29.
省城まであと一歩というところまで来た時、すでに1か月はかかっていた。だが、岩屋はその1か月は全く苦ではなかった。復讐の鬼と化している岩屋にとって、時間の流れは、もはや関連性を持っていなかった。目標を叩き潰す、そのことだけが、岩屋の原動力となっており、行動指針であった。
「お、兄ちゃん。なに持って行ってるんだい」
通りすがりの人が、にこやかに声をかけてくる。岩屋は台車を押しながら、睨みつけて、その人に答えた。
「奉執将軍の省城に、お届け物です」
ひょいと通りすがりが箱を覗き込む。何の変哲もない、小さな木箱が10個。この時代の蒸気自動車は、あまりにも暴走事故が多発していたため、かなり不人気である。ちゃんと売っているのだが、運が良くて軽傷間違いないという物だ。そんな物を使って物を動かすと言うのは、かなりの急ぎでないと意味がない。急ぎの荷物も、馬に託すということは、この世界ではよく行われていることだ。だから、ここで岩屋が台車で押しながら向かっているということは、何ら不思議なことではない。
「なるほどねー、まあ、頑張ってねー」
「ええ、ありがとうございます」
何がありがとうかと言われたら、その答えは分からない。一応言っておこうと、その程度だ。岩屋がそれを言ってから、しばらくして、通りすがりはどこかへ電話をかけ始めた。
「あ、ボス。ええ、俺です。岩屋が来ました。木箱を10個ほど積んでます。どうしますか」
数秒の沈黙。
「分かりました。では」
通りすがりは電話を切る。それからすぐに、岩屋の後を追いかけて、道をたどりだす。あたかも、どうやって省城へ向かうかが分かっているかのように。
岩屋は、そんな追跡者に気付く気配は全くない。たまに、道を歩いていて、後ろから猛スピードで追い越していく馬車を注意深く見ていく程度だ。省城に近づくにつれて、人通りも増えていく。道は相変わらず未舗装で、轍がはっきりと泥の道の中で見える。その轍から徐々に目を地平線の向こうへ移していくと、ちらほらと街並みが見えてきた。省城の郊外へとさしかかっているためだ。郊外と言っても、2階や3階といった建物は当たり前に在り、徐々に高層階ができ始める。また、岩屋が歩いている道から細かく分かれるように路地が構成されており、子供たちが楽しげな声を出して、遊んでいるのがよく見える。
道はどこまでもまっすぐに続いているものの、岩屋が聞いた話によれば、もう少ししたら石で舗装された道へと変わるそうだ。そこまでくると、あと2時間ほどで中心部へと着く。もう一歩、あと一歩と言いながら、岩屋は歩き続けた。