14.
「……そうか、確かに我々の水準では分からぬことばかりであるな」
奉執将軍は、スパイからの手紙を受け取って、一人つぶやいた。若き頃に兵を集め、以後は戦争を重ねて、多数の民衆を従え、歳を取ってなお、この世の不思議を見つけることができる。それが嬉しいという声だ。だが、彼がそのことを言葉にすることは決してない。
すぐそばに侍立している第一部下に、奉執将軍は命じた。この部屋は、奉執将軍の執務室であり、今は2人しかいない。
「奉王将軍へ急ぎ伝えよ。これより、我は戦へ出向く」
「閣下、謹んで、その伝令を承ります」
片膝立ちで礼をし、第一部下はすぐさま立ち上がり、扉を急ぎ開け、駆け出した。扉は一人でに、ゆっくりと音もなく閉まっていく。その様子を見たのち、おもむろに手紙に同封されている似顔絵をじっと見た。
「この者を我が手中に収めれば、王将軍の地位も夢ではない……」
強き者は栄え、弱き者は滅ぶ。それはこの世界であっても変わらぬ真理だ。奉執将軍は、偶然やたまたまという運命を信じる人である。ゆえに、たまたま王将軍の部下であり、いずれはその地位にいるべき人間と考える。そのためならば、利用できるものはとことん利用する。この里は、そんな一人の思い込みによって、戦火にさらされることとなった。
だが、奉執将軍は自称やさしい人である。そのため、すぐに攻めるという方法はとらず、使者を先に行かせることとした。
一方、今だにそのことを知らない岩屋は、今日も授業を行っていた。黒板はないうえに、本も満足にない状態の為、すべてを口に出しつつ説明をする必要がある。ただし、森の材木を漉き、品質は悪いながらも数人に1人へ本を渡すことができるようになっているため、どうにか授業を行うことはできる。本は全て紐で綴じ込む方法であり、文字も森の樹液を加工して、インクとしていた。
「……よって、レプトンとは、標準模型によって存在が提唱され、実験によって発見された素粒子である」
口述で説明をするには、かなり複雑な内容ではあるが、難なく岩屋はこなす。すでに、頭で理解しており、それを事実であると分かっており、十分に説明することに慣れているからである。
そのとき、ちょうどサザキが鐘を鳴らす。鐘というにしては小さい上に、それはハンドベルというのがふさわしい大きさではある。カランカランと乾いたおとが、教室に響いてくる。外で時報代わりに鳴らしているのだ。1年かけて、正確な南を割り出すことに成功した岩屋は、それを基にして日時計を作っていた。そのため、時間という概念が、この里に初めて定着することとなった。
「では、今日の授業はこれまで。教科書は机の上において置くように」
岩屋が言う前に、誰一人として本をもって出ることはない。それは教え続けたという効果でもあるし、彼らがここにくれば、常に見れるという気持ちを持っているからかもしれない。
ばたばたとしつつ、三々五々、出身地ごとに固まりながら帰っていった。最後の一人が教室を出て行くまで、岩屋は見送った。それから、外にいるサザキに声をかけ、中に入れる。
「さて、サザキも入りなさい。今日はこれで授業は終わりだから」
「はーい」
サザキも身長が伸びた。さらに、言葉も、前みたいに片言ではなくなり、しっかりとした文章になっている。不思議なものだが、子供の成長は、そういうものかもしれないと、岩屋はずっと思っていた。