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第四章③『激突』

 海上を疾走しながら、戦斧を振るう。

 その度に、“ダイロビ”のSVが、そして艦艇が鋼鉄の屑と化す。


(お前らが、悪いんだ……)


 “電気信号リンクシステム”によって、動かない体の代わりにアルカムの意思をトレースした“エルフィオン”が躍動する。


(自分は、戦いなど望まなかった)


 敵の射撃を、砲撃を、ミサイルを、“氣障壁”で防ぎながら、思いを心で呟く。

 元々、姉への果たすべき役割だけ、義務だけ、責務だけの戦いでよかった。

 それなのに、周囲はそれを許さなかった。


 ――お前の存在は危険だ。一緒に暮らしているの女共々この街には置いておけない。が、商談次第だな。


 リネットから告げられた言葉を思いだし、噛み締める。


「お前らが悪いんだ。お前らが押し付けるから……お前らが。お前らがぁ!」


 振るう振るう振るう振るう振るう振るう振るう振るう振るう振るう振るう。

 切れ味が鈍くなり、刃が欠けた斧を迷うことなく投擲。それは傍のSVの頭部をかち割って役目を終え、粒子となって宙へと霧散する。

 水上移動板を操作して、注がれる無数の射撃や砲撃から回避運動。同時に、腰のハードポイントからアサルトライフルを装備。周囲の敵SVに四○ミリの弾丸を叩き込む。

 破壊される戦艦の艦橋。動力源を砕かれて、海面に倒れこむSV。


「残りの反応は……」


 エンジンを最大に高鳴らせて、アルカムは前へと突っ込む。勢いのまま前方の艦橋に“Eナイフ”を取り出し、突き刺す。

 返す刀で、背後から“氣兵装”で斬りかかってきた護衛の氣士用SV“ビッグオーガ”を、“氣兵装”で応戦。一合の剣戟の激突の後、相手の“氣兵装”を弾き飛ばして、空いた手の戦斧をぶち当てる。

 敵の機体は、雑な切断面を作って、横に二つにちぎれた。

 決着はついた。だが崩れ落ちる“ビッグオーガ”に、すかさずアルカムは、持ち替えたアサルトライフルの銃口を向けた。

 “氣兵装”というものは、どういう理屈かは分からないが人型の存在でのみ、強靭な形成が可能だ。長所もあるとはいえ、短所も多い人型兵器。その開発がここまで世界で進んでいるのはこの辺にも要因がある。

 よって、戦斧によって半身を失った“ビッグオーガ”に強力な“氣障壁”は作れない。

 それ以前に、四肢の半分を失っている時点で通常のSVとしての戦闘力も無い。

 だが、アルカムは迷うことなくトリガーを引いた。

 すでに“氣障壁”を張ろうと判断する力もなかったか。そもそも、中の“氣士”は自身の機体の状況も把握してなかったかもしれない。

 無抵抗のまま、“ビッグオーガ”は、連続する火薬の弾ける光とともに、バラバラとなって海の底へと沈んでいった。

 残骸が浮かぶ海の中、“エルフィオン”はしばし佇む。

 レーダーと、周囲に視線を巡らす。この地域の敵は一掃できた。

 それを確認した瞬間。刹那の安堵が原因か、アルカムに猛烈な目眩が襲った。


「し、まった……」


 もう三日は寝ていない。その上、激しい戦闘を続けて、体力は限界にきていた。

 戦いへの意欲と、気を抜けば落ちそうな意識。

 それをアルカムは、薬と、眠ることへの恐怖心でなんとかつなぎ止めていた。

 “電気信号リンクシステム”を切る。

 自由になった体で懐からケースを取り出し、二粒を口に放り込んだ。水を飲む時間も惜しくて噛み砕き、そのまま頭を近くのコンソールにぶつける。

 痛みと、強い酒の原酒をいっきにかっくらったかのような喉から始まる体の熱。

 頭が徐々にスッキリとしていく。

 アルカムは、うつろな瞳で手元のケースを見つめた。

 中身は、あと二粒。

 事を成し遂げるまでに量が足りるだろうかと一抹の不安にかられた。“もう一つ”の薬の効果も、いつ切れるか分からないのに。

 その時だった。“エルフィオン”のコックピット内に警告を示すアラームが響く。

 すぐに反応して、“氣障壁”を展開。浴びせられる横殴りの銃弾をことごとく防ぐ。


「新手?」


 対象を確認。アルカムの体には稲妻が走ったかのような錯覚に囚われた。

 輝く銀色の装甲を持つ“ダイロビ”の氣士用SV。それが、こちらに向かってきていた。

 見据え、口元を歪める。


「待っていたよ……」


 手元に握っていたケース内の薬の最後の二粒を口へと放り込むと、アルカムは空になったそれを投げ捨てた。


   ○●○


 ミリアリアの放った弾丸は、“氣障壁”によって容易に防がれた。

 元より、こちらの存在を知らせるために放ったもの。ダメージを与えられるなどと思っていない。


「第三艦隊まで壊滅か……これ以上、同胞を殺らせません」


 ライフルを海へと投げ捨てて、水上移動板を走らせる。

 残り一足の踏み込みのタイミングで“氣兵装”を錬成。元より相手もすでに“氣兵装”の戦斧を携えている。

 ミリアリアのSVは、“シルバーライト”といった。

 “ダイロビ王国”の最新鋭機である。

 防御力重視の設計で、通常よりも騎士の鎧のような装甲は多く取り付けてあるが、その金属は非常に軽量だ。機体重量は“ダイロビ”の一般的な氣士用SVである“ビッグオーガ”よりも軽いぐらいである。

