31.
「そうか、来たか」
奉執将軍は、執務室の中でその報告を聞いた。執務室は、省城の中心部にある、宮殿とも言うべき将軍邸の、さらに中心に在る。執務室のすぐ横が寝所で、扉2枚を隔てているていどにすぎない。扉の間は小部屋で、緊急時の脱出口も兼ねている。だが、奉執将軍は、逃げるつもりは毛頭なかった。来るなら来い、その気概が、奉執将軍をこの地位に押し上げている原動力であった。
報告は、第一部下が直接奉執将軍へと言った。いつか来ると言うのが分かっていたから、ついに来たという雰囲気だ。第一部下も、そのことを分かっている。そのため、焦っている雰囲気は無い。
遠くから、ドォンと爆発音が響いてきた。さすがに窓辺に寄って、奉執将軍は外を眺める。黒い煙が、風にたなびいて上空へと向かっているのが、徐々に太くなっていく。風にも負けぬほど太く、濃くなると、2度目の爆発が起きた。
「……岩屋か」
「はい、閣下」
第1部下が、奉執将軍の考えを肯定する。ふむ、と息を吐いて、奉執将軍は逡巡した。何かをためらっているように見える。第一部下は、初めて見る奉執将軍のその姿を見て、なぜかホッとした。同じ人間だと言うことがはっきりと理解できる形で感じれたからだ。それが、嬉しかったようだ。だが、奉執将軍は、部屋をぐるぐると回りながらも、とうとう決断をした。
「確か、あの里で捕まえた捕虜は、ライタント、と言ったな」
「はい、閣下。里長をしていたジュン・ライタントです。どうしますか」
「うむ、ここに連れて来てくれないか。少し考えがある」
「はい、閣下」
第一部下が奉執将軍に立膝で敬礼し、すぐに出ていった。だが、奉執将軍はまだ迷っている。この方法が正しいのかという話だ。それは、死んだとしても分からないことだろう。奉執将軍は、そう割り切って、事に当たることとした。それしか、もはや道は無かった。
コンコンとノックの音が執務室中に響く。
「入れ」
執務室の机に座り、考え事をし続けていた奉執将軍の前に、一人の男が連れて来られた。第一部下と2人の護衛が付けられた上で、麻のつなぎを着させられ、手錠、足枷を付けられている。ライタントだ。別段、なにか拷問を受けたという様子は見られない。
「ライタントだな」
「ああ、そうだ」
ライタントは、隙あらば飛びかかってやろうとしているようだが、奉執将軍と、周りの護衛がそれを予防する。手錠足枷を付けられていてもなお、闘志は衰える気配はない。サザキが死んだことがショックだったということと、その恨みがまだあるようだ。
「サザキは、残念だと思う。それはそうと」
喚き散らそうとし、罵詈雑言を浴びせようとするライタントの口を、護衛が無理やり抑える。それを見てから、安心して奉執将軍が続ける。
「…岩屋がこの町に来た。あの爆発が見えるか」
遠くで、5度目の爆発音が響く。1度目よりか近付いているように感じる。
「…ああ」
ライタントは、奉執将軍と目を合わせないようにしながら、くぐもった声で答える。そこで、奉執将軍が護衛の手を除けさせ、はっきりと声が聞こえるようにした。
「それでどうだろうか、餌になってもらえないか」