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エピローグ

 ――ダイロビ軍撤退。“カンパニーズ”は“エイリーシティ”の防衛に成功。


 そんな見出しが新聞には踊り、“エイリーシティ”は戦勝ムードで賑わっていた。実質、街への被害は皆無に等しく、その事実がお祭りのような騒ぎに拍車をかけていた。

 しかし、その影では悲しみの感情もシティの至るところに渦巻いている。

 人が死んだのだ。SVのパイロットも、艦長も、職員も、少なくない人が。

 その結果をもたらした少女――かつての夫の復讐と、そして現在の愛する男を救うためだけに戦争を選択した少女は、“エイリーシティ”に投降した。

 “エイリーシティ”代表であるリネット・エイリーはそれを受け入れ、そしてその事実は極秘とした。“ダイロビ”側はこの事実を公表しようとはしていない。それよりも、現ダイロビ王の“病死”についての話題の方ばかり騒がれている。


「記憶転移というものではないか、とのことです」


 臓器の移植手術を経験した人が、移植される前の人物の人格の一部が、移植後の人物に受け継がれるというもの。

 “カンパニーズ”からの調査結果として語られるミリィの報告を、アルカムは黙って聞いていた。

 ここは、アルカムとミリィの一緒に暮らしていた部屋。その玄関である。

 数日前と比較して、部屋の中の、一人分のあらゆるものが少なかった。


「だからといって、私はあれが彼女の真の代弁だったとは言いません。それはあまりに都合が良すぎる」


 そう告げるのは、あくまで“ミリィ・ラロンス”だった。前日まで、“ミリアリア・ダイロビ”と名乗っていた少女だ。

 彼女は、大きなカバンを持って立っていた。その中には、彼女の私物が入っている。

 今日、彼女はこの部屋を出て行く。

 アルカムは、彼女のその結論と、そして語る言葉を受け止めた。

 薬の副作用で内蔵を、実力以上の力を引き出し続けたせいでその反動で肉体全身を負傷。至るところに包帯やギプスが巻かれ、松葉杖を使っても歩くのがままならない状態の彼は、少女を見つめる。

 数日前のミリィなら、そんな彼が頼りなさそうに少しでも動こうものならば、すかさず駆け寄り、支えただろう。しかし、彼女はアルカムのその姿を見つめるだけで、何もしなかった。

 しかし、それで良いとアルカムは考えていた。

 かつて、ダイロビ人が地球に移民としてやってきたとき、まず特別自治区が設定された。彼らがその地区内で生活を行っていた時には、地球人との争いなど起きなかった。

 問題が起きたのは、とある一つの国で試験的に実施された共同生活を行うようになってからだ。

 お互いの文化や思想を理解し合わない前に、思想や文化が異なる民族が混ざり合った。星は違えど仲良くするのは良い事という道徳や感情が、必要以上に優先された結果、それぞれの星人たちは、それぞれの道徳や感情を当然の如く相手に押し付けた。

 結果、確執が生まれた。その確執を解決するお互いに納得できる体制が整っていない段階のまま押し付け合いは続き、溝はさらに広がった。

 それが、いまの戦争の始まりだった。


「僕たちが一緒に暮らし始めた事が、過去の経験を鑑みない愚かな行動だったのかもしれない……」


 アルカムは、そう思っていた。ミリィも、同意とばかりに頷いた。


「おそらく発端が感情であったからでしょう。私は……一目惚れでしたから」

「ああ、きっと僕もだ」


 アルカムの返事を聞いても無表情で、彼女は続けて告げた。お互いが好意を持っていたことなど、とうに分かっていた。だから、生涯共に過ごそうと提案したのだ。


「だから、私はこの部屋から出ていきます。私たちの共同生活も感情から始まったもの。だから、先人たちの取り組みと同様に壊れた」


 カバンを握るミリィの手に力がこもる。そして、その目は真っすぐにアルカムを見つめていた。

 壊れたのは自分が原因だと、自分が大切な存在を奪ったからだと、彼女の考えが、その姿に如実に表れていた。

 しかし、それに対して慰めの言葉などふさわしくもない。彼女も望んでいないし、そもそもアルカムにはそれを言う資格は無い。


「……僕は、君が憎い」


 アルカムの呟きを、ミリィは唇に力を込めて受け止めた。


「でも、それ以上に、きっと君に寄生していたかったんだ。姉さんのために仇を取りたかったんじゃない。君と結ばれるために、きっと、それをきっかけとして割り切るために、自身の罪悪感から逃れるために、そうしたかったんだ。今なら、それが分かるよ」


 松葉杖を地面に置いて、膝を付く。そしてアルカムは頭を下げた。


「すまなかった。それを理解していなかったばかりに、君を苦しめた。君にあんな行動をさせた。僕は、ひどく卑劣だ。だから、君の中の姉さんにも殴られたんだと思う」


 目を、ミリィは逸らした。俯いて答える。


「私は、あなたに殺されるべき人間です。でも、そんな私を、あなたはあなたが生きるために必要としてくれた」

「ああ、必要だ」


 アルカムは、素直な言葉を出すのを迷わなかった。


「憎いけど、必要だ。わがままなのは承知だが、それが今の僕の正直な気持ちだ」


 ミリィは、またしばらく黙っていたが、やがて辛そうに言葉を出す。


「すみません。私は死ぬのを覚悟し、それが当然と認めた人間です。心の整理が未だ付かないのです。あなたのために生きたいという感情はあれど、そのあいまいな状態を受け入れるのも、正直に言えばひどく抵抗がある」

「それは君だけじゃない。だから、僕は君が出ていくのを止められない」


 顔を下に向けたまま、アルカムは言った。

 ミリィは死を決めていた。しかし、アルカムはそんなミリィを必要としながらも、部屋に残り愛を育む覚悟はないと示し、あまつさえそのミリィの覚悟を捻じ曲げた。

 身勝手で、自分本位な感情。それを今に通せば再び感情を優先した関係となる。

 それでは繰り返しだ。だから、ひとまず別れることとした。


「長い間、本当にお世話になりました」


 最後に深く頭を下げて、ミリィは玄関から退出をしようとした。

 その時、アルカムは希望を告げた。


「また」


 瞬間。一筋の涙が、ミリィの瞳から流れた。

 しばらくはお互いに顔を合わせないと決めた。それが何年になるか分からない。もしかして五年後、十年後なかもしれないし。同じ街に住みながらも一生会わないかもしれない可能性もあった。

 しかし、アルカムはそれだけは否定した。それはつまり、アルカムはミリィという女性に対する答えは、すくなくとも必ず出すと明言したに等しかった。


「はい……また」


 いつか会おう。それが明確になっただけでも、ミリィは涙が出るほど嬉しかった。

 そばに駆け寄りたい衝動を堪え、振り返らずに彼女は走る。

 それをアルカムは、視線を床に向けたまま見送った。

 彼の愛憎の選択は、まだされない。

 しかし、選ぶ気すらの無かった少年が、少なくとも選択をすると決意するには至った。

 だから、今は別れる。感情を抜きにした選択をするために。それが正しい未来へとなるために。

 アルカムは、かつてとは違う悩みを受け入れる。

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