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第四章④『“ミリィ”の目的』

(今日は、懐かしい記憶ばかりだ……)


 視界が開けると、そこはコックピットの内部だった。

 反射的に腕時計を確認する。気を失っていたのは、ほんの一瞬のようだった。

 周囲が暗い。


(電源が落ちている? さっきの衝撃が原因? こんなこともあるのか……)


 殴り合いを前提として設計された機体。その頑丈なはずの電気系統の断裂。

 原因はコックピットから降りて、機体を外から確認すると理解できた。

 ここは島の内部に続く洞窟のようだ。先ほど自分たちが原因で開けられたばかりと思われる大きな穴からは、海の水と太陽の光が差込み、周囲を見渡せるぐらいには明るくしていた。

 “シルバーライト”は、頭上からの戦斧の一撃を受けて、左半身が大きく損傷していた。

 電気系統の“故障”ではない。単純に一撃のみで機体を“撃破”させられたのだ。


「まさか、ここまでとは……」


 ジュナス・ユキシロ。元統一政府軍特殊SV部隊のパイロット。

 そして、記録では、“ダイロビ氣士”を推測を含めれば五○人以上を殺した、とされる男である。


「強いですね。とても……」


 背筋が凍る。

 自身は万全ではない。剣すら握らなかった二年のブランクがある。技術は小手先でなんとかなったが、全力での戦闘に体力が付いていかない。

 さらに、自身の扱う“氣兵装”は他者からの借り物。錬成する度に体に負担がかかる。もともと、欠損した体の一部を補完するために取り込んだものだ。それを体の外に錬成するのは、その欠損部分の傷をその度に開いてしまうに等しい。

 それでも、ここまで圧倒されるのは予想外だった。しかし、なぜだろう、ミリアリアは畏怖に近いものを抱きながらも、悪い気分にはならなかった。


「ミリアリア・ダイロビだな」


 背後から声。振り返ると、まず視界には巨大な人型兵器――“エルフィオン”が見えた。

 その巨人の足元で、一人の男が両手に蒼い戦斧を携えていた。

 銀色のボサボサ頭に、整った鼻筋。薄い筋肉をまとう体格に、“カンパニーズ”では一般的な黒いパイロットスーツ。

 もう一人の自分――ミリィが、かつては腕の中に、喜びをもって迎えた相手。

 姿を見た瞬間、杭で打ち付けられたかのような胸の痛みを感じた。しかし、ミリアリアはそれを表に出さない。出すわけにはいかない。

 ミリアリアとして、毅然と努めた。そうしなければいけなかった。


「いかにも、私がミリアリア・ダイロビだ。貴公はジュナス・ユキシロか?」

「いや、僕はアルカム・ユーロだ」


 その答えに、一瞬だけミリアリアは固まった。


「確認する。君はミリアリア・ダイロビで、そして二年前に姉――クレハ・ユキシロを殺した“氣士”か?」


 問いの答えは、すでに決まっている。何度も想定した。


「ああ、その通りだ。君の姉の運命は、私がこの手で葬った」

「……了解した」


 距離が一瞬で詰まり、重たい斧の一撃が繰り出される。

 ミリアリアは“氣兵装”を錬成。同時に腹部に激痛。錬成しただけでだ。体はとう限界にきている。


(まだだ、堪えろ!)


 一撃を“氣兵装”で受け流す。反撃に転じようとしたが、もう一丁が横振りにミリアリアに迫る。それを、剣の柄で受け止めた。

 近接したアルカムの顔が目前に迫る。それに対し、ミリアリアは地を蹴って膝を跳ね上げる。アルカムは顔面を逸らしてかわした。

 距離が離れる。

 ミリアリアは、剣を構え直した。すでに体のダメージは限界で力が入らない。それでも気丈に振る舞って構え続ける。


(やはり、強い……)


 そう純粋に評する。一撃が重い。防げたとしても、体の奥まで衝撃が伝わる。それが、今のミリアリアには致命的だ。

 いや、今の本気になったアルカムに対しては、例え万全だったとしても互角に戦うことすらできたかどうか。


(これが、培ってきた力、あなたがあの人のために鍛えてきた力なのですね……)