 形成した“氣兵装”の長剣を、すれ違いざまに繰り出す。

 “エルフィオン”も、蒼い戦斧を構えながら突っ込んできた。

 交差。一度の、金属の激突。甲高い打撃音。


「!」


 押し負けた。

 騎乗する水上移動板の先端が、大きく上下左右に揺れる。

 手元の剣を確認すると、刀身は大きく曲がっていた。


「私の剣が!?」


 “氣兵装”は、繊細に構築している分“氣障壁”より頑丈だ。繰り返すが、ミサイルすら受けきる“氣障壁”よりもだ。それがたった一度の打ち合いでひん曲がったのである。

 こんなことは初めてだった。


(機体性能の差、戸惑い。それが無くなった結果か……だが、それでいい)


 振り切るために、移動板を加速させる。

 ここで、ミリアリアは息を漏らして自身の腹部へと手を添える。

 先程から“氣障壁”と、特に“氣兵装”を錬成するたびに肉体に金属を同化させた場所――背骨から胸にかけて無視できない鈍い痛みが走る。

 それが、自身の動きと、精密な“氣兵装と障壁”の錬成を妨げる。


(やはり数日での二戦目はまだ難しいか……でも、もう少しだけ!)


 次いで、“エルフィオン”は波を立てて騎乗する移動板を切り返し、こちらに並走してきた。


「速い!?」


 “エルフィオン”は振りかぶって戦斧を繰り出してきた。真正面から当たらないよう、注意深く長剣で受け流しながら、ミリアリアは嘆息する。


「水上移動板の扱いは、あちらの方が上手か!」


 激しく何度も振るわれる戦斧を、ミリアリアは巧みに長剣でさばき続けながら、周囲を確認する。


(ここではダメだ。あっさりとやられる。どこかに陸地は……)


 二キロ程離れた場所に、小島があった。

 ミリアリアは水上移動板の先端をその小島へと向けた。

 “エルフィオン”は追ってくる。


(接舷して、その後は地上戦を――)


 唐突に、視界に影がおおった。上に視線を送ると。


「なっ!?」


 “エルフィオン”は背に翼を生やして跳躍し、こちらに飛びかかってきていた。

 ミリアリアは長剣を掲げて防ぐ。重厚な一撃に、歯を食いしばる。しかし、腹部に痛みが生じた。


「受け止め、きれない!」


 水上移動板は衝撃に耐え切れず、くの字に曲がり、操作を失って島の崖に激突した。


   ○●○


 昔の話だ。

 とある荒野の荒野の片隅で、


 ――ゲオルグ!


 ミリアリアの心には、どす黒いものが充満していた。

 あの人の、願った平和は潰えた。

 輸送船に爆弾を仕掛け、万全を期して死を厭わない暗殺者を差し向けるという卑劣な行為――実の弟の下劣な策によって。


「このまま、このまま死ぬわけにはいかない。こんな終わりは認められない」


 噛み締めた奥歯から、言葉がにじみ出る。


「死にたくない。このままでは、死ねない。死にきれない!」


 目指すものは無いのに、這って進む。

 それが、自分の残り少ない命を更に削る行為だとしても、自然とそうしていた。

 輸送機の墜落で即死しなかったのは奇跡だが、それも長くは続かない。

 傷口から溢れた血が、地面に軌跡を作る。

 両足はあるが、動かない。体が地面をこするたびに、その感触が体の右半身にしか感じられない。下半身が、ちぎれかけているのかもしれない。

 ミリアリアは、それでも何かに突き動かされるように体を動かす。

 こうも泣いたのは、いつぶりか。

 こうも感情的に願うのは、いつぶりか。

 こうも本能的に乞うのは、いつぶりか。

 その時、彼女は動きを止めた。

 ミリアリアの“氣士”としての感覚に触れるものがあったのだ。

 何も考えず、その感覚に従って、力を振り絞るように顔を向ける。

 そこにあったのは、


「“氣兵、装”?」


 身の丈もありそうな、大きな剣の形をした“氣兵装”が無造作に転がっていた。


「なぜ、こんなところに? いや、それ以前に……」


 “氣兵装”は、使用者の体から離れれば離れるほど、その形状を空に散らしていく。

 しかし、それは一個の存在として、人の手を離れてもその姿を維持し続けていた。

 ふと、姉代わりの“氣士”、サラサ・ガスの研究内容を思い出す。


 ――“ダイロビ柔錬鉄”の移植による、戦場での救急処置の可能性について。


 “ダイロビ柔錬鉄”は、武器や盾のように金属の延長として使用されることが多い。いや、現代の人類の技術ではそうとしか使用できないというのが実は正しい。

 “ダイロビ柔錬鉄”は、金属以外の、例えばスライムのような有機物に錬成できる可能性も示唆されていた。そして実際に、有機物への錬成をガス家は世界で始めて実現させていた。

