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第一章③『交換条件』

 短い午後の授業を終えて、アルカムは早々に教室を抜け出し、この学園の生徒会室に向かう。

 “例の件”は、いつもこの生徒会室で聞かされていたからだ。

 リネットとイサムも、授業が終わり次第、こちらに声をかけずにすぐに出て行っていた。

 廊下を、走るような早足で歩く。

 風紀委員の腕章を付けて怪訝な表情を浮かべる女子生徒や、帰宅やクラブ活動に向かう学生たちとすれ違いながら、アルカムは、長年の習慣もあってこれから会う人物に対する情報を整理する。

 リネット・エイリー。

 彼女は、シティの有名人だ。

 この世界の三分の一の自治を獲得している企業連合体“カンパニーズ”。その代表者の一○○○人を超す養子の中で、特に優秀と認められたものだけが任命される一○八ある内の一つの企業――軍事生産企業“エイリーカンパニー”の代表、それを彼女は務めている。

 組織内でリネットがどこまでの業務と役割を行っているかを、アルカムは全てを把握しているわけではない。

 深く本人に聞いたことも、調べたことも無い。

 だが、少なくとも街の防衛や治安に関しての総責任は彼女が負っているようで、常にではないが事件があれば指令室に入り指示を出すことはある。アルカムが所属するSVを保持したシティのトラブル解消の部隊も、彼女の直轄であり、昨晩の重機暴走の対処の指示も彼女からされていた。

 ついでに、イサム・フロラインについても考えてみる。

 この人物は、そのリネットの“氣士”であり、“カンパニーズ”における役職上の護衛兼秘書の役割がある“騎士”として働いていた。また、リネット程ではないが“エイリーシティ”内で少なくない知名度がある。

 そして、この二人と違い、対外的にはただのバイトしか仕事をしていないにも関わらず、遅刻や早退が多いアルカムは、どちらかと言えば学園では浮いた存在であった。


(って、最終的には自分のことになったな……)


