第二章④『不意打ち』
“氣士”専用機の操縦方法は、操縦桿を使用する通常操縦の他にも、もう一つ存在する。
(“電気信号リンクシステム”良好)
心で呟き、機体と一体化する感覚と共にそれを実感する。
このシステムは、首輪型のデバイスにより、“氣士”が発する脳からの電気信号を、“直接”取り込んでSVが動く。
つまり、パイロットが腕をあげようとする。その電気信号はアルカムの腕に到達する前に首のデバイスに取り込まれてSVへと伝わり、パイロットの腕は動かずに、SVの腕があがる。こういう仕組みだ。
“氣士”同士のSV戦闘においては、遠距離攻撃が“氣障壁”の存在によって決定打になりにくいため、最終的には“氣兵装”での接近戦になることが多い。
総じて“氣士”は、武術の達人が多く、一瞬の反応の遅れや、微細な動きの差異が勝敗につながる。
それならば、“氣士”の強い電気信号を直接、機体動作に繋げられないか、という発想から開発されたシステムである。
現在では、“氣士”専用SVには標準装備されているものだ。
動きから見るに、敵の“ビッグオーガ”はこのシステムを起動していると思われた。
(各部“ダイロビ柔錬鉄”フレームへのリンク開始)
かつて自分が操縦していた“統一政府軍”の“氣士”専用機と比べ、妙になじむ。
(これが“カンパニーズ”の技術力ということか)
“氣士”専用SVの開発力に関しては、“統一政府軍”より“カンパニーズ”の方が優れている。
もともと、“氣士”の能力開発自体は“ダイロビ”が先行していたので、その“ダイロビ”と敵対している“統一政府”より、技術の取り入れは“カンパニーズ”の方が積極性があった。
リンク完了。
これより、首より下は一切動かない不便はあるものの、SVの動作はアルカムの思うがままとなる。
「……判断が遅い」
アルカムは呟きは、目の前の敵を評価したものだ。
戦斧の出っ張った刃で、敵の“ビッグオーガ”の背部を引っ掛けて寄せる。相手の機体は前面に態勢を崩した。すかさず、その突き出されたままの腕に戦斧を振り落とす。
黄色の装甲を貫いて、腕は両断。
そして、もう片方の斧で、晒された背部にも一撃を叩き落とす。
岩を砕くような轟音と、竹を割るような乾いた音が混合する。
“ビッグオーガ”は、背部に大きな亀裂を付け、うつぶせに倒れ込み、そのまま動かなくなった。
(一機、制圧)
自身に報告。同時に、味方の敗北を目の当たりにして、もう一機の“ビッグオーガ”が脚部に力を込め、自身の全長を何倍も超える高さを跳躍して距離を取った。
アルカムは、機体の方向だけを合わせる。敵の後は追わず、腕を背後へと大きくしならせる。
腕部が微細に振動を開始。エンジンのパワーだけでなく、“氣士”の能力に応じて動力としての役割を発揮する“ダイロビ柔錬鉄”フレームに電気信号を注ぐ。
込められた力に呼応するかのごとく、腕部に紫電が絡みつく。
「トマホークブーメラン」
言葉とともに、射出する寸前の投石器のようにギリギリまで引き絞った腕部から、渾身の戦斧を投げ放つ。
それは風を切り、空間を引き裂きながら、ミサイルのように直線的な軌道で敵に迫る。
“氣兵装”で弾く動作は間に合わないという判断か、それとも錯乱からくる無意識か、敵の“ビッグオーガ”は“氣障壁”を展開しようとした。
だが、“氣兵装”を手にした状態での“氣障壁”の展開は、訓練された氣士でも三秒はかかる。
間に合いはしない。もっとも、間に合ったところで“氣障壁”での“氣兵装”に対する防御に意味はない。
戦斧は、半端に展開されかけた“氣障壁”など、無かったもののように切り裂いた。
○●○
ギュンターの“ビッグオーガ”は、宙に浮いたまま上下に真っ二つとなり、
「ギュンター!」
『ウーヴァ隊長ぉぉぉぉぉ!』
次の瞬間には、空中で爆発四散した。
ウーヴァ少尉は、味方の死という事実からくる感情を一瞬で頭から突き出して、敵を見据える。
「投擲で、機体を両断だとっ!?」
いくら鉄壁を誇る“氣障壁”を貫けるといっても、所詮“氣兵装”は硬度の高いただの金属の刃だ。SVの装甲に使われる特殊合金を、貫くことも打ち砕くことも本来であれば困難である。“氣士”用SV同士の戦いでも、“氣兵装”を使って、相手SVの関節部を狙い、部位を分断するのが基本だ。
更に、“氣兵装”は手元から離れるほど、強度が著しく下がる。
しかし、この敵SVは、ハルカ機は力と技、ギュンター機にいたっては投擲で、“氣兵装”の強度を保ちつつ装甲ごと叩き切った。
パイロットが優れているのか、未知のこの新型SVが優れているのか、それとも両方か。
「くそっ、化物かっ!」
ウーヴァ少尉はアサルトライフルのトリガーを引く。
敵のSVは、俊敏に動いて射線を避ける。地面を蹴っているのは音で分かるが、
(足に爆弾でも付けてるのかこいつは!?)
