11.
翌日、納屋から起きて来た岩屋は驚いた。すでに家は半分ほど出来上がっていたからだ。次々と木材が運び込まれ、1階では内装工事も始まっている。
工事の手法としては、接木のような形で、木につけた凸凹で、組み上げて行くという方式だ。みている間にも、2階の骨組み工事は終わりそうだ。ただただ驚嘆の眼差しで見るしか無い岩屋に、ライタントは気づいたようだ。
「先生、おはようございます」
「おはよう……これは、もう出来上がりそうなんですね」
へたしたら、いや間違いなく、プレハブ工法よりも格段に早い。驚いて、声もおぼつかないほどだ。もっとも、声は寝起きだからということもあるだろうが。なぜ驚いているのかが理解できないライタントは、岩屋に話す。
「昔からここでは、こうやって寝ずに家を組み立てるのが習わしなんです。先生のところでは違ったのですか」
どうやらそうなんだろうと、ある種確信をしつつも、ライタントは岩屋に尋ねる。2階まで建て終わり、さらに3階目を手がけ始めている里民をみつつ、岩屋はやっと答える。
「ええ、私のところでは、これほどの家だと1週間は確実にかかるでしょう」
逆にその期間の長さに、ライタントは驚いた。
「1週間!省城において、それほどかかる建物があると聞いたことはあります。しかし、この里では、1日くだされば、中まで完全に仕上げれますよ」
その言葉に嘘はないようだ。たった100人かそこらというのに、ライタントと岩屋が話している間に、3階目が出来上がった。どうやら、今回は3階建てのようだ。なにせ木材を切っていた人らも、ここからは家の中に入り、さらに工事を進めているからだ。ここまできて、ふと岩屋は疑問に思ったことを、ライタントに聞いた。
「省城とは何なんですか。それと、この土地はもとは何だったのでしょうか」
「ここは、元は畑でした。あ、安心してください。森を切り開いたところが新しい畑になります。ですので、ご飯が少なくなるということはありません」
ライタントは、そこで話を切った。なにかいいにくそうにしている。省城とは、何か、よくないものの象徴なのだろうか。岩屋が、もういいやと思って、口を開こうとしたら、やっとライタントは話してくれた。
「省城というのは、将軍がいる城のことです。そこは、私たちに重税を課し、ひとたびくれば兵の徴集や、暴虐の限りを尽くします。ゆえに、省城は圧制の対象となっているのです。一方で、国内有数の大都市でもあり、政府機能はすべて省城にあります」
さらにライタントは話を続けた。その話によれば、省城とは別に、王将軍と呼ばれる3人の将軍がいる城は、直城と呼ばれており、その場所こそが、勢力の中心であり、絶対防御するべき場所だそうだ。ちなみに、3人の王将軍は、奉、鎮、護であり、それぞれの配下の将軍は、それぞれの名前を頭につけているそうだ。つまり、ここを治めているとされている奉執将軍とは、奉王将軍の部下ということになる。ちなみに、人口の多さや地域単位の重要度に応じて、直城、省城の下にも、都市、直市、郷府、街村、集村ときて、最後に里ということとなるようだ。つまり、岩屋たちがいるここは、順位でいえばもっとも末端にあたることとなる。
「それと、ここだけの話ですが……」
ライタントは、急に口数を減らし、周囲に誰もいないことを確認した上で、咳き込みだした。すぐ横にいたのは岩屋だけであり、慌てて背中をさする。さらに体をくの字に曲げたが、岩屋が心配してひざを折ったとき、ようやく話し始める。
「実は、末端中の末端である里だとしても、スパイがいます」
「スパイですって」
どうにか聞こえる程度の小声で、口元を手で覆った状態だから、かなり聞きづらい。だが、岩屋にはその状態であっても、ライタントが言わんとするところはわかった。
「ええ、おそらくはあなたのことはすでに奉執将軍へ聞き伝わっているでしょう。気をつけてください。この世界ならざる力は、この世界の誰もが欲するということを」
「……わかりました。重々心に留め置きます」
「ありがとうございます」
それから、背筋を伸ばし、かなり長い間伸びをする。ライタントは言いたいことをすべていったようだ。その安心感だからだろうか、岩屋には、ライタントがフッと笑ったかのように見えた。




