2.
岩屋が目を覚ましたのは、見たことがない大きな川の畔であった。そこで、岩屋は空をみあげていた。背中一面にはピンク色と白色の花が、川辺にそって咲き乱れている。だが、3メートルほどすると、未舗装の道のようなところがあり、その奥は森だ。森の奥は暗くて、中の様子までは見えない。
「……三途の川か」
だが、奪衣婆の姿はどこにもない。そもそも、人が見当たらない。誰も居ないのかと、とりあえず座ってみる。すると、誰かがじっとこっちを見ていた。女の子のようだ。だが、なんとなく見覚えがあるような気もする。
「君は誰だい」
言葉がわからないようで、首を傾げる。わからないという意味を示すのは、どこの場所でも同じようだ。
その子は、代わりに英語のような言語で、岩屋に話しかけてくる。正確な意味は、岩屋には分からないが、ニュアンスだけはどうにか分かる。
「アナタ、ナガレル、カワ。モトは、ドコ」
英語なら、岩屋も得意な領分だ。学会の発表は、よく英語で行われているからだ。だから岩屋は、英語で返事をしてみる。
「僕は岩屋京士郎。君の名前は?」
やっと理解できる言葉に接したのか、その子の顔はみるみる微笑みだす。見知らぬ人ではないという安堵感か、それとも怖くないという安心感かはわからない。それでも、岩屋の傍にこのままいても、危険はないということがわかったようだ。
「ワタシ、サザキ・シトルン。アナタ、イワヤ。モトはドコ?」
「僕は、日本から来たんだ。ここは、日本じゃなさそうだね……」
「ニホン?シラナイ。ここ、ホウオウショウグンのリョウチ」
「ほうおうしょうぐん?」
わからないということを察したのか、地面に字を書く。どうやら字は日本語のようだ。ややこしいことに、発音は英語風で、書くのは日本語というちゃんぽんのようだ。
「奉王将軍か」
王を奉る将軍ということで、奉王将軍ということらしい。ならば、王がいるのかと、岩屋はサザキに聞くが、首を横に振る。
「ムカシ、いた。いま、いない」
サザキの話によれば、昔は一人の皇帝がいて、全土を統治していたらしい。だが、その人が数年前に殺されてしまい、以来、戦国の世の中となったようだ。今では、大きく3つの勢力があり、そのうちの一つが奉王将軍というらしい。
また、合計して18人の将軍と呼ばれる人達がいるが、彼らが3つに分かれて戦争を繰り返しているという。奉王将軍の部下としては、6人の将軍がいるそうだ。ちなみに、王将軍というのが、ボスの名前になっているらしい。
「田んぼ、畑、みな枯れた。いま、なにもない。助けて」
「助けてと言われてもなぁ……」
その時、岩屋はやっとサザキの顔の見覚えがある気持ちの真相がわかった。冷静になればなんてことない。娘の面影があるようだ。血縁関係はないはずなのに、不思議な気持ちにさせてくれる。そして、それが安心へとつながっているようだ。
それがわかると、岩屋はふぅと深く息を吐きだし、同じ量の空気をゆっくりと吸い込んだ。そして、サザキに話す。
「いいだろう、手助けしてやるよ。畑や田んぼのところまでつれていってくれないか」
「ほんと?うれしい!」
サザキは、晴れ晴れとした顔つきとなり、手を引いて岩屋を無理に立たせて連れて行った。