっくりと立ち上がる。岩屋はその動きに合わせて銃を向け続ける。相変わらず、一発で眉間を打ち抜けるように。狙いをずらそうとは考えず。
「…人を殺されたのに、殺し返そうと思う気持ちは、理由にはならないか」
「復讐か。それも理由にはなるだろう」
だが、と奉執将軍は、執務机の前に立ち、ライタントと第一部下を盾にすることなく、岩屋と話し合う。もはや、岩屋が銃を撃てば、必ず当たるだろう。1メートルと離れていないためだ。
「だが、それを認めたらどうなる」
「どうなるとは」
引き金にかけている人差し指に、わずかに力が入る。あと1ミリ手前に引けば、発砲されるだろう。
「復讐は、復讐を産む。それを認めてしまえば、世界はどうなるか、考えたことあるだろうか」
岩屋は、答えられない。
「残るのは、屍ばかりだよ。無造作な殺し合いだよ。最後の一人になるまで、人間は殺し続けるだろう。それが答えさ。だから、自分は復讐をしたくない、させたくない。どうだろう。その銃を降ろしてくれないか」
岩屋が構えている銃に一歩近寄る。だが、岩屋は一歩下がった。
「なるほど、奉執将軍。あなたの言い分は分かった」
岩屋は、ようやく口を開く。