 膝が崩れ落ちそうになるのを堪える。


(やっぱ、勝てないなぁ)


 つい、口元を緩めてしまったのを自覚して、すぐに戻す。

 再び、アルカムは地面を滑るようにして接近してきた。同時に振るわれた戦斧を、漠然と前に出した剣で防ぐ。しかし、衝撃を逃がす体力もなく、ミリアリアは吹っ飛ばされて傍の岩壁に背中から激突した。

 痛みで意識が飛びかける。尻から地面に落ちた。動けない。徐々に視界が赤く染まる。どうやら頭を打って血がでているらしい。もはやそれも痛みでは感じない。


(そろそろ限界か……)


 そう考え始めたとき、いや、と頭を振ってミリアリアは奥歯を噛み締める。


(まだだ)


 腹に力を込める。

 討たれるべき敵は、仇は、最後の最後まで他者の大切なものを奪っておきながらも自身の生に醜く抗って、その末に果てなければいけない。


(握り締めろ、剣を。弱みを見せて躊躇などさせてはいけない。醜くあがき、醜く死ぬ。殺して当然という人間なまま死ぬことで)


 剣を支えにして、なんとか立ち上がり、アルカムを見据える。


(私は、あなたの糧となる)


 ミリアリアの、本心がそこにあった。

 復讐を成し遂げたあとは、きっとアルカムは苦しめられていた夢から解放されて、ようやく眠れるはず。また、彼が戦いを続ける理由も無くなる。

 そうすれば、彼は普通に生きていける。苦しんできた過去を振り返らずに。ようやく未来に顔を向けられる。

 奪った人は戻らない。償いはできない。でも、ミリアリアは自分の命をきっかけとして、


(幸せにはなれなくても、せめて――これからは前を向いてください)


 ゆったりと近付いてくるアルカムに対して、ミリアリアは剣を向け続ける。

 しかし、それが精一杯。もう斧の一撃を受け止める力は無いだろう。


「さよなら」


 と、呟きと同時に振り下ろされる戦斧。それを、ミリアリアは“受け入れる”ために剣を下げた。

 迫る刃を視界に収めながら、ミリアリアの心は満たされていた。ミリアリアとしても、ミリィとしても願った目的は果たせた。

 後悔は無い……はずだった。


「!」


 しかし、戦斧はミリアリアの首を切り落とすことはなく、刃は岩にめり込んだ。

 ミリアリアは、その様子を“横”から眺めていた。

 彼女は、全身全霊をもってそのアルカムの一撃から逃れたのだ。

 開いた瞳でアルカムを見つめる。死が怖かったわけではない。


(な、なんだ今の)


 ミリアリアの表情が驚愕で歪む。アルカムの戦斧から逃れたのは、怖がったのは、自身の死ではなく、それ以外の理由だった。

 斧が振り下ろされる刹那、ミリィと呼ばれた少女が愛した男の顔が見えた。最後に、一目見たいと願ったのかもしれないが、とにかく見えた。


「手こずらせてくれる……」


 気だるそうに、アルカムは戦斧を岩から引き抜いて構え直す。

 その目が、完全に死んでいた。光は無く、暗く、上を見ず、そのまま埋もれそうなほど沈んでいる。生に執着も欲望すらない、ただ尽きるまでそこに在ることだけを許容した心が現れているような。