 ここでアルカムは思考を中断した。

 結局のところ、アルカムと彼らの関係は、過去を除くと、最終的に自分の状況を確認してしまうぐらい少ない情報しか持たない、そんな程度である。

 もっとも、それで十分だった。それ以上に深く関わる理由は無いのだ。

 思考の中、ふと目の前に立ちはだかる人の気配を察知する。

 前を見て、思わず足を止めてしまった。


「少し、いいですか」


 自覚しているが、この学園で孤立気味のアルカムに声をかける人間は限られる。

 肩のかばんを持ち直しながら、アルカムは数メートル先に現れた少女に応じた。


「ごめんよミリィ。リネットさんと待ち合わせしてるから。また後にしてくれ」


 そのまま、傍を通り過ぎようとする。


「いつもは声をかけてくださるのに、今日は私に黙って教室から出ていきましたね」


 間も無く、淀みも無く、それははっきりとした口調で発せられた。

 アルカムはあっけにとられて、また足を止め、一瞬だけ沈黙した。

 彼女は、こちらの反応を待っているようだ。


「……そんなつもりはないけど」

「嘘です。私に声をかけずにさっさとどこかに行こうとするのは、なにか、後ろめたいことがあるときに、アルさんがとる行動です」


 アルカムは、ぐうの音も出ない。

 “例の件”については、ミリィに何の話もしていない。

 今後、話をするつもりもない。

 それはミリィも察しているようで、いままで追求された事もなかったのだが、


「リネットさんとの待ち合わせ。私も、行っていいですか?」


 と、言いだしてきた。

 初めての出来事を前にして、アルカムは、指で自分の頬を軽く掻く。


「……リネットさんとするのは仕事の話だ。君が聞いたってしょうがないだろ」

「“運送”のですか?」

「そうだよ」

「では、待ち合わせの場所の途中までご一緒してよろしいですか?」


 全力で考えを巡らせたが、断れる理由がアルカムには見つからなかった。


   ○●○


 フィオナ学園は、人口島の中心部に位置する学園だった。

 島の中に一七○ある学園の中では、“エイリーカンパニー”本社ビルの隣に位置しているのもあって、象徴的な役割もあり、それなりの設備が整っていた。

 生徒数に比較して広大といえる敷地、学生たちの空腹を満たすおしゃれなカフェとも言っても差し支えのない食堂、サークル活動が最大限行えるように配慮された各種施設。

 当然、そんな学園に通っている生徒たちも、どことなく紳士淑女な雰囲気を漂わせていた。


「立ち話をしましょう」


 廊下の端――少し空間が広がった場所で、黙って付いてきていたミリィが言った。

 アルカムは、少し乱暴な動作で振り向く。


「ミリィ。リネットさんと待ち合わせをしてるって言っただろ。急いでるんだけど」

「少しですよ、少し。会話をしようというわけではありません。今から私が言う事を聞いていただくだけでいいんです」


 つまりミリィの話を聞くだけならば、会話の半分なので、かかる時間は半分であると言いたいらしい。

 それはそれで釈然としないものをアルカムは感じる。

 しかし、実際問題として早くリネットとの待ち合わせ場所に行きたいとも考えていた。

 無言でミリィを見る。

 そして、息を飲んだ。

 ミリィは、なぜか今にも涙を流しそうな表情を浮かべていた。


「……分かったよ」


 根負けしたというのもあるが、彼女に言いたいことがあるならば、それをおとなしく聞いた方が結果的に早くリネットの所に行けると判断した。

 同時に、周囲に“氣”を巡らして気配を、目では自分たち以外の人影を確認する。

 結果として、気配も人影も無かった。

 二人の間に入るのは、運動系の部活が運動場でランニングをする際の掛け声と、暮れかけた太陽から注がれる日差しだけだ。


「それで、話ってなに?」

「二年前、あなたに戦場で助けられてから。私は記憶を失っています」


 今日は珍しいことが続くな、とアルカムは思った。

 過去の自分とミリィの出会い。

 それは、戦場だった。

 銃器砲撃火線が往来しきった果てに広がった荒野、“サーヴァント”を始めとする兵器の残骸、さまざまに形を変えた人の死体、乾いた風。

 そんな場所で、気を失い、大ケガをして倒れていたのがミリィで、その場所を偶然通りかかったのがアルカムだった。

 ミリィは、その時に助けられたことには感謝し、話題に出すことは多々ある。しかし、そのときに失った記憶については触れたがらずに、自分から話すこともほとんど無い。

 それを話そうとすると気持ち悪くなる、と前に彼女は言っていた。

 実際、ミリィの表情が少し青白くなっていく。体が震え、呼吸も荒くなり、いまにもフラリと倒れてしまいそうだ。

 それでも話を止める気は無いらしい。


「リネットさんが、私の過去を探るためにいろいろしてくれていて、ありがたいことですが――」

