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第二章②『急襲』

 すべてを話し終える頃には、アルカムとミリィの目の前に置かれたコーヒーのカップは冷たくなっていた。

 商店街にあるカフェ“ブルーメ”。店内は、話が聞こえる範囲には誰もいないぐらいの客入りだ。

 先ほどの騒動のあと、アルカムはミリィを誘ってこの場所に来ていた。


「幸運だったのは、その時に“ダイロビ”の本国でクーデターが起こったみたいで、敵の攻勢が弱くなったんだ」


 二年前、“ダイロビ王国”の王と王子の両夫婦が、死亡と行方不明となった事件。その後、第三次世界大戦は“ダイロビ”の攻勢が弱まり、一時的に膠着状態となる。


「だから、僕は追撃されることなく逃げ延びることができた。なぜか戦場で倒れていた君を連れて――いや、担いでいたとしてもね」

「アルさんは。“統一政府軍”の軍人だったんですか?」

「名目上は少年義勇兵だった。正式な兵士では、いざという時に見捨てられないから」


 ミリィの、息をのむ音が聞こえた。


「だからこそ脱走しても僕たちに正式な追手はかからなかった。もっとも、昔はそんなことをしたら、仲間から追われて私刑を受けたけどね」


 ミリィが固まっていることに気付く。

 ここでアルカムは、ミリィがコーヒーを飲むよう促した。

 彼女が遠慮がちにカップに口を付けるのを待って、


「ここまで僕のことを話したことはなかったね。というか、ウソばっかりついてた」


 無表情のまま、アルカムは話を続ける。


「なぜ話をしたのかというと、決めてほしいんだ」

「なにをですか?」


 次に告げるまでに、多少の時間がかかった。

 しかし、これ以上は曖昧のまま、彼女を自分に付き合わせるわけにはいかない。


「姉さんの仇を討つまで、僕は前に進めない。だから、そのために、君に甘えてきた。でも、それに君が応じる必要はないんだ」


 この後は、おそらく蛇足だ。


「僕よりはるかに強かった姉さんを殺した“氣士”への仇討ちだ。探すために、危ない道も渡っている。正直、僕はいつ死ぬかわからない。それに、おそらく人間としても不完全だ。君に内緒でためていた貯金はある、それを渡すから当面の生活は心配しなくていい。それにリネットさんは君のことを親友だと思っている。悪いようにはしないだろう。だから、だからね……」