 彼は、そんな死人以下の、自殺志願者のような目をしていた。


「なぜそんな目をするのですか。仇討ちは望んだ結末だろうに、なぜ……」

「訳の分からないことを」


 力強い彼の踏み込みに対応して、ミリアリアは比例するように一歩の距離を取る。

 それを見たアルカムは、


「あがくなよ……」


 と、苛立たしげに髪を掻いた。何度も、何度もだ。数本の銀髪がパラリと地面に落ちた。


「もう沢山だ。何も報われない。頑張ったところで何も。どこに行こうと、僕は最後に人を殺す」


 こちらを睨むアルカムの目が、ひどく虚無なものだった。


「それでも生きていけると思った。でも、僕は、最後には結局、またこんな気持ちで戦場にいる。逃げられないならいっそ、もう……」


 ミリアリアは首を振る。そして、泣きそうになって口を開いた。


「なぜ? 私は、私はあなたに生きてほしいと思って、そのために――」


 ミリアリアは本心を叫ぶ。しかし、その言葉を遮るように、アルカムは苦しそうな唸り声をあげて、俯き、膝を地面に置いた。

 ミリアリアはあっけに取られて言葉が出ない。

 その間にも、アルカムは咳き込んで、汚物を吐き、鼻からは血が溢れた。


「アルさ、いやアルカム。あなた……」

「がぁぁぁぁあああああああ!」


 さまざまなものを振り払うかのように、アルカムは傍の岩に頭を打ち付けて、そして動かなくなった。

 ミリアリアは、異常なその行動で察した。


「そうか、その強さは何か薬物の……」


 冷静に考えれば、ミリアリアは衰えたとはいえ“ダイロビ”でも有数と言われた“氣士”。一撃でアルカムにSVを撃破されるなど、そこまでの力量差があるわけない。

 やがて、アルカムはフラリと立ち上がった。そして、一度だけ大きく笑ったあと、ろれつの回らない口調で、


「“カンパニーズ”特製かどうか知らないけど、もらった睡眠抑制薬は効き目が薄くてさぁ。昔、モルモッド部隊にいたときに二粒だけもらっていた興奮薬を併用して初めて効果があった。最後の一粒は朝に飲んで、でも、ふははっ、その効果も尽きそうだ」


 軸となるものを失ったかのような、歪んだほほ笑み。


「なんで、なんで……」


 ミリアリアは、再び後ずさる。

 恐怖した。自身の死にではない。目の前の男の死への雰囲気にだ。


(私が死ねば、あの人は死ぬ。自殺か、それとも外の“カンパニーズ”に特攻するか。どちらにせよきっと死ぬ。いま、私を仕留めるという目的が、唯一の糸となってあの人をこの世につなぎとめている)


 それに気付いた瞬間。ミリアリアの口からは、先程までとは違う言葉が出た。


「殺さ、ないで」


 アルカムに、この時には明確な怒りの表情が浮かんだ。


「貴様……今更、命乞いか。“ダイロビ”の誇り高き戦姫という触れ込みはどうした! 他人の姉は奪っておいて、貴様は命が惜しいのか!?」


 命乞いは生まれて初めてだ。だが、乞うのは、自身の命ではないのだ。

 故に、恥ずかしさなど無い、情けなさなど無い。


(私は、今ここで死ぬわけにはいかない。すくなくともいま彼をこのままにして死ぬわけにはいかない)


 もう、剣は強く持てない。足も動かない。だから、誰かにすがるしかなかった。助けてくれと。心の底から。ここには、二人以外にはだれもいないのに。


――そういう結論なら、力を貸してあげるわ。


 でも、どこからか、そんな救いの声が聞こえた気がした。


   ○●○


 思考が混濁している。薬物の副作用だろう。複数の目的を認識するのはもう限界だ。ただ彼女に接近して、振り上げた斧を振り下ろすという意思だけが残っていて、それ以外を拒絶して、そんな自分を受け入れていた。


「相も変わらずの根暗野郎ねぇ、この愚弟」


 しかし、斧を振り下ろしたとき、意識が戻った。色あせている視界には光がともった。

 かけられた言葉が原因だった。

 その言葉の喋り方、タイミング、唇の動きに至るまで。かつてのものを感じさせた。

 彼女の緑色の長髪が、土埃で汚れた上からでも赤くなっていくのに気付く。

 “愚弟”と言われた。その言葉を浴びせられたのは二年前振りで、そして自分のことを“愚弟”と呼ぶのはこれまでもいままでも、ただの一人しかいなかった。


「いま、なんて――」

「いろいろと言いたいことはあるけど。今は置く」


 その赤い髪が、ふわりと視界に舞うと同時に、


「まずはその腑抜けた面を叩き直す! 目を覚ませ! このバカタレがぁぁぁぁぁ!」


 目の前には、握り締められた拳が迫った。

 アルカムの回避行動や動きの癖を全てを理解した上で、放たれたような拳。それを避けることなどできず。


(ああ、この動きは)


