20.
岩屋に声をかけた、その騎乗の人物こそ、奉執将軍その人であった。岩屋は、屋上から奉執将軍へ答える。奉執将軍は、銀色に輝く鎧を着て、さらに兜をしている。馬からゆっくりと降りると、両手を腰にあて、屋上を睨みつけ、つまり岩屋を睨みつけ、大声で話しだす。
「岩屋京士朗よ、なぜ我々につかぬ!」
「奉執将軍とお見受けするが、間違いないかっ」
受け答えは、無事に出来ているとは言い難い。質問に、別の質問で返すような状態だ。これでちゃんと会話が成り立っているということと考える方がおかしいのだ。だが、岩屋も奉執将軍も、そうは受け取っていなかった。相手の出方を図っていると考えたのだ。そして、数秒待ってから、相手の応答がないと分かると、まずは岩屋が相手に呼び掛ける。
「奉執将軍で間違いないか」
「ああ、間違いない。なぜ貴殿は我が元へ来ぬ」
「僕は、ここでゆっくりと研究がしたいだけだ。それを邪魔すると言うのであれば、僕は全力で廃除する。ただそれだけだ」
「なら、その研究とやらを渡してもらいたい。このままでは評価も出来ぬ。評価ができぬ者について、どのようにしようというのであろうか」
「……だが、僕はあなたの軍門に下る気はない」
それは、まぎれもない本心だ。岩屋は、そのことを声のトーンを落としてまで、奉執将軍へ告げる。奉執将軍は、ここまできて会話を止めた。それは、奉執将軍が考えている証拠であった。
奉執将軍は、どうしたら岩屋を手中に収めることができるかを考えていた。ただ、それだけを考え続けた。そして、一つの答えに達する。それは、岩屋の望みを聞き、それを出来るだけ叶えるという方向だった。
「ならば、どのような条件であれば、我々とともに来てくれる」
「条件か……」
今度は岩屋が考える番だった。条件と唐突に聞かれて、何を条件として取引をするかを考えているのだ。その時、ふとサザキが目の前にきた。
「大丈夫?」
その目は心配そのものだった。その時、岩屋は何を条件にするべきかが、パズルのピースのように、ぱちりとはまった。もはや、それ以外に考えられないと言うぐらいに、完全に。
「条件を言ってくれないか」
奉執将軍は、さらに強い口調で岩屋へと話しかける。そして、岩屋は奉執将軍に答えた。
「条件を言おう。一つ、僕自身の研究への不可侵。二つ、僕の研究の軍事利用の拒否。三つ、助手を僕が選任し、それについて拒否しない。これらの条件を飲めない場合、僕はあなたとやはり争うことになる」
「一つ目と三つ目は、いいだろう。だが、二つ目は飲めぬ」
「……交渉は決裂だな」
「残念だよ」
奉執将軍は、右手を高々と掲げ、一気に前に降りおろす。その途端に、地響きにも似た響きを立てつつ、兵士たちが一気に進んできた。それを受け止めるため、岩屋たちは一瞬だけ、息をとめた。