そう思える程に、素早く、慣性を無視した動きだった。
なんとか銃口が追えた頃には、敵は“氣障壁”を展開して、弾丸は防がれる。
「なぜだ! なぜそんなに素早く兵装と障壁の切り替えができるんだ!?」
悪い夢でも見ているようだった。
実力の違い、技量の違いで翻弄されるならまだいい。しかし、いま目の前で起きているのは魔法のような途方もないものを見せられている。そのように感じられた。
常識から外れすぎていて、対策を考えるより、その真偽を気にしてしまう。
「くそっ、出し引きで勝負にならないのなら!」
思い切ってライフルを投げ捨てる。そして、自身の“氣兵装”である、双剣を携えて敵SVへと接近する。
距離があれば翻弄される。しかし、“氣兵装”での叩き合いなら、小細工など関係ない。
敵も両手に武器を持つタイプの“氣兵装”だったが、片方をギュンター機に放った影響か、手持ちは一丁のみ。
敵の錬成は相変わらず素早い。その上、信じられないことだが、しばらく手元を離れても強度を保てるぐらい繊細で濃密な錬成精度だ。
「だが、手数ならこちらが!」
格闘戦こそ、“氣士”専用SVの真骨頂。
ウーヴァ少尉は、片方の剣が、もう片方の攻撃範囲の隙間を縫うように仕掛ける。
敵SVは片手の戦斧でさばきつつ、防戦に回る。
超重量の金属の塊が激突する轟音が、地響きをともないながら周囲に何度も響き渡る。
押し切れる! とウーヴァ少尉が、微かな勝利の可能性を感じた瞬間。
機体が、揺れた。
電気信号リンクをしている機体を通して、感触がウーヴァ少尉の体へと注がれる。
おそるおそる、確認する。
“ビッグオーガ”の背に、敵のSVの“氣兵装”――蒼い戦斧が突き刺さっていた。
先ほど、ギュンター機を貫いた戦斧だ。
(ブーメランのように戻ってきただとっ!?)
なにがなんだか分からない。
優れた“氣士”ならば、“氣兵装”の遠隔操作で、折り返して戻ってくる斧の、形状を操作しながら多少の軌道変更はできるだろうが、それもたかが知れている。
なにより、これだけ手元から離れていた“氣兵装”が、まだこの“ビッグオーガ”の装甲を貫ける強度を保っているのも有り得ない。
いや、有り得たとしてもそれ以上に、
「誘っていた? 誘導していたというのか!? 私を背後に気づかせないよう、前への攻撃に集中させるよう……」
“氣士”として、パイロットとして、すべてにおいての完敗を自覚させられる。その事実が、ウーヴァ少尉の矜持を傷つけ、反撃の意思を奪う。
コクピット内。
身の回りで火花が散る。モニターは黒に、空間は赤い光に染まり、アラームはけたたましく、AIは脱出を提案する。
機体は、四肢を地面へと垂らし、膝を付き、正座のような姿勢になる。
人間でいう背骨にあたる部分のフレームが両断された。動かすことも、おそらくもう完全な修理も難しいだろう。
ウーヴァ少尉は、“電気信号リンクシステム”を解除しようとする。
だが、機体ダメージの影響か、目の前のモニターにはエラー表示。
解除は不可。
ついに何もできなくなった。
機体は動かない。自分の体も動かない。
額から流れる汗を、手で拭うこともできない。
「馬鹿な。三対一だったのだぞ。イサム・フロラインにだって、こうは……」
ここでウーヴァ少尉は、あることに気付く。
「そうか、お前はイサム・フロライン以上の――」
敵は、戦斧を“ビッグオーガ”から引き抜いて、両方を大きく振りかぶった。
「お主、名は」
通信をオープンにして問いかける。返事は期待してなかったが、
『“エルフィオン”』
相手も、通信を返してきた。どうやら律義な性格のようだ。
(機体の名前を聞いたわけではなかったのだが)
ウーヴェ少尉は、自嘲気味に笑う。そして、唯一動く首に力を込めて、“エルフィオン”を見上げた。
頭上の太陽のせいで、逆光になる。
ウーヴァ少尉は、可笑しくなった。確かに、長い耳のように見えるセンサーは見ようによっては妖精の耳のそれである。しかし、逆光で見たシルエットは、まるで……。
「まるで、悪魔じゃないか」
躊躇いのない、二丁の戦斧が迫る。
“ビッグオーガ”を、重厚な衝撃が襲った。
○●○
両腕を切断し、頭部を叩き割った“ビッグオーガ”の残骸が目の前に広がる。