「ミリィ、無理をしなくてもいいんじゃないか。どうしても聞いて欲しいなら、家に帰って落ち着いてからでも――」

「いえ、いま聞いてください。私は……」


 彼女は顔をあげ、アルカムを真っすぐに見据え、拳の力を込め、噛まないようにしっかりとした口調で、


「私は、もう記憶が戻らなくてもいいと思っています」


 この発言に、アルカムは驚きを隠せない。

 初めて聞いた。

 記憶とは、つらい事もあるが、それまでの自分を構成するものだ。これから先も生きていく以上、記憶は取り戻したいと考えるのが普通で、彼女もそうだとばかり思っていた。


「この先ずっと、あなたといられればいいと、それ以上は何もいらないと思っています」


 さらなる発言に、アルカムは言葉を無した。


「それだけを、伝えたかったんです」

「あ、いや、あの、それだけって。それってどういうこと……?」

「夕食を作って、あなたが帰ってくるまで待ってます。待ってますので」


 最初の宣言通り、ミリィは言いたいことだけ言って、そして頭を下げると振り返らずに去っていった。


   ○●○


「遅かったな、アル」


 生徒会に到着すると、扉の前でイサムが待機していた。


「ああ、悪かった。ちょっとミリィと話をしてて」

「なんだ、愛の告白でも受けてたか」

「あ、うん。まぁ」


 アルカムの曖昧な返答に対し、イサムは、キョトンとした表情を浮かべる。


「マジか。くっそ恋人同士でイチャイチャしやがって、うらやましいねぇ」

「えっ、恋人?」

「えっ?」


 と、二人共がすっとんきょうな声を出す。

 やがて、イサムがなにかに恐れているかのように遠慮がちに言う。


「な、なぁ、前からまさかとは思ってたんだけど……。お前ら“同棲”してるんだよな?」

「馬鹿言うな。してるのは“同居”だ」


 答えると、イサムが硬直した。そして口を大きく空けて、アルカムに指を向け、


「えー!? お前ら一年以上も一緒に住んでてベッドもともにしてるのにヤッてな――」


 アルカムは、顔に血が登るのを感じた。


「うっさい黙れ! ったく君の頭は昔からそればっかだな!」

「いやいや、でもそれってどうなのよマジで。あんなにかわいい子と一緒にいていくとこまでいってないなんて、同じ男として心配だわ。はっ、もしかして病気!? 心の病気なの!? まさか、同性がいいとかじゃないよなぁ!?」


 えんがちょ、とイサムは数歩下がった。


「違う! ってか黙れ!」

「はぁ、しっかしそれは何と言うか、お前それで大丈夫なの?」

「まだ言うか。別にそっちの方は問題な――」

「違うよ。そうじゃなくて、同居でもなんでもいいけどさ。ちゃんと、彼女のこと見てるのかってこと」


 先ほどのからかいの雰囲気を潜めさせ、イサムは真面目な表情で問いかけてきた。


「なにが言いたいんだ?」

「これから先、永く一緒にいようとしてることは間違いないんだよな? だったら、いまこの瞬間が肝心だと思うぜ。まだ恋人になってないなら特にな。恋愛は、ある意味契約のようなもの。契約後がうまくいくかは契約前の交渉をいかに密にしておくかこそ肝だ」


 どこか、鼻を高くして語るイサム。

 彼が、自分のことを心配して言っているのをアルカムは知っている。

 しかし、気づけばアルカムは苛ついていた。


「リネットさんに感化されて、一端の商人気分か」


 毒のある語調となっていることは自覚している。しかし、止められない。


「君が生きる意味を見つけたことは、友人としてうれしく思う。だけど、僕についてはそれ以上言わないでくれ。これは僕たち“姉弟”の問題だ」


 しばらく、イサムは無言だった。

 やがて、彼はその表情をうら哀しげなものに変化させると。


「そうか、悪かった」


 と言って、アルカムから背を向け、生徒会室へと続く扉を開けた。


   ○●○


「来たか」


 イサムと共に生徒会長室へと入室すると、部屋の一番奥にある机にリネットがいた。

 ここは、彼女の第二の仕事場だ。

 生徒会長リネット・エイリーというもの、彼女の顔の内の一つだ。

 アルカムは気配を確認してみる。この部屋には彼女と、一緒に入室したイサム以外には誰もいないようだ。


「すみませんリネットさん。遅くなりました」

「構わんさ。私の一秒は、時を刻む黄金の砂以上の価値があるが、お前の存在はそれを費やすに値する」


 アルカムは、無言で頭を下げる。


「さて、早速本題に入ろう。といっても、資料を見せるだけだ。いつもと同じく、この部屋から資料を出すことは許さない」


 リネットは、机の上に書類の束を差し出す。そこには、人の写真とその人物の履歴が書き込まれていた。

 アルカムは、その書類を手に取る。


「新しく判明した分だ」


 それは、世界を支配する三つの勢力、

“地球統一政府”“異星人連合ダイロビ”“カンパニーズ”