 何かを待っているように、彼女はジッとしていた。瞬きすらしていない。

 言葉の節目で、アルカムは指を頬に持っていき、肌の上を何度も往復させる。


「僕と、その……別れるべきだと思うんだ」


 迷走の上、口走った。伝えたかったのはそんな言葉ではなかったはずなのに。

 ため息が漏れる。ミリィからだ。彼女からの視線が、ジトっとしたものに変わる。

 それを感じ取って、アルカムは少し情けなくなった。

 だが、言葉がしばらく出なかった。

 見かねてだろう、ミリィが口を開く。


「卑怯ですよね。“だと思う”とか、“すべき”とか。一般的な意見や他人の意見のような言いまわしばかりで、あなたの望みを私は聞いていません」


 アルカムは沈黙で応じた。


「私は、もう言いましたよね?」


 ミリィの発言には呆れだけでなく、軽く怒気も含まれているような気がした。


「私にばかり言わせるんですか? それって、なんというか……」


 最後には、彼女はついに拗ねた。唇を軽く尖らせているのがその証拠だ。

 いたたまれない。現実もそうだが、空想の自分ももうボロボロだ。


「分かった。正直に言おう」


 意を決すると誓ったはずだったのに、言葉という表面上のものさえ回り道ばかり。

 わびるように、頭を一度だけ下げ、口をひらく。


「僕は姉さんの仇探しをやめられない。たとえ、命を失ったとしても」


 ミリィの大きな瞳が、さらに広がる。


「でも、その次には君のことを優先したい。こんな優柔不断な僕でもいいなら。これからも、今まで通りずっと一緒に暮らしていかないか?」


 空間が止まったようだ。

 一瞬なのだろうが、会話の無い時間がアルカムにはとても永く感じられた。

 テーブルと、彼女の表情、その二つを視線で何度も往復した。


「いまさら、答えが要りますか? 」


 その返答と共に浮かんだ彼女の笑みが、明確な答えだった。


「そうか、そうか……」


 何度も、自分を納得させる。

 そして自覚した。

 自分は、喜んでいる。


「ありがとう。いまは、その言葉以外、思いつかな――」


 アルカムの言葉の途中で、大きな衝撃がその場を襲った。

 テーブルの上のカップが倒れて、コーヒーが溢れる。


「何だ?」

「何ですか!?」


 アルカムは、条件反射にも似た速度で窓から外を確認する。

 街の外れ――南西のほうに、巨大な塔のようなものが現れていた。

 いや、突き刺さっていた。

 見ようによっては、花の蕾にも見えるそれは、やがてゆっくりと咲いていった。


「ば、ばかな。あれは……」


 血の気が引く。

 出現したそれは、遠目でも分かる。

 見慣れた鋼鉄の巨人だった。


   ○●○


 “エイリーシティ”近海に潜む、強襲揚陸艇“トライゼン”の艦橋。


「跳躍成功! 強襲揚陸艇“ハウゼン”“ゴルドラ”大破。搭乗員は指示通り、脱出に成功しました」


 薄暗い空間の中、報告を聞いたバランは、思わず高い口笛を鳴らした。


「で、どこに落ちた?」


 部下の一人が答えた。


「着弾位置は中央区より二○キロ南西の付近です。やはり船から発射するという無理がたたったのか、目標だった山岳部より大きく流れました」

「街の傍か。何人か死んだんじゃねぇか?」


 言葉の内容の暗さとは裏腹に、バランの表情は愉快という感情が彩っていた。


『“トレバシェット跳躍砲台”。こんなものまで持ってきていたのか……』


 バランの傍にあるモニターから感嘆の言葉が聞こえる。

 声の主は“トライゼン”の隣にいる艦“サラマンドラ”の艦長ネス・ポンド大佐だった。

 彼は、バランの使用した“トレバシェット跳躍砲台”を使用して大破した強襲揚陸艇“ハウゼン”“ゴルドラ”を一瞥し、数秒目を閉じた。それは、おそらく戦艦に対する黙祷のつもりなのだろうと、バランは解釈した。

 “トレバシェット跳躍砲台”。

 一○○M級強襲揚陸艇の上部を丸々覆うサイズの古代の投石器の名を与えられたこの砲台は、敵を攻撃するものではなく、味方を“敵陣に送り込む”ものだった。

 これは防空能力の高い敵に使われる兵器で、敵の索敵範囲外から味方を敵の頭上一万二○○○メートルにまで一気に打ち上げた後に落下させ、敵陣のど真ん中に味方の部隊を送り込むというもの。

 しかし、一気に一万二○○○メートルを駆け上がる負荷に一般人が耐えられるわけもなく、使用者は強靭な肉体を持つ“氣士”に限定される。さらに打ち出す時に、砲台の設置面に与える衝撃が半端ではなく、それこそ要塞レベルの強固な建築物でしか発射できないとされていた。つまり、これは要塞、もしくは要塞レベルの拠点を攻略しようとする敵に向けてしか、使用された事はなかった。

 使用例自体もそれほど多くはない。

 だが、今回バランが行ったものは、“トレバシェット跳躍砲台”を強襲揚陸艇二隻に取り付け、発射と共に揚陸艇大破させることを前提に発射させたのだ。


『おめでとう。君は、どの勢力もできなかったあの“エイリーシティ”の中心部に初めて部隊を到達させた将として、そして、今まで使い道を限定されてきた“トレバシェット跳躍砲台”の戦術を広げた男としても、歴史に名を残す事になるだろう』


 言葉はたたえるものでも、ネスの口調には明らかな冷笑の色があった。


『だが、強襲揚陸艇を二隻も大破させ、敵陣の中にわが軍の優秀であり、貴重なSVと“氣士”三人をわざわざ“敵陣に孤立”させた理由はなんだ?』


 “トレバシェット跳躍砲台”の使用例が少ない理由の一つは、使用できる場所の選択の少なさともう一つ、送り込まれた兵士が直面する危険性にあった。

 “トレバシェット跳躍砲台”を使用し、敵中枢に部隊を送り込む、これだけなら聞こえは良い。しかし、言い換えれば、送り込まれた味方は四方八方を敵に囲まれるという事になり、生還率はゼロに等しくなる。

 “氣士”の能力を持つ優秀なSVパイロットというのは、どの勢力にとっても貴重な存在であり、それを“トレバシェット跳躍砲台”を使って敵陣に送り込む事は、かつて統一政府に名を連ね、現在は鎖国を行っている島国が帝政を布いていた頃に行った、カミカゼアタックと同じようなものだ。

 しかし、バランは自信ありげに、乾いた笑みで答えた。


「理由? 決まってるじゃないか、任務だよ。“エイリーシティ”攻略、というな」

『それが達成できれば、送り込んだ“氣士”の三人は死んでも良い、と?』

「不服か?」


 ネスは、睨みに近い視線を送ったまま、静かに首を振った。


『いや、軍人である以上、任務で死ぬ事自体に別に思う所は無い。ただ、無駄死にさせるのはさすがに忍びない』

「ふん、無駄死になどはしないさ。中枢部に送り込んだのは俺の子飼いだぞ。そんじょそこらのSV乗りと一緒にしてもらっては困る」


 バランは胸を張った。


「要は中枢、“エイリーカンパニー”本社さえ押さえ……」


 ここでバランは、視線を下げて低く笑った。


「いや、ぶっ壊せばいいのさ」

『そんなにうまくいくかな。都市にはあのイサム・フロラインがいるんだぞ』


 その名を聞いたバランは再度喉を鳴らした。

 ダイロビ軍人の中で“エイリーシティ”唯一最強の“氣士”を知らない者はいない。


「イサム・フロラインは“トレバシェット跳躍砲台”を打ち出すのに先立って、沿岸部に進攻させた部隊の対処に回っているはずだ」

『準備の良い事だ』

「さて、史上初。“エイリーシティ”における市街戦だ。本当なら見物料を取りたいところだが、今回は特別にタダにしてやるよネス」

『料金を請求できるような見せ物になる事を願うよ』


 そのネスのセリフを、バランは負け惜しみと受け取った。


   ○●○


「やれやれ、どうもスマートではないな」


 バランと会話していた端末から、ネスは視線を外す。


「そちらの方は、私が請け負いましょう」


 聞きなれた声に、ネスは安心感にも似た感覚を得ながら振り返る。

 そして、目を白黒させた。


「驚いた。君自身が行くのか」


 そこには、ジーパンにラフなシャツを着込み、いかにも動きやすそうな格好をしたサラサがいた。

 腕には、“ダイロビ柔錬鉄”製の腕輪、首には同じ材料のペンダントが付けられている。

 見る人が見れば戦闘に適した姿であるとはいえ、薄暗い艦橋には、明らかに不釣合いな格好だ。


「ご心配で?」


 サラサの問いかけに、ネスは軽く肩をすくめた。


「まさか。一人で行くと言っても任せるよ。“妹”を迎えに行くのに“姉”の君がある程度出張るだろうとは思っていたし。“円卓最高の氣士”の出撃はむしろ安心する」

「ご心配でしょう?」


 ネスは、片眉を浮かす。自分の言葉が聞こえなかったのかと思い、少し声を大きくして、


「いや、全然心配じゃない。君なら間違いなく“彼女”を連れてこれるだろう」

「とても、ご心配でしょう?」


 笑顔とともに発せられた言葉は、力が込められていた。


「あ、あー……」


 ネスは、理解して頷いた。指は、何度も頬を往復している。


「あ、うん、心配、心配だ。すごくな。必ず無事に帰ってきて欲しい」

「ありがとうございます。それでは行って参ります」


 と、彼女は晴れやかな顔でその場を後にした。


   ○●○


『街に敵だって!?』


