18.
火薬は岩屋が覚えていたものを頼りに、どうにか作っていく。ブツブツとつぶやきながらも岩屋が作っている横で、ライタントはY字の木の枝をつかって、簡単なパチンコを作っていた。どうやら、火薬を打ち出すための銃ができそうにないため、早々にこちらへと舵を切ったようだ。
「硫黄が2割、木炭が1割5分、硝石が6割5分」
材料を秤によって、ほぼ正確に取って行く。できた混合物は、すぐ横で待ち構えているサザキにいってすり鉢へと入れられる。それからゴリゴリと粉にして行く。すり鉢はサザキの役目だ。何やら楽しいようで、一心不乱に材料を入れては摺るを繰り返している。
そして、導火線として、紐状に加工した木を、油につけては乾かしてを何回か繰り返したものを使うこととなった。攻撃準備は着々整いつつある。あとは奉執将軍が来るのを待つばかりだ。
その日の夜、まだ奉執将軍はこない。岩屋は堀に水を通すことを決め、全員に通達した。
「空堀よりも、水掘のほうが、防御力は上がると思うのです。水を渡ると言う労力は、かなりバカにできないものです」
「しかし、このまま水を入れていいのか」
心配になって聞いてくるのは、副里長のスルー・ハングトンだ。彼は細身の里の成人男性の中で身長が低い方だ。だが、頭は間違いなくトップクラスの頭脳を持っている。里一番であるだけでなく、奉執将軍の区域でも一二を争うレベルだ。なお、岩屋は流れ者という扱いを未だに受けているため、里一番という評価を受けていない。受けていたとしても、別格だという扱いだろう。
そんなスルーが心配したのも無理はないだろう。そう岩屋は想った。なにせ、土を掘っただけという簡易な構造だ。そのため、水を通した場合、外側と内側の堀を隔てる土壁が崩れると言う可能性すらありうる。それを考慮に入れての指摘だ。
「上部だけでも固めて、もしくは木の板をはめ込んで防御力を高めるべきでしょうね」
そこで、岩屋は面白い考えを思いついた。それを全員に伝えると、やってみる価値はあるのではないかという結論に至った。そして、補強工事と同時に、そのための工事もすることとなった。
必要なことはすべてそろった。後は、敵がやってくるのを待つばかりである。堀に水を入れる作戦は、結局、敵が攻めてきてから、水門を開けると言う方式で解決した。これならば、補強することはあまり意味がない。どうせ崩されているだろうからだ。
一方で、岩屋が考えた面白いことの工事は完了した。水を入れて無事に機能してくれることを、岩屋は祈っていた。だが、それがちゃんと動くか分かるのは、実際に敵が来た時である。
そんな岩屋は眠れなくなっていた。ライタントの家の2階に用意された部屋の中、布団にもぐり目を閉じていたのだが、どうにも気持ちが高ぶってしまっていて、なかなか寝付けない。そこで何か部屋の中で物音がした。岩屋が目を凝らして見てみるとサザキが一人起きて、部屋から出ていくところだった。岩屋は、特に危険はないだろうが、慌てて後を追った。
「どうしたんだ」
岩屋は屋上に立って、川の向こうを見ているサザキに聞いた。サザキは岩屋の質問に答えるつもりはないようだ。だが、どうやら聞いてほしい話はあるらしい。川の向こうの、今は真っ暗で見ることができない陸地の方へ指さした。
「あっちって、何があるんだろう」
「さあね、僕はまだこの世界に来たばかりだからね」
「来たばかりって、1年もいたら十分だと思うけど」
「確かにね、でも、この世界に居る人でも知らないことを、僕はもっと分からないさ」
確かに、岩屋は里のいろんな人に向こうの島のことを聞いていた。だが、誰も首を横に振って、知らないと答える。なにせ、川の流れが速すぎて、沿岸部から離れたら最後、どこまでも流されてしまうそうだ。上流の方も似たような感じで、延々と向こう岸が近付くと言う雰囲気はないらしい。
「分からない、ね」
サザキは腕を降ろして、岩屋を見ないまま話し続ける。
「私、ここに流れてきたんだ。危険から逃げるために」
「らしいな。詳しい話は聞いてないけど」
岩屋は、昔ライタントから聞いた話を思い出していた。確か、森の向こうから逃げてきたということだった。だが、それ以上は、決して話したがらなかったという。それが今、この状況で話そうとしているようだ。
「私、奉王将軍の娘なの。当時はたった一人の娘。でも、その存在が嫌いだという人たちがいた。奉王将軍の部下の将軍たちね。私は彼らから逃げるために、奉王将軍によって逃がされた。そして、この場所にたどり着いた」
その時、やっと岩屋へと顔を向けた。人工的な光が一つも光っていないこの里で、満月の光だけで、サザキが泣いているのが、岩屋には分かった。ただ一筋の涙。それは、岩屋が望んでいた幸せの涙ではなかった。間違いなく、逃げるという苦しみからの涙だ。
「私、岩屋に出会って幸せだと思う。なんだか不思議とお父さんを感じれるから。だから、これだけは約束して」
「なんだい」
岩屋は、サザキへ体ごと向き直る。サザキも、月明かりの中、岩屋へと体を向ける。
「死なないで。ずっと、私と一緒に居て」
「ああ、いてやるとも」
それは、岩屋が最初にサザキに出会った時から抱いていた感情の一つだった。まさしく、岩屋にとってサザキは娘そのものとなっている。それを再確認させるための、ある種の儀式だった。