15.
その日の夜、岩屋の家にあわてた様子で、ライタントが駆け込んできた。ただならぬその風体で、岩屋はすぐにライタントを2階へと上げ、水を勧める。その水を一気に飲み、やっと落ち着いたライタントに岩屋がたずねる。
「どうしたっていうんですか」
「岩屋先生、今すぐ逃げて下さい。彼らがやってきましたっ」
「彼ら、彼らとは誰のことですか」
岩屋が尋ねるが、ライタントはひたすら逃げろ、逃げろと繰り返すばかりだ。意味が分からない岩屋ではあったが、そこに誰かがやってきた。
「岩屋京士朗さん、出てきてください。奉執将軍がお呼びですゆえ」
その人は、朗々たる口調で、家の中にいるであろう岩屋へと呼びかける。だが、岩屋は返事をしない。わずかに待ってから、さらにその人は述べる。
「岩屋京士朗さん、私は奉執将軍第1部下、バイ・ラグです。今出てきていただけると、とてもありがたいのですが」
「……奉執将軍といえば、この里を支配している一番上の人ですね」
奉王将軍は、当然に除かれる。なにせ奉王将軍は最高位の王将軍という地位に居る3人の一人であるため、支配しているという意識があまりない。だから、岩屋も、さきほどのような言葉を
「第1部下というのは秘書のような役目をしています。そんな人が出てくると言うことは、省城まで話が響いているっていう証拠です」
ライタントは、岩屋に行くなと目で訴えつつも、口ではそんな説明をしていた。岩屋は、ライタントが言わんとするところが既に分かっていた。それは、行くと、二度とここに戻って来れないということだ。
「岩屋京士朗さん、いらっしゃるのは分かっております。こちらから行くとなれば、周囲に被害が起こる可能性もあります。どうかお一人でいらっしゃってください」
「一人は嫌だな」
すぐ横でご飯を食べ続けているサザキをみつめ、岩屋は言った。だが、考え方によれば、サザキが一緒であれば問題がないということでもあるだろう。しかし、その言葉は第1部下には聞こえなかった。そのため、さらに脅すような言葉へと、口調を変えずに言い始める。
「岩屋京士朗、出て来ぬ場合、敵対行為とみなすこととなります。それでもよろしいのでありましたら、今すぐに出てきてください」
敵対行為と聞いて、岩屋はライタントに尋ねてみる。
「敵対行為と認められた場合、どのようなことが考えられますかね」
「まずは、この里の壊滅でしょうね。その上、先生自身も、殺されるでしょう」
「では、この里を護るために、これから大工事をする必要があるでしょうね」
「……では」
ライタントは、ようやく希望の色を発し始める。無論、実際にそんな色を見せるわけではない。だが、この時には岩屋は明らかにその色を見ていた。
奉執将軍と敵対するという決断は、岩屋一人で決めることはできない。だが、里長であるライタントの目の前で岩屋はそのことを決断した。だから、窓を開け、そこにいる第1部下へと、岩屋は言い返した。
「岩屋京士朗です。ここまでご苦労様でした。しかし、あなた方に与することはできない。敵対行為、大いに結構!仮にあなた方が攻めてきても、我々は負けはしないでしょう」
「なっ」
その答えは想像していないものだったようだ。第1部下は思わず言葉に詰まる。だが、体勢をすぐに立て直し、言い放った。
「その言葉、将軍閣下へと一言一句違えず伝えるが、それで構わぬか」
「構わん。その気になれば、我々は世界を滅ぼすこともできることを忘れるな。我々にはその力がある」
大見えを切ったのはいいが、岩屋にはあまり作戦らしい作戦はなかった。第1部下が帰っていく姿ををみつつ、これからどうしようかと漫然に困っている。そこに助け船を出したのはサザキだ。
「大丈夫、岩屋なら大丈夫」
「そうか」
「うん、大丈夫」
おそらく何も考えていないだろうが、それでも岩屋は気が楽になった。
「ありがとうな」
「うんっ」
その笑顔の為に、岩屋は命を捧げることもいとわないだろう。この生活を護るため、本気で奉執将軍と戦争をしようとしている。それを見たライタントは岩屋に言った。
「何か、作戦はあるでしょうね」
「まあ、作戦とまでは言えないでしょうが、考えならあります」
この時から、この里は戦時体制へと入ることとなった。