第二章③『希望の街』
目の前のモニターでは、炎が散るような光が続く。
それとともに、微細な振動がSV“ビッグオーガ”を揺らしていた。
「少し、哀れだな」
“異星人連合ダイロビ”軍所属ウーヴァ少尉は、展開した“氣障壁”に無駄な射撃を繰り返す敵――“エイリーシティ”防衛隊のSV“ガイスト”を気の毒そうに見やる。
最初は五機だった“ガイスト”も、いまでは最後の一機となっていた。
『最後。貰いますよ隊長』
「好きにしろ」
『了~解』
側面方向から回り込んだ味方から、アサルトライフルによる四○ミリの弾丸が放たれる。
こちらへの攻撃に注意を向けていた意識の隙間を縫えたのか、“ガイスト”にはあっさりと命中。
(いや、単に練度の問題だな……)
そう判断している間に、青い装甲は砕かれて無残に宙へと舞う。一拍遅れて、煙を立ち上らせながら、機体は地面へと倒れ込んだ。
人間の痙攣にも似た動作の後、最後の“ガイスト”は、機能を停止した。
制圧完了。
もともと、数の比率でいっても勝負にならない。
“氣士”専用機は、防御力を“氣障壁”である程度カバーすることを想定しているため、装甲が少なく、機体重量が軽い。また、その少なくなった装甲でフレームの可動域を広げるとともに、フレーム素材自体にも“ダイロビ柔錬鉄”を使用し、フレーム自体を伸びたり捻ったりとコンピューター制御の補助の力を借りつつ、意識的に操作することで、人間のような柔軟な動きが再現できるようになっている。
重装甲、高機動、高可動、高反応。この一重三高の優位性が、“氣士”専用SVを地上兵器最強の座にしている要因だった。
“氣士”専用機一機に対して、通常のSVで勝負を挑むならば最低四機は必要だ。
ウーヴァ少尉の小隊は三機。
単純計算して一二機でようやく互角。その半分以下の数で立ち向かっても話にならない。
『“ガイスト”。良い機体なんですが、パイロットがダメでしたね。湾岸部のやつらはもう少し骨があったのに、内地だとこんなもんか』
鼻で笑うような言葉を漏らす。この部下は、腕は良いのだが軽薄な言動が多く、相手を見下し、油断する傾向があるのがたまに傷だった。
『制圧完了。他のSVの反応は無し。ご指示を』
と、対照的に単調な口調で報告してくるのは女性の声だ。まだ、少女である。
ウーヴァ少尉は、しばし黙考する。
同時に、遠目に広がる“エイリーシティ”が視界に収まった。
(夢の街。理想の街。希望の街、か……)
今度は、思いにふける。
ダイロビ人と地球人の共存した街。
“カンパニーズ”の前にも、それを目指した王国があった。
“ダイロビ”と“地球人”の確執を決定的にした、呪われた国。
この第三次世界大戦の発端となった国。
ウーヴァ自身も、かつて若い頃は共存の希望に燃え、その王国のために尽くしたことがあった。
その結果は、歴史の教科書の記載にもはばかられる。
地球人の裏切りによる、ダイロビ人とその協力者たちへの虐殺によって終幕を迎えた。
ウーヴァ少尉の家族も、そして世話になった地球人たちも、その時に殺された。
信じきることなどできない。
第三次世界大戦を含め、この二○年ほどの間に、あまりにも膨大な血が流れすぎた。
「……もうすこし留まろう。この付近のSVはなるべくつぶしておきたい」
『しかし、イサム・フロラインが戻ってくる可能性があります。早く本社ビルに到達した方が良いのでは?』
「三対一だ。それに、時間には余裕がある」
『ここからあの本社ビルを狙い撃った方が早いんじゃないですかねぇ』
「狙えるならな。どちらにしろ、接近しなきゃならないなら人の少ないこの場所で、敵をなるべく叩いておいたほうが街の被害も少ないだろう。市民の避難も進むしな」
『さっすが隊長。やっさしー♪』
心の底からは同意してないと分かる口調で、部下が了承した。
「勘違いするな。占領後のことを考えているだけだ」
しかし、しばらく待機してみても、敵の姿も無ければ反応も同様だった。
『来ませんねー』