「ふ、ふはははっ」
コクピットの中。
無意識に、アルカムの口元が歪む。
心の内は、この上なく満たされていた。
「守ったよ。今度は守ったよ、ちゃんと」
こみ上げるものが抑えられない。
こんな事で、思い起こされるなんて。
「褒めてくれるかい、姉さん、姉さん……」
“電気信号リンクシステム”の影響で体は動かない。
拭うことのできない涙が、いつまでもアルカムの瞳から溢れていた。
○●○
「なんだよ、これは……」
イサム・フロラインは言葉を失う。
“エイリーカンパニー”本社地下にある司令室。今回のようなトラブルの際に、リネットが詰めて、指示を出すところだ。
しかし、あるときを境にリネットと司令室に通信が繋がらなくなった。それを不審に思って戻ってみれば、
「リネット、リネットぉぉぉぉ!」
愛しい名を叫ぶ。
反応はない。
大熊でも部屋で暴れたのか、と疑う程に乱された部屋。人の動きが見受けられない。壁に付けられたいくつもの銃痕もイサムの不安を掻き立てる。
「うっ……」
イサムの声に反応してか、一人がうめき声を上げた。
リネットの護衛の一人だった。
すぐにイサムは駆け寄った。
「イサム、主任……」
声はかすれ、顔色は悪く、頭からは血が流れている。
「おい! 何があった!? おいってば!」
「さ、攫われました」
目の前の男以上に、イサムの顔からサァっと血の気が引く。
「攫われた? 捕まったのか!? どいつだっ! “ダイロビ”か!? “統一政府”か!? まさか他の中立都市か? どっちに行ったぁ、おいっ!? ちくしょう! 俺がいればこんなことには!」
男はそれなりの重症に見えたが、思わずイサムは強く揺すってしまった。
そんなイサムの頭に、放られた小石が当たる。
「騒ぐな。それと、それ以上は乱暴するな、そいつ死ぬぞ。あと私はここだ」
背後から、瓦礫をどかすような音とともに声。振り返ると、そこには、最愛の人――スーツを汚し、ボロボロにしたリネット・エイリーが立っていた。
イサムは、一瞬だけ呆然としたが、すぐに、
「リネット? ……リネットぉぉぉぉ! 良かった、無事だったのか!」
イサムは感情が抑えきれずに、駆けつけて抱きしめた。
「流石リネットちゃん、自分で逃げてきたんだね! もう二度と放さな――って痛い!?」
イサムは、高い鼻を指でつままれて、下に引っ張られた。
「強く抱きつくな、ぶっ飛ばされて壁に叩きつけられて、体が痛いのだ」
痛みで正気に戻ったイサムは、鼻を手で抑える。
リネットは、呆れを示すようにため息をつく。
「お前がいてもどうなったか分からん。敵は一人だが“ダイロビ”の騎士将だった」
痛みが吹っ飛んで、イサムはリネットを丸くした目で見た。
「騎士、将? マジで?」
騎士将。それは、“ダイロビ”の中で有力な貴族であり、かつ軍の中でも最高峰の“氣士”の力を持っていると認められた、一二人に与えられた名誉職だった。
軍での立場も将官クラスで、どう考えてもこんな敵の本丸に突撃してくるような立場の人間ではない。イサムが驚いたのはその辺りの理由もある。
「うわさ通り、普通の“氣士”が五人でかかっても適わないと言われる強さだった。逆にお前がいなくて良かったかもしれん。やつは、下手に歯向かうと殺される類の輩だ」
「そんなやつを相手に、よく逃げられたな」
「逃げたというか、そもそも狙われてないのだから、捕まってもいない」
「はぁ? じゃあ、ここにある“カンパニーズ”のデータかなんかが狙いだったのか?」
「機材は壊されたが、データはおそらく無事だ」
「ちょっと待て。だったら、その騎士将はわざわざ危険を冒してまで、何しに来たんだ? いや、ってか、ここまで侵入されるまで気づかなかったのかよ」
「平然と入口から入ってきた。それと、アラームを鳴らす間もなく、全員ぶっ飛ばされた。くそっ、内部に協力者がいる可能性は拭えんな。このあと、しらみ潰す。それと」
リネットは、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
「敵の狙いは、ミリィだった。抵抗らしい抵抗もできなかった……」
まさかの人物の名に、イサムは再び言葉を失った。