 ミリアリアは一つの結論を導き出す。

 サラサは独自に、ガス家の研究を応用して“ダイロビ柔錬鉄”を、自身に肉体として錬成し、失われた部位の補完とする研究をしていた。

 いま、ミリアリアは“ダイロビ柔錬鉄”を身につけていない。

 出立の際に、トリスタンに必要ないと言われ、置いてきてしまった。

 見つけた剣――“氣兵装”から、ミリアリアは視線を離せない。


(あの量の“氣兵装”であれば、“ダイロビ柔錬鉄”であれば)


 サラサの論文は目を通したことがある。それに、“ダイロビ”内でも自分の錬成技術は秀でている。有機物だけでなく、失われた肉体への錬成もある程度はできるかもしれない。

 もっとも、肉体に金属の塊を錬成するだけにとどまり、そのままショック死するかもしれないが……。


(このままでは、どちらにせよ死ぬ)


 ミリアリアは手を伸ばす。この時の彼女の心境は、水の中に溺れた人が、空気を求めて水面に手を伸ばすそれに似ていた。


「だ、れ?」


 声がした。

 母親にいたずらを諫められた子供のような仕草で、ミリアリアは体を硬直させた。

 “氣兵装”に注意を向けていて気づかなかったが、そばには少女が倒れていた。

 赤毛が目を引く。顔立ちは眉目がハッキリとしており、整っていた。

 しかし、本来であれば快活に動きそうなその顔には、明確に死相が出ていた。

 それもそのはずで、体には数多の致命傷と呼べる赤く抉られた深い傷と、周囲には血の池が形成され始めていた。


「あなた、“氣士”ね」


 弱く、問われた。

 格好は“統一軍”の制服だ。敵ではあるが、相手はこちらに危害を加えられる状態とはとても思えない。

 ミリアリアも、絞るような声で応じた。


「……あなたは、もう死ぬな」


 告げた。元より、今日初めて顔を合わせた相手だ。遠慮など無かった。

 死にかけている赤毛の女性は、軽く笑んだ。


「そんなにひどいの? もう痛みも分からなくて、目も見えないの」


 少女の視線は、どこか宙を漂い定まっていなかった。

 いや、他人のことは言えない。ミリアリアの視界も霞んできた。


「墜落に巻き込んだのか? すまない」


 謝罪の言葉を、少女は否定する。


「いえ、多分、その前に私は死にかけていたわ」

「そうか……。この剣は、あなたの“氣兵装”だろうか?」


 目の前の少女が“氣士”というのは分かる。“氣士”は“氣士”であることを感じることができた。


「剣、なら。おそらくそうよ。もし、そばに落ちているなら私に手渡してもらえない? 私は、まだそれを使ってやらなければいけないことがあるの」

「何をするつもりなのですか?」

「戦いを」


 迷いの無い答えに、ミリアリアは驚いた。何度も言うが、目の前の少女は息も絶え絶えな瀕死の状態なのである。


「その様で、まだ戦うと言うのですか? 立つこともできないのでは?」

「それしか、彼にしてあげられることを知らないの」


 そして、懇願するように彼女は手をこちらへと向けた。

 赤毛の少女の言う“それ”とは、ミリアリアが手を伸ばしていた剣――“氣兵装”である。

 ミリアリアは、改めてそれを見た。徐々に、その姿が先端からおぼろげになっている。元々、“氣兵装”は使用者の手から離れれば、たちまちその強度を失ってしまう。これだけの時間の間、その形を保ち続けていただけでも、本来であれば驚愕に値する。

 この“氣兵装”を渡しても、どちらにせよこの赤毛の少女はもう長くない。結果として、目の前の“ダイロビ柔錬鉄”は泡と消えるだろう。

 一筋の汗が、ミリアリアの頬を伝わる。


(私は、このままでは死ねない。せめて奴に、ゴルハラに、一矢報いなければ)


 賭けを、本来の持ち主である赤毛の少女に対して行うことは、できなくはない。

 しかし、元々自分でするにしても成功率の悪い賭けだ。他人に対して行うなど、難易度は高く、それこそ成功率はゼロに等しい。


(助かる可能性があるのは一人。残された体力的に錬成も一回が限界。しかも、それは元々成功率がかなり低い上に、他人へのそれは更に低い)


 ミリアリアは躊躇った。その正体は、いままで生きてきた中で大切にしてきた道徳か、正義か、それとも愛か。

 悩んでいる間にも、傍の“ダイロビ柔錬鉄”は宙へと溶けていく。ミリアリアの体からは血液が失われ続け、意思も徐々に遠のき、思考も鈍くなる。

 命の綱が、天から垂らされた蜘蛛の糸が、だんだんと遠くなる。


(しかし、他人の可能性を奪ってまで、私は――)


 その時、思い浮かんだのは、愛した男の顔だった。


「すまない。私は……私は!」


 そして、ミリアリアは“氣兵装”に手を伸ばした。

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