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24.

 岩屋とにらみ合っている奉執将軍は、ライタントを屋上の端に立たせる。

「いいだろう、これからそちらへ降りる。だが、なにか事を起こせば、容赦なくこの者の首を掻き切る」

 奉執将軍は、腰に下げていた青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)を鞘から抜くと、すばやくライタントの首元へとあてがった。その様子は、逆光になりながらも、岩屋の目にしっかりと映っていた。岩屋は屋上から徐々に姿を消しつつある奉執将軍に叫ぶ。

「ああ、何もしないとも。だから、そちらもこのまま帰ってもらいたい」

「ハハハ」

 奉執将軍のものと思われる笑い声だけが、屋上から響いてきた。岩屋はその笑い声が耳から零れ落ちていくのを、はっきりと感じていた。足元に横たわっているサザキの体を両手で体が水平になるように抱きかかえ、静かにどこかへと歩いていった。


 奉執将軍が戦闘が終わったライタントの家の1階へと降りてきたとき、すでに岩屋の姿はそこに見当たらなかった。彼がどこに行ったのか、ライタントは心当たりがあった。だが、そのことは言わなかった。言ってしまえば、奉執将軍はすぐにそこへ向かい、無理にでも岩屋を連れて行くだろう。それが嫌だったのだ。ここまで戦い、そして死ぬ覚悟もあった岩屋が、なぜ逃げたのか。その理由は、ライタントもわからなかった。

 戦いは終わりを告げた。屍が累々とあるこの二重の堀は、そのままで打ち捨てられることとなった。奉執将軍は、この土地へ二度と戻ってくるつもりはない。それは、サザキという重大な発見をしながらも、サザキが確かにこの場所にいたという証拠を得ることができなかったからである。その肉体は、すでに岩屋の手によって連れ去られており、奉執将軍が彼女がいたという証言をするか、ライタントによる証言か、どちらにせよ証言以外の物証が存在していないからだ。それゆえに、奉執将軍は、サザキについては黙っているつもりだ。岩屋が逃げたということは、大々的に宣伝をし、さらに懸賞金までかけて捜索するつもりではあるが。


 岩屋がどこへ行ってしまったのか。それは、至極簡単なことだ。岩屋は岩屋の家に戻っていた。弔うために。サザキは、死んだ。死んだ娘が生きていたと思い、再び失った心痛はいかほどであろうか。岩屋は、そのことを考える前に、サザキを床に横たらわせ、知っている念仏を唱える。ずいぶん昔、妻と娘の時の読経で聞いたことがあるものだ。だからかなりあやふやで、あやしいところもある。それでも岩屋は、気持ちが大事だと思い続け、唱え続けた。

 数分してから、読経を止める。これ以上を続けても仕方ないからだ。気持ちは十分にこもった。岩屋はそう判断した。そのため、次の行動へと移る。荼毘に付すのだ。周囲に燃えやすい素材はそろっている。研究の為のものは、必要な物を除いて、すべて家とともに燃やすこととした。向こうの世界があれば、きっと岩屋を待ってくれるだろう。それまで、同じ生活ができるように。

「……またな」

 家の外へと出た岩屋は、周囲に人影が無くなってしまった里の一角にある家に火を放った。最初はボヤ程度で煙がくすぶっていると思うような勢いであった。まだ火は止められる、岩屋が思いつつも、どんどんと火勢は強くなる。はじけるような音が繰り返し起こり、最後にドンと爆発を起こした。

「……サザキ、お前の仇は討つ。必ず」

 岩屋は自然と流れ落ちていく涙をぬぐうことなく、怒りばかりを目に秘めて、燃え盛る家を振り返ることなく、里を出た。わずかに、サザキの遺髪を入れた小さな袋と、研究資料として持ちだした1冊の本と共に。

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