『SVはうちの陽動に釣られて湾岸付近にも展開してるでしょうから。すぐに内部の防衛に回れるのさっきので最後なのかも』
『しょせん、防衛に関してはイサム・フロラインに支えられた街ってことだな。“エイリーシティ”は“カンパニーズ”からは孤立気味とのうわさも、これなら本当かもしれませんねー』
「蓋を開けてみれば火の車か……」
ヴーヴァ少尉は、“エリーシティ”の光景を一度だけ眺めて、それを最後に首を振った。
「進軍を開始する」
『隊長。少し、お待ちを』
部下からの制止の声。
思わずウーヴァ少尉はレーダーを確認してから問い返す。
「どうした。何があった」
『感じませんか?』
「なにをだ? 報告は明確に――」
『隊長。俺の方でも感じます。これは……』
“氣士”とは、本来であれば無意識で行われる、体を動かすために体中を駆け巡る電気信号の操作を、意識的に行える者を指す。身体能力の瞬発的な向上や、人間の中を流れる電気に反応して形状を変化させる“ダイロビ柔錬鉄”の活用はその副産物だ。
そして、体の電気信号を操作できる“氣士”は、他人の中に流れる電気信号には敏感となる。“氣士”用SVの増幅器に通されたものなら、なおさらだった。
この場所より、一キロ程先。
明らかな、増幅された電気信号の“塊”が感じられた。
『おいおい、イサム・フロラインは湾岸部の対応に回っていたんじゃないのか? 戻ってくるには早すぎるだろ』
『それよりも、もう一つの可能性の方が高いのでは?』
「“カンパニーズ”に、イサム・フロライン以外の“氣士”だと?」
体が緊張していくのを、ウーヴァ少尉は感じていた。
○●○
リフトの上昇音を、アルカムはどこか懐かしく感じていた。
『ミリィにここの場所までのセキュリティIDを渡したのはお前かぁ!?』
「マイクの前で、大声で騒ぐのはやめていただけませんか」
狭い空間の中。機体の起動手順を消化しながら、アルカムは言った。
『あげくに、何を勝手に出撃しようとしている!』
リネットの怒声は続く。彼女がここまで取り乱しているのは珍しい。それほどまでに追い詰められているということだろうか。
「“氣士”専用機に対抗するには、氣士専用機でないと話になりません。それに、これは僕の機体でしょ」
『それは、わがシティの極秘兵器だ! 政治的にも摩擦になりかねないから使いどころは慎重に――。ってか、そうじゃなくてミリィをここに連れてきてはダメだろ!?』
「慎重にする範疇を超えたと判断しました。それに彼女は守っていただきます。そうでなければここに立つ意味はない」
『ここには一般人に見せてはいけないものがたくさん――』
「彼女の口は硬いですよ。それは確認済みです」
『そういう問題ではない!』
「避難場所が満員だったり、空いていても戦場になりそうな場所から近かったりで安心できなかったので、そこを教えました。そこがこの街で一番安全な場所でしょう。それにタダで置いてくれとは言いません」
『当、然、だ! こうなれば働いてもらうぞアルカム。もうすぐイサムが戻ってくるからそれまで敵を――』
「分かっています。殲滅します」
『そう、殲滅……って、いやいや違う。余計なことは考えるな。お前の腕前は認めるが、相手は“氣士”専用機が三機だ。攻撃は最小限に抑え、防御とかく乱に集中し、しばらく時間を稼いでくれ。もうすぐイサムも戻って――』
『アルカ~ム』
気楽な言葉遣いで、イサムが回線に割り込んできた。モニターに映ったその顔は、どこかうれしそうでもある。
察しの良い男だ。何か感じ取っているのだろう。この男が多くの女性に好かれるのは、決して顔が良いだけでは無い。
「イサムか。今日は悪かったな」
『話はついたのか?』
「自分で言うのもなんだが、バッチリってやつだ」
イサムは、満足そうに喉を鳴らす。
『だと思った。ならいいっていいって。それより賭けようぜ。俺が戻る前にお前が敵を倒せたら、俺に黄金屋のカレーライスを奢れ』
「それでチャラってことだな。分かったよ」
男同士の会話を、リネットは目を丸くして聞いていた。
『……お前ら、一体何の話をしてるんだ?』
