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マッドサイエンティストと呼ばれる人たちは、自らそう名乗ったわけではない。周りから狂っていると言われ、それからそう呼ばれるようになる。つまり、当人らには、その自覚がないということになるわけだ。それが普通だ、彼も、そのような無自覚な狂科学者の一人である。だが、彼が他の人と違っているという点を挙げるならば、それは、当人も狂気の沙汰であるということを知っていることであろう。彼の名は、岩屋京士朗と言う。
少なくとも、岩屋がおかしくなったのは、ここ10年ほどである。10年前、岩屋は国立手野大学で物理学の教授をしていた。だが不慮の事故によって妻と一人娘を交通事故で亡くして以来、妙な研究を始めたのだという。防衛科学技術研究局――通称防衛科局の話は、教授をしていたころ、新たな兵器開発で協力をしていたからだそうだ。教授を務めていた間にも、防衛科局と関わりを持っていたからだろうか、都市伝説的な話として、岩屋が防衛科局において闇の研究をしているという話が生まれることとなった。それは、もともと狂気の素質を持っていた岩屋の性格もあるだろうが、防衛科局の何を研究し、何をしているのかということが一切謎という不透明な状況も、噂に真実味をもたせていた。
当世最凶の科学者、MMS(マスト マッド サイエンティスト)という二つ名がある岩屋は、自覚無き狂気を、研究を始める以前から本能的に感じ取っている。だが、彼はそのことを改めることについては、何ら考えていない。そもそも、考えていたら、こんな研究自体をするはずがないからだ。だから、岩屋は気にしていなかった。
岩屋は、すでに知っていた。死んだ人を蘇らせることはできないことを。しかしながら、時間を巻き戻し、連れてくることはできるはずだ。それが岩屋自身の持論であった。だが、そのために必要な膨大な電力を確保するための発電所が、まず必要となることを数値計算の段階で把握していた。岩屋の妻と娘の奪還作戦の第一目標は、こうして決まった。岩屋のことで分かっているのは、なぜか金を持っており、人里離れたところに家を持ち、日夜謎の研究をしているということである。だが、その研究は、彼の今後の人生を一変させる研究であった。