 これらが保有している、“氣士”達の情報が記載された書類だった。

 “氣士”というのは、SVに乗り込んでも“氣障壁”を展開できる。SVの増幅器によって強固に展開された“氣障壁”は、この世の大多数の地上兵器による破壊力をやすやすと防ぐことができる。

 地上では一部の広域破壊兵器を除き、最強とも言われていた。

 このため、各勢力の“氣士”の保有数はその勢力の戦力とも密接に結びついていると言っても過言ではない。

 よって“氣士”というのは、所属している勢力から厚遇されるとともに、敵対勢力からは暗殺の対象にもなりうるため、公的な役職に就いているイサムのような例を除き、詳細な情報は極秘とされているのが一般的だった。

 それは同じ勢力内でも例外ではない。

 組織の中である程度上位の位置にいるリネットでさえ“カンパニーズ”内の自分の管轄外――他中立都市に所属する“氣士”を把握してはいない。しかし、アルカムは理由をもって、その極秘のとある“氣士”をどうしても見つけ出す必要があった。

 そして今、アルカムはこの街の最高権力者であるリネットに従う代わりに、その情報網をもって調査し、判明した“氣士”の情報を要求していた。

 アルカムは、しばしその書類を凝視していたが、やがて机の上に戻した。


「目的の“氣士”はいなかったか?」

「はい、この書類にある“氣士”の“氣兵装”は全て見覚えがありませんでした」

「……そうか、残念だ」


 リネットは、椅子の背に深く体を預けた。


「人的被害を出してでも得た情報だったんだがな。それにしても、もうかなりの数の“氣士”の情報を集めたと思うのだが。すこし、記憶がボヤけているということはないのか?」


 その瞬間、アルカムはより鮮明に思い出す。

 細かい出来事や言葉が鍵となり、

 何度、この感覚を味わっただろう。

 何度、このことが思い起こされるのだろう。

 何度、この光景を夢で見るのだろう。


「僕は、忘れてなどいません」


 自分の声に、重さと、感情が加わっていくのを自覚する。

 傍にいるイサムや、リネットの表情が硬くなるのが分かった。


「姉を殺した“氣兵装”――」


 “氣士”のみが持つことができる、“ダイロビ柔錬鉄”を利用した“氣障壁”。それを“盾”ではなく“武器”へと変化させたもの。

 強固な“氣障壁”を比較的に、簡単に貫くことができる数少ない武器であり、SVで錬成したものは兵器と呼んで差し支えない。

 そして、漠然と展開する“氣障壁”と違い、“武器”の形に、繊細に収束させる“氣兵装”は、実用に耐えうる錬成となると“氣士”一人でせいぜい一つが限界と言われていた。

 故に“氣障壁”の形状や装飾の情報は、通常の人間でいう指紋や網膜のように、個人の特定に結びつく情報でもあった。


「――銀色に輝く細身剣。僕は、今でもはっきりと覚えています」


 忘れられない、とは言わなかった。

 リネットはこちらを伺うように数秒間ジッと見つめたあと、


「分かった。なに、約束は守るさ。お前が私に――“三勢力”からのこの街の防衛に協力してくれる限り、私は私が使える全てを駆使して、お前の仇を探す手伝いをする」

「ありがとうございます」

「別にお礼はいらない。さっそく、返してもらうしな」


 目の前に、別の書類が差し出された。

 受け取って、アルカムは内容を確認する。


「SVの資料ですか?」

「以前からお前に協力してもらっていた専用機だ。つい先ほどロールアウトした。今晩から、そちらの方の訓練もしておいてくれ。開発チームがデータも取りたがっている」


 アルカムはそれを聞いて、手元の資料に再び視線を落とす。

 アルカム専用氣士対応型SV――機体の名は“エルフィオン”と書かれていた。


「頼んだぞ。“氣士”アルカム・ユーロ」

「仰せのままに、ボス」


 アルカムは、静かに応じた。

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