『リネット。まぁ、心配ないと思うぜ』
自分の騎士からの言葉にも、リネットは目を丸くしたままだった。
『し、信用、していいのか?』
『そうか、リネットは、アルカムの操縦は格下相手か、訓練しか見てないもんな』
「大丈夫です。それに、こういう時のために僕をこの街に置いてたんでしょ」
それからの、リネットのためらいは一瞬だった。
『分かった。最悪でも、イサムが到着するまでの時間稼ぎをしてくれ。頼むぞ』
それを最後に、リネットの映像が消える。と言っても、本社からこちらの様子は見ているだろう。
アルカムは、続けて目の前のモニターに表示された敵の情報を確認する。
「敵は“氣士”が三機。機種は“ビッグオーガ”。数年前に戦ったのは先行量産タイプだったかな。“ダイロビ”では配備が進んでいるようだ」
二年前にも存在した機体だ。細かいアップグレードはされているだろうが、
「相手にするのは問題ない。不安材料といえば、“この機体”にまだ慣れてないぐらいだが……」
機体の頭上が、徐々に明るくなっていった。
○●○
『南西に稼働中の射出口!』
部下の報告の前に、ウーヴァ少尉は行動している。
「各機、敵を動かせるな。一斉射撃準備」
五○○メートル先。崖の上。地面から盛り上がるように、暗い影が出現した。
四肢のついた機体――SVであることだけを確認する。
“氣士”だというのはすでに分かっている。また、この状況では、敵以外はありえない。
「撃てっ!」
ウーヴァ少尉は、迷いなく指示。
三つの銃口から放たれた無数の弾丸は、音速をゆうにこえる速度と、鋼鉄の装甲を砕く破壊力を伴って、出現した敵に降り注がれる。
しかし、その弾丸が敵をえぐることは無かった。
『“氣障壁”の展開反応』
部下の声。言われなくても、障壁の展開が目で見える。銃弾は敵に到達する前に、高い音を立てて弾かれていた。
相手は“氣士”だ。当然の判断と言える。
もっともその行動はウーヴァ少尉の、予想内だ。
「その行動が命取りだ。ツキノ! ギュンター!」
『仕留めます』
『馬鹿なやつだぜ!』
“氣障壁”と“氣兵装”は同時展開ができない。“氣士”専用機同士の戦闘において、敵よりも味方の数が多いのであれば、一方は通常攻撃で敵に“氣障壁”を展開させたままにさせ、もう一方が“氣障壁”を切り避ける“氣兵装”で仕留めるのがセオリーだ。
ウーヴァ少尉は、味方の二機が仕掛けるギリギリまで射撃を続ける。相手は、“氣障壁”の解除ができない。つまり、“氣兵装”を防げる“氣兵装”の錬成ができない。
射撃停止。すかさず二機はタイミングを合わせて、それぞれの“氣兵装”――“ハルバート”“ミドルソード”を携えて飛び込み、振り下ろす。
こちらの“氣兵装”は、敵の“氣障壁”をやすやすと切り裂く――はずだった。
部下達の敵への接近時のSV機動も、俊敏で効率に沿ったものだった。
だが、
『さっきまで“氣障壁”を張っていたのにっ!?』
部下の驚きの声。
ウーヴァ少尉も言葉を失っていた。
尖った悪魔耳のようなセンサーを持つ頭部形状。鈍く光るデュアルアイ。“氣士”専用機独特のスリムで流動的な四肢のフォルム。深い紫色の装甲。
見たことが無い機体だ。“カンパニーズ”の新型か。
その敵は“氣兵装”――両手に蒼い戦斧を出現させて、部下達の左右からの攻撃を受け止めていた。
(“氣兵装”と“氣障壁”の切り替えをこんな短時間で!?)
“氣障壁”解除、“氣兵装”展開の切り替えは、訓練された“氣士”でも三秒はかかる。だからこそ、この戦法が対氣士先方のセオリーとして成り立つ。
しかし、目の“氣士”専用機は、その切り替えを一瞬でしてみせた。
「こいつ、何者だ!?」
手練だ。間違いない。
この時、ウーヴァ少尉は間違いを犯す。
敵が手練であることは認識しつつ、しかし、指揮官である自分が呆然として、何の追加の指示も出さなかったのだ。
そのせいで、部下達の次の行動に遅れが出た。
手練のの反応は、その遅れの隙間を奪い取るかのごとく素早かった。




