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第二章①『地球人と異星人』

 アルカムは、路面電車を乗り継ぐ。

 その後は、駅を降りて、家に向かう途中の商店街を歩いていた。

 服の肩は破れ、顔は腫れ、痣は青く目立ち、足は引きずり気味。

 まるで、おやじ狩りでも受けた被害者の風貌なので、周囲からの視線も痛い。


(他人とケンカなどしたのは久しぶりだった……)


 歩きながら、そんなことを思う。

 弟は体が弱く、そんなことができる相手ではなかった。

 姉については言わずもがな。強すぎてケンカにならない。


(ほんと、痛いなぁ……)


 “氣兵装”は使わなかったが、思わず“氣士”の力――“身体能力向上”を使ってしまった。イサムも応じたものだから、人間の限界の力を発揮したまま、しばらく殴り合った。

 ケンカになったのは、お互いに原因がある。だが、手を出したのはこちらが先であり、どちらが悪いかと言えば完全に自分だろう。


(明日、謝らないとな)


 もっとも、それでは本当の解決にならない。それが分かっているからこそ、アルカムは家に真っすぐ帰らずに、商店街を歩調を緩めて歩いている。

 服屋、肉屋、惣菜屋、パン屋、米屋と店が連なって並んでいる。

 この人工島のモデルとなった日本、という国に存在していたショッピングモールのようなものだと聞いたことがあった。もう見慣れた光景なので、特に違和感は無い。

 ミリィは、夕食を作って家で待っていると言っていた。

 家を出るときに確認したが、冷蔵庫は空に近かったはずだ。

 日が沈むには時間がある。まだこのあたりで買い物をしているかもしれない。

 見逃さぬよう、周囲を見渡す。

 往来するのは、地球人ばかりだ。

 地球人とダイロビ人が戦争をしており、それに嫌気が指してこの都市にやってきているダイロビ人が多いとはいえ、そもそも彼らの人口は一○○○万人程しかいない。

 “カンパニーズ”に所属するダイロビ人はその内の一○○万人。“エイリーシティ”に住んでいる人ともなれば、二○○○人程度しかいない。

 おおよそ、この街の一五○○人に一人がダイロビ人という計算だ。

 少ない。しかし、一度視界の中に入れば、独特な緑色の髪はよく目立つ。


「!?」


 人の囲いの中心にいれば、なおさらだった。


   ○●○


「もう一度言ってみろ!」


 脅しを込めた口調が浴びせられる。しかし、ミリィは一歩も引かずに、傍の子供を庇うように毅然と立ち、前を睨みつける。


「何度でも言います。どんな理由であれ、子供に手をあげるなんて最低です。この子は、少しぶつかっただけじゃないですか」


 告げる先は目の前の男たちだ。ミリィを囲むように三人いる。

 この辺りで見かけない奴らだ。どことなくガラも悪い。おそらく、この都市の中立の理念に共感した市民ではなく、中立という安全性が目的で流れてきた者たちだろう。

 そういう人たちの中には、ダイロビに国を奪われて恨みを抱いている者も多い。

 当然、ミリィのようなダイロビ人に対し、優しくない態度や行動を取る者も少なくない。

 男たちの身長は、全員がミリィより高かった。

 自然と、彼女は見上げる形になる。


「それなのに蹴ろうとするなんて。人として恥ずかしくないのですか」


 ミリィは、口調は荒げてはいないものの、そこには決して譲らない意思が宿っていた。


「何だと!」

「クーデターで王や王子夫婦を皆殺しにする民度の低いダイロビ人が、なにを生意気に!」

「そうだそうだ! 地球に寄生する異星人の分際で!」


 怒鳴るような声を受けても、ミリィは引かない。


「ダイロビ人、地球人は関係ありません。私は人の話をしているんです」

「この、女だと思って優しくしていればつけ上がって!」


 男たちの表情が引き攣り、ミリィに手が伸びる。


(こいつら……)