 アルカムは、顔にミリアリアの拳がめり込んだのを感じながら意識を失った。


   ○●○


 “ダイロビ軍”と“エイリーカンパニー”との戦闘は、とある会談が成立したことにより転機を迎えた。


「それでは“ダイロビ軍”は撤退するというのだな」


 戦闘の最中であるにも関わらず、リネット・エイリーは司令室を部下に預け、個室の通信室にて、目の前のモニターに映る人物とのやりとりを重ねていた。

 リネットの一般使用の携帯電話に、彼女の――親友の名前で連絡をしてきた人物だった。


『私の生家はダイロビ内でも指折りの家柄。言ったことは必ず守る』


 相手は“ダイロビ”のネス・ポンド大佐だった。要望は端的で、停戦したい、詳細は二人きりで話をしたい、との事だった。


『それと家名だけでなく私個人の名とともに、その臣下たる騎士将サラサ・ガスの名において“エイリーカンパニー”に対し、三年の不可侵の条約を締結すると約束しよう』

「なぜ、そんなことを内密に私に話す。すでに交渉対象は“エイリーカンパニー”ではなく“カンパニーズ本社”となっている。それぐらいは貴公も承知しているだろう?」

『まだ一部の人間にしか明かされていないが……我が王が殺された』


 リネットは、さすがに驚いた顔をする。実際に驚いた。


「それは、事実なのか?」

『初顔合わせの人間の言を信じろというのが無理な話というのは重々承知している。何をもって証とすればいい? 可能な限り善処しよう』


 リネットは、ネスの表情を確認すると同時に思考を巡らす。戦場は、“ダイロビ”優勢だ。その状況で、あえてこちらにそういった類の嘘をつく必要性を見つけられない。


「しかし、それが仮に事実だとするならば、今より我が“カンパニーズ”は貴公らに対して王の死を高々に騒ぎ立て、混迷の渦中に突き落とすことも可能だが?」


 そんな事をしても、この話が嘘ならば何にもならない。むしろ、逆効果になる可能性もある。

 それが分かっているのだろう、ネスは、


『お互いが力尽きるまで戦う、そういう完全なる決着が望みならばそうすればいい』


 ネスの言葉は、話の範囲が広がるニュアンスを含んでいた。彼が話すのは“エイリーカンパニー”と“ダイロビ”ではなく、“カンパニーズ”と“ダイロビ”であった。


「だとしても、結局のところ、自分たちに無秩序な敗走ではなく、規律正しい撤退をさせろ、ということだろう。あまりにもそちらに都合が良すぎる提案ではないか?」

『だからこその密談だよ、リネット・エイリー。この戦争はごく一部の人間の私念によって開かれている。よってそれを“くだらない”と感じる人間は“ダイロビ”にもいるということだ。それを防ぐために、ここはお互いにお互いの勢力が元の立ち位置に戻れるように、志を同じくする仲間同士で協力しよう。勢力同士の交渉ならば成り立たないどころか議題にもならないし、するつもりもない提案だが、私たち個人同士ではどうだろうか?』


 リネットは、しばしネス・ポンドという男を見つめる。

 この“ダイロビ”内で大佐という階級を与えられている人物は、おそらくこのまま順当にいけば占領できる“エイリーシティ”を捨ててまで、“カンパニーズ”“ダイロビ”“統一政府”の戦力バランスを維持したいと考えているように思えた。

 王が死んだのが本当だとしても、むしろそれをこの停戦交渉の理由にちょうどいいぐらいに考えている。


(なるほど、相手も一枚岩ではない、ということか……)


 リネットは、結論を出した。そもそも、選択肢など無かった。


「いいだろう。そもそも、こちらも望んでいない戦争だ」

『ありがとう。“カンパニーズ”の友人よ』

「もうそれ以上は言わないでくれ。良い気分にはなれない」

『ああ。それでは、すぐにこちらは戦争停止を宣言する。それをもって、こちらの誠意の証としたい。では』


 通信終了後、間もなく“ダイロビ”軍の侵攻は本当に停止した。

 こうして、戦いは予想以上に被害を出すことなく、予想以外の結末となって終結した。

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