21.
奉執将軍側の兵が押し寄せると、すぐに第1の堀を越えようとしてくる。だが、外側の堀を乗り越えてきても、岩屋は水のスイッチを押さない。火矢を何本か放ったきりだ。それでも、バタバタと倒れていく。ライタントは、それでも、なにか策があるに違いないと、イワヤを信頼しつつ、爆弾に人つけてパチンコで撃っていた。
「……もうちょっとだ」
岩屋は、ひとりごとを言いつつも、そのチャンスを図っていた。後ろでは、サザキがライタントの手伝いをしている。爆弾の火をつけたり、矢の準備をしていたりだ。下では、木でできたはしごを持ってきて、いよいよ内側の、第2の堀へ到達した。
「今だっ」
岩屋はそのタイミングを待っていた。手元においてあったスイッチを、力いっぱい押しこむ。それにつながっているのは、水門だ。押すと同時に、水門に仕掛けられていた爆弾が爆発。水が一気に堀の中へとなだれ込んできた。そこを狙って、爆弾に火をつけつつ、投げ続ける。敵は、堀の中の濁流に飲まれ、ある者は溺れ、またある者は焼かれた。
そこで助かった兵にも、水の中に仕掛けられている端子に水が付いた途端、電気が走る。こちらはスイッチなんてつけていないため、発電用の水車が動き続けており、ワイヤーが切れない限りは、電気が流れ続けることとなる。そのため、溺死も焼死も免れた兵は感電死をする結果となってしまった。
しばらくして、それらの屍を超えてくる人たちが現れた。彼らは、木の板を張り合わせた簡単な橋のようなものを使い始めた。火矢をいくら射掛けても、今度はすぐ下が水のため、あっという間に消されてしまう。電気が通っているのだが、木の上にいる限りは、あまり問題はないようだ。
とうとう堀を越えられ、砦の中へと兵が入ってくる。その時に、岩屋はライタントへ告げた。
「…いままで、ありがとうございます」
「先生、なにをおっしゃるのですか」
「このままだと、あなたも死んでしまうでしょう。ですので、脱出を」
実は、各階の隅に、脱出用の滑り台状のスロープを用意している。そこから逃げろということだ。敵が攻めてきた時点で、持ち場を離れてもいいと、岩屋はあらかじめ全員に伝えている。だから、心配になるのは、岩屋自身と、ライタント、そしてサザキだった。その中でも、岩屋が心配しているのはサザキだ。
サザキの秘密を知っているのは、里の中では唯一岩屋だけだ。そして、奉執将軍は、サザキを見た途端に、おそらくその秘密を言い当ててしまうだろう。そうなれば、サザキが人質となる場合も考えられる。それが、岩屋が考える最悪の事態だった。それを回避するためには、逃げられるときに逃げるしかない。その最後のチャンスともいうべき機会が、兵が屋上へとくるまでの僅かな時間だ。
そこまで考えての岩屋の要請であったが、ライタントは拒否した。
「私はいままで、里長としてこの里を治めてきました。しかし、こう戦争が起こってしまった時、私が逃げることはできないのです。里と運命を共にするのが、私の役目ですので」
「しかし、サザキは逃さないと……」
「逃げないよ」
サザキは、断固たる決意を持って、岩屋に答える。それは、この前の夜、サザキが岩屋に語った時の決意と同じほど、強い意志だった。気迫あふれるその顔つきは、岩屋が一瞬たじろぐほどだった。
その顔を見た時、岩屋は説得することを諦めた。もはや、ここで戦い果てるしかないと、腹をくくった。もっとも、もとからここで死ぬつもりで戦っていたが。