 早足で近寄っていたアルカムは、その場で地面を踏みしめ、素早くその間に割り入ろうとした。

 その時、ミリィに手を伸ばしていた男が、彼女とは逆に投げ飛ばされた。

 アルカムではない。

 仲間である残りの二人は、呆然としていたが、突如割って入った男を視界に収めると、すぐに感情を高ぶらせて詰め寄った。 


「お前、何者だ!?」

「そこの八百屋だよ」


 名乗った壮年の男は、ミリィを庇うように前へ進む。


「ウチの客に手を出すんじゃねぇ」

「なっ……関係のない人間は引っ込んでいろ!」

「ダイロビ人を庇うのか!? 貴様っ! それでも地球人か!」

「関係はある。店先で騒がれたら迷惑だというのと、うちの家内もダイロビ人だ」


 と、八百屋のおやじは顎を動かして店の奥を指す。そこには、ミリィと同じ緑色の髪をした女性が立っていた。その後ろには女の子もいる。

 アルカムには面識があった。八百屋の奥さんと娘さんだ。

 男たちは、その姿を確認して言葉に詰まる。


「大学の柔道部で培った技は未だ健在だ。これ以上騒ぐなら、この商店街を歩けなくしてやろうか?」

「そーだそーだ!」


 いつも間にか、周囲には人が集まっていた。

 全員、商店街でお店を出している店主や、そこに通うお得意さんたちだ。


「引っ込め!」

「地球人の恥さらしめ!」

「“カンパニーズ”の理念すら知らんのか!」

「俺の親友だってダイロビ人だ!」

「私の彼氏だってそうよ!」


 八百屋に同調するように声が広がる。

 数多い敵意と追及の視線を受けて、男たちはしどろもどろになりながら、


「お、覚えてろよ!」


 投げ飛ばされた仲間を担ぎ、捨てセリフを吐いてその場からそそくさと離れていく。


「あなた、大丈夫?」


 八百屋のダイロビ人の奥さんが、腕を組む旦那に近付いて声をかけた。

 おやじは、太い腕でガッツポーズをしてみせる。


「ふん、あんなひょろい若造たちに負けるか! 野菜が足らんわ野菜が!」

「ありがとうございます。八百屋のおやじさん」


 アルカムが近寄ってお礼を言うと、顔見知りの八百屋のおやじは商売用以上の笑顔でニッコリと笑った。

 アルカムの存在に気付いたミリィは、驚いた顔を浮かべる。


「ア、アルさん!? いつの間に……」

「おう、ユーロ君じゃないか。まいど。ってどうしたのその格好?」

「いえ、そこで転びまして……大丈夫なので気にしないでください」

「そ、そうか。さっきも言ったが、店先で騒がれたら迷惑だったからな。それに。ミリィちゃんが庇ってくれたのはウチの娘のボーイフレンドなんだ。感謝するのはこっちだよ」


 母親の背に隠れていた娘が、ミリィに庇われていた子供のほうに歩いていった。そして半泣きになっている少年を慰め始める。


「最初っから俺がいればこんなことはさせないんだが、ちょっと家の奥に行ってたからな。家内が呼びに来るまで気づかなくて、ミリィちゃんには悪いことをした。すまないね」

「いえ、とんでもない。本当に、助けていただいてありがとうございました」


 アルカムは、頭を下げる。となりのミリィも、それにならった。


「いいっていいって、この街には敵も味方もねぇ。地球人もダイロビ人もみんな仲間だってのにさ、最近ああゆうのが増えた。“カンパニーズ法上での犯罪者を除く希望する人間を全て受け入れる”、ってのがこの街の理念なのは分かるが、受け入れる人はもうちょと選んで欲しいと思うよ。君もそう思うだろう?」


 問われて、アルカムは苦笑を返すだけしかできなかった。

 希望する人間を全て受け入れる。その理念がなければ、アルカムもミリィもこの街に入れてもらえなかったに違いない。


「それにしても、ウチもそうなんだが。君もちゃんとミリィちゃんに付いててあげないとダメだよ。いつも大変なんだから」

「いつも?」

「あ、おやじさん。あの……」


 と、傍のミリィが、気まずそうに声を出した。


「まぁ、この商店街なら安心だ。何かあっても、前回や今回みたいに俺が助けてやれるからさ」


 それを聞いて、


「ミリィ、こういったことは今回だけじゃ無いのか?」


 不安にも似た感情の向くままに、アルカムは傍のミリィに小声で問いかける。


「あ~……」


 と、ミリィは何も答えず、顔をうつむかせた。

 心臓に、何かが突き刺さったかのような感覚があった。


(僕は、馬鹿か……)


 自分を殴りたくなる。イサムからの拳の痛みが今になってありがたかった。

 知っていたはずだ。彼女はそういう人だと。

 知っていながら、気付かないふりをしていたのではないか?

 邪魔はしたくないと、そういうことなのだろう。

 深く内容は知らないにせよ、自分が姉の敵討ちに躍起になっていることには、気付いていたはずだ。

 それをしないと、救われないということにも。

 眠れないのだ。

 姉の最後を看取ってから、夢に見る。

 何度も、何度も、何度もだ。

 そして、心身ともに摩耗する。

 それでも、それを負担に思ったことはない。

 姉を守るという誓いを、果たせなかった自分には当然の罰だ。

 しかし、ミリィと一緒にいるときは眠れた。他の誰とでも駄目で、ミリィとだけ。

 だから、生きている。生きていられる。

 姉の仇を探し続ける事ができる。

 そうでなければ、とっくに精神に異常をきたすか、衰弱して死んでいるだろう。

 彼女は、自分の負担を肩代わりしてくれた。

 それなのに、自分は彼女に何をしてあげられた?