 “エイリーカンパニー”本社内司令室に、イサム・フロラインの緊迫した声が響く。

 彼は現在、領海付近に突如現れた“ダイロビ”のSV部隊への警戒にあたっていた。

 もっとも、こういった出撃は月に平均数十回という頻度で起こっており、イサムも内心では、またか、と少しうんざりしていた時に、この知らせだった。


『“トレバシェット跳躍砲台”たぁ、骨董品レベルのもの持ち出しやがって! リネット、俺が行くぞ!』

「駄目だ」


 街が戦場になると聞いて、いてもたってもいられないのだろう。イサムは興奮気味に提案するが、リネットはそれを切って捨てる。


『何でだよ!?』

「本気で言ってるのか? お前に対応してもらっている湾岸基地はわがシティの橋頭堡だ。そこの警戒だけは解くわけにはいかない」

『だが、“トレバシェット跳躍砲台”ってことは、敵は“氣士”だろ!? “氣士”には“氣士”である俺が――』

「街は陽動で、そっちに“氣士”がいないとは限らないだろう。街で暴れられれば数百人が死ぬかもしれんが、お前のところが破られれば何十万人と不幸になる。私は、そういう判断をした」

『じゃあ、街はどうするんだよ!?』

「幸いSV待機施設の近くだ。防衛隊を向かわせる。市民の避難誘導をしながらでも、“氣士”の一体程度なら何とか――」

「大変です!」


 鬼気迫るオペレーターの声が、教室程度の空間に反響した。


「“トレバシェット跳躍砲台”内に格納されていたSVは、三機。それと、外観から判断するに、三機共にダイロビ軍の氣士専用機“ビッグオーガ”とのことです!」

「“トレバシェット跳躍砲台”に“氣士”を三人も投入だと!?」


 驚嘆した。

 “トレバシェット跳躍砲台”で打ち出された者の危険度と、各勢力における“氣士”の重要性を、リネットはもちろん理解していた。


(領海にも敵、しかし街の敵も“氣士”……)


 “氣士”を使い捨てのように、というのはにわかに信じられない。しかし、疑ってばかりもいられない。街のSVが三機共“氣士”だというのなら治安と内政威嚇レベルで配備しているSVとパイロットの練度では相手が悪すぎる。

 リネットの、手のひらに汗が滲む。


(内部事情を想像以上に見透かされている? やはりイサムを戻すか? しかし、領海に近づいているSVも“氣士”では、万が一にも突破されるかもしれん。そうなればこの街は終わりだ。しかし、だからといってこのままでは、街のSVはいずれここにたどり着いてしまう。本丸である本社を落とされても、もちろん終わりだ。アルカムの使いどきか? しかし……)


 “氣士”アルカムを使うにしても、“氣士専用機”三機に勝てるだろうか? 

 無駄死にさせるぐらいなら、親友とこのまま街に隠れさせたほうがいいのではないだろうか?

 社長ではない、リネット個人としての感情が、一瞬だけ邪魔をする。


「社長!」


 リネットの思考に、自分を呼ぶ声が入る。


「何だ?」

「イサム主任が持ち場を離れました!」

「何だと!? 何をやってるんだイサム!」

『お前の考えてる事は分かる。それに、最悪、お前が生き残れば再起は可能。俺はそういう判断をした』


 目の前の巨大モニターに映るイサムの表情は、これ以上なく真面目だった。もう、何を言っても聞かない顔だ。


「こ、この――」


 バカ野郎が、と言いかけて、かといってイサムの判断が完全に間違ってると思えず、リネットは言葉を止めてしまう。

 その間にも、状況は変化していく。


「社長!」


 背後からの呼び声に、リネットは前を見たまま、


「今度は何だ!?」

「社長と話をしたいという人が……」

「そんなの後にしろ! 状況も分からんのか! どこの部署のやつだ貴様――」


 怒声とともに振り返り、リネットは言葉を失った。そこには、


「ど、どうも」

「って、ミ、ミリィ?」


 警備の社員に伴われて、見知った最愛の友人――ミリィ・ラロンスが居心地悪そうにその場にたたずんでいた。

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