 何もしていなかった。彼女が影で危ない目にあっている時も。

 背けていた。

 自分の目的のためだけに、彼女を付き合わせていた。

 与えてもらってばかりで、何かを返すことを避けていた。考えてもいなかった。

 いや、彼女が求めるものに気付いていたのに、逃げていたのではないか?

 利用していた、ということか。それではいくら無意識だったとしても、


(僕は……最低な人間じゃないか)


 結論が出た。出てしまった。

 曖昧であれば誤魔化せた。しかし、明確となれば残った微かな良心が疼く。


「おかしいよねぇ。地球人とか異星人とか、そうやって自分の中で敷居を作るから、どうしても他人が異質なものに見えてしまうんだ。だから、拒絶する。世界にはそういった人間が多すぎる」


 八百屋のおやじがそう言って、再び自分の妻の方を見た。


「一緒になってみればいいのにな。俺たちみたいに夫婦とは言わないが、もっとさ。そうすれば、そう見ていた自分が、つまらなく見えるってのに」


 八百屋の、ダイロビ人の奥さんは、旦那の言葉に応じる様にほほ笑んだ。

 黙って聞いていたアルカムは、次にミリィの肩を抱く。


「えっ、アルさん?」


 困惑するミリィに構わず、強く彼女を引き寄せた。自分の胸に、彼女の手と顔が触れた。


「これからは、僕が彼女を守ります」


 ミリィの表情が、変わった。


「お熱いねぇ。でも、とても良いことだ。美男美女でお似合いだしな」

「そうね。うちと一緒ね」


 応じた奥さんは、旦那の傍に近寄ると、その手に自分の手を重ねた。


「ば、ばっか客の前で恥ずかしいじゃねぇか。うわっはっはっは!」


 おやじの笑い声は、いつもより大きかった。


   ○●○


 統一政府に所属する、とある国。その孤児。

 世界中で戦争が起きているのだ。そんな子供はたくさんいた。ただ、その中でも“ジュナス”は運が悪かった。

 “白い箱庭”。

 五歳の頃、児童福祉関連の政府関連者と名乗った男に連れられた場所は、そう呼ばれていた。

 後に知ったことだが、“白い箱庭”の場所はどの国の地図にも記載されていなかった。

 衣食住を与えられ、そしてともに過ごす仲間や、姉弟が与えられた。

 生きていくには十分な環境だったが、最後に与えられた二つがそれを許さなかった。

 人型機動兵器――“サーヴァント”。

 そして、その“サーヴァント”を操るために開発された能力――“氣士”。

 来る日も来る日も、“サーヴァント”と“氣士”としての力を訓練された。

 拒否権は無く、過酷で、地獄だった。

 繰り返される非人道的な訓練という名を借りた実験。

 白衣を着た施設の職員は、自分たちのことをモルモットとしか思ってはいなかった。

 助けてくれという“泣き声”も、彼らには意味のない“鳴き声”に聞こえたのだろう。

 皆、死んでいった。

 訓練を生き残っても、自殺を図る仲間も少なくなかった。

 実戦に投入された一三歳のころ、一○○を超えた仲間は、他の“白い箱庭”から補充されたイサム達を加えても一三人だけとなっていた。

 一四歳の時には、七人になっていた。

 減った原因は、戦死が四、敵前逃亡による制裁が二だ。


「生きてれば、きっと良い事がある」


 それが口癖の、ジュナスが姉と呼んで慕っていた二つ年上の少女は、普段は笑っていながらも、影ではよく泣いていた。

 もともと、血はつながっていなかった。

 それに、最後の最後まで支え合いながら生きてきた。

 お互い、いまさら他の異性とどうこうなるようなつもりもなかった。

 関係が、姉弟から男と女になる時は、坂道を転げ落ちるように――いや、崖から転落するように一瞬だった。

 しかし、その一カ月後。敵からターゲット優先度が最上位に近いレベルになっていたジュナスの部隊は、罠にかけられ、敵軍――“ダイロビ軍”の過剰とも言える戦力集中の攻勢に晒され、一週間後に壊滅した。

 姉は――クレハ・ユキシロは、搭乗していた専用機とともに、ターゲット優先度最上位の部隊の中でも、個人としてはさらに高い優先度に定められていた。最後は、執拗な攻撃の中を六日間戦い抜き、最後は“ダイロビ”の“氣士”の手にかかって殺された。

 “ダイロビ”の“氣士”の顔は、ジュナスからは確認できなかった。

 ただ、ジュナスのSVに、姉のSVから映像リンクで届いた唯一の映像では、“氣士”は銀色に輝く細身の剣を